第412話 武芸大会初日
大会初日の朝、王都はいつもより早く目を覚ましていた。
王立ビスタ魔法学園へ続く大通りには、夜明け前から大勢の人が集まっていた。道沿いには色とりどりの旗が掲げられ、露店の商人たちは商品を並べている。焼き菓子や串焼きの匂いが漂い、呼び込みの声と人々の話し声が朝の街に響いていた。
武芸大会は、王都の三大行事の一つに数えられている。学園の生徒が技を競う催しでありながら、王都の住民にとっても大きな祭りだった。試合を見に来た人々、露店を楽しみにしている家族連れ、貴族の子弟の活躍を見ようと集まった者たちが、学園へ向かって次々と歩いていく。
女子寮の部屋で、エリシアは最後の確認をしていた。
制服の上から大会用の軽装を身につけ、腰には練習用の短剣を吊るしている。刃は落とされ、先端も丸められている。試合用に選んだ短剣は、訓練場で使い続けたものと同じ形だった。
机の上には、髪をまとめるための紐が置かれていた。エリシアは髪をひとつに結び、手袋の留め具を締め直す。短剣が鞘に収まっていることを確かめ、柄を握って手に馴染む感触を確かめた。
準備はできている。
それでも、胸の鼓動は落ち着かなかった。
今日は大会初日。午前中に開会式があり、午後から魔法部門と男女の剣術部門の一回戦、続いて二回戦が行われる。エリシアは女子剣術部門に出場する。勝ち進めば、一日に二試合を戦うことになる。
大会までの一か月、エリシアは放課後のたびに訓練を重ねてきた。アレクに教わり、時にはエドガーにも稽古を見てもらった。最初は構えを保つだけで精一杯だったが、今では相手の肩や腰の動きから攻撃を読み、短剣で軌道を逸らすこともできるようになった。
できるようになったことは、確かにある。
けれど、今日の相手がどんな剣を使い、どんな動きをするのかは分からない。訓練場での稽古と、本番の試合は違う。観客の前で剣を向けられた時、自分がどう動くのかも分からなかった。
エリシアは短剣の柄をそっと握った。
「大丈夫。練習してきたんだから」
自分に言い聞かせるように呟き、鞄を手に部屋を出た。
女子寮の廊下には、大会へ向かう生徒たちが集まっていた。武芸大会は全校生徒が参加する行事だ。剣術や魔法の試合に出場する者もいれば、競技運営や審判補助、各会場の案内を担当する者もいる。選手ではない生徒たちも、それぞれの役割を確認し、友人や同じクラスの生徒へ声を掛けていた。
玄関ホールでは、寮長のフローラが数人の生徒に会場への道を説明していた。初めて大会運営を手伝う下級生たちが、観客席の入口や選手受付の場所を尋ねている。
エリシアに気づくと、フローラはやわらかく微笑んだ。
「エリシアさん、ご準備は整いましたか?」
「はい。短剣も確認しました」
「それはよかったです。今日は大勢の方がいらっしゃいますから、どうかお気をつけください。選手の皆さんが通る受付は、観客席の入口とは別になっています」
「ありがとうございます」
「試合の前は、誰でも心細くなるものです。けれど、エリシアさんが重ねてきた努力は、きっと力になってくれます。どうか落ち着いて、教わったことを思い出してください」
「はい。行ってきます」
「ええ。どうかご無事で。心より応援しています」
フローラは胸の前で手を重ね、穏やかな笑顔を向けた。
寮を出ると、空は明るく晴れていた。学園へ続く道は、人の流れで埋まっている。正門には王国の紋章と学園の旗が並び、係の生徒たちが観客を案内していた。
広い運動場には、大会用の試合場がいくつも設けられている。魔法部門の試合場は防護壁で囲われ、剣術部門には砂を敷いた円形の闘技場が並んでいた。試合場ごとに観客席が組まれ、その周りには選手の待機場所や救護所、審判の控室も設けられている。
係員たちは案内板を運び、出場者の名前が書かれた札を確認していた。選手の家族らしき人々が待機場所の近くで声を掛け、観客席ではすでに試合順を確認する声が聞こえてくる。
エリシアは観客の流れから離れ、選手受付へ向かった。
受付では係の上級生が名簿を確認し、試合番号の札を渡している。
「女子剣術部門、エリシアさんですね。こちらが一回戦の試合番号です。控え場所は第三待機所になります。呼び出しがあるまで、そちらでお待ちください」
「分かりました」
渡された札には、試合場の番号と対戦相手の名前が記されていた。
一回戦の相手は、同じ一年生でCクラスに所属する平民の少女だった。名はリナ。入学後に廊下で見かけたことはあるが、話したことはない。
受付を離れたエリシアは、控え場所へ向かう途中で開会式の様子を目にした。
壇上には学園長が立ち、王都の代表者や貴族たちがその後ろに並んでいる。観客席はほとんど埋まり、開会を待つ人々の声が会場を包んでいた。
「本日より七日間、王立ビスタ魔法学園武芸大会を開催する。出場する生徒たちは、日々の研鑽を発揮し、互いを尊重して競技に臨むように。運営に携わる生徒たちも、担当する役目を全うしてほしい。観覧される皆様は、選手たちの健闘を温かく見守っていただきたい」
学園長が大会の開催を宣言すると、観客席から大きな拍手が起きた。
続いて、魔法部門、男子剣術部門、女子剣術部門の代表選手が紹介される。名前が読み上げられるたびに、拍手や歓声が上がった。
エリシアの名前が呼ばれた時、拍手はまばらだった。しかし、特待生の平民が剣術部門に出場するという話は、すでに生徒たちの間で広まっているようだった。客席のあちこちから、彼女を探す視線が向けられる。
エリシアは一礼し、顔を上げた。
開会式が終わると、会場は一気に動き出した。観客は目当ての試合場へ移動し、選手たちは控え場所へ戻る。競技運営を担当する生徒たちは、案内板の位置を確かめ、観客の誘導や試合の進行を始めた。係員が試合順を確認し、審判が各試合場の安全を確かめていた。
第三待機所には、女子剣術部門の出場者が集まっていた。貴族の令嬢たちは剣帯の位置を直し、付き添いから水を受け取っている。試合前の助言を聞く者もいれば、目を閉じて集中する者もいた。
その中に、短剣を腰に吊るした少女がいた。栗色の髪を後ろで束ね、飾り気のない練習着を着ている。彼女の腕や手の甲には、剣を握ってできた小さな傷がいくつも見えた。
エリシアが札に記された名を確かめると、少女もこちらに気づいた。
「エリシアさん?」
「はい。あなたがリナさん?」
「そう。私、Cクラスなの。まさか一回戦で同じ一年生同士になるとは思わなかった」
リナは緊張を紛らわせるように笑った。
「私も。お互い初めての大会だね」
「うん。エリシアさんは聖属性の特待生だから、魔法部門に出ると思ってた」
「魔法部門では魔法具を使えないから。剣術なら出られるかもしれないと思って」
「そうなんだ。私も魔法は苦手で、剣術にしたの」
リナは腰の短剣に手を置いた。刃のない試合用の武器だが、柄は長く使ってきたもののように手に馴染んでいる。
「剣術は前から習っていたの?」
「本格的に習い始めたのは学園に入ってから。授業で先生に教えてもらってる。エリシアさんは?」
「私も大会に出ると決めてから練習を始めたの。友達に教えてもらってるんだ」
「そうなんだ。私も剣術を始めてから長くないけど、少しでも練習してきたから。お互い、できることをしよう」
「そうだね。よろしくね」
短い挨拶を交わすと、二人はそれぞれ準備に戻った。相手を警戒する気持ちはある。それでも、リナの態度に敵意は感じられなかった。
やがて、係員が待機所に入ってくる。
「女子剣術、一回戦第三試合。エリシアさん、リナさん。試合場二へ移動してください」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が強く跳ねた。
エリシアは短剣の柄を確かめる。手袋の留め具も問題ない。リナも一度息を吐いてから立ち上がった。
「行こう」
「うん」
二人は係員に続いて試合場へ向かった。
試合場二の周りには、すでに観客が集まっていた。円形の闘技場には砂が平らにならされ、中央には審判が立っている。観客席では、直前の試合を終えた選手に拍手が送られていた。
エリシアが闘技場へ入ると、視線が一斉に集まった。平民の特待生が出場していることに興味を持った者もいるのだろう。客席の一角から、彼女の名を囁く声が聞こえた。
反対側からリナが入場し、審判の前で向かい合う。
「武器を確認します」
審判は二人の短剣を受け取り、刃が落とされ、先端が丸められていることを確かめた。柄や鍔にも異常がないか調べた後、それぞれに返す。
「試合中、魔法の使用は禁止です。属性付与や身体強化も認められません。使用が確認された場合は失格。相手を戦闘不能にするか、降参を宣言させた方が勝者となります。危険と判断した場合、審判が試合を止めます。よろしいですね」
「はい」
「はい」
二人は答えた。
「それでは、構えて」
エリシアは右足を引き、膝を軽く緩める。短剣を胸の前に構えた。手のひらに汗が滲み、柄がわずかに滑る。握りしめすぎないよう、指の力を調整した。
リナも短剣を構えた。緊張は見えるが、姿勢に迷いはない。
「始め!」
審判の声が響く。
リナが先に動いた。低い姿勢から一気に間合いを詰め、エリシアの手元へ短剣を振るう。
エリシアは剣先だけを見ないよう意識した。リナの右肩が動く。腕に力が入る。その動きを捉え、半歩外へずれながら短剣を斜めに添えた。
リナの攻撃が逸れ、空を切る。
反撃をしようとしたが、リナはすぐに足を引き、間合いを取り直した。エリシアの短剣は届かない。
互いに構えたまま、相手の動きを探る。観客席から、試合の成り行きを見守るざわめきが広がった。
リナは今度、正面からではなく、エリシアの左側へ回り込むように動いた。エリシアは身体の向きを変え、短剣を振り下ろす攻撃を受け流す。足を引いて距離を保つ。
リナの動きは速い。短剣の扱いにも慣れている。二度、三度と打ち合ううち、エリシアの手首に鈍い痛みが広がった。
それでも、正面から受け止めてはいない。
相手の力を逸らし、次の動きを考える。短剣の間合いへ踏み込む機会を探す。
リナが大きく踏み込んだ。右から左へ、斬り払うような攻撃が来る。
エリシアは肩の向きから攻撃を察し、短剣を斜めに添えた。リナの剣が外へ流れる。
その瞬間、エリシアは一歩踏み込んだ。
短剣の切っ先がリナの胸元へ向かう。リナは身体をひねって避けようとしたが、踏み込んだ足が戻りきっていない。エリシアは無理に追わず、丸められた切っ先を胸当てに当てた。
「そこまで!」
審判が二人の間に入った。
「勝者、エリシア!」
観客席から拍手が起きる。
エリシアは短剣を下げ、息を吐いた。戦いが終わると、張り詰めていた身体から一気に力が抜けそうになった。
リナも短剣を下ろし、悔しそうに唇を結んでいたが、すぐにエリシアへ手を差し出した。
「おめでとう。受け流しが上手かった」
「ありがとう。リナも速くて、何度も追いつけなかった」
「私もまだまだだね。次も頑張って」
「うん。ありがとう」
二人は握手を交わした。
控え場所へ戻ったエリシアは、水を受け取り、手首を軽く回した。打ち合いの衝撃は残っているが、痛めた様子はない。短剣を握る手には汗がにじんでいた。
係員が次の試合を告げている。試合場の外では、観客が勝敗について話し、選手たちは呼び出しを待っていた。
エリシアは観客席を見渡した。アレクの姿は見当たらない。彼も魔法部門の一回戦に出場している。別の試合場にいるはずだった。
「アレク殿下も、もう試合が始まったかな……」
呟いて水を飲む。
一回戦を勝てたことは嬉しい。けれど、今日はもう一試合ある。勝ち進むなら、次の相手にも勝たなければならない。
エリシアは係員に二回戦の試合番号を確認した。相手は二年生、Bクラスの貴族令嬢。セシリア・ハルトマン。茶色の髪を編み込み、細身のレイピアを使う選手だった。
短剣とレイピアでは間合いが違う。相手は一年先輩で、剣術の経験も自分より長いだろう。
胸に緊張が戻る。
待機場所の隅では、別の試合を終えた選手が肩を冷やしていた。付き添いの生徒が濡らした布を渡し、怪我がないかを確かめている。係員は次の試合順を確認し、審判は武器の状態を念入りに調べていた。
大会は、思っていた以上に慌ただしい。試合に出る者も、観客も、運営する者も、誰もが時間に追われている。
エリシアは目を閉じて息を整えた。
肩の動きを見る。力で受け止めない。攻撃の軌道を逸らし、相手の体勢を見てから踏み込む。
訓練で繰り返した言葉を、一つずつ思い出す。
「エリシアさん。次の試合の準備をしてください」
係員に呼ばれて、彼女は立ち上がった。
短剣の柄を確かめ、手袋の留め具を締め直す。深く息を吸い、ゆっくり吐いた。
通路の向こうから、セシリアが試合場へ入ってくる姿が見えた。落ち着いた表情で、細身のレイピアを手にしている。刃を落とされた試合用の剣でも、その切っ先はエリシアの短剣より長かった。
セシリアはエリシアを一度見た。敵意はないが、余裕のある目をしている。
「よろしくお願いします」
エリシアが頭を下げる。
「こちらこそ。あなたが特待生のエリシアさんね。アレク殿下に剣を習っていると聞いているわ」
「はい」
「どれほど身についたのか、試合で見せてもらうわね」
柔らかな声だったが、試すような響きがあった。
「できることをします」
エリシアは短く答えた。
審判が二人の武器を確認し、試合のルールを告げる。魔法は禁止。相手を戦闘不能にするか、降参を宣言させることで勝敗が決まる。危険な行為は禁止され、審判は選手の状態を見ながら試合を進める。
二人が構えると、観客席から静けさが広がった。
「始め!」
セシリアはすぐには動かなかった。
レイピアの切っ先をエリシアへまっすぐ向け、距離を保っている。短剣の間合いより遠い。エリシアが踏み込めば、相手の突きが先に届く。
エリシアは大きく動かず、セシリアの肩と腰を観察した。腕に余計な力はなく、構えにも隙がない。レイピアの先端だけが小さく揺れている。
先に動けば、相手の間合いへ入ることになる。
エリシアは横へ一歩動いた。セシリアの視線と剣先が、わずかに追ってくる。
次の瞬間、レイピアが突き出された。
エリシアは身体をひねり、どうにか避ける。切っ先が胸元をかすめた。短剣で受け流そうとしたが、攻撃の出が予想より速く、わずかに間に合わない。
セシリアは剣を引き、間を置かずに二度目の突きを繰り出した。
今度はエリシアが短剣を添え、レイピアの軌道を外へ逸らす。切っ先が肩の外へ流れた。セシリアは深追いせず、すぐ元の間合いへ戻る。
短剣の間合いに入れない。
エリシアは訓練場での稽古を思い返した。アレクは大きな動きで剣を振り、エドガーも王国式の剣を使っていた。だが、セシリアの動きは小さい。構えをほとんど変えず、腕と手首の動きだけで鋭い突きを繰り出す。
相手の力をいなす以前に、攻撃の出どころを見極めなければならなかった。
セシリアがまた一歩踏み込む。今度は胸ではなく、エリシアの腕を狙った突きだった。
エリシアは短剣で受けた。金属音が鳴り、手首へ衝撃が伝わる。だが、剣を弾かれるほどではない。エリシアは体勢を崩さず、半歩下がった。
「よく受けたわね」
セシリアが言った。
「でも、まだ届かない」
「はい。距離を詰めないと、短剣は届きません」
セシリアは剣先を揺らし、エリシアが動くのを待つ。攻め急がず、距離を保つ戦い方だった。
エリシアは焦らず、相手を見る。レイピアの切っ先、手首、肩、腰。動きのわずかな変化を探す。
セシリアが踏み込んだ。胸への突き。エリシアは身体を横へずらし、短剣でレイピアを外へ押し流した。剣が逸れたところで、間合いを詰める。
セシリアは後ろへ下がりながら、レイピアを引き戻す。エリシアの短剣が届く前に、剣先が彼女の肩へ触れた。
鈍い衝撃に、エリシアの身体がわずかに揺れる。足が砂を滑り、片膝が地面へついた。
審判がすぐに二人の間へ入った。
「続行できますか?」
「はい。大丈夫です」
エリシアは息を整えながら立ち上がった。肩に痛みはあるが、腕は動く。視界も揺れていない。
審判は彼女の様子を確かめ、セシリアにも危険な攻撃をしていないか目を向けた。それから、試合を再開する合図を出す。
エリシアは構え直した。まだ終わりではない。戦闘不能でも、降参でもない。自分は立てる。
セシリアは剣先を向けたまま、慎重に距離を取った。
エリシアは相手の間合いに入る方法を考えた。正面から踏み込めば、突きを受ける。攻撃を受け流すだけでは、相手はすぐに距離を取り直す。ならば、相手に後退する場所を選ばせる必要がある。
エリシアは少しずつ横へ動き、セシリアの進路を試合場の端へ向けた。相手が動けば追うのではなく、先回りするように足を運ぶ。
セシリアの眉がわずかに動いた。
レイピアが繰り出される。エリシアは身をかわし、短剣で剣先を逸らした。今度はすぐに踏み込まず、セシリアが剣を引く動きを見てから一歩進む。
セシリアは後ろへ下がったが、試合場の端が近い。大きく距離を取ることができない。
再び突きが来る。
エリシアは短剣を添え、軌道を外へ流す。セシリアの腕が伸びきった瞬間、エリシアは間合いへ踏み込んだ。
相手はレイピアを引き戻そうとする。エリシアは短剣でその剣身を押さえ、もう一歩だけ身体を寄せた。切っ先がセシリアの胸当てに届く。
「そこまで!」
審判が二人の間に入り、両者の武器を下げさせた。
「試合終了。勝者、エリシア!」
観客席から大きな拍手が上がった。
エリシアは短剣を下ろし、肩で息をした。勝ったのだと理解しても、すぐには実感が湧かなかった。膝に力が入り、ようやく自分が二回戦を突破したのだと分かる。
セシリアはレイピアを下ろし、静かに頭を下げた。
「おめでとう。最初は距離を詰められなかったのに、途中からこちらの動きをよく見ていたわ」
「ありがとうございます。セシリアさんの突きは、とても速かったです」
「あなたは相手をよく見ているのね。短期間の練習でここまで動けるのは、教わったことを素直に身につけているからでしょう」
セシリアの言葉に、エリシアは頭を下げた。
「友達が、丁寧に教えてくれました」
「そう。いい友人に恵まれたのね」
「はい」
二人は礼を交わし、試合場を離れた。
控え場所へ戻ったエリシアは、水を飲んだ。右手首には疲れが残り、肩も少し重い。それでも、どこかを痛めた様子はなかった。
勝てた一回戦。苦戦の末に勝ち抜いた二回戦。
二つの試合を通して、できたことと、まだ足りないことがはっきりした。相手の肩や腰を見て攻撃を読むことはできた。大きな攻撃を逸らし、間合いを詰めることもできた。レイピアのように小さな動きで突いてくる相手には苦戦したが、相手の動きに合わせて距離を変え、最後には勝つことができた。
訓練場での稽古と、大勢の観客に囲まれた試合は違う。剣が目の前に迫る時の緊張も、地面に膝をついた時の痛みも、実際に試合を経験しなければ分からなかった。
エリシアは膝の上で手を握った。
疲れている。けれど、もう一度試合をしたいと思えるほど、心は熱を帯びていた。
会場では、まだ魔法部門と男子剣術部門の試合が続いている。アレクの試合も、どこかの試合場で行われているはずだった。
「アレク殿下は勝ったかな……」
今日はお互いに試合があるため、エリシアの試合を見に来られないと聞いていた。彼女もアレクの試合を見に行けなかった。試合が終わったら結果を尋ねようと思う。
係員が、初日の女子剣術部門の試合終了を告げた。勝ち残った選手たちは、明日の集合時刻を確認してから待機所を後にしていく。
エリシアも短剣を鞘へ収め、選手入口から外へ出た。
夕方の王都は、朝にも増して賑やかだった。露店の灯りが通りに並び、観客たちは試合の感想を語り合いながら帰路についている。大会の旗が風に揺れ、遠くの試合場から最後の歓声が届いていた。
エリシアは一度だけ会場を振り返った。
明日は三回戦だ。
どんな相手が待っているのか、まだ分からない。今日のように勝てる保証もない。それでも、まずは目の前の試合に集中しよう。積み重ねてきた訓練と、試合で得た経験を次へつなげるのだ。
エリシアは短剣の柄に触れ、寮へ戻る人波の中を歩き出した。




