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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第10章 癒しの護り手と悪役令嬢

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第417話 目覚めた後に

 クラリスのレイピアが振り上げられた。


 試合場の中央では、エリシアが片膝をついていた。短剣を握る手は震え、何度も打ち据えられた身体は、立ち上がることさえ難しくなっている。


 それでも彼女は、床に手をついて起き上がろうとしていた。


 クラリスは目を細め、エリシアを見下ろしていた。表情を強張らせ、握り直したレイピアを高く構える。


 審判は動かなかった。


 観客席のざわめきが遠ざかり、試合場の空気が張り詰める。誰もが次の一撃を見守っていた。


「もう勝敗は決しただろう!」


 アレクの声が響いた。


 次の瞬間、彼の踏み込んだ足元で石床が砕けた。


 身体強化の魔法をまとったアレクは、試合場の端から一瞬で二人の間へ飛び込む。クラリスの剣が振り下ろされる、その直前だった。


 アレクは素手でレイピアの剣身をつかんだ。


 刃は落とされ、先端も丸められた試合用の剣だ。それでも、勢いを受け止めれば掌の皮膚は切れる。アレクの手から血が流れ、赤い筋が剣身を伝った。


 闘技場の空気が揺れた。


 アレクの内側から、押さえ込まれていた魔力が一気にあふれ出す。熱が広がり、会場の温度が急激に上がった。近くにいた生徒たちは肌を刺すような熱気に身をすくめ、息を呑む。


 アレクはクラリスを見た。


 怒りを宿した眼差しを受け、クラリスはレイピアを下ろす。


 アレクは剣から手を離すと、倒れたエリシアを抱き上げた。クラリスは何も言わず、その姿を見送る。


「医務室へ運ぶ。セリオス枢機卿を呼んでくれ!」


 アレクは試合場を駆け出した。


 エリシアの身体は力なく、腕がアレクの肩から垂れている。顔色は青白く、額には汗が浮かんでいた。呼びかけても反応はない。


 アレクがエリシアを抱えて試合場を去ったあとも、クラリスはしばらくその場に立ち尽くしていた。やがてレイピアを握り直し、誰とも目を合わせないまま、静かに会場を後にした。


     ◇


 闘技場から医務室までは、学園の建物をいくつか抜けなければならなかった。


 アレクはエリシアを揺らさないよう抱きかかえながら、それでも足を緩めずに走る。廊下にいた生徒たちは、血のついた手と意識のない少女を見て、慌てて道をあけた。


 医務室の扉が開く。


「エリシアさん!」


 室内で書類を整理していたセリオスが顔を上げた。寝台を示し、アレクが彼女を横たえると、すぐに状態を確かめ始める。


 エリシアの制服には砂がつき、頬や腕には擦り傷があった。肩や脇腹には打撲の跡が浮かんでいる。呼吸は浅く、呼びかけても反応がない。


「これは……」


 セリオスは脈を確かめ、額や手足に触れた。続いて身体へ手をかざし、淡い光を広げる。浅い傷はいくつか塞がったが、肩の腫れや脇腹の打撲はほとんど変わらなかった。


 セリオスは眉を寄せ、回復魔法を重ねる。だが、光が消えても目立った変化は見られない。


「彼女の使う聖属性の魔力が、私の回復魔法を妨げているのかもしれません」


「前にも同じことがあったのですか?」


 アレクはエリシアから目を離さずに尋ねた。


「ええ。まったく効かないわけではありませんが、通常より治りが遅いのです。詳しくは、意識が戻ってから状態を確かめます」


 セリオスは脈を取り直し、エリシアの呼吸を確認した。


「怪我は重いですが、今のところ命に別状はありません。ただ、身体への負担が大きい。いつ意識が戻るかは分かりません。ここで経過を見守りましょう」


「お願いします」


 アレクの声は硬かった。


 セリオスは頷き、エリシアの治療を続けた。その間も、アレクは寝台のそばから離れなかった。


 やがてセリオスが彼の掌に目を留めた。レイピアをつかんだ傷から、まだ血が滲んでいる。


「殿下、その手も診せてください」


「これはいいです。それより、エリシアをお願いします」


 アレクは血の滲む掌を隠すように握り、寝台のエリシアから目を離さなかった。


「分かりました。ですが、後で必ず手当てを受けてください」


 セリオスはそう告げ、エリシアの治療を続けた。


 しばらくして、彼は彼女の呼吸と脈が安定していることを確かめた。


「今はできる限りの処置をしました。意識が戻るまでは、ここで経過を見守ります。目が覚めても身体に痛みや違和感が残っているはずです。無理に起き上がらせないでください」


「分かりました」


 セリオスは医務室の奥へ戻り、必要な道具を整え始めた。アレクは寝台のそばに残り、眠るエリシアを見つめていた。


     ◇


 大会四日目、五日目と、エリシアは目を覚まさなかった。


 セリオスは定期的に容態を確かめ、必要な治療を続けた。傷は少しずつ落ち着いてきている。しかし、エリシアの身体は深く消耗しており、聖属性の魔力が回復魔法に干渉するため、治療は通常のようには進まなかった。


 アレクは大会の合間に医務室を訪れた。寝台のそばでエリシアに声を掛けることもあったが、返事はない。セリオスに様子を尋ね、変化がないと聞くたび、アレクの表情は硬くなった。


     ◇


 大会六日目。


 午前中には女子剣術部門の決勝が行われた。クラリスは対戦相手の剣を受け流し、最後まで崩れることなく勝利を収めた。前回優勝者を破り、今回も頂点に立った彼女へ、観客席から大きな拍手が送られた。


 午後には男子剣術部門の決勝が行われた。


 エドガーを破ったのは、三年生のガルド・ヴァレン。ヴァレン男爵家の子息で、学園でも剣術の腕を知られた生徒だった。


 ガルドは決勝でも落ち着いた剣さばきを見せた。相手の攻撃を受け止め、隙を見逃さずに勝負を決める。審判が勝者として彼の名を告げると、会場から歓声が上がった。


 剣術部門の表彰式は、両部門の決勝が終わった後に行われた。


 エドガーは観客席から、ガルドが表彰を受ける姿を見届けた。準決勝で自分を破った相手が、そのまま決勝でも勝ち抜いた。悔しさが消えたわけではない。それでも、敗れた相手が優勝したことには、納得できるだけの強さがあった。


 表彰式が終わると、エドガーは医務室へ向かった。


 扉を開けると、セリオスがエリシアの状態を確認していた。


「エリシアは……?」


「まだ眠っています。容態に大きな変化はありません」


「そうか」


 エドガーは寝台のそばへ行き、眠るエリシアの顔を見つめた。ベッド脇には花瓶が置かれ、淡い色の花が飾られている。


「今日、男子剣術部門の決勝があったんだ」


 返事はない。それでもエドガーは、彼女に話しかけるように続けた。


「俺を破ったガルド・ヴァレン先輩が勝った。三年生で、ヴァレン男爵家の子息だ。準決勝でも強かったけど、決勝でも最後まで冷静だったよ」


 エドガーは椅子を寝台のそばへ寄せ、腰を下ろした。


「俺は準決勝で負けたけど、エリシアは五回戦まで進んだんだ。剣を始めて一か月で、前回大会のベスト四だったマリアンナ先輩にも勝った。十分すごい結果だよ」


 エドガーは、眠ったままのエリシアの顔を眺めていた。


 呼びかけても返事はない。それでも、彼女が目を覚ました時に伝えたいことを考えながら、エドガーはしばらく寝台のそばにいた。


 その日の夕方。


 閉じていたエリシアのまぶたが、かすかに動いた。


 ゆっくりと目を開ける。白い天井がぼんやりと視界に入った。薬草の匂いが鼻をかすめ、身体のあちこちに鈍い痛みが残っている。


「……ここは……?」


 寝台のそばにいたエドガーが、すぐに身を乗り出した。


「エリシア! 目が覚めたのか」


「エドガー……?」


「そうだ。医務室だ。身体を動かすなよ」


 エリシアは起き上がろうとした。身体を少し動かしただけで痛みが走り、眉をひそめる。


「ほら、無理するな。三日も眠ってたんだぞ」


「三日も……?」


 エリシアは、ぼんやりと天井を見つめた。


「試合のことは覚えてるか?」


「少しだけ……。クラリス様と試合をして、何度も倒れて……その後は、よく覚えてないの」


「試合はクラリス様の勝ちになった。最後に剣を振り下ろそうとしたところで、アレクが止めたんだ」


「アレクが……?」


「ああ。お前を抱えて、ここまで運んできた。手も怪我してたよ」


 エリシアは目を見開いた。


「アレクの手、大丈夫なの?」


「俺が見た時は血が出てた。でも、セリオス様が手当てしてくれたはずだ」


「そう……」


 ほっとしたように息をつく。けれど、試合の記憶が戻るにつれて、エリシアの表情には悔しさが滲んだ。


「私、負けたんだね」


「ああ。でも、剣を始めて一か月で五回戦まで進んだんだ。前回大会でベスト四に入ったマリアンナ先輩にも勝った。十分すごいよ」


「そうかな……」


「そうだよ。俺なんて準決勝で負けたんだからな」


「エドガーも準決勝まで行ったの?」


「ああ。三年生のガルド・ヴァレン先輩に負けた。ヴァレン男爵家の人で、剣の腕はかなりのものだったよ」


「その人はどうなったの?」


「今日の決勝で勝って、男子剣術部門の優勝者になった」


「エドガーに勝った人が優勝したんだね」


「悔しいけど、納得できる試合だった」


「決勝も見たの?」


「見た。剣術部門の表彰式が終わってから、ここに来たんだ」


「そうだったんだ。来てくれてありがとう」


「目が覚めてよかった」


 エドガーは彼女の顔を眺めていた。試合場で何度倒されても立ち上がろうとしていた姿が、今も目に焼きついている。


 ベッド脇には花瓶が置かれ、淡い色の花が飾られていた。


「その花、エドガーが持ってきてくれたの?」


「ああ。眠ってる間も、少しは明るい方がいいと思って」


「きれいだね。ありがとう」


「気に入ったならよかった」


 エリシアは花を見つめ、静かに息を吐いた。


「明日は大会最終日だ。魔法部門の決勝と表彰式がある。アレクが決勝に出るんだ」


「アレクも決勝まで進んだんだね」


「ああ。明日は試合があるから、今日はまだ来られないだろうな」


「そうだよね」


 エリシアは目を閉じた。身体はまだ重く、話を続けるだけでも疲れが出てくる。


「今日はもう休め。無理するなよ」


「うん」


 エドガーは寝台のそばにとどまり、エリシアが休めるよう静かにしていた。


     ◇


 大会最終日。


 午後、魔法部門の決勝が行われた。


 アレクは相手の魔法を見極め、最後まで集中を切らすことなく戦い抜いた。勝負が決まると、審判が彼の名を告げる。アレクは魔法部門の優勝者となった。


 その後、最終日の表彰式が行われ、大会の全日程が終わった。


 表彰式を終えたアレクは、会場を出るとすぐに医務室へ向かった。右手にはまだ包帯が巻かれていたが、足取りに迷いはない。


 医務室にはエリシアだけがいた。


 寝台で休んでいた彼女は、アレクの気配に気づいて目を開けた。


「エリシア」


「アレク。来てくれたんだね」


「ああ。昨日、目が覚めたと聞いた」


 アレクは寝台のそばに椅子を寄せて座った。エリシアは彼の手に巻かれた包帯を見つめる。


「手はまだ痛む?」


「もう問題ない。傷も塞がってきている」


「よかった。私を助けてくれてありがとう」


 アレクは、わずかに目を見開いた。


「……どうして知っているんだ?」


「目が覚めた時、エドガーがいて教えてくれたの。私が三日間眠っていたことも、アレクが試合を止めてくれたことも。それから、私が負けたことも」


「そうか……エドガーが」


 アレクは包帯を巻いた手に視線を落とした。


「俺は、もっと早く止めるべきだった。君があんな怪我をする前に……」


 エリシアは、彼の言葉を聞きながら、少しだけ笑顔を作った。


「大丈夫だよ。アレクが助けてくれたから」


 その笑顔は、どこかぎこちなかった。


「でも、俺は君が大怪我をするまで止められなかった」


 アレクの表情には悔いが残っていた。試合を止めるのが遅れたことを、今も自分の責任だと思っているのだろう。


「今回は本当にすまなかった」


「え?」


「クラリスは俺の婚約者なんだ……。彼女が君に大怪我をさせてしまった」


 エリシアは、すぐには返事ができなかった。


 クラリスがアレクの婚約者――。


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。どうしてそんな気持ちになるのか、自分でも分からない。


 けれど、ふと今までのことが頭をよぎった。


 クラリスは、エリシアにどこか冷たい態度を取っていた。


(だから、クラリス様は私に冷たいんだ……)


 そう考えると、胸の痛みが少しだけ形を持った気がした。


 エリシアは、その感情を隠すように笑顔を作った。


「大丈夫だよ。アレクが助けてくれたから」


 アレクは気まずそうに目を伏せた。


「それでも、止めるのが遅かった。君をあんな目に遭わせたことを、簡単に許してもらえるとは思っていない」


 自分を責めるように、アレクは包帯を巻いた手を見つめていた。


 その手が、試合場でクラリスのレイピアを止めたのだ。


「アレク。少し手を貸して」


「え?」


 エリシアはそっと手を伸ばし、彼の手を取った。まだ力の入らない指で、包帯の端に触れる。


「これは、あの時の傷?」


「ああ。でも大した傷じゃない」


「私を助けるために負った傷だよ」


 エリシアは彼の掌を包むように握った。

 指先から淡い光がこぼれる。光は包帯の隙間へ染み込み、掌の傷を優しく覆っていった。血の跡が薄れ、開いていた傷口がゆっくりと塞がっていく。


 アレクは目を見開いた。


「エリシア……」


「動かさないでね」


 エリシアは小さく息を吐きながら、治療を続けた。やがて光が消えると、彼の掌は綺麗に治っていた。


「これで大丈夫だと思う」


「ありがとう」


「ううん。助けてもらったお礼」


 エリシアは微笑んだ。胸に生まれた痛みは、まだ消えていない。それでも、目の前にいるアレクの傷を治せたことが、少しだけ嬉しかった。


 アレクは治った手を見つめたあと、エリシアへ視線を戻した。


「……ありがとう」


 エリシアは、小さく笑った。


 大会は終わった。クラリスは女子剣術部門で優勝し、ガルド・ヴァレンは男子剣術部門を制した。そして、アレクは魔法部門で優勝した。


 自分は五回戦で敗れ、三日間眠り続けた。


 悔しさも、試合の記憶も消えてはいない。けれど、剣を始めて一か月でここまで来られたことも、何度倒れても立とうとしたことも、確かな自分の経験だった。


 身体が治ったら、また訓練を始めよう。

 次にクラリスと向き合う時には、今より少しでも強くなっていたい。


 エリシアは花瓶の花を眺めながら、静かに目を閉じた。

更新が遅れました。

すいません。

417話にしてエリシアがアレクの婚約者がクラリスだと

知っているor知っていない

を考えたら沼りました。笑

プロットで、完全にエリシアの感情を置き去りにしていました。

乙女ゲームだから感情なく進めれるのでその辺の違和感が残り、考えたらかなり時間がかかりました。


次の更新は明日の0時に予定しています。

どうぞ暖かい目で読んで下さい。

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― 新着の感想 ―
>彼女が君に大怪我をさせてしまった 第一王子アレク様が節穴過ぎますね。勝負が決まりきっているのに悪あがきして無駄に怪我をするエリシアは往生際が悪いし、そもそも試合を止めず何時まで経っても勝敗を決めずに…
2026/11/03 16:20 しゃちほこ海老天丼
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