第413話 見えない勝負
大会二日目。
朝から王立ビスタ魔法学園の会場には、多くの人々が集まっていた。昨日に続き、王都の通りには武芸大会の旗が並び、学園へ向かう人波は絶えない。
試合場の周囲では、係の生徒たちが案内や進行の準備に追われている。観客席には昨日の試合を見た人々の姿もあり、勝ち上がった選手の名を確かめながら、今日の組み合わせを話題にしていた。
女子剣術部門は、三回戦と四回戦が行われる。
昨日の一回戦、二回戦を勝ち抜いたエリシアも、三回戦の出場者として選手受付を済ませた。手には試合番号の札がある。腰には試合用の短剣。朝食をとったはずなのに、緊張のせいか腹の奥が落ち着かなかった。
控え場所へ向かうと、選手たちはそれぞれ準備をしていた。武器の柄を確かめる者、付き添いに声をかけられる者、目を閉じて集中している者。昨日より人数は減っているが、残った選手たちはどの顔にも気迫があった。
エリシアは札を確認し、三回戦の対戦相手の名前を探した。
クロエ。
二年生、Bクラス。武器は短剣。
名前を見つけた時、エリシアは小さく息を止めた。選手一覧の中に、昨日から気になっていた顔があった。寮長のフローラの近くにいる、あの上級生だ。
控え場所の奥で、クロエは壁に寄りかかっていた。灰色の髪を肩のあたりでまとめ、飾り気のない装備を身につけている。青い瞳は静かに伏せられ、腰の短剣にも手を伸ばさず、呼び出しを待っていた エリシアが近づくと、クロエは目を上げた。
「エリシア。三回戦で当たるんだね」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
クロエは軽く笑った。その表情には余裕が見えるが、挑発するような色はない。
エリシアは彼女の短剣を見た。自分と同じく、短い刃の武器だ。大剣やレイピアとは違い、間合いも動き方も似ている。今までの相手より、訓練で学んだ剣術をそのまま試すことができるかもしれない。
そう思う一方、エリシアはクロエの立ち方に違和感を覚えた。
力が抜けているように見える。けれど、隙だらけというわけではない。重心は安定していて、どこから動き出しても不思議ではなかった。
試合に出る直前、エリシアはアレクの言葉を思い出す。
肩や腰の動きを見る。剣先だけに気を取られない。相手の力を受け止めず、流して隙を探す。
今日も、それを忘れないようにしよう。
係員が控え場所へ入ってきた。
「女子剣術、三回戦第四試合。エリシアさん、クロエさん。試合場三へ移動してください」
二人は係員に続いて控え場所を出た。
通路から試合場へ向かう間、観客の声が少しずつ大きくなる。三回戦ともなると、会場に残っている選手の多くが実力者だ。観客席にも、勝ち残った選手の試合を目当てにする人々が集まっていた。
試合場三の周囲にも、すでに観客が並んでいる。
エリシアが闘技場へ入ると、客席の一角から名前を呼ぶ声がした。特待生の平民が勝ち進んでいることに注目している者がいるらしい。別の場所では、クロエの名を聞いた観客が小声で話していた。
二人は中央で向かい合う。
審判が武器を受け取り、短剣の刃が落とされていることと、先端が丸められていることを確認した。武器を返すと、審判は試合の注意を告げた。
「魔法の使用は禁止です。相手を戦闘不能にするか、降参を宣言させれば勝敗が決まります。危険と判断した場合は、こちらで試合を止めます。よろしいですね」
「はい」
「はい」
「それでは、構えて」
エリシアは短剣を構えた。クロエも、同じように短剣を正面に構える。
試合開始の合図が響く。
「始め!」
エリシアはすぐに動かなかった。
クロエもまた、先に攻めてこない。
二人の短剣が向かい合う。観客席のざわめきが、遠くに引いていったように感じられた。
エリシアはクロエの肩と腰を見た。構えには力みがない。視線はエリシアの胸元に置かれているが、剣先はわずかに低い。こちらの動きを待っているのか、それとも誘っているのか、判断がつかなかった。
先に動いたのはエリシアだった。
軽く踏み込み、短剣を相手の肩口へ向ける。クロエは大きく避けず、半歩だけ身体をずらした。エリシアの刃が空を切る。すぐにクロエの短剣が返ってくるが、その動きは速くも遅くもない。
エリシアは刃を受け流し、距離を取った。
――今のは、抑えた攻撃だった。
そう感じたが、確信は持てない。
クロエが踏み込む。エリシアは短剣を斜めに構え、相手の攻撃を外へ流した。そこから前へ出ようとする。しかし、クロエは反撃する間も与えず、先に一歩引いて間合いを戻していた。
短剣が二度、三度と交わる。
クロエの動きは簡潔だった。大きく振らず、余分な足運びもない。それなのに、エリシアが攻めるたびに、ちょうど届かない場所へ身体をずらす。
エリシアは攻撃を変えた。正面からの突きを見せてから、足を止め、相手の反応を待つ。
クロエは剣を動かさなかった。
エリシアはそのまま踏み込む。クロエの短剣がわずかに動いた。受けるための構えではなく、エリシアの刃を外へ導く動きだった。
短剣が触れ合う。
クロエの力は強くない。だが、エリシアの攻撃はすっと横へ流され、身体が前に泳いだ。
その瞬間、クロエの刃がエリシアの胸へ伸びた。
エリシアはどうにか身体をひねり、短剣を盾のように差し出す。鈍い音がして、刃が胸当てをかすめた。
審判は試合を止めない。エリシアは体勢を立て直し、距離を取った。
今の一撃は、確実に当てられる軌道だった。けれど、クロエは最後にわずかに力を抜き、刃先を外している。
手加減されている。
エリシアの胸に疑念が広がった。
クロエがまた攻めてくる。エリシアは短剣を受け流し、今度は踏み込まずに横へ逃れる。クロエは深追いしない。エリシアが距離を取れば、追撃の余地があるはずなのに、そこで攻撃を止めた。
戦いの形は続いている。だが、勝負の圧が感じられなかった。
クロエの剣は正確だった。エリシアの攻撃の癖を読み、最小限の動きで避け、反撃の機会も作っている。それなのに、決定打を狙ってこない。
エリシアは、相手の動きの中にわざと作られた隙を探した。誘いかもしれない。そこで不用意に飛び込めば、今度こそ打たれる。
慎重に、クロエの右肩を見る。腰を見る。前足を見る。
クロエの重心は、いつでも前へ出られる位置にあった。やはり隙ではない。力を抜いているように見せながら、必要なところには力が残されている。
エリシアは一歩近づいた。クロエが短剣を横へ動かす。エリシアはそれを受け流したが、今度はすぐに反撃しなかった。クロエがどう動くのかを見る。
クロエは、攻撃を止めた。
互いに、ほんの一瞬だけ静止する。
その一瞬を先に破ったのはクロエだった。
クロエが短剣を低く振る。エリシアはそれを受け、身体を外へ向ける。クロエの剣は力を加えず、エリシアの短剣をすべらせるように逸らした。
エリシアの体勢が崩れる。
ここで攻め込まれれば、負ける。
エリシアはそう思った。
けれど、クロエは追撃してこなかった。
むしろ、剣先が一瞬だけ止まった。
その間に、エリシアの身体が反射的に動いた。崩れた姿勢から足を踏み直し、相手の胸元へ短剣を伸ばす。
クロエは避ける動きを見せた。だが、その避け方がわずかに遅い。
エリシアの刃先が、クロエの胴当てに触れた。
「そこまで!」
審判の声が響く。
エリシアは動きを止めた。今、当たったのは自分の短剣だ。クロエの刃は、エリシアの身体に届いていない。
「勝者、エリシア!」
観客席がどよめいた後、拍手が起きた。
エリシアは短剣を下ろしたものの、勝った実感が湧かなかった。最後の一撃は、クロエが避けようと思えば避けられたように感じた。試合中の動きにも、何度か同じ違和感があった。
クロエは落ち着いた表情で短剣を鞘に戻した。
「ありがとうございました」
エリシアも礼を返したが、胸の疑問は消えなかった。
審判が勝者をもう一度告げ、二人は闘技場を降りた。会場脇の通路に出たところで、エリシアはクロエに声をかけた。
「クロエさん」
「なに?」
「どうして、わざと手を抜いたのですか?」
クロエは、きょとんとした顔をした。
「何の事? 君の方が強かった……それだけだよ」
それだけ言うと、クロエは踵を返し、人の流れの中へ歩いていった。
エリシアはその背中を見送った。呼び止めようか迷っていると、観客席からエドガーが駆け寄ってきた。彼は試合を最初から見ていたようで、闘技場とクロエの去った通路を見比べている。
「エリシア、大丈夫か?」
「うん。怪我はないよ」
エドガーはクロエが去った方へ視線を向けた。
「相当な手練だと思う」
「どうして手を抜いたのかな?」
エリシアが尋ねると、エドガーは少し考えた。
「平民のBクラスなんだ。変に負けられないうえに、目立つとかなり厄介だと思ったんじゃないか」
「あの人、寮長のフローラ様の近くにいつもいる人なんだ」
「それでかもな。あの聖女様より目立てば、自分の後ろ盾を蔑ろにすることになるからな」
エリシアは、クロエが最後に見せた一瞬の動きを思い返した。
実力を隠したかったのだろうか。それとも、エドガーが言うように、フローラの立場を気遣ったのか。
答えは分からない。
ただ、あの短い試合の中で、クロエは終始エリシアを上回っていたように思える。最後に勝てたのは、自分が強かったからなのか。それとも、クロエが勝つ気を見せなかったからなのか。
考えても、はっきりとはしなかった。
エリシアは短剣を鞘に戻し、次の呼び出しに備えて控え場所へ向かった。
四回戦までは、少し時間があった。
◇
昼を過ぎると、会場の人の流れはさらに増していた。
試合を終えた生徒が選手待機所から出てきて、次の競技の準備をする者と入れ替わる。観客席では売店の食べ物を手にした人々が、午前の試合について感想を話し合っていた。
エリシアは救護所で肩や手首を確認してもらい、問題ないと告げられた。クロエとの試合で大きな打撃は受けていない。疲れはあるが、四回戦を戦える状態だった。
待機場所に戻ると、係員が次の試合順を告げていた。エリシアの四回戦の相手は、三年生の騎士爵令嬢。前回大会でベスト4に入り、今年の優勝候補の一人と目されている選手だった。
名は、マリアンヌ・グレイフォード。
武器は大剣。
名簿を見たエリシアは、知らず知らずのうちに短剣の柄を握りしめた。
大剣相手の訓練はしてきた。しかし、マリアンヌは三年生で、前回大会でも上位まで勝ち進んでいる。これまで対戦した相手とは経験が違う。
「エリシア」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、エドガーが待機所の入口に立っていた。彼は男子剣術部門の四回戦を不戦勝で突破したという。対戦相手が前の試合で負傷し、棄権したためだった。
「エドガー、試合は?」
「相手が怪我で棄権した。俺は不戦勝だ」
「そうだったんだ。怪我は大丈夫なのかな」
「本人は医務室で診てもらっている。大きな怪我ではないと聞いたよ」
エドガーはエリシアの手元と肩を見た。
「クロエとの試合で打たれたところは?」
「少し肩が疲れているくらい。大丈夫だよ」
「無理はするな。次は前回大会のベスト4だ。相手の大剣は重いはずだ」
「うん。分かってる」
「俺も観客席から見る。試合前に、もう一度構えを確かめておけ」
エドガーが見に来られると分かり、エリシアは少し安心した。アレクは魔法部門の試合が続いていて、まだ会えていない。けれど、エドガーが近くで見てくれる。
エリシアは短剣を抜き、軽く構えた。柄の握り方、足の位置、肩の力。訓練で何度も確かめたものを、自分で確認する。
「大剣の攻撃を正面から受け止めるな。力を逸らして、相手の体勢が崩れるのを待つ。だが、相手は経験がある。誘いに乗るなよ」
「分かった」
「勝つことばかり考えて、無理に懐へ飛び込むな。隙を見つけられなければ、一度距離を取り直せ」
「うん」
係員が、エリシアの試合を呼び出した。
「女子剣術、四回戦第二試合。エリシアさん、マリアンヌ・グレイフォードさん。試合場一へ移動してください」
エドガーは観客席へ向かうため、別の通路へ進んだ。
「見ているからな」
「うん。行ってきます」
エリシアは係員の後を追った。
試合場一は、会場の中でも大きな闘技場だった。観客席は高く組まれ、周囲には多くの人々が集まっている。前回大会ベスト4のマリアンヌが出場するとあって、注目度も高いらしい。
闘技場の反対側では、マリアンヌが待っていた。
背は高く、鍛えられた腕と肩が鎧の上からでも分かる。赤みのある茶髪を首の後ろで束ね、両手で大剣を支えていた。刃は落とされ、先端は丸められているが、試合用でも相当な重量があるように見えた。
エリシアは自分の短剣と、マリアンヌの大剣を見比べた。
間合いも、重さも、まるで違う。
審判が二人の武器を確認し、規則を説明する。魔法は禁止。相手を戦闘不能にするか、降参を宣言させることで勝敗が決まる。危険な場合は試合を止める。
「構えて」
マリアンヌは大剣を両手で構えた。剣先を地面すれすれまで下げ、そこからゆっくり持ち上げる。その動きだけで、刃の重さが伝わってくる。
エリシアは短剣を胸の前へ置き、足を開いた。
「始め!」
試合開始の声と同時に、マリアンヌは大剣を振り上げた。
エリシアは横へ走る。大剣が振り下ろされ、砂が跳ねた。刃はエリシアのいた場所を叩き、地面に深い跡を残す。
観客席からどよめきが起きた。
エリシアは攻撃の軌道を見た。大きく振りかぶる動きは分かりやすい。しかし、避けるだけでは試合にならない。マリアンヌが剣を引き戻す瞬間、エリシアは距離を詰めた。
短剣を胴へ向ける。
マリアンヌは剣の柄を回し、鍔に近い部分で短剣を受けた。重い大剣が横へ動き、エリシアの短剣を弾く。エリシアは手首に衝撃を受けながらも、力を逃すように身体を回して後方へ下がった。
正面から受けていれば、短剣ごと腕を持っていかれていた。
マリアンヌはその場で追撃せず、剣先を構え直した。
「よく避けたな。だが、いつまで逃げられるかな」
「逃げているつもりはありません」
エリシアは相手の足を見る。大剣を振るった後、マリアンヌは踏み込んだ足を崩していない。剣を戻す動きも安定している。大きな攻撃の後に隙ができると思っていたが、経験を積んだ剣士には簡単に通じない。
マリアンヌが今度は横薙ぎに振るった。
エリシアは低く身を屈めた。大剣が頭上を通り過ぎる。風圧で髪が揺れた。刃が通り過ぎるのを見届けてから、エリシアは足を踏み出す。
マリアンヌは剣を止めるのではなく、そのまま回転させて次の攻撃につなげた。
エリシアは反応が遅れ、短剣で大剣の側面を受ける。衝撃が腕を走り、膝がわずかに沈んだ。
重い。
一撃を逸らしても、衝撃は完全には消せない。二度、三度と受け続ければ、腕がもたなくなる。
エリシアはすぐに距離を取った。マリアンヌは追ってくる。大剣を肩の上に構え、間合いを詰めながら振り下ろした。
エリシアは右へ避ける。剣が地面に当たる直前、切っ先の動きを短剣で押し流した。軌道がわずかに逸れ、刃はエリシアの足元を外して砂を掘った。
その一瞬、マリアンヌの体勢が前へ傾く。
エリシアは踏み込んだ。狙いは脇腹。大剣を振り下ろした直後で、両腕は下がっている。
しかし、マリアンヌは膝を曲げて体勢を立て直し、肩を回して大剣の柄を引いた。鍔がエリシアの短剣にぶつかる。短剣が押し戻され、エリシアの身体も後ろへ押された。
観客席から歓声が上がった。
エリシアは一歩、二歩と後退して距離を取った。指先が痺れている。短剣を握る手にも、少しずつ疲労がたまっていた。
マリアンヌは大剣を構え直す。
「今の間合いで踏み込めるのは大したものだ。だが、短剣で大剣の懐に入るのは容易ではない」
「それでも、入らないと勝てません」
「そうだな」
マリアンヌは再び剣を振り上げた。
エリシアは視線を相手の肩と腰へ向けた。大剣の動きに合わせるのではなく、身体の重心が移る瞬間を探す。
剣が振り下ろされる。エリシアは後ろへ下がらず、斜め前へ踏み込んだ。刃の軌道から外れながら、短剣を大剣の側面に添える。力を受け止めず、流す。
大剣が地面へ落ちる。マリアンヌの身体が前へ傾く。
エリシアは脇を狙った。短剣の先端が鎧の隙間へ届く前に、マリアンヌが腰を捻った。刃は肩当てをかすめただけだった。
マリアンヌは即座に大剣を引き戻す。エリシアは身をかがめて刃を避けたが、剣の柄が肩に当たり、身体が横へ流れた。
片膝が砂につく。
観客席の声が、一瞬途切れた。
エリシアは息を詰めた。肩に鈍い痛みが走る。短剣を握る指が緩みかけるが、柄を握り直した。
審判が近づく。
「続行できますか?」
「はい。続けられます」
エリシアは立ち上がった。肩は痛むが、腕は動く。短剣も落としていない。
審判は彼女の顔色を確かめてから、試合の続行を告げた。
マリアンヌは構えたまま、エリシアを見つめていた。
「無理はするな。試合はまだある」
「分かっています」
エリシアは呼吸を整えた。自分より大きな相手。重い大剣。これまでの稽古より、はるかに大きな力がぶつかってくる。
けれど、倒れてはいない。戦えないわけでもない。
大剣の攻撃は強い。正面から受ければ、こちらが先に疲れ切る。攻撃の後にできる隙も、相手はすぐに埋めてくる。ならば、狙うのは一撃の後ではない。剣を振るために足を踏み替える、そのわずかな瞬間だ。
マリアンヌが前へ出た。
エリシアは後退しながら、相手の歩幅を数える。大剣が振り上がる。今度は振り下ろしではなく、横へ払う構えだった。
エリシアは動かない。
剣が横薙ぎに来る直前、マリアンヌの前足が砂を踏みしめた。その足に体重が乗り、腰が回る。
エリシアは剣の軌道へ短剣を当てず、半歩後ろへ引いた。大剣の先端が目の前を通り過ぎる。剣先が一番遠くを通る間、マリアンヌの肩と腰は横を向いていた。
エリシアは、その場から前へ入った。
マリアンヌは剣を戻そうとする。だが、長い大剣を引き寄せるには時間がかかる。エリシアは短剣を両手で支え、マリアンヌの胸当てへ押し当てた。
審判がすぐに二人の間へ割って入る。
「そこまで!」
エリシアは短剣を引き、距離を取った。
審判はマリアンヌへ、続行可能か確認する。マリアンヌは息を吐き、頷いた。
「まだ戦える」
試合は続行となった。
エリシアの胸にも、疲れが広がっていた。肩は痛み、腕は痺れている。短剣を握る手は汗で滑りやすくなっていた。
マリアンヌも息を切らしている。大剣を振り続けた腕に疲れが見え始めていた。けれど、構えは崩れていない。
残された時間の中、二人は互いに間合いを探る。
マリアンヌが先に動いた。大剣を下段から斜めに振り上げる。エリシアは後ろへ下がらず、剣の根元へ近づくように身体を寄せた。刃の勢いが強くなる前に、短剣を添えて外へ流す。
マリアンヌの剣が肩の上を通過する。
エリシアは一歩踏み込んだ。短剣の先端を相手の胸元へ向ける。
マリアンヌは大剣の柄を戻そうとするが、刃の軌道を変えるには間に合わない。エリシアの短剣が胸当てに触れた。
「そこまで!」
審判が試合を止めた。
二人はすぐに武器を下げる。審判はマリアンヌの状態を確かめた後、勝敗を告げた。
「勝者、エリシア!」
会場が大きく沸いた。
エリシアは短剣を下げ、深く息を吐いた。全身が重い。肩は痛み、腕の痺れも残っている。それでも、最後まで立っていた。
マリアンヌは大剣を下ろし、エリシアへ向き直った。
「見事だった。大剣の重さを正面から受けず、振り切った後ではなく、踏み替えに合わせて入ってきたな」
「何度も訓練しました。でも、受けるたびに腕が痺れて……」
「短剣であの重さを受け続ければ、いずれ動けなくなる。よく見極めた」
マリアンヌは手を差し出した。エリシアはその手を握る。
「ありがとうございました」
「次も頑張れ。今日はよく休むことだ」
「はい」
闘技場を降りると、エドガーが駆け寄ってきた。
「エリシア、大丈夫か?」
「うん。肩は少し痛いけど、動かせるよ」
「医務室で診てもらおう。念のためだ」
エリシアは頷いた。エドガーは彼女の歩幅に合わせ、救護所へ向かった。
◇
医務室で肩を診てもらうと、打撲はあるものの、大きな怪我ではないと言われた。冷やしておけば明日には動けるだろうとのことだった。
診察を終えて外へ出ると、会場からはまだ試合の歓声が聞こえていた。エリシアは観客席の方を見たが、アレクの姿は見つけられなかった。魔法部門の試合が続いているのだろう。
「アレク殿下はまだ試合中かな」
「そうかもしれないな。俺も不戦勝じゃなければ、今ごろ試合をしていたはずだ」
エドガーはそう言って、エリシアの肩を気遣うように見た。
「今日の試合、よく勝ったな。マリアンヌ先輩は前回のベスト4だ。正面から受けていたら、最後まで持たなかった」
「訓練でアレクに、大きな剣の攻撃をいなす方法を教えてもらったから。それに、エドガーにも足運びを教わったよ」
「役に立ったならよかった」
エリシアは三回戦のクロエを思い返した。圧倒的に上手かったのに、最後の一撃を避けなかったように思える。エドガーの言った通り、フローラの後ろ盾を気にしていたのかもしれない。
だが、確かめる方法はない。
「明日も試合がある。今日は肩を休めろよ」
「うん。ありがとう」
二日目の試合は、ここで終わった。
女子剣術部門で三回戦、四回戦を勝ち抜いたエリシアは、五回戦へ進むことが決まった。次の試合は三日目。対戦相手は、まだ決まっていない。
会場の外では、夕暮れの王都に灯りがともり始めていた。大会の旗が風に揺れ、観客たちは今日の試合を語りながら帰路についている。
エリシアは肩をかばいながら、エドガーとともに寮へ戻った。
明日、勝てばさらに先へ進める。
そして、その先にはクラリスがいるかもしれない。
エリシアは短剣の柄に手を添えた。今日の二試合を勝ち抜いた疲れはある。それでも、まだ戦える。ここまで積み重ねてきたものを、次の試合でも出し切るつもりだった。




