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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第3章 宿場町と怪しい商人

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第40話 北の戦神の右腕

グランツ宿場町の外れ。


月明かりに照らされた森の先に、古びた屋敷が建っていた。

人が住んでいるようには見えないほど寂れた建物だが、いくつかの窓には灯りがともっている。

正面玄関の前には武装した男達が立ち、屋敷の周囲にも見張りが配置されていた。


森の木陰に身を潜めながら、レオンとゼムは屋敷の様子を窺っていた。


「間違いないな」


レオンが小さく呟く。

これほど厳重に見張られている古い屋敷が、何の目的もなく使われているはずがない。

クロエは、この中にいる。

レオンはそう確信していた。


「ぼっちゃま」


傍らに立つゼムが静かに呼びかける。


「何だ?」


「今回の目的は、クロエ殿の救出でございます」


「分かっている」


「くれぐれも、余計なことは考えられませんように」


レオンは思わず苦笑した。


「俺を何だと思っているんだ?」


「旦那様のご子息でございます」


即答だった。

反論できない。

父グラニウスならば、見張りの数など気にせず、正面から堂々と屋敷へ乗り込んでいるだろう。

そして、自分にも同じ血が流れている。


「……気をつけるよ」


レオンは諦めたように答え、腰の剣を抜いた。

王国式剣術を基礎とし、そこへルーカスから学んだ帝国式剣術の動きを取り入れた剣。


まだ完成には程遠い。

それでも、一年以上にわたる鍛錬によって、レオン自身の剣術として確実に形になりつつあった。


「行くぞ」


「承知いたしました」


二人は森を出ると、屋敷の正面玄関へ向かった。

侵入経路を探している時間はない。

見張りをゼムが引きつけ、その隙にレオンが屋敷へ入る。

それが最も早くクロエのもとへ辿り着ける方法だった。


二人の接近に気づき、見張りの男達が武器を構える。


「誰だ!」


男の声が夜の森へ響いた。

レオンが剣を構え、一歩前へ出ようとする。

しかし、その肩をゼムが軽く叩いた。


「ぼっちゃま」


「何だ?」


「ここは、わたくしにお任せください。ぼっちゃまはクロエ殿のもとへ」


レオンは眉を寄せた。

正面玄関にいる見張りは二人。

だが、屋敷の中にも大勢の気配がある。一度戦闘が始まれば、さらに人が集まってくるだろう。


「一人で大丈夫なのか?」


ゼムは、その問いを懐かしむように僅かに笑った。


「旦那様にも、昔まったく同じことを聞かれました」


次の瞬間、見張りの一人が地面を蹴った。

剣を振り上げ、そのままゼムへ斬りかかる。


速い。


動きに迷いがなく、傭兵としては上位の実力を持っていることが分かる。

だが、ゼムは動かなかった。

少なくとも、レオンにはそう見えた。


キンッ――。


甲高い金属音が響く。

直後、男が持っていた剣が宙を舞った。


「なっ……!?」


男は何が起きたのか理解できず、目を見開いた。

レオンも同じだった。

見えなかった。


ゼムがいつ剣を抜き、どのように相手の武器を弾いたのか、未来予知の魔眼を使っていなかったレオンにはまったく見えなかった。


もう一人の男が槍を突き出す。

ゼムは上半身を僅かに傾け、半歩だけ横へ移動した。

ただそれだけで、槍の穂先が空を切る。

気づいた時には、ゼムの細身の剣が男の首筋へ添えられていた。


「降参されますか?」


声は普段と変わらず穏やかだった。

しかし、首筋に冷たい刃を当てられた男は、顔を青ざめさせて動けなくなっている。


その騒ぎを聞きつけ、屋敷の中から五人の傭兵が飛び出してきた。

だが、レオンはすぐに動くことができなかった。

ゼムが想像を遥かに超えて強かったからだ。


父グラニウスの剣とは、まるで違う。

グラニウスの強さは分かりやすかった。


圧倒的な力。


圧倒的な速度。


巨大な剣を振るうたび、敵も周囲の地形もまとめて薙ぎ払う。

誰が見ても強いと理解できる、"北の戦神"にふさわしい豪快な剣だった。


だが、ゼムの剣は違う。

無駄な動きが一切なく、相手が攻撃されたことに気づいた時には、すべてが終わっている。

力で押し潰すのではなく、相手の動きを読み、その僅かな隙へ刃を通す剣術。

まるで、ルーカスが振るう剣の完成形を見ているようだった。


そこでレオンは、過去の出来事を思い出した。

孤児院の子供達を救うため、父が単騎で駆けつけたワイバーン事件。

グレイムベアを倒した直後、五体ものワイバーンと遭遇し、極大魔法を使わなければならなかった戦いだ。

その無茶によって、父は残された寿命をさらに縮めた。


レオンは、以前から疑問に思っていた。

なぜ、あの日はゼムが父の隣にいなかったのか。

答えは簡単だった。


自分だ。


あの日、レオンは王都へ向かっていた。

ゼムはその護衛として、レオンに同行していたのだ。

だからこそ、父の隣にいなかった。

もし、あの時ゼムが残っていたなら。

父は、極大魔法を使うほどの無茶をしなくても済んだのかもしれない。


そう思えてしまうほど、目の前で振るわれる剣は凄まじかった。


「ぼっちゃま」


ゼムの声で、レオンは我に返った。


「感心していただけるのは後にしてくださいませ。今はクロエ殿です」


「あ、ああ」


レオンは屋敷の玄関へ視線を戻した。

ここで立ち止まっている場合ではない。


「あとは任せた」


「承知いたしました」


ゼムが静かに頭を下げる。

レオンは倒れた見張り達の間を駆け抜け、そのまま屋敷の中へ飛び込んだ。


          





レオンの背中が屋敷の奥へ消えた後、ゼムはゆっくりと細身の剣を構えた。

玄関から、さらに武装した男達が現れる。

先ほどの五人だけではない。

その後ろからも次々と傭兵が集まり、ゼムを取り囲んでいく。


五人。


十人。


さらに多くの足音が、屋敷の中から近づいていた。

それでもゼムは慌てることなく、小さくため息を吐いた。


「困りましたな……」


その言葉に、傭兵達は互いの顔を見合わせた。

数では、圧倒的に自分達が有利だ。

追い詰められているのは、どう見ても目の前の老人一人である。

それなのに、なぜか自分達の方が追い詰められているように感じる。

得体の知れない恐怖が、傭兵達の胸に広がっていった。


ゼムは普段と変わらない穏やかな笑みを浮かべる。


「わたくしは、早くぼっちゃまのもとへ向かわなければなりません」


細身の剣の切っ先を静かに下げる。

王国式と帝国式。

二つの剣術を数十年にわたって磨き続け、無駄を削ぎ落としたゼムだけの剣だった。


「ですので、老骨に鞭を打ちまして――」


ゼムは腰を僅かに落とし、剣を構え直す。


「少々、本気を出させていただきます」


その瞬間、傭兵達の背筋に悪寒が走った。

理屈ではない。

戦いを生業としてきた者達の本能が、目の前の老人は危険だと警告していた。


だが、気づくのが遅すぎた。

ゼムの姿が消える。

少なくとも、傭兵達にはそう見えた。


次の瞬間、一人目の剣が宙を舞った。

二人目は膝を崩し、その場へ倒れる。

三人目が武器を構えるよりも早く、その喉元へ細身の剣の切っ先が突きつけられていた。

すべては、ほんの一瞬の出来事だった。



迫り来る傭兵達の中で、ゼムの脳裏に遠い日の記憶が蘇る。


病床に伏していたグラニウス。


長年仕えた主の、最期の日。


守ることができなかった。


救うこともできなかった。


その後悔は、今もゼムの胸から消えていない。

同時に、若き日のグラニウスが笑いながら告げた言葉が蘇る。


『グラニウス様、どうされました?』


『なあ、ゼム。お前は家族だ。そんなよそよそしい呼び方はやめろ』


身分も出自も関係なく、グラニウスはゼムを家族として当たり前の様に接していた。

だが、その恩に最後まで報いることができなかった。

だからこそ、今度は自分が守る番だった。


グラニウスが遺した、レオン・ノルディアを。


「旦那様……」


ゼムが小さく呟く。

あの日の後悔は、今も消えない。

だが、同じ後悔を繰り返すつもりはなかった。


「ぼっちゃまだけは――」


その声は、傭兵達の怒号に紛れて誰にも届かない。


「この身に代えても、お守りいたします」


その瞬間、ゼムの顔から穏やかな老執事の表情が消えた。

北の戦神グラニウス・ノルディアが、絶対の信頼を置いた男。


"ゼム・ノルディア"


その本気の剣が、月明かりの下で振るわれ始めた。


          





同じ頃、レオンは屋敷の廊下を駆けていた。

目指すのは、ただ一人。

囚われたクロエを助け出すため、屋敷の奥へ向かって真っ直ぐに走り続けていた。

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