↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第3章 宿場町と怪しい商人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/357

第43話 夢の男爵位

ブロドの膝が震えた。


"辺境伯"


その言葉が持つ重みを知らない者はいない。

ましてや、長年にわたって貴族を相手に商売をしてきたブロドなら尚更だった。

辺境伯は、王国の中でも決して低くない地位にある。

その中でもノルディア家は、王国北部最大の軍事貴族。


先代当主は、王国では、"北の守護者"と呼ばれたグラニウス・ノルディア。

そして、目の前に立っている少年は、その跡継ぎだった。


何も持たない、ただの若い商人ではない。

ブロドが決して敵に回してはならない相手だった。


「そ、そんな……」


ブロドの声が震える。

レオンは何も言わない。

ただ静かに、ブロドを見下ろしていた。

怒鳴られる方が、まだ良かった。

感情を見せないレオンの視線が、ブロドには何よりも恐ろしく感じられた。


耐え切れずに後退る。


一歩。


また一歩。


しかし、すぐに背中が壁へぶつかった。

もう逃げ場などない。


「ま、待ってくれ……」


掠れた声が、僅かに震えながら零れる。


「俺は知らなかったんだ……」


それでも、レオンは答えない。

ブロドは必死に言葉を探した。

このままでは終わる。

自分にはまだ利用価値があると示さなければならない。


「そうだ!」


何かを思いついたように顔を上げる。


「依頼主だ!」


その言葉に、レオンの眉が僅かに動いた。


「俺は命令されただけなんだ!逆らえなかった!本当だ!」


今さら、商人としての誇りも体面もなかった。

生き残るためなら何でもする。

その必死さが、ブロドの表情にはありありと浮かんでいた。


「名前は知らねぇ!だが使いの男は覚えてる!顔も!声も!全部話す!」


辺境伯は、王国の中でも大きな権力を持つ高位貴族だ。

ここがノルディア領でなくとも、その事実は変わらない。


その辺境伯が、自らの同行者を攫った主犯としてブロドを衛兵へ引き渡せば、当然、この地を治める領主の耳にも入る。

他領から訪れた辺境伯と問題を起こした平民を、その領主がどのように扱うのか。


長年、貴族を相手に商売をしてきたブロドには、少し考えただけでも分かった。


領主がブロドを庇う理由などない。

むしろ厳罰に処すことで、ノルディア辺境伯へ敵意がないと示そうとするはずだ。


待っているのは、死罪。


だからこそ、ブロドは必死に命乞いをしていた。

依頼主の情報を差し出し、自分にはまだ利用価値があると認めさせる。

それだけが、生き残るために残された唯一の道だった。


重苦しい沈黙が部屋を支配する。

やがてレオンが、静かに口を開いた。


「殴る価値も無い」


その一言に、ブロドの表情が凍りついた。


「ゼム」


「はい」


「衛兵へ引き渡せ」


ブロドの顔から、一気に血の気が引いた。


「ま、待てくれ!俺は協力する!依頼主の事も話す!」


レオンは冷たく見下ろした。


「なら衛兵にも同じ事を話せ」


ブロドが言葉に詰まる。

レオンは続けた。


「お前が何を知っているかは調べる」


静かな声だった。


「だが、クロエを攫った事実は消えない」


もはや何を言っても、レオンの決定は覆らない。

そう悟ったブロドは、全身から力が抜けたように床へ座り込んだ。


男爵位も。


貴族への道も。


"娘の夢も"。


何もかも、手に入れる寸前まで届いていたはずだった。

それら全てが、音を立てて崩れ落ちていく。


その時だった。

屋敷の外から、複数の足音が響いた。

一つや二つではない。

かなりの人数が、屋敷を取り囲むように近づいてくる。


「衛兵です!」


外から鋭い怒鳴り声が聞こえた。

衛兵達がこれほど早く駆けつけたのは、偶然ではなかった。


屋敷へ踏み込む前に、ゼムがあらかじめ衛兵へ知らせが届くよう手を回していたのだ。

ゼムは、すでにブロドを捕らえた後のことまで考えていた。


「ちょうど良かったですな」


そう言って、ゼムが小さく頷く。

ほどなくして、武装した衛兵達が部屋へ雪崩れ込んできた。


最初に彼らの目へ飛び込んだのは、床に転がる傭兵達だった。

その奥には、縄を解かれたクロエ。

そして壁際には、すべてを失ったような顔で座り込むブロドがいる。

室内の惨状を目にした隊長格の男が、大きく目を見開いた。


「これは一体……」


ゼムが一歩前へ出る。


「誘拐事件です」


その声は、騒然とする室内には似つかわしくないほど穏やかだった。


「こちらの方が主犯となります」


ゼムがブロドを指し示した瞬間、衛兵達の表情が変わる。

隊長は一度だけブロドへ厳しい視線を向け、迷うことなく命じた。


「連れて行け」


二人の衛兵がブロドの両脇へ回り、その身体を拘束する。


「ま、待ってくれ!俺は話す!全部話すから!」


ブロドの悲鳴に近い声が響いた。

だが、誰も答えない。


両腕を掴まれたブロドは、そのまま部屋の外へ連れていかれる。

それでも諦め切れず、何度もレオンを振り返った。

助けを求めるような視線を向け続ける。


しかし、レオンは一度もブロドを見ようとはしなかった。

やがて廊下へ消えたブロドの声が、少しずつ遠ざかっていく。

荒々しい足音も聞こえなくなると、それまでの騒ぎが嘘だったかのような静寂が訪れた。


終わった。


長かった夜が、ようやく終わったのだ。

張り詰めていた緊張から解放され、クロエは小さく息を吐いた。

その瞬間、身体がぐらりと揺れる。


「おっと」


傾いた身体を、レオンが咄嗟に支えた。

長時間にわたって拘束されていたため、足にうまく力が入らないのだろう。


「だ、大丈夫……」


「全然大丈夫そうに見えない」


迷いのない即答だった。

クロエが不満そうに頬を膨らませる。


「ボクは強いんだぞ」


「知ってる」


レオンは、そんなクロエを見て苦笑した。


「だから今は素直に頼れ」


思いがけない言葉に、クロエは何も言い返せなくなった。

やがて、レオンに支えられたまま小さく俯く。


「……ありがと」


消え入りそうな声だった。

レオンは、その言葉が聞こえなかった振りをした。

代わりにゼムへ視線を向ける。


「ゼム」


「はい」


「帰ろう」


その言葉を受け、ゼムは静かに頭を下げた。

窓の外では、闇に包まれていた空が少しずつ白み始めている。

差し込んだ淡い朝の光が、荒れ果てた部屋を静かに照らしていた。

長い夜が終わろうとしている。


クロエは、すぐ傍にあるレオンの背中を見つめた。

何度も断ろうとした。


何度も距離を取ろうとした。


自分の過去に巻き込まないためには、その方がいいのだと思っていた。

それでも、この背中からだけは目を離せなかった。

自分の過去を知っても、何も問い詰めず、ただ前に立って守ってくれた背中。

夜明けの光が三人を照らす中、レオン達は屋敷を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。