第409話 短剣選び
翌日の放課後、エリシアはアレクとともに学園を出た。
制服の上から薄手の外套を羽織り、アイテムバッグを肩に掛けている。アレクも目立たないように外套の襟を立てていた。
武芸大会に出場するなら、剣術を身につけなければならない。そのためには、まず自分に合った武器が必要だった。
「武器を買いに行くって、どの店に行くの?」
「冒険者向けの武器を扱っている店がある。種類も多いし、実際に握って選べるはずだ」
「アレクは、もう使う武器を決めているの?」
「俺は魔法部門に出る。剣を使う予定はない」
「そっか。じゃあ、今日は私の武器選びに付き合ってもらうんだね」
「ああ。訓練を頼まれたんだから、武器選びくらいは手伝う」
エリシアは、隣を歩くアレクをちらりと見た。
大会に出たいと相談した時、彼は迷わず剣術を教えると言ってくれた。けれど、王宮貴族式の剣術は、限られた貴族たちの間で受け継がれてきたものだ。
学園で稽古をすれば、すぐに見られる。平民の特待生が、王子から貴族の剣技を習っていると知られれば、余計な噂になるかもしれない。
「学園の訓練場は使わないの?」
「人目につく。王宮貴族式を習っていると分かれば、余計な噂が立つかもしれない」
「やっぱり、そうだよね」
「訓練をする時は、ギルド協会の訓練場を使わせてもらおう。冒険者が武器を扱うのは珍しくない」
「うん。そうしよう」
今はまず、短剣を選ぶことが先だった。
二人は学園から少し離れた商店街へ向かった。放課後の通りには、買い物をする人々や、仕事を終えて家へ戻る人々が行き交っている。道沿いには布地や日用品を売る店が並び、その先に武器を扱う店が見えてきた。
店の看板には、剣と盾を組み合わせた意匠が描かれている。窓には短剣や小型の斧、手入れ用の道具が並び、扉を開けると鉄や油の匂いが漂ってきた。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
店の奥から、腕の太い店主が顔を出した。
「短剣を見たい」
アレクが答える。
「訓練用か、実戦用かで変わるが」
「練習と大会で使うものを探している。長さは抑えたい。刃は細く、先端が鋭くならない形がいい」
店主の視線が、アレクからエリシアへ移った。
「お嬢さんが使うのかい?」
「はい。剣術の稽古を始めるので、自分で扱う短剣を選びたくて」
「なるほど。大会で使うなら刃を落として、先も丸めた試合用が必要だな。実際の稽古でも使うなら、重さや握りが実戦用に近いものがいい」
店主は棚から何本か短剣を取り出した。
最初の一本は、刃が厚く、真っ直ぐな形をしていた。持ち手はしっかりしているが、エリシアが以前見たものとは印象が違う。
二本目は刃が少し反り、先端に向かって細くなっている。柄には滑り止めの革が巻かれていた。
そして三本目は、刃が細く、途中から大きく湾曲して先端へ伸びている。柄も短く、手の小さなエリシアでも握りやすそうだった。
「あ……」
エリシアは、三本目の短剣に目を留めた。
「これがいいのか?」
アレクが尋ねる。
「うん。前に見た短剣の形に似ているの。刃が細くて、少し湾曲していて……」
「手に取って確かめてみな」
店主に促され、エリシアは短剣を受け取った。
刃先は丸く、縁も滑らかに加工されている。試合用の武器として、相手を傷つけにくくしてあるのだろう。柄を握ると、革の感触が掌に馴染んだ。見た目よりも軽く、手首を動かすと剣先が素直に追随する。
「持ちやすいと思う」
「振ってみてもいいか?」
アレクが店主に確認すると、店主は店の奥にある試し振り用の空間を示した。
「そこなら構わない。周りに気をつけてな」
エリシアは空いた場所へ移動し、短剣を構えてみる。まだ剣術を習っていないため、正しい構えは分からない。とりあえず刃先を前へ向ける。
「肩に力が入っている」
アレクがすぐに指摘した。
「そうなの?」
「短剣は重さで押す武器じゃない。強く握ると手首の動きが遅くなる。肩の力を抜いて、柄を落とさない程度に握ればいい」
エリシアは肩を下げ、柄を握り直した。
「こう?」
「ああ。剣先は相手から外すな。構えた時点で、もう相手を牽制している」
アレクは自分の手で形を示し、エリシアの肘の角度を少しだけ直した。
「王宮貴族式では、相手の力をいなして、開いた場所へ突きや斬撃を入れる。鎧の隙間を狙うのが基本だ。力任せに振る必要はない」
「鎧の隙間って、首や腕のところ?」
「そうだ。だが、試合では決められた判定方法に従う。実戦とは狙う場所も力の入れ方も違う」
店主は、二人のやり取りを見ながら頷いた。
「王宮貴族式か。なら、その短剣は悪くない選択だ。柄の長さも手の大きさに合っている。重心も前に寄りすぎていないから、いなす動きにも向いている」
エリシアは、もう一度短剣を構えた。
見た目だけではなく、重心や握りやすさも確かめる必要がある。アレクの助言を聞きながら、何度か手首を動かしてみる。短剣は、手の動きに合わせて滑らかに動いた。
「これにする」
エリシアは、店主へ短剣を差し出した。
「鞘も必要だな。練習用なら腰に差して運べるものがいい」
店主は、革製の鞘をいくつか並べた。エリシアは軽くて薄いものを選び、腰に装着してみる。外套を戻すと、短剣はほとんど隠れた。
「これなら、邪魔にならないね」
「歩いてみてもいいか?」
アレクに言われ、エリシアは店の中をゆっくり歩いた。鞘が腰に当たる感触はあるが、足を動かす妨げにはならない。
「大丈夫そう」
「なら、それにしよう」
店主が値段を告げた。
エリシアはアイテムバッグから財布を出し、中を確かめてから銀貨を数えた。冒険者として受け取った報酬から、武器の購入費を用意していた。
代金を支払うと、店主は試合用の短剣を包み、エリシアへ渡した。
「実戦用も見るかい? 同じ形で刃のあるものなら、扱いの感覚も近くできる」
エリシアは、もう一本の短剣を手に取った。
形は試合用に選んだものとよく似ている。ただし、刃は鋭く研がれ、先端も尖っていた。手に持つと、実戦用の重さが伝わってくる。
「これも欲しいけど……二本買うと、少し予算が足りないかも」
エリシアは財布の中を見て、眉を下げた。
大会の練習と試合に使う武器だけなら、なんとか購入できる。けれど、冒険者として依頼に出る時に使う短剣まで買うとなると、今の所持金では足りなかった。
「この刃が付いている方は、竜の牙のプール金から払えばいい」
アレクが言った。
「でも、私が使うものなのに……」
「これから先、ランクが上がれば魔獣だけとは限らない。盗賊の討伐など、対人戦になるかもしれない」
アレクは刃のある短剣へ目を向けた。
「依頼で使うなら、パーティーに必要な装備だ。プール金は、そういう時に使うためのものだろ」
「……そうだね。分かった。ありがとう」
エリシアは、実戦用の短剣も購入することにした。
練習と大会には、刃を落とし、先を丸めた短剣を使う。冒険者の依頼では、刃のある実戦用を使う。形と重さを揃えておけば、練習で覚えた扱い方を実戦にも生かせる。
店主は二本の短剣を並べて包んだ。試合用の代金はエリシアが支払い、刃のある実戦用の代金は竜の牙のプール金から出すことになった。
二本の短剣をアイテムバッグへしまい、店を出る。
夕暮れの光が通りを赤く染めていた。エリシアは外套の上から、腰に差した鞘の位置を確かめる。
「ありがとう。いい短剣を選べたと思う」
「実際に稽古で使ってみないと分からないが、手には合っていそうだ」
「早く使ってみたいな」
「まずは構えと足運びからだ。焦らず覚えていこう」
二人が商店街の角を曲がった時、炭火の香ばしい匂いが漂ってきた。
アレクの足が、ふと止まる。
通りの先に、肉を焼く屋台があった。炭火の上では、串に刺したレッドボアの肉が音を立てて焼かれている。表面に焼き色がつき、肉汁が落ちるたび、白い煙がふわりと立ち上った。
アレクは、串焼きをじっと見つめた。
「レッドボアの串焼きだ」
「好きなんだよね?」
「ああ」
アレクはそう言ってから、エリシアへ視線を向けた。
「訓練を頼まれたばかりだが、先に礼をしておく。奢るよ」
「えっ? でも、これから教えてもらうのに」
「早いかもしれないが、気にするな」
アレクは屋台へ近づき、店主に声をかけた。
「串焼きを二本頼む」
「はいよ。焼きたてを持っていきな」
店主は炭火から串を二本取り、紙に包んで差し出した。アレクは代金を支払い、そのうち一本をエリシアへ渡す。
「ありがとう」
「熱いから気をつけろ」
二人は屋台の脇に並んで立った。
エリシアが串焼きを受け取ると、アレクは彼女の顔をじっと見つめた。
「どうしたの?」
「なんか……いや、なんでもない」
アレクは言いかけた言葉を飲み込んだ。
エリシアは首を傾げる。
アレクの視線が、串焼きを持つ自分の手元へ落ち、それからまた顔へ戻った。
(もしかして……「デートっぽいな」って言おうとしたのかな?)
そう考えると、急に頬が熱くなった気がした。
アレクはもう何も言わず、串焼きへ視線を戻した。
炭火で焼かれたレッドボアの肉は、表面が香ばしく、中には肉汁が残っている。ひと口かじると、熱い肉汁が口の中に広がった。
「美味しいね」
「ああ。やっぱりレッドボアは串焼きが一番だ」
アレクは少し機嫌よさそうに言った。
その言葉に、エリシアも笑みを浮かべる。
アレクの脳裏には、幼い頃の建国祭がよみがえっていた。
金貨しか持っておらず、露店で串焼きを買えずに立ち尽くしていた自分。そこへ現れた少女が、初めての給金から銅貨を出し、串焼きを二本買ってくれた。
あの時、少女は「今日は、私が奢ってあげる」と笑った。
王子だからではなく、ただ困っている子供だと思って、親切にしてくれた。
今、目の前にいるエリシアの笑顔に、その記憶が重なった。
アレクは串焼きをもう一口かじる。
「本当に美味しいね」
「そうだな」
彼は短く答えた。
二人は串焼きを食べ終えると、学園への帰路についた。
武器を買い、串焼きを食べた。特別なことは何もない。それでも、エリシアは今日のことを、いつもより少し大切に感じていた。




