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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第10章 癒しの護り手と悪役令嬢

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第405話 試作品の試射

 翌日の放課後。


 午後の授業が終わると、エリシアは鞄を持って魔法具研究部の部室へ向かった。


 昨日、カインは試作品を実習場で試すため、使用許可を取ると言っていた。部室へ着くと、カインは布に包んだ器具を手に持ち、窓の外を眺めていた。


「カイン」


「エリシア。実習場の使用許可が出たよ」


「本当? 今日、試せるの?」


「うん。今からなら使えるそうだ。実習場の管理窓口で鍵を受け取ることになってる」


 カインは布包みを抱え直した。


「試作品の準備はできてる?」


「昨日のうちに、もう一度だけ確認した。魔法陣に異常はないし、部品も固定できている。でも、実際に魔力を流すのは初めてだから、どうなるかは分からない」


「うまく動くといいね」


「そうだね。まずは弱く流して、器具が魔力を受け取るか確かめよう。いきなり強く飛ばそうとしなくていいから」


「うん」


 二人は部室を出て、魔法実習棟へ向かった。


 廊下の奥から、授業を終えた生徒たちの声が聞こえてくる。火属性の教室からは、机や椅子を戻す音が響いていた。実習棟の大きな窓からは、夕方の光が差し込んでいる。


 実習場へ近づくにつれ、床に残った焦げ跡や、壁際に並ぶ的が見えてきた。教室とは違い、ここには魔法を使うための広い空間がある。床には衝撃を和らげる術式が刻まれ、壁際には木製の的や、魔法を受け止めるための厚い板が並んでいた。


 二人は実習棟の管理窓口へ向かった。


 カインが使用許可証を見せると、窓口にいた職員は台帳を確かめ、棚から一本の鍵を取り出した。


「第二実習場の鍵です。使用時間は日没まで。使い終わったら、的や道具を元の場所へ戻してください。床や壁に破損がないか確認した後、部屋に鍵をかけて、こちらへ返却をお願いします」


「分かりました」


 カインは鍵を受け取った。


「使用後の片付けも、忘れないようにね」


「はい。ありがとうございます」


 窓口を離れると、カインは鍵を握った手を開いて見せた。


「これで使えるね」


「うん。片付けまでちゃんとしないと」


「そうだね。使う前にも、部屋の中に異常がないか確かめよう」


 二人は第二実習場へ向かった。


 鍵を使って扉を開ける。中は無人で、窓から夕方の光が差し込んでいた。壁際には木製の的がいくつも並び、その向こうには魔法を受け止める厚い土壁がある。


 カインは部屋の中を見回し、床や壁に破損がないことを確かめた。


「まずは、的を一つだけ使おう。終わったら元の位置に戻す」


「うん」


 カインは壁際から、人の胸ほどの高さがある木製の的を選んだ。的は厚い板を何枚も重ねて作られている。その背後には、魔法を受け止めるための土壁が設けられていた。


 カインは的との距離を確かめ、器具を構える位置を決めた。


「最初は、的から三歩くらいのところで試そう。飛ばす距離も短くなるし、外れても後ろの土壁が受け止めてくれる」


「分かった」


 カインは布包みを開いた。掌ほどの金属器具が姿を見せる。輪のような枠と持ち手、側面に刻まれた細い線。昨日、部室で見た時と変わらない。


「これが試作品?」


「そう。ここに手を置いて魔力を流す。術式が魔力を球状にまとめて、先端から前へ押し出す仕組みだよ」


 エリシアは器具を受け取った。


 掌に収まる金属枠は、見た目より少し重い。側面には細い溝があり、持ち手の近くに小さな窪みがついていた。カインが昨日示した、魔力を流す部分だ。


「握りは強くしなくていい。手を添えて、魔力の流れを感じることに集中して」


「うん」


「昨日の練習を思い出して。胸の奥に感じた場所から、腕を通して手のひらへ流す。器具に押し込もうとしないで、手のひらまで来た魔力を、そのまま受け口へ送るんだ」


 エリシアは頷いた。


 器具を両手で持ち、肩の力を抜く。


 まず、胸の奥に意識を向けた。


 昨日感じた淡い気配を探す。すぐには見つからなかった。授業の後にも何度か思い出そうとしたが、あの時の感覚は曖昧になっていた。意識しすぎると、余計に遠ざかってしまう。


 焦らないよう、ゆっくり息を吐く。


 胸の奥にある気配を探し、そこから腕へ。手のひらまで細い流れを通す。


 わずかに温かさを感じた。


「できそう?」


「たぶん。まだ少し弱いけど」


「それでいい。まずは器具に触れたところまで流してみよう」


 エリシアは、手のひらに感じる魔力を金属枠の窪みへと向けた。


 何も起こらない。


 器具は沈黙したままだった。


「魔力が届かなかったのかな」


「まだ分からない。今の感覚を保ったまま、ほんの少しだけ続けてみて」


 エリシアはもう一度、胸の奥から手のひらへ魔力を運んだ。


 今度は、金属枠の表面に刻まれた細い線がかすかに光った。


「あっ」


 淡い光は一瞬で消えた。器具の奥で、何かが小さく鳴る。


「今、反応したね」


「うん。手のひらから魔力を流した時に、光った」


「魔力を受け取ったんだ。まだ発動には足りないけど、最初の段階は通ったみたいだね」


 カインの声には、抑えきれない期待がにじんでいた。


「続けても大丈夫かな」


「一度、手を休めよう。魔力の流れが乱れていないか確かめてからだ」


 エリシアは器具を下ろした。


 手のひらに疲れはない。けれど、胸の奥に意識を向け続けたせいか、少しだけ集中が途切れそうになっていた。


「大丈夫?」


「うん。少し気を張ったけど、まだできるよ」


「焦らないで。次も弱い魔力でいい。器具の術式が形を作るところまで確認しよう」


 カインは器具の側面を指さした。


「ここから魔力が術式へ送られる。流れを急に強くすると、球の形が崩れるかもしれない。昨日感じた細い流れを、同じくらいの強さで続けてみて」


「分かった」


 エリシアは器具を構え直した。


 的までの距離は三歩。外れても土壁が受け止めてくれる。カインは少し離れ、彼女の横から手元を見守っていた。


 エリシアは息を整えた。


 胸の奥にある魔力を探る。そこから腕へ、手のひらへ。昨日、カインに導いてもらった時の感覚をなぞるように、魔力をゆっくり流していく。


 器具の線が、今度は淡く光り続けた。


 金属枠の内側で空気が揺らぐ。


 はじめは陽炎のような歪みだった。それが次第に丸く集まり、透明な球体を形作っていく。球の表面には、光を反射するものも色もない。けれど、空気が押し縮められたように揺らぎ、そこに何かが確かに形を持っていると分かった。


「球ができた……」


「その形を保って。力を込めすぎなくていいよ」


 エリシアは肩の力を抜き、胸の奥から手のひらへ魔力を流し続けた。球体の揺れが少しずつ収まっていく。


「的の中央へ向けて」


 カインの声に従い、エリシアは器具を持ち上げた。


 三歩先にあるのは、厚い板を何枚も重ねた木製の的だった。狙いを外しても危険がないよう、二人で位置を確かめてから置いたものだ。的の背後には、魔法を受け止める土壁がある。


 エリシアは器具の先端を的の中央へ合わせた。


 手が震えそうになる。球体の表面もわずかに揺らいだ。


「エリシア、流れを保って。あとは器具に任せればいい」


「うん」


 エリシアは魔力を押し出そうとせず、胸の奥から手のひらへ流し続けた。


 次の瞬間、器具の内側から強い反動が伝わった。


 球体が弾けるように飛び出す。


 目で追う間もなかった。


 轟音が実習場に響き渡る。


 球体が的の中央にぶつかった瞬間、重ねられた板が一気に砕けた。木片が四方へ飛び散り、的を支えていた台が後ろへ押し倒される。さらにその奥の土壁まで鈍く揺れ、表面に深い窪みが刻まれた。


 舞い上がった木屑が、ゆっくりと床へ落ちていく。


 器具の光は消えていた。


 エリシアは構えたまま、しばらく動けなかった。


「……今の、わたしが?」


「そうだよ」


 カインも、砕けた的と器具を交互に見ている。驚きのためか、声が少し上ずっていた。


「球体は形を保ったまま飛んで、的に当たってから消えた。術式も壊れていない。成功だ」


「でも、こんなに強いなんて……」


 エリシアの手から器具を受け取ると、カインは表面の魔法陣や部品を確かめた。ひび割れも、焦げ跡もない。試作品は、あれほどの衝撃を生み出した後も無事だった。


「想定していたより、ずっと威力がある。球状にまとめた魔力を一気に押し出したことで、衝撃が一点に集中したんだと思う」


「的だけじゃなくて、後ろの壁までへこんでるよ」


 カインは土壁の窪みを見た。的がなければ、球体は壁に直接ぶつかっていた。距離を近くし、土壁を後ろに置いておいた判断は正しかった。


「魔力を受け取る。球体を作る。前へ飛ばして、的に当てる。必要な動作は全部確認できたね」


「うん。ちゃんと動いてくれた」


「試作品としては成功だよ」


 エリシアは、カインの手にある器具を見つめた。


 胸の奥から手へと魔力を流し、器具に託す。自分の魔力が形を持ち、狙った場所へ飛んでいった。


「もう一度試したいけど……」


「今日はここまでにしよう。これ以上続けるには、的も交換しないといけない。今の結果と器具の状態を記録しよう」


「分かった」


 エリシアは鞄からノートを取り出し、魔力を流した時の感覚や、球体ができるまでの時間、的に当たった時の様子を書き留めた。カインも器具の状態と、命中した場所を記録する。


 記録を終えると、二人は使ったものを片付けた。カインは試作品を布で包み、エリシアは飛び散った木片を拾い集める。壊れた的は交換が必要だと分かるよう、脇へ寄せておいた。


 床や土壁にほかの異常がないことを確かめてから、二人は実習場を出た。カインが扉に鍵をかけ、管理窓口へ鍵を返す。


 実習棟を出ると、エリシアはカインの手にある布包みを見つめた。


 中に入っているのは、さっきまで自分が使っていた魔法具だ。


「カイン」


「どうしたの?」


「この魔法具、私に売ってほしい」


 エリシアは一度言葉を切り、それから続けた。


「お金はすぐには出せないかもしれないけど……いつか必ず払うから」


 カインは目を丸くしたあと、ふっと笑った。


「元々エリシアのために作ったからね。だからあげるよ」


「いいの? 魔法具って、かなり高いんだよね」


「うーん……これを作るのに、金貨百枚以上は使ってるかな」


「そんな高価なもの、もらえないよ」


 エリシアは慌てて首を振った。金貨百枚。それだけあれば、普通の冒険者なら長い間暮らしていける。試作品とはいえ、それほどの費用をかけた魔法具を簡単に受け取るわけにはいかなかった。


「これは、エリシアが部活に入ってくれたお礼だよ。それに今回の研究は楽しかったしね」


「でも……」


「僕が作ったものを、エリシアが使ってくれる。それが一番うれしいんだ。代金のことは気にしないで」


 カインは包みを開き、魔法具をエリシアへ差し出した。


 エリシアは少し迷ってから、両手で受け取った。金属の枠は、試した時と同じ重さで掌に収まる。


「ありがとう、カイン。大切に使うね」


 エリシアは魔法具を見つめた。


 これで私も――。


 後衛で守られるだけではなく、自分の力で攻撃に参加できる。


 今日の実験で、それを確かに感じた。胸の奥から魔力を流し、魔法具を通して放った球体は、厚い木の的を砕いた。まだ練習は必要だ。それでも、自分の魔力が仲間を守る力になる。その手応えが、掌の中に残っていた。

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