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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第10章 癒しの護り手と悪役令嬢

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第409話 短剣選び

 翌日の放課後、エリシアはアレクとともに学園を出た。


 制服の上から薄手の外套を羽織り、アイテムバッグを肩に掛けている。アレクも目立たないように外套の襟を立てていた。


 武芸大会に出場するなら、剣術を身につけなければならない。そのためには、まず自分に合った武器が必要だった。


「武器を買いに行くって、どの店に行くの?」


「冒険者向けの武器を扱っている店がある。種類も多いし、実際に握って選べるはずだ」


「アレクは、もう使う武器を決めているの?」


「俺は魔法部門に出る。剣を使う予定はない」


「そっか。じゃあ、今日は私の武器選びに付き合ってもらうんだね」


「ああ。訓練を頼まれたんだから、武器選びくらいは手伝う」


 エリシアは、隣を歩くアレクをちらりと見た。


 大会に出たいと相談した時、彼は迷わず剣術を教えると言ってくれた。けれど、王宮貴族式の剣術は、限られた貴族たちの間で受け継がれてきたものだ。


 学園で稽古をすれば、すぐに見られる。平民の特待生が、王子から貴族の剣技を習っていると知られれば、余計な噂になるかもしれない。


「学園の訓練場は使わないの?」


「人目につく。王宮貴族式を習っていると分かれば、余計な噂が立つかもしれない」


「やっぱり、そうだよね」


「訓練をする時は、ギルド協会の訓練場を使わせてもらおう。冒険者が武器を扱うのは珍しくない」


「うん。そうしよう」


 今はまず、短剣を選ぶことが先だった。


 二人は学園から少し離れた商店街へ向かった。放課後の通りには、買い物をする人々や、仕事を終えて家へ戻る人々が行き交っている。道沿いには布地や日用品を売る店が並び、その先に武器を扱う店が見えてきた。


 店の看板には、剣と盾を組み合わせた意匠が描かれている。窓には短剣や小型の斧、手入れ用の道具が並び、扉を開けると鉄や油の匂いが漂ってきた。


「いらっしゃい。何をお探しで?」


 店の奥から、腕の太い店主が顔を出した。


「短剣を見たい」


 アレクが答える。


「訓練用か、実戦用かで変わるが」


「練習と大会で使うものを探している。長さは抑えたい。刃は細く、先端が鋭くならない形がいい」


 店主の視線が、アレクからエリシアへ移った。


「お嬢さんが使うのかい?」


「はい。剣術の稽古を始めるので、自分で扱う短剣を選びたくて」


「なるほど。大会で使うなら刃を落として、先も丸めた試合用が必要だな。実際の稽古でも使うなら、重さや握りが実戦用に近いものがいい」


 店主は棚から何本か短剣を取り出した。


 最初の一本は、刃が厚く、真っ直ぐな形をしていた。持ち手はしっかりしているが、エリシアが以前見たものとは印象が違う。


 二本目は刃が少し反り、先端に向かって細くなっている。柄には滑り止めの革が巻かれていた。


 そして三本目は、刃が細く、途中から大きく湾曲して先端へ伸びている。柄も短く、手の小さなエリシアでも握りやすそうだった。


「あ……」


 エリシアは、三本目の短剣に目を留めた。


「これがいいのか?」


 アレクが尋ねる。


「うん。前に見た短剣の形に似ているの。刃が細くて、少し湾曲していて……」


「手に取って確かめてみな」


 店主に促され、エリシアは短剣を受け取った。


 刃先は丸く、縁も滑らかに加工されている。試合用の武器として、相手を傷つけにくくしてあるのだろう。柄を握ると、革の感触が掌に馴染んだ。見た目よりも軽く、手首を動かすと剣先が素直に追随する。


「持ちやすいと思う」


「振ってみてもいいか?」


 アレクが店主に確認すると、店主は店の奥にある試し振り用の空間を示した。


「そこなら構わない。周りに気をつけてな」


 エリシアは空いた場所へ移動し、短剣を構えてみる。まだ剣術を習っていないため、正しい構えは分からない。とりあえず刃先を前へ向ける。


「肩に力が入っている」


 アレクがすぐに指摘した。


「そうなの?」


「短剣は重さで押す武器じゃない。強く握ると手首の動きが遅くなる。肩の力を抜いて、柄を落とさない程度に握ればいい」


 エリシアは肩を下げ、柄を握り直した。


「こう?」


「ああ。剣先は相手から外すな。構えた時点で、もう相手を牽制している」


 アレクは自分の手で形を示し、エリシアの肘の角度を少しだけ直した。


「王宮貴族式では、相手の力をいなして、開いた場所へ突きや斬撃を入れる。鎧の隙間を狙うのが基本だ。力任せに振る必要はない」


「鎧の隙間って、首や腕のところ?」


「そうだ。だが、試合では決められた判定方法に従う。実戦とは狙う場所も力の入れ方も違う」


 店主は、二人のやり取りを見ながら頷いた。


「王宮貴族式か。なら、その短剣は悪くない選択だ。柄の長さも手の大きさに合っている。重心も前に寄りすぎていないから、いなす動きにも向いている」


 エリシアは、もう一度短剣を構えた。


 見た目だけではなく、重心や握りやすさも確かめる必要がある。アレクの助言を聞きながら、何度か手首を動かしてみる。短剣は、手の動きに合わせて滑らかに動いた。


「これにする」


 エリシアは、店主へ短剣を差し出した。


「鞘も必要だな。練習用なら腰に差して運べるものがいい」


 店主は、革製の鞘をいくつか並べた。エリシアは軽くて薄いものを選び、腰に装着してみる。外套を戻すと、短剣はほとんど隠れた。


「これなら、邪魔にならないね」


「歩いてみてもいいか?」


 アレクに言われ、エリシアは店の中をゆっくり歩いた。鞘が腰に当たる感触はあるが、足を動かす妨げにはならない。


「大丈夫そう」


「なら、それにしよう」


 店主が値段を告げた。


 エリシアはアイテムバッグから財布を出し、中を確かめてから銀貨を数えた。冒険者として受け取った報酬から、武器の購入費を用意していた。


 代金を支払うと、店主は試合用の短剣を包み、エリシアへ渡した。


「実戦用も見るかい? 同じ形で刃のあるものなら、扱いの感覚も近くできる」


 エリシアは、もう一本の短剣を手に取った。


 形は試合用に選んだものとよく似ている。ただし、刃は鋭く研がれ、先端も尖っていた。手に持つと、実戦用の重さが伝わってくる。


「これも欲しいけど……二本買うと、少し予算が足りないかも」


 エリシアは財布の中を見て、眉を下げた。


 大会の練習と試合に使う武器だけなら、なんとか購入できる。けれど、冒険者として依頼に出る時に使う短剣まで買うとなると、今の所持金では足りなかった。


「この刃が付いている方は、竜の牙のプール金から払えばいい」


 アレクが言った。


「でも、私が使うものなのに……」


「これから先、ランクが上がれば魔獣だけとは限らない。盗賊の討伐など、対人戦になるかもしれない」


 アレクは刃のある短剣へ目を向けた。


「依頼で使うなら、パーティーに必要な装備だ。プール金は、そういう時に使うためのものだろ」


「……そうだね。分かった。ありがとう」


 エリシアは、実戦用の短剣も購入することにした。


 練習と大会には、刃を落とし、先を丸めた短剣を使う。冒険者の依頼では、刃のある実戦用を使う。形と重さを揃えておけば、練習で覚えた扱い方を実戦にも生かせる。


 店主は二本の短剣を並べて包んだ。試合用の代金はエリシアが支払い、刃のある実戦用の代金は竜の牙のプール金から出すことになった。


 二本の短剣をアイテムバッグへしまい、店を出る。


 夕暮れの光が通りを赤く染めていた。エリシアは外套の上から、腰に差した鞘の位置を確かめる。


「ありがとう。いい短剣を選べたと思う」


「実際に稽古で使ってみないと分からないが、手には合っていそうだ」


「早く使ってみたいな」


「まずは構えと足運びからだ。焦らず覚えていこう」


 二人が商店街の角を曲がった時、炭火の香ばしい匂いが漂ってきた。


 アレクの足が、ふと止まる。


 通りの先に、肉を焼く屋台があった。炭火の上では、串に刺したレッドボアの肉が音を立てて焼かれている。表面に焼き色がつき、肉汁が落ちるたび、白い煙がふわりと立ち上った。


 アレクは、串焼きをじっと見つめた。


「レッドボアの串焼きだ」


「好きなんだよね?」


「ああ」


 アレクはそう言ってから、エリシアへ視線を向けた。


「訓練を頼まれたばかりだが、先に礼をしておく。奢るよ」


「えっ? でも、これから教えてもらうのに」


「早いかもしれないが、気にするな」


 アレクは屋台へ近づき、店主に声をかけた。


「串焼きを二本頼む」


「はいよ。焼きたてを持っていきな」


 店主は炭火から串を二本取り、紙に包んで差し出した。アレクは代金を支払い、そのうち一本をエリシアへ渡す。


「ありがとう」


「熱いから気をつけろ」


 二人は屋台の脇に並んで立った。


 エリシアが串焼きを受け取ると、アレクは彼女の顔をじっと見つめた。


「どうしたの?」


「なんか……いや、なんでもない」


 アレクは言いかけた言葉を飲み込んだ。


 エリシアは首を傾げる。


 アレクの視線が、串焼きを持つ自分の手元へ落ち、それからまた顔へ戻った。


(もしかして……「デートっぽいな」って言おうとしたのかな?)


 そう考えると、急に頬が熱くなった気がした。


 アレクはもう何も言わず、串焼きへ視線を戻した。


 炭火で焼かれたレッドボアの肉は、表面が香ばしく、中には肉汁が残っている。ひと口かじると、熱い肉汁が口の中に広がった。


「美味しいね」


「ああ。やっぱりレッドボアは串焼きが一番だ」


 アレクは少し機嫌よさそうに言った。


 その言葉に、エリシアも笑みを浮かべる。


 アレクの脳裏には、幼い頃の建国祭がよみがえっていた。


 金貨しか持っておらず、露店で串焼きを買えずに立ち尽くしていた自分。そこへ現れた少女が、初めての給金から銅貨を出し、串焼きを二本買ってくれた。


 あの時、少女は「今日は、私が奢ってあげる」と笑った。


 王子だからではなく、ただ困っている子供だと思って、親切にしてくれた。


 今、目の前にいるエリシアの笑顔に、その記憶が重なった。


 アレクは串焼きをもう一口かじる。


「本当に美味しいね」


「そうだな」


 彼は短く答えた。


 二人は串焼きを食べ終えると、学園への帰路についた。


 武器を買い、串焼きを食べた。特別なことは何もない。それでも、エリシアは今日のことを、いつもより少し大切に感じていた。

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