第410話 短剣を握って
放課後の鐘が鳴り、最後の授業が終わった。
教室に残っていた生徒たちは、椅子を引く音や帰り支度の声を立てながら、それぞれ動き始める。部活動へ向かう者、友人と連れ立って食堂へ行く者、寮へ戻る者。窓の外からは、運動場を使う生徒たちの掛け声も聞こえてきた。
エリシアは机の中を確かめ、教科書を鞄にしまった。今日は、アレクと冒険者ギルド協会へ行く約束をしている。
武芸大会の剣術部門に出ることになったエリシアは、先日、練習用と冒険者用の短剣を買った。けれど、武器を手にしただけで剣術が身につくわけではない。アレクが、放課後に訓練をつけてくれることになっていた。
教室の出口へ向かうと、アレクが廊下で待っていた。
「待たせたか?」
「ううん。今、片付けたところ」
「なら行こう」
二人は並んで歩き出した。
校舎を出ると、夕方の光が中庭を斜めに照らしていた。授業を終えた生徒たちが、それぞれの行き先へ散っていく。制服姿の生徒が数人、二人の姿に気づいて小声で話していたが、エリシアは気づかないふりをした。
アレクと一緒にいるところを見られる機会は、最近増えている。王子が平民の特待生と親しくしている。そんな噂が学園に広がれば、エリシアへの視線がさらに厳しくなるかもしれない。けれど、今日は訓練のために協会へ向かうのだ。周囲の目を気にして約束を取りやめるわけにはいかなかった。
校門を出て、二人は貴族街に沿った道を進んだ。学園周辺は整った街並みが続いている。石畳の道は掃き清められ、建物の外壁にも目立った傷みはない。行き交う人々の服装も、下町より上等なものが多かった。
大通りへ出ると、街の様子が少しずつ変わっていく。
馬車の往来が増え、荷物を積んだ荷車が道の端をゆっくりと進む。商店の前には客が立ち、通り沿いの屋台からは、焼き菓子や香辛料の匂いが流れてきた。仕事を終えた職人たちが仲間と話しながら歩き、冒険者らしい装備の者もちらほら見える。
人通りが多くなるにつれ、エリシアは周囲の視線を意識するようになった。
アレクは人目を引く。金色の髪に整った顔立ち、歩き方にも自然と身についた品がある。本人は気にしていないようだが、すれ違う人の中には彼に気づいて頭を下げる者もいた。
「やっぱり、アレクと歩いていると目立つね」
「そうか?」
「うん。さっきから、何人かこっちを見ていたよ」
「俺を見ているんだろう。君を気にする必要はない」
「でも、私も一緒にいるから」
「それなら、堂々としていればいい。何か悪いことをしているわけじゃない」
アレクはそう言って、歩調を変えずに進んだ。
その言葉に、エリシアは少しだけ肩の力を抜く。だが、視線が消えるわけではない。彼女は鞄の持ち手を握り直し、アレクの隣を歩いた。
やがて、冒険者ギルド協会の建物が見えてきた。
石造りの大きな建物の前には、依頼を終えた冒険者たちが集まり、仲間と話しながら中へ入っていく。扉の脇には討伐依頼の掲示板があり、数人が新しい依頼票を眺めていた。建物からは、受付でのやり取りや、酒場の方から聞こえる笑い声が漏れている。
二人は入口をくぐり、まず受付へ向かった。
訓練場を使いたいと告げると、受付の職員は利用簿を確認し、空き状況を教えてくれた。協会の訓練場は、冒険者がパーティーを組む際に互いの魔法や剣術を確かめたり、依頼のない日に身体を動かしたりするための場所だ。負傷から復帰した者が、身体を慣らすために利用することもある。
今日は訓練場の半分ほどが使われているらしい。
「奥の区画が空いています。武器は備え付けのものも使えますが、持ち込んだものを使う場合は、訓練用かどうか確認させてください」
「分かった」
アレクは、エリシアが持ってきた短剣を職員に見せた。
「練習用です。刃は落としてあります」
「確認しました。先端も丸められていますね。これなら問題ありません。怪我には気をつけてください」
「はい。ありがとうございます」
受付を離れ、二人は廊下を進んだ。
訓練場の扉を開けると、熱気と土埃の匂いが押し寄せてきた。
広い床は土を固く踏み固めた造りで、壁際には木剣や木槍、盾などの練習用具が並んでいる。中央の区画では、革鎧を着た冒険者が片手剣と盾を使って打ち込みをしていた。別の場所では、魔法使いらしい女性が的へ向けて小さな火球を放ち、隣に立つ仲間がその威力を確かめている。
休憩中の冒険者は壁際の長椅子に座り、水筒を回し飲みながら話をしていた。足を痛めたらしい男が、仲間に支えられてゆっくり歩いている姿も見える。訓練場は、剣を振る者だけでなく、怪我から戻った冒険者が身体を動かす場所にもなっているようだった。
「ここなら、あまり目立たずに練習できそうだね」
エリシアが小さく言った。
「協会の利用者は、他人の訓練をいちいち気にしない。こちらも周りを見ながら使おう」
「うん」
二人は空いている区画へ移動した。
エリシアは鞄から、練習用に買った短剣を取り出す。刃のない金属製の刀身は、実戦用の短剣よりも少し重い。先端は丸く、刃も鈍く加工されている。それでも、握った時の感触は本物の武器に近かった。
腰に下げてきた冒険者用の短剣とは別のものだ。あちらは実際の依頼で使うための武器で、刃も鋭い。今日のような訓練で使うには危険があるため、こちらを選んでいた。
アレクは協会備え付けの練習用剣を手に取った。大剣に近い長さと重さのものを選び、握り具合を確かめる。
「それで教えるの?」
「まずは、相手の武器を想定する。大会では同じ短剣を使う相手ばかりとは限らないからな」
「そうだね。剣術の大会だから、色々な剣を使う人がいるんだよね」
「そういうことだ」
アレクは訓練用の剣を構え、エリシアの方を向いた。
「始める前に、大会のルールを確認しておこう。エリシアは、どこまで知っている?」
「剣術の試合があることくらい。魔法の試合と分かれているのは聞いたけど、細かいルールは知らないの」
「なら、説明しておく」
アレクは剣を下ろし、エリシアが聞きやすいよう正面に立った。
「まず、剣術部門では魔法を使えない。相手へ攻撃魔法を放つのはもちろん、剣に属性を付与することも、身体強化を使うことも禁止だ」
「身体強化も駄目なんだ」
「ああ。魔力を使って動きを速くしたり、力を強くしたりするのも魔法の使用に含まれる。使ったのが確認されれば、その場で失格だ。敗北が決まる」
エリシアは短剣を見下ろした。
「剣に火をまとわせるのも、身体を強くするのも、両方駄目なんだね」
「そうだ。剣術の試合は、剣の技量と判断で競うものだからな」
「勝敗はどうやって決まるの?」
「相手を戦闘不能にするか、降参を宣言させれば勝ちだ」
「戦闘不能って……どこまで?」
「自分で立てない、武器を持てない、あるいは試合を続けられないと審判が判断する状態だ。ただ、今回は学生同士の試合だ。相手が動けなくなるまで攻撃を続けさせるものじゃない。危険だと審判が判断したら、早めに止めることになっている」
「審判が止めたら、その時点で勝敗が決まるの?」
「状況による。片方が明らかに戦えないなら、その相手の勝ちだ。どちらも続けられるか判断が難しい場合は、審判が確認する。けれど、少なくとも危険な攻撃を受け続けるようなことは避けるはずだ」
「分かった。無理に立ち続けなくてもいいんだね」
「もちろんだ。勝つことより、怪我をしないことの方が大事だ」
アレクの口調は静かだったが、そこには念を押す強さがあった。
「試合用の武器は、刃を落として、先端を丸くしたものを使う。切り傷を負わせるためのものではないが、強く打たれれば怪我はする。骨に当たれば、打撲や骨折の可能性もある」
「刃がなくても、剣で打たれるのは危ないよね」
「そうだ。だから審判がいる。降参するなら、はっきりと声に出す。聞こえないまま攻撃を続けられることがないようにするんだ」
「審判が止める前に、降参してもいいの?」
「いつでもいい。自分で続けられないと思った時、あるいは怪我をしそうだと思った時に宣言すればいい。降参をした後は、相手も攻撃を止める」
エリシアは何度か頷いた。
大会に出ると決めたものの、具体的な試合の流れはほとんど知らなかった。魔法を使えないことも、降参によって勝敗が決まることも、こうして聞かなければ想像できなかっただろう。
「知らないまま出るより、先に聞けて良かった」
「分からないことがあったら、その都度聞けばいい。大会の形式や組み合わせについても、発表されたら確認しよう」
「うん。ありがとう」
アレクは練習用の剣を持ち上げた。
「それじゃあ、まずは構えからだ。短剣を持って、俺の前に立ってみてくれ」
エリシアは短剣を握った。柄をしっかりと握ると、手のひらに硬い感触が伝わってくる。剣を構えようと腕を上げたが、どの位置が正しいのか分からず、切っ先が少し揺れた。
「肩に力が入りすぎている」
「力を抜いたら、落としそうで……」
「柄は握る。だが、腕全体を固める必要はない。肩に力が入ると、動きが遅れる」
アレクは自分の剣を構えて見せた。握りは確かだが、肩や肘には余分な力が入っていない。剣先はエリシアへ向けられているものの、威圧するような構えではなかった。
「まず、足を肩幅くらいに開く。利き手が右なら、右足を少し後ろへ引く。体を正面に向けすぎない」
エリシアは言われた通りに足を開き、右足を引いた。
「こんな感じ?」
「もう少し前足の膝を緩めて。腰を落としすぎると動けなくなる。足の裏全体で踏ん張るんじゃなくて、すぐに動けるようにする」
姿勢を直され、エリシアは何度か重心を移した。短剣を構えたまま立つだけでも、普段使わない筋肉が緊張している。手首が疲れ、指先に力が入りすぎていた。
「慣れないと、立っているだけで疲れるね」
「それも訓練だ。だが、最初から長く続ける必要はない。疲れて構えが崩れた状態で続けても、癖になるだけだからな」
アレクは剣先を下げた。
「今度は間合いを覚えよう。短剣は相手の剣より届く距離が短い。相手の間合いに入る時には、攻撃を受ける危険がある」
「近づかないと届かないから、相手の攻撃を避けながら入るんだね」
「そうだ。相手の剣を力で受け止めようとすると、短剣では押し負ける。相手の剣がどこへ向かうかを見て、流すように逸らす」
アレクはゆっくり剣を振り下ろした。
「今から同じ動きをする。受け止めるんじゃなく、横へ流してみてくれ」
エリシアは短剣を持ち上げた。アレクの剣が近づく。彼女は教わった通り横へ動かそうとしたが、怖さから腕に力が入り、正面からぶつけてしまった。
ガンッ。
鈍い音がして、衝撃が手首まで響く。
「痛っ……」
「大丈夫か?」
「大丈夫。少しびっくりしただけ」
「今のは、剣を止めようとしていた。止めるんじゃなく、進む方向を少し変える。相手の力を受け切る必要はない」
アレクは剣を構え直した。
「ゆっくりやる。剣が当たる直前に、手首だけで動かすんじゃない。腕と身体を一緒に少し横へ向ける」
再び、剣が振り下ろされる。
エリシアは剣先を見た。近づいてくる軌道を追い、当たる瞬間に短剣を斜めに添える。今度は完全には止めず、剣をわずかに横へ流せた。
アレクの剣が、エリシアの肩を外れて空を切る。
「そうだ。今の感覚を覚えておけ」
「今のが、受け流すってこと?」
「そうだ。力で押し返す必要はない。相手の攻撃を逸らしたら、相手の身体に隙ができる」
「そこへ攻撃するの?」
「できるならな。ただし、まずは受け流すところまででいい。今は動きを覚えるのが先だ」
エリシアは短剣を構え直した。
「もう一度お願い」
アレクは頷き、同じ攻撃を繰り返した。
最初はまた正面からぶつけてしまった。次は剣を逸らしたものの、勢いで身体が流れ、足元がふらついた。それでも、何度か繰り返すうちに、エリシアは少しずつタイミングを掴み始める。
訓練場の向こうでは、冒険者たちが相変わらず剣を打ち合わせていた。金属音や木剣の衝突音が途切れずに響き、時おり魔法の光が壁際の的を照らす。休憩していた男が立ち上がり、足をかばいながら軽く歩いている。仲間がその様子を見守り、無理をするなと声を掛けていた。
この場所では、誰もがそれぞれの目的で訓練している。パーティーに入るため自分の腕を示す者も、怪我から戻るために身体を慣らす者もいる。エリシアもまた、大会へ出るためにここで短剣を振っていた。
「少し休もう」
アレクの声に、エリシアは短剣を下ろした。手首を回すと、じんわりと疲れが広がっている。
「思ったより難しいね。相手の剣を見ると、つい止めたくなっちゃう」
「怖いのは当然だ。攻撃が来れば、身体は受け止めようとする。だが、受け流す技は相手の動きに合わせるものだ。力むと間に合わなくなる」
「慣れるまで、何度も練習するしかないね」
「そうだ。大会までは一か月ある。今から続ければ、基礎は身につけられる」
アレクは水筒を差し出した。エリシアは礼を言って受け取り、一口飲む。冷たい水が喉を通り、熱くなった身体を少し落ち着かせた。
「アレクは、剣術をどれくらい習っているの?」
「子供の頃からだ。王国式も、貴族式も教わった」
「両方?」
「ああ。相手や状況によって、使う剣術は違うからな」
「今日教えてくれているのは、貴族式?」
「基本はそうだ。短剣で大きな剣と打ち合うなら、力で受け止めるのは無理がある。相手の力を逸らして、動きの隙を見つける。その考え方は貴族式に近い」
エリシアは手元の短剣を見つめた。
柄は手に馴染み始めていたが、まだ自分の武器という実感は薄い。冒険者として依頼に出る時に使う鋭い短剣とは違い、こちらは試合で使う練習用だ。大会に出るために選んだ武器を、自分で扱えるようにならなければならない。
「大会では、短剣を使う人は少ないのかな?」
「分からない。剣術部門には男女の区分もあるし、参加者がどの武器を選ぶかは人それぞれだ。女性なら短めのレイピアを使う者が多いだろうが、短剣を使う者がいないとは限らない」
「クラリスさんもレイピアを使うのかな」
「おそらくな。彼女は幼い頃から剣術を習っている。使い慣れた武器を選ぶはずだ」
エリシアは少しだけ視線を落とした。クラリスが剣術に出場することは聞いている。王子であるアレクが魔法部門に出る予定だから、婚約者である彼女は剣術部門に出ることになる。そこにエリシアも出場する以上、いつか試合で当たる可能性はある。
「私は剣術を始めたばかりなのに、出ても大丈夫かな」
「出ると決めたのは君だ。だから、できる限りの準備をする」
「でも、クラリスさんはずっと練習していたんだよね」
「そうだろうな。経験の差はある。だが、試合は始まる前から結果が決まるものじゃない。まずは自分の武器を使えるようになることだ」
アレクの言葉に、エリシアは短剣の柄を握り直した。
「うん。逃げずに練習する」
「その気持ちは大事だ。ただし、無茶をするのとは違う。怪我をして練習できなくなれば意味がない。疲れたら休む。痛みが出たらすぐ言う。約束できるか?」
「分かった。無理はしない」
二人は水筒を置き、再び構えた。
今度はアレクが大きく剣を振るのではなく、左右に剣先を動かした。攻撃の軌道を見極め、どちらへ流すかを判断する練習だった。
エリシアは剣先を追い、動きに合わせて短剣を動かす。何度か反応が遅れ、アレクの剣が肩や腕に軽く触れた。練習用の剣なので怪我はないが、攻撃を受けた事実ははっきりと分かる。
「今のは、剣先だけを見ていた。相手の肩や腰も見るんだ。剣は腕だけで動くわけじゃない」
「肩や腰?」
「どちらの足に体重が乗っているか、身体がどちらへ向いているか。そこを見れば、攻撃の方向を予測しやすい」
エリシアはアレクの構えをよく見た。剣を持つ腕だけでなく、足の位置や腰の向きにも注意する。
「もう一度」
アレクが剣先を動かす。今度は肩の向きがわずかに変わったところで、エリシアは反応した。短剣を添え、剣の軌道を外へ流す。
「今のは良かった」
「本当?」
「ああ。動きが少し早くなった」
わずかな進歩だったが、エリシアの顔に笑みが浮かんだ。
「できた」
「できたな。だが、まだ相手がゆっくり動いているからだ。本番では、もっと速い。焦らず繰り返して、動きを身体に覚えさせよう」
「うん」
訓練場の窓から差し込む夕陽は、少しずつ低くなっていた。ほかの冒険者たちも、片付けを始める者が出てきている。剣を棚に戻す音や、仲間同士で帰りの予定を話す声が聞こえた。
アレクは周囲の様子を確かめてから、エリシアへ向き直った。
「今日はここまでにしよう。初日から長くやりすぎると、明日に響く」
「そうだね。手も少し疲れた」
エリシアは短剣を鞄にしまった。協会の練習用具を使ったアレクも、剣を元の場所へ戻す。二人は利用簿に終了時刻を書き、受付へ訓練場を返却した。
協会を出ると、夕方の街は昼間より落ち着いていた。仕事を終えた人々が家路を急ぎ、屋台では店じまいの準備が始まっている。
「今日はありがとう。ルールも分かったし、練習も少しできた」
「大会に出るなら、試合のルールを知っておくのは大事だ。分からないことがあれば、また聞いてくれ」
「うん」
エリシアは、鞄の中にしまった短剣を思い浮かべた。まだ思うように扱えない。それでも、今日初めて、相手の剣を受け止めるのではなく逸らす感覚を知った。
アレクは歩きながら、明日以降の予定を話し始めた。
「これからは、放課後に訓練しよう。大会まで一か月ある。続けて練習すれば、多少は成績を残せるようになるだろう」
「毎日?」
エリシアは驚いて、アレクを見た。
「毎日放課後に、という意味だ。休みの日は依頼を受けるんだろう?」
「うん。でも、アレクの訓練や予定は大丈夫なの?」
「問題ない。時間は作れる」
アレクは少し間を置き、真剣な声で続けた。
「それに、剣術は大会のためだけじゃない。これから先、冒険者としてランクが上がれば、相手にするのは魔獣だけとは限らない。盗賊の討伐依頼を受ければ、人間と戦うこともある」
エリシアは、腰に下げた実戦用の短剣へ視線を向けた。
「盗賊と戦う時、真っ先に狙われるのは後衛のお前だ。俺やエドガーが前に出ても、相手が複数なら全員を止められるとは限らない。お前が自分の身を守れるようになれば、俺たちにも余裕が生まれる」
「私が、自分を守れるようになれば……」
「ああ。後ろにいる仲間を気にしながら戦うのと、自分で危険を避けられる仲間がいるのとでは違う。エリシアが戦えるようになることは、君だけじゃなく、俺たちの助けにもなる」
エリシアは少しの間、返事をしなかった。
これまで、二人に守られている場面は何度もあった。自分の回復魔法で仲間の傷を治せる。それは確かな力だ。けれど、傷ついてから治すことと、傷つかないように自分で身を守ることは違う。
自分が狙われた時、二人が庇って怪我をするかもしれない。あるいは、もっと取り返しのつかないことになるかもしれない。
「分かった。毎日、放課後に練習する。私も、自分で動けるようになりたい」
「そう言うと思った」
「でも、アレクが忙しい時は無理しないでね」
「その時は先に言う。君も、疲れたら隠さずに言うんだ」
「うん。よろしくお願いします」
「ああ。明日も訓練場で待っている」
二人は協会前の道を歩き出した。
短剣の握り方も、相手の攻撃の受け流し方も、まだ覚えたばかりだ。大会でどこまで戦えるかも分からない。
それでも、放課後ごとに積み重ねていけば、少しずつ変われるはずだった。
エリシアは鞄の中の短剣を確かめるように、持ち手をそっと押さえた。明日からの訓練を思い、歩幅を少しだけ強くする。
まずは、自分の身を守れるように。
そして、仲間が自分を庇って傷つくことのないように。
エリシアは夕暮れの道を、アレクと並んで歩いていった。




