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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第10章 癒しの護り手と悪役令嬢

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第411話 積み重ねた一か月

 それから一か月、エリシアとアレクは放課後の訓練を続けた。


 授業が終わると、二人は冒険者ギルド協会へ向かい、空いている訓練場を借りる。休日は依頼を受けるため、剣を握るのは主に放課後だった。時折エドガーも加わり、二人の稽古を見ながら助言をくれた。


 最初の数日は、構えを覚えるだけで精一杯だった。


 短剣を握る手には余計な力が入り、腕を上げているだけで肩が疲れる。アレクの剣を受け止めようとすれば、短剣ごと弾かれた。攻撃を避けようと後ろへ下がれば、間合いを詰められて追い込まれる。


 何度も打たれ、何度も姿勢を崩した。


 それでも、エリシアは休憩を挟んでは訓練を続けた。


「相手の剣だけを見るな。肩や腰、足の動きを見るんだ」


 アレクは剣を構えながら繰り返し教えた。


「剣が動き出してから反応するのでは遅い。身体のどこに力が入っているかを見れば、次の動きが分かることがある」


「分かってはいるんだけど……」


 アレクがゆっくり剣を振るう。エリシアは剣先を追い、受け流すため短剣を動かした。けれど、意識が剣へ向きすぎて、動き出しに遅れる。


 木と金属がぶつかる鈍い音がした。


「今のは剣を見すぎていたな」


「うん。肩を見るのを忘れてた」


「次はそこを意識しよう。攻撃を止めるんじゃなく、逸らす。短剣で大きな剣を正面から止めるのは難しいからな」


 エリシアは息を整え、構え直した。


 王宮貴族式の剣術は、相手の力を受け止めるのではなく、いなして隙を作り、そこへ攻撃を通す剣術だ。短剣は大きな剣に比べて間合いが短く、力でも劣る。だからこそ、相手の動きを読み、無駄なく動く必要がある。


 エリシアは、教わった動きを一つずつ頭の中で整理した。


 右肩が前へ出る。腰が回る。後ろ足に体重が乗る。そこから剣が振られる。


 アレクの剣が動き出す直前、エリシアは肩の動きを捉えた。短剣を斜めに添え、剣の進む方向へわずかに押し流す。


 アレクの剣が、エリシアの肩を外れて空を切った。


「今のだ」


 アレクが剣を下ろす。


「できた……!」


「攻撃を止めずに逸らせた。今の感覚を覚えておけ」


 エリシアは短剣を握ったまま、先ほどの動きを思い返した。相手の剣を力で押し返したわけではない。剣の軌道に沿って動かし、ほんの少し横へ流しただけだった。


「同じことをもう一度できるかな」


「できるまで繰り返せばいい」


 アレクの言葉に、エリシアは頷いた。


 その日の訓練では、同じ動きを何度も繰り返した。成功する時もあれば、剣を弾かれる時もある。だが、以前のように何を間違えたのか分からないまま倒されることは減っていった。


 訓練を重ねるにつれ、エリシアの動きは少しずつ変わった。


 剣を受け流す時に腕だけで動かさず、足と腰も使う。相手の攻撃を逸らした後、すぐに反撃しようと焦らず、相手の体勢を確かめる。踏み込む時は後ろ足を置き去りにせず、次の動きへ移れるよう重心を保つ。


 アレクは、練習相手を務めながら、時には王国式の大きな剣を想定した攻撃を、時には短い動きで間合いを詰める攻撃を繰り出した。エリシアはそのたびに対応を考え、失敗すれば理由を尋ね、もう一度試した。


 ある日の訓練では、エドガーも加わった。


「アレクの動きに慣れすぎると、本番で戸惑うかもしれない。俺も相手をしてみる」


 エドガーは、アレクが使っていたものより重い練習用の剣を手に取った。騎士爵家の子として王国式の剣術を学んできた彼は、構えを低くし、重心を安定させる。


「俺は大きく振りかぶらない。短い動きでも打ち込むから、よく見てくれ」


「分かった。お願いします」


 エドガーは剣先をわずかに引き、エリシアの手元へ打ち込んだ。


 エリシアは反応しきれず、短剣で受けた。衝撃が腕に響く。


「今のは手元を狙った。剣先だけを見ていると、こういう攻撃に遅れる」


「肩や腰を見るだけじゃなくて、相手がどこを狙っているかも考えないといけないんだね」


「そうだ。剣の動きに気を取られすぎると、身体のどこを狙われているか見失う」


 エドガーは一度剣を下ろした。


「ただ、今の反応は悪くない。最初の頃なら短剣を弾かれていた。今は受ける場所をずらして、腕への衝撃を抑えられていた」


「本当?」


「ああ。受け流しきれなくても、正面から受けないだけで違う。少しずつできることが増えている」


 エリシアは、手首を回しながら笑った。


「二人に見てもらえると、気づかなかったところが分かるね」


「アレクの剣だけが相手じゃないからな。色々な動きに慣れておいた方がいい」


 エドガーはもう一度構えた。


「それじゃあ、続けよう」


 その日から、エドガーが訓練を見に来ることも増えた。毎回ではなかったが、参加できる日はエリシアの動きに目を配り、王国式の剣を相手にする時の注意点を教えてくれた。


 一か月の間に、エリシアは目に見えて成長していった。


 はじめはアレクの剣を一度受け流すだけで精一杯だった。やがて、続けて二度、三度と攻撃を逸らせるようになる。相手の体勢が崩れた瞬間を見つけ、短剣を差し込むこともできるようになった。


 もちろん、アレクが本気で攻めれば、エリシアはまだ敵わない。剣を弾かれて武器を落とすこともあるし、反応が遅れて肩や脇腹に軽く打ち込まれることもあった。


 それでも、簡単には崩れなくなった。


 ある日の稽古の終わり、エリシアはアレクの大きな剣を受け流すと、素早く一歩踏み込んだ。短剣の先が、アレクの胴へ向かう。


 アレクは間一髪で剣を戻し、短剣を外へ押し流した。


「惜しかったな」


「あと少しだったのに」


「攻撃の入り方はよかった。だが、踏み込む時に視線が先へ行きすぎた。狙いが分かれば、俺も対応できる」


「無意識だったかも」


「今の段階なら十分だ。最初の頃は、受け流した後に次の動きへ移ることもできなかった」


 エリシアは短剣を下ろした。


「自分でも、少しは動けるようになったと思う。アレクやエドガーが教えてくれたおかげだね」


「エリシアが真面目に練習を続けたからだ」


 アレクは淡々と答えたが、目元には満足げな色が浮かんでいた。


 そうして訓練を重ねるうち、大会は目前に迫っていた。


 最後の稽古の日、ギルド協会の訓練場にはいつもより多くの冒険者がいた。依頼に出る前に身体を動かす者、仲間同士で武器の扱いを確かめる者、怪我から復帰して足慣らしをする者。それぞれが自分の練習に集中している。


 エリシアとアレクは、いつもの区画で向かい合った。エリシアは大会で使う短剣と同じ形の練習用武器を構え、アレクは大剣を想定した練習用剣を持っている。


「最後の調整だ。疲れたらすぐに言え」


「うん」


 アレクがゆっくりと剣を振るう。


 エリシアは肩の動きを見て、攻撃の方向を読む。短剣を添えて剣の軌道を逸らし、相手の体勢を確かめてから踏み込む。アレクは剣を戻して受け止めた。


 そのまま二人は間合いを保ち、互いの隙を探る。


 アレクが横へ踏み込んだ。エリシアはすぐに反応し、短剣を構えたまま半歩下がる。剣が斜めに打ち込まれる。受け止めず、軌道を外へ流す。アレクの剣が大きく逸れた瞬間、エリシアは間合いを詰めた。


 短剣がアレクの脇腹へ向かう。


 アレクは身体をひねり、ぎりぎりで攻撃を避けた。エリシアはさらに追おうとしたが、アレクの剣が短剣を押し返す。


「そこまで」


 アレクの声に、エリシアは動きを止めた。


 息が上がっている。手のひらには汗がにじみ、短剣の柄が滑りそうになっていた。それでも、最初の頃のように攻撃を怖がって固まることはなかった。


 エドガーも訓練を見に来ていた。彼は壁際から二人の様子を見て、腕を組んでいる。


「一か月で、ここまで動けるようになるとは思わなかった」


「本当?」


「ああ。大きな剣を相手にしても、正面から受けなくなった。相手の動きを見て、攻撃の後に踏み込むタイミングも分かってきている」


「でも、まだアレクには勝てないよ」


「そりゃそうだ。アレクは小さい頃から剣を習っているんだからな」


 エドガーは笑みを浮かべた。


「それでも、初めて剣を握った時とは違う。大会では、相手がアレクや俺と同じ動きをするとは限らない。今日までに身につけたことを使えばいい」


「うん。ありがとう」


 アレクは練習用の剣を棚へ戻した。


「明日からは大会だ。最後に確認するが、剣術の試合では魔法を使えない。属性付与も身体強化も禁止だ。試合用の武器は刃を落としてあるが、強く打たれれば怪我はする。危険だと思ったら、無理に続けず降参するんだ」


「分かってる。審判が止めた時も、ちゃんと従うよ」


「それでいい」


 エリシアは短剣を片付けた。手のひらには、稽古でできた小さな豆がある。はじめは痛くて気になっていたが、今では剣を握った時間を思い出させるものになっていた。


 訓練場を出た三人は、冒険者協会の受付で使用終了を伝えた。ロビーでは、冒険者たちが素材の提出や報酬の受け取りをしている。酒場の方からは、翌日の依頼を相談する声も聞こえてきた。


 協会を出ると、夕方の街は大会を前にした賑わいを見せていた。通りには遠方から来たらしい旅人や冒険者が増えている。店先には大会の開催を知らせる飾りが出され、子どもたちが旗を振りながら走っていた。


 エリシアは、その様子を眺めながら小さく息を吐いた。


「いよいよ明日からなんだね」


「ああ」


「みんな、子どもの頃から剣を習っているんだよね。私が一か月練習しただけで、どこまで戦えるのかな……」


 口にしてから、エリシアは視線を落とした。


 貴族の生徒には、幼い頃から剣術を習ってきた者も多い。家庭教師や騎士に教わり、何年も鍛錬を続けてきた相手と、自分は一か月の練習で戦うことになる。


 アレクは歩みを緩め、エリシアの方を見た。


「勝負は実力差だけで決まるものじゃない。気迫も武器になる。最後まで諦めなければ、勝機はある」


「気迫も武器……」


「ああ。君は一か月、毎日練習を続けた。その積み重ねは、試合の中で必ず助けになる。相手が強くても、最初から負けると決めつけるな」


 エリシアは、アレクの言葉を胸の中で繰り返した。


 最後まで諦めなければ、勝機はある。


 何度も剣を弾かれたこと。受け流せずに打たれたこと。少しずつ動きを覚え、アレクの胴へ短剣を届かせたこと。その一つひとつが、明日の試合につながっている。


「うん。最後まで諦めない」


「ただし、無茶はするな。審判が止めたら従う。自分で危険だと判断した時も、降参するんだ」


「分かってる。勝つことだけ考えて、怪我を悪くするようなことはしないよ」


 アレクは頷いた。


 大会の日程について、エリシアは気になっていたことを尋ねる。


「一回戦の日、アレクも試合なんだよね?」


「そうだ。魔法部門の一回戦がある。君の試合を見に行くのは難しい」


「そっか。同じ日に試合だもんね」


「進行次第だが、二回戦か三回戦あたりなら見に行けると思う」


「じゃあ、頑張って三回戦まで行かないとね」


 エリシアは笑顔を見せた。


「無理に先のことを考えず、一回戦に集中しろ」


「分かってる。でも、アレクにも見てもらいたいから」


「そうか」


「私もアレクの応援に行くね。アレクの試合は見逃したくないし」


「ありがとう。君に見られているなら、負けられないな」


「アレクなら大丈夫だよ」


「その言葉は、君にも返しておく」


 夕陽が街並みを赤く染め、店々に灯りがともり始めた。三人はしばらく大会の話をしながら歩き、分かれ道でエドガーと別れた。


 寮へ向かう道で、エリシアは鞄の中の短剣にそっと触れた。


 不安は消えていない。相手は自分より長く剣を学んできた生徒たちだ。勝てる保証もない。


 それでも、何も持たずに試合へ出るわけではない。一か月間、積み重ねた訓練がある。短剣を握る手に残る感触がある。何より、最後まで諦めなければ勝機はあると、アレクが言ってくれた。


 エリシアは顔を上げた。


 明日から、武芸大会が始まる。


 まずは一回戦。目の前の相手と向き合い、自分にできることをやりきろう。


 彼女はアレクの隣を歩きながら、鞄の持ち手をしっかり握り直した。

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