第39話 老執事の推理
嫌な予感がしたレオンは食堂を飛び出した
まず向かったのはクロエがよく利用している宿だった
そこで受付の主人へ尋ねる
「灰色髪の坊主を知らないか?」
主人は頷いた
「ああ、さっき戻って来たぞ」
レオンは少し安心する
だが次の言葉で表情が消えた
「すぐ裏口から出て行った」
「誰かと一緒か?」
「いや」
主人は首を振る
「一人だった」
更に嫌な予感がした
レオンは裏口へ向かうが誰もいない
雪の上には複数の足跡
争ったような跡も残っていた
そして地面に何かが落ちている
レオンはしゃがみ込み拾い上げた
迷彩柄のマントだった
「クロエのマント……」
いつも身に着けているフード付きのマント
この世界には存在しない【迷彩】
その柄のマントだった
レオンの表情が消える
「……攫われた」
静かな声だった
だが確信していた
自分から姿を消した訳ではない
何かが起きた
レオンは宿へ戻った
宿の部屋の扉を勢い良く開く
「ゼム!」
老執事が顔を上げる
「お帰りなさいませ」
「クロエが消えた」
その一言でゼムの目が細くなる
レオンは事情を説明した。
二十分戻らない事
裏口に争った跡
そして迷彩柄のマント
話を聞き終えたゼムは静かに頷いた
「分かりました」
「何か分かったのか?」
レオンが聞く
ゼムは机の引き出しを開いた
一冊の帳簿を取り出す
「それは?」
レオンが眉をひそめる
「商人レンの帳簿です」
「そんな物あったか?」
「ありません」
ゼムは即答した
「どっちだ」
「私が作りました」
レオンは頭を押さえた
嫌な予感しかしない
ゼムは平然と続ける
「王都でクロエ殿と接触した後です、あの商人は必ずおぼっちゃまを調べると思いました」
静かに帳簿をレオンに手渡した
「ですので用意しました」
レオンは帳簿を開く
商人レン
北部を中心に活動する若い商人
ノルディア領の産品を扱う
少しずつ販路を広げている
そんな内容だった
「……勝手にか?」
「はぃ、勝手に」
「ゼム」
「はい、なんでしょう?」
「後で説教だ!」
「承知しております」
全く反省していない顔だった
レオンは帳簿を閉じた
するとゼムが表情を変えた
「数日前です、この帳簿が調べられました」
レオンの目が細くなる
「誰にだ?」
「最初はクロエ殿かと思いました」
当然だった、クロエなら調べそうだ
だが違った
「調査した結果、帳簿を見たのはブロド・グランツです」
レオンが顔を上げる
グランツ商会
宿場町最大の商人
走竜を売った男
「理由は?」
「恐らくですが売上です」
ゼムは即答した
「おぼっちゃまのボア肉事業が予想以上に成功しました……その結果グランツ商会の肉市場が圧迫されたのでしょう」
レオンは納得する
あり得る話だった
「ブロドはクロエ殿を調べていました、そしておぼっちゃまも調べた」
レオンは静かに目を閉じた
「その時にこの帳簿を見た」
レオンは帳簿を軽く叩く
「ですが、おぼっちゃまには興味を失ったようです、ただの若い商人と判断したのでしょう」
問題はその後だったゼムの目が細くなる
「ブロドはクロエ殿を更に調べました」
部屋の空気が変わる
「何か見つけたのか?」
「ええ恐らくは」
ゼムは静かに頷いた
「何を見つけたかまでは分かりません、ですがその直後から貴族が動いております」
レオンが黙る
そして全てが繋がった
「クロエが狙いか?」
「恐らく」
ゼムも同意した
レオンは拳を握る
ゲームには無かった
原作には無かった
ボア肉事業をクロエとの取引した
全て自分が始めた事だ
「俺が巻き込んだのかもしれない」
レオンは小さく呟く
だがゼムは首を横に振った
「それは違います」
「ゼム?」
「少なくとも」
老執事は静かに言う
「クロエ殿は最初から何かを隠しておられました、今回の件は……いずれ起きた可能性があります」
レオンは黙る
確かにクロエには秘密があった
最初からずっと名前を伏せていた
だからと言って放ってはおけない
レオンは立ち上がった
「場所は分かるか?」
ゼムが笑う
それはいつもの穏やかな執事の笑みではなかった。
北の戦神を支えた男の顔
「おおよその見当は付いております」
レオンの目が鋭くなる
「行くぞ」
「はい、おぼっちゃま」
ゼムも立ち上がった
「クロエ殿を迎えに参りましょう」
その声には絶対の確信があった
そしてレオンはまだ知らない。
長年父の隣に立っていたこの老執事が
剣も諜報も常人の遥か上にいる事を




