第38話 男爵位の誘惑
夜のブランツ宿場町は昼とは違う活気に包まれていた
酒場からは笑い声が響き、宿へ向かう旅人達が石畳を行き交う
荷馬車の音と商人達の声が夜の街に響く
王都街道最大の物流拠点であるこの街は、夜になっても活気に満ちていた
一際大きい建物
グランツ商会本店でブロド・グランツは帳簿を睨んでいた
最近おかしい、確実におかしい
グランツ商会の売上が落ちていたのだ
肉関係が特に酷く、王都向けの高級肉市場は壊滅的であった
そこは長年グランツ商会が殆ど握っていた
だがここ一年の間利益が目に見えて減っている
「原因は何だ?」
ブロドの言葉に部下が頭を下げた
「調査しております」
「急げ」
ブロドは苛立っていた
数週間後には調査結果が届いた
原因はすぐに分かった
レッドボアの肉だ
ノルディア領から大量のボア肉が王都へ流れていた
しかも鮮度が異常だった
普通なら品質が落ち味も落ちる
だが運ばれている肉の鮮度は落ちていない
「運んでいるのは誰だ?」
「クロエという商人です」
ブロドが顔を上げる
「クロエだと?」
知っている名前に眉が上がる
四年前はまだ幼い子供だった
走竜を買いに来た値切りも知らない
まったく商売も知らない
そんな子供だった
それから何度か取引した
だがここまで大きな商売をしているとは知らなかった。
「帳簿を持ってこい」
部下が調べてたのか直ぐに帳簿を手渡された
ブロドは帳簿で流通量を確認する
そして眉をひそめた
おかしい、どう計算してもおかしい
クロエの竜車は小型だ運送量よりも速さを重視してある
だが流れている量はクロエの竜車一台で運べる量を遥かに超えていた
「あり得ん……」
そう言いながらブロドは計算し直す
それでも同じだった
そしてある可能性へ辿り着く
「まさか……アイテムバックか?」
アイテムバッグ
世界に五つしか存在しない秘宝
それがあれば説明がつく
ブロドの喉が鳴った
「クロエを調べろ徹底的にな」
部下は頭を下げ部屋から出ていった
数日後に今度はレンについても調べた
若い商人のクロエと組んでいる男
調査結果はすぐ出た
ノルディア領周辺を中心に活動をており
北部を主に拠点としている商人だった
取引複数の商会との繋がりも確認できた
帳簿も存在しごく普通の商人だった
「ふん」
ブロドは鼻で笑う
「ただのガキの商人か」
直ぐに興味を失った
問題はクロエだった
さらに調査を進めていた
四年前に姿を現した子供
年齢
髪色
行動履歴
そしてある資料に辿り着く
ブロドは目を見開いた
「……嘘………だろ!?」
思わず呟く
もう一度資料を読む
何度読んでも間違いない
クロエには想像以上の価値があった
ブロドは椅子に深く腰掛けた
「なるほどな……」
だからアイテムバッグを持っていて
だから一人で生きていて
だがら追われる事を考えて小型の竜車だったのか
数日後に商会の応接室へ一人の男が訪れる
貴族それだけは分かった
ブロドの勘は完璧に貴族と告げていた
しかもかなり上の方だ
黒い外套で顔は見えない
だが立ち振る舞いお見てもで分かる
「例の件だ」
男が言う
ブロドは資料を机へ置いた
「確認した」
「間違いない」
男の口元が歪む
「そうか」
そして革袋を置いた
硬貨が沢山つまった重い音が響く
ブロドの目が細くなる
男は続けた。
「前金で500だ、成功すれば更に500払う」
ブロドは黙る
金貨1000枚は大金だ
だが今のブロドにとっては端金に過ぎない
本当に欲しい物は別だった
男が言う
「それだけではない」
ブロドが顔を上げる
「ほう?」
男は笑った。
「男爵位を用意しよう」
「男爵位……」
「娘はこちらで引き取る、アイテムバッグは好きにしろ」
部屋が静まり返る
男爵位は子供に継続できる最低位
だが貴族は貴族だ
ブロドの喉が鳴った
商会を作った
宿場町の名前になった
金も稼いだ
名声も得た
だが平民だった
それだけは変わらなかった
どれだけ成功しても
貴族にはなれない
だが男爵になれば
息子もグランツ家として残る
商人ではない貴族として
男が囁く
「お前ほどの商人なら誰も疑わん!功績として推薦してやる」
ブロドは目を閉じる
クロエの事を考えた
嫌いではないむしろ気に入っていた
竜車を値切らない
手元にお金を残さない
初めて出世払いにした商人……
だが男爵位
そして金貨千枚
ブロドの天秤は傾いていた
ブロドは目を開く
そして金貨袋を掴んだ
「交渉成立だ」
男が満足そうに笑う
「賢明な判断だ」
ブロドは覚悟を決めたそして立ち上がる
男は部屋を去った
部屋にはブロド一人
窓の外を見る
宿場町の灯りの中
そのどこかでクロエは食事の約束を楽しみにしているだろう
レンという若い商人も何も知らない
ブロドは小さく息を吐いた
「悪いな……」
誰に向けた言葉か
自分でも分からなかった
だが男爵位はあまりにも魅力的だった




