第40話 北の戦神の右腕
グランツの宿場町外れ
月明かりに照らされた古い屋敷に
レオンとゼムは森の影から様子を窺っていた
窓には灯り
見張りもいる
間違いないクロエはここにいる
そうレオンは確信した
「おぼっちゃま」
ゼムが静かに声を掛ける
「何だ」
「今回の目的はクロエ殿の救出です」
「分かってる」
「余計な事は考えないように」
レオンは苦笑した
「俺を何だと思ってるんだ」
「旦那様の息子です」
反論出来なかった
父なら正面から堂々と突っ込んでいる
「行くぞ」
レオンが剣を抜く
王国騎士団式剣術そこへ帝国式剣術を取り入れた
レオン自身の剣今はまだ未熟だが確実に形になりつつある
二人は屋敷へ正面玄関に向かった
そこには見張りが二人
「誰だ!」
気付かれたのなら仕方がない
そう思いレオンが前へ出る
だがその肩をゼムが軽く叩いた
「おぼっちゃま」
「何だ?」
「クロエ殿をお願いします」
レオンが眉をひそめる
「一人で大丈夫か?」
ゼムは少しだけ笑った
「旦那様にも昔同じ事を聞かれました」
懐かしそうな顔だった
次の瞬間見張りの男が斬りかかる
速い、傭兵としては上位だろう
だがゼムは動かない
いや動いたように見えなかったのだ
「キンッ」
と乾いた音が響く
男の剣が宙を舞った
「なっ!?」
男が目を見開く何をされたか分からないからだ
レオンも同じだった
見えなかった本当に見えなかったのだ
二人目が槍を突き出すがゼムは半歩動く
ただそれだけで槍が空を切った
次の瞬間、男の首筋へ剣が添えられている
「降参されますか?」
穏やかな声だが男は青ざめていた
騒ぎを聞きつけ五人の傭兵が飛び出してきた
だがレオンの思考は固まる
ゼムが想像以上に強いからだ
父の剣とは違う剣術
父の剣は分かりやすかった
圧倒的な力に圧倒的な速度
だから強い
だがゼムは違う
気付けば終わっているのだ
まるでルーカスの剣の手本となる剣術だった
そしてレオンは昔の話を思い出す
ワイバーン事件の事を
孤児院の子供達を救うため、父は単騎で駆けた
グレイムベアを倒し、ワイバーン五体と遭遇した
そしてあの極大魔法を使い、寿命を縮めた戦いを
何故あの時ゼムはいなかったのか
答えは簡単だった
自分だ
あの日、自分は王都へ向かっていた
護衛としてゼムも同行していた
だから父の隣にいなかった
ふと考えてしまう
もしあの時ゼムがいたなら
父はあそこまで無茶をしなかったかもしれない
そう思えるほど目の前の剣は凄まじかった
「おぼっちゃま」
ゼムが振り返る
「後で感心してくださいませ、今はクロエ殿です」
レオンは我に返る。
「ああ、あとは任せた」
その言葉にゼムは静かに頭を下げた
レオンは屋敷へ飛び込む
その背中が見えなくなった後
ゼムはゆっくりと剣を構えた
さらに次々と武装した男達が集まって来きていた
更に五人
いやもっといる
だがゼムは小さくため息を吐いた
「困りましたな……」
男達が顔を見合わせる
老人一人追い詰められているのは向こうのはずだった
だが何故か自分達の方が恐ろしいそんな感覚があった
ゼムは穏やかに微笑む
「わたくしは早くおぼっちゃまの所へ行かなくてはなりません」
剣先を静かに下げる
帝国式と王国式を数十年磨き続けた剣
「ですので、老骨に鞭を打って」
ゼムはゆっくりと剣を構えた
「……少々本気を出させて頂きます」
男達の背筋に悪寒が走った
それは本能だった
目の前の老人は危険だ
だが気付くのが遅かった
ゼムの姿が消える
そう見えた次の瞬間一人目の剣が宙を舞う
二人目の膝が崩れ三人目の喉元へ剣先が添えられる
全て一瞬だった
そしてゼムの脳裏に浮かぶ
病床のグラニウスの最後の日を
守れなかった主を
救えなかった命を
『グラニウス様どうされました?』
『 なぁゼムよお前は家族だ、よそよそしい事はやめろ』
若き日の主人の言葉が脳裏を過る
今度は自分が守る番なのだ
レオン・ノルディアを
「旦那様……」
小さく呟く
後悔は今も消えない
だからもう二度と失わない
「おぼっちゃまだけは」
誰にも聞こえない声
「この身に代えても……」
その瞬間だけ穏やかな執事の顔が消えた
北の戦神が絶対の信頼を置いた男
【ゼム・ノルディア】
彼の本気が始まるのだった
その頃レオンは屋敷の奥へ
クロエを助けるためにただ真っ直ぐに走っていた




