第403話 初めての依頼
冒険者として活動を始めると決めてから、一週間が過ぎていた。
エリシアは薬草の本を読み、見分け方や採取方法、持ち帰るまでの保存方法を学んだ。エドガーは冒険者ギルドの資料を調べ、魔獣の特徴や素材の扱い方を確認した。アレクは少人数での戦い方を調べ、三人で動くための戦術を考えていた。
学園の正門を出たところで、アレクが二人に声をかけた。
「学園の外で冒険者として活動する時は、俺に敬語を使わないでくれ」
「ですが、アレク殿下に敬語を使わないわけには……」
エドガーが答える。隣のエリシアも、ためらいがちに口を開いた。
「私も、王子であるアレクにそんな話し方はできません」
「前に言っていたように、冒険者同士で敬語を使ったり、身分の分かる呼び方をしたりすると、誰の身分が高いのか、誰が指揮役なのかを相手に悟られる。盗賊に出くわした時、真っ先に狙われる危険があるんだ」
二人は、以前聞いた話を思い出したように顔を見合わせた。
「……分かった。冒険者として活動する間は、アレクと呼ぶ」
「私もそうするね、アレク」
「ああ。それでいい」
学園の中では身分に応じた話し方をする。けれど、学園の外で冒険者として行動する時は、三人とも対等な仲間として話す。そう決めて、三人は冒険者ギルドへ向かった。
*
ギルドに着くと、三人は依頼掲示板の脇にある空きスペースへ移った。アレクは床に置いた紙へ、簡単な図を描いた。
「陣形を決めておこう。前衛は俺かエドガーだが……」
「俺が前衛を務める」
エドガーがすぐに答えた。
「俺の火属性魔法は、周囲を巻き込む恐れがある。中衛から使えば、前衛にいるアレクに当たる可能性もある。だから、俺が前に出た方がいい」
「分かった。魔法を使う時は、俺の位置を確認してからにしてくれ。敵を引きつけている時は合図を出す」
「ああ」
アレクは紙に三人の位置を書き込んだ。
「エドガーが前方で敵を受け止める。俺は中央から左右を確認しながら全体を見て、必要なら指示を出す。エリシアは後方だ」
「分かった」
「エリシアは、特に後ろの様子を見ていてくれ。俺たちが前に集中している間に、敵が回り込んでくるかもしれない。気づいたら、すぐ知らせてほしい」
「うん。後ろを確認して、何かあったらすぐ声をかけるね」
「敵が多くて押し切れない場合は、全員で撤退する。依頼を達成するより、全員で戻る方が大事だ」
「その判断は俺も賛成だ。森の中では、見えていない魔獣がいるかもしれないからな」
エドガーが頷いた。
「回復薬も用意しているが、安いものじゃない。クエストの報酬より高いことだってある。怪我をするたびに使えるものではないんだ」
アレクはエリシアを見た。
「エリシアがいてくれれば、俺たちが怪我をしても治してもらえる。だが、俺たちにとって一番怖いのは、回復役のエリシアを失うことだ。だから、俺たちを庇うために無理をしないでくれ」
エリシアは、返事に迷うように視線を落とした。
「……分かった。自分の身も守るようにする」
「頼む。俺たちも、エリシアを一人にしない」
戦術を確認した三人は、依頼掲示板から薬草採取の依頼書を選んで受付へ向かった。
「この薬草採取の依頼を受けたい」
アレクが受付係に告げる。
「採取場所は、王都から北東に進んだ森です。対象は止血草とアマンダの毒草の根。どちらも五株以上を納めてください」
受付係は依頼書を広げ、薬草の特徴や注意点を説明した。
「止血草は葉の縁が波打っていて、根元が赤みを帯びています。似た草も多いので、根元まで確認してください。アマンダの毒草は葉や茎に毒があります。根だけが薬になりますから、葉に触れないように。二種類は別々に保管してください」
「報告期限は日没までか?」
「はい。採取した薬草の状態を確認してから報酬をお支払いします。森へ入る前に、依頼書の控えを入口の職員へ見せてください」
「分かった」
受付係から依頼書を受け取り、三人はギルドを出た。
*
王都を北東へ進むと、街道の先に森が見えてきた。
入口にはギルドの職員が立っていた。三人が依頼書を見せると、職員は内容を確かめてから頷く。
「奥へ入りすぎないようにしてください。最近、この森ではグレイウルフが目撃されています。群れで動く魔獣です。見かけたら無理に戦わず、戻ってきてください」
「分かった。警戒して進む」
アレクが答えた。
森へ入ると、木々の間から差し込む光が薄くなった。足元には落ち葉が積もり、少し離れるだけで互いの姿が見えにくくなる。
エドガーが前を歩き、アレクは少し後ろの中央で左右を確かめながら進んだ。エリシアは最後尾につき、背後や脇の茂みに注意を払う。
しばらく進むと、エリシアが声を上げた。
「止まって。これ、止血草だと思う」
エドガーが立ち止まり、アレクも後ろを振り返った。エリシアは地面にしゃがみ、葉の形と根元を確かめる。
「根元が赤くて、葉の縁も波打ってる。図鑑にあった特徴と合ってるよ」
「間違いなさそうだな」
エドガーが周囲を警戒する中、エリシアは短刀で土を少しずつ崩し、根を傷つけないように掘り出した。採取した草を布で包み、傷まないようにしまう。
その後も、三人は役割を崩さず森を進んだ。エドガーが前方を確かめ、アレクが左右の様子を見て指示を出す。エリシアは後ろを気にかけながら、薬草の生えている場所を確認していった。
似た植物と見分けがつかないものは採らず、確実なものだけを集める。やがて、青みがかった葉を持つ草が見つかった。
「アマンダの毒草だね。葉には触れないで」
エリシアは手袋を確かめてから、根元の土を慎重に崩した。根を掘り出し、止血草とは別の布で包む。
「これで必要な数は揃ったな」
採取した薬草を確かめ、エドガーが言った。
「日が傾く前に戻ろう」
アレクの声に、三人は来た道を戻り始めた。
その時、後方の茂みで枝が折れる音がした。
「止まって!」
エリシアの声に、エドガーが前で足を止める。アレクは左右を確かめながら、剣の柄に手をかけた。
低い唸り声が、木々の間から聞こえてくる。
茂みを抜けて現れたのは、灰色の毛並みをした狼だった。
一体。
続いて、左右の茂みからもう二体が姿を現す。
「グレイウルフが三体だ」
エドガーが剣を抜いた。
狼たちは三人を囲むように散り、じりじりと距離を詰めてくる。
「エドガー、正面を頼む。俺は左右を見る。エリシア、後ろを警戒してくれ」
「分かった」
エドガーは前方に構え、アレクは中央から左右の狼を見比べる。エリシアは一歩下がり、後方の茂みと退路を確かめた。
中央のグレイウルフが地を蹴った。
エドガーは剣を構え、正面からその突進を受け止める。鋭い爪が剣の側面をかすめ、金属音が森に響いた。
右側の一体が、エドガーの脇を抜けようとする。
「右だ、エドガー!」
アレクの声に、エドガーは体をひねって狼の噛みつきをかわした。その隙にアレクが中央から踏み込み、横合いから狼を牽制する。
左側の一体が回り込むように動いた。
「左の茂みから来る!」
エリシアが知らせる。
アレクはすぐにそちらへ目を向けた。
「エドガー、正面を押さえたまま、少し下がれ!」
エドガーは指示に従い、前方から迫る狼を牽制しながら位置をずらした。三人がまとまって動いたことで、グレイウルフたちは一気に囲むことができず、動きをためらう。
その隙に、エドガーが正面の一体を斬りつけた。傷を負った狼が低く唸り、後ろへ飛び退く。
別の一体が、今度はエリシアのいる後方へ回り込もうとした。
「後ろから来る!」
エリシアは声を上げて退路を確保する。アレクがすぐに振り返り、狼の進路を遮るように立った。
「エドガー、右の一体を頼む!」
「ああ!」
エドガーが前から迫る狼を押さえる間に、アレクは後方へ回り込もうとした個体を牽制する。
その隙を突き、エドガーが再び正面のグレイウルフへ踏み込んだ。剣が首元を捉え、狼は地面に倒れて動かなくなる。
残る二体は足を止めた。傷を負った仲間を気にするように一度だけ振り返ると、森の奥へ走り去っていった。
「追うな。二体とも、これ以上は向かってこない」
アレクの声を聞き、エドガーは剣を下ろした。エリシアも後方と周囲を確かめてから、二人のもとへ近づく。
「一体は討伐できたね」
「ああ。討伐証明は右耳だ。牙も素材になるし、毛皮は腹や背中、尻尾の傷が少ない部分を選んで持ち帰ろう」
エドガーは死骸を確かめながら説明した。
「ただ、毛皮を剥ぎ取るのに時間がかかりそうだな。森の中で長く作業するのは避けたい」
「それなら、このまま持って帰る? アイテムバッグに入るよ」
エリシアに尋ねられ、アレクとエドガーは顔を見合わせた。
「……そうか。エリシアはアイテムバッグを持っていたんだったな」
「すっかり忘れていた。なら、解体せずに死骸ごと持ち帰ろう。討伐部位や素材の確認はギルドに任せればいい」
「分かった。じゃあ、このまま入れるね」
エリシアはアイテムバッグを開き、グレイウルフの死骸を収納した。アレクとエドガーは、その間も周囲への警戒を続けた。
三人は採取した薬草も確かめてから、森を出た。
*
王都へ戻った頃には、陽が傾き始めていた。
冒険者ギルドの扉を開けると、広間には多くの冒険者がいた。
受付カウンターでは、戻ってきた一団が魔獣の牙や毛皮を台に並べ、職員に素材の状態を確かめてもらっている。少し離れた長椅子では、別の冒険者たちが刃こぼれした剣や傷んだ盾を見比べ、武器の修理や買い替えに必要な金額を相談していた。
「この傷なら、明日の出発までに直せるか?」
「柄も交換するなら、修理代は銀貨三枚だな」
掲示板の前では、数人が翌日に受ける依頼を選んでいる。
「明日は南の街道へ行こう。護衛依頼なら朝一番に出れば間に合う」
「その前に、今日の報酬を分けておこう。宿代と薬代を引いて、残りを均等にすればいいな」
依頼から戻った者たちと、次の日に備える者たち。夕方のギルドは、冒険者たちの相談や報告で賑わっていた。
三人はまず受付カウンターへ向かい、採取した薬草を並べた。
受付係は一つずつ状態を確かめる。
「止血草もアマンダの毒草の根も、状態は良好です。依頼達成です」
三人は報酬を受け取った。
「それから、グレイウルフを一体討伐した。死骸をアイテムバッグに入れてある」
エドガーが報告すると、受付係は素材査定用の台へ案内した。
広間の端にある査定場所だった。エリシアがアイテムバッグから死骸を出すと、近くにいた冒険者たちが手を止め、珍しそうにこちらを見る。
ギルド職員はグレイウルフの状態を確かめた。
「討伐証明の右耳はこちらで確認します。牙や毛皮も買い取りできますが、解体は職員に任せますか?」
「ああ。素材の扱いはまだよく知らないから、お願いする」
エドガーが答えた。
査定が終わるまでの間、三人は受付カウンターの近くで待つことにした。
その時、ギルドの入口が勢いよく開いた。
「怪我人だ! 道を空けてくれ!」
数人の冒険者が、仲間を支えながら入ってくる。担がれた男の顔は青白く、右脚のズボンは膝からふくらはぎにかけて裂けていた。深い噛み傷から流れた血が、布を赤く染めている。
素材の査定を受けていた冒険者たちが手を止めた。武器の修理代を相談していた者も、掲示板の前にいた者たちも、一斉に入口を振り返る。広間の話し声が途切れ、人々が道を空けた。
担がれた男は短い茶髪にがっしりした体格をしていた。彼を支えているのは、幅広の盾を背負った黒髪の男。その後ろには、赤茶色の髪を編んだ弓使いのサラと、杖を手にした金髪の魔法使いマルリが続いている。四人とも、鎧や服に泥と血がついていた。
盾を背負った男――ダリオが、負傷者の名を呼ぶ。
「ローガン、もう少しだ。頑張れ」
「グレイウルフの群れに襲われたんだ!」
ダリオが受付係に説明した。
「森を抜けるところで三体に囲まれた。マルリが魔法を使おうとした時、一体が背後から飛びかかってきて……」
「私が気づくのが遅れたの」
マルリは杖を握りしめ、悔しそうに俯いた。
「ローガンが私を突き飛ばして庇ってくれた。その時に脚を噛まれて……」
「マルリが無事なら、それでいい」
寝台へ運ばれるローガンは、苦痛に顔を歪めながらもそう言った。
ダリオは唇を引き結び、サラも心配そうにローガンを見つめている。
「こちらへ! 診療室に運んでください!」
受付係がカウンターを出て、広間の奥へ案内する。職員の一人が診療室の扉の横にある呼び鈴を鳴らした。
ギルドの奥には、負傷者を手当てするための診療室がある。薬や包帯が備えられ、医療担当者が常駐していた。呼び鈴の音に応じて、白衣を着た男が診療室から出てくる。
「脚は動かさないように。診療室へ運んでください」
冒険者たちはローガンを奥へ運び込んだ。
エリシアは、血に染まった脚から目を離せなかった。
「私も治療を手伝わせて」
受付係が振り返る。
「治癒魔法を使えるのですか?」
「うん。傷の状態を確認させて」
「分かりました。医療担当の指示に従ってください」
エリシアはアレクとエドガーに目を向けた。
「私も行ってくるね」
「ああ。俺たちはここで待っている」
エリシアは受付係とともに診療室へ入った。
*
診療室には寝台が二つ並び、壁際の棚には薬瓶や包帯、清潔な布が整然と置かれていた。医療担当者はローガンを寝台に横たえ、脚の傷を確かめている。
「グレイウルフの群れに襲われたんです」
ダリオが説明した。
「マルリが狙われた時、ローガンが庇った。脚を何度も噛まれて……俺たちだけじゃ運ぶのが精いっぱいだった」
医療担当者は傷を見て、眉を寄せた。
「筋肉が……完全に断裂している。腱も切れているな」
マルリの顔から血の気が引いた。
「そ、そんな……」
彼女はローガンを見つめ、寝台の傍らでその手を握った。
「ローガン……私を庇ったせいで……」
「気にするな。お前が無事なら、それでいい」
ローガンは痛みに顔を歪めながらも、マルリの手を握り返した。
医療担当者は、険しい顔で傷ついた脚を見つめた。
「この状態では、傷が塞がっても脚の機能が戻るとは限らない。筋肉も腱も断裂している。自力で歩けるかどうかも分からない」
「そんな……治す方法はないのか?」
ダリオが尋ねる。
「これは治らない……。傷が塞がったとしても、また歩けるかどうか」
マルリはローガンの手を両手で包み、唇を噛んだ。
「……冒険者は、引退するしかないか」
ローガンが目を閉じた。
「治癒魔法を使ってもいい?」
エリシアが尋ねる。
医療担当者は驚いて彼女を見たが、すぐに場所を空けた。
「出血は抑えました。傷の状態も確認できています。お願いします」
エリシアはローガンの脚へ向かい手を合わせ祈る、深い噛み傷に意識を集中させた。
淡い光が広がり、傷ついた脚を包み込む。裂けた皮膚が閉じ、血に濡れていた傷口が消えていった。断裂していた筋肉や腱も元の状態を取り戻し、やがて光が収まる。
ローガンはしばらく、黙って自分の脚を見つめていた。ズボンの裂け目から覗く肌には、傷跡も腫れも残っていない。
「傷が……ない?」
ローガンは震える手で脚に触れた。
医療担当者も、傷があった場所を何度も確かめる。
「完全に治っている……」
呆然とした声だった。彼は傷跡も腫れも出血もないことを、信じられないというように何度も確かめている。
ローガンは恐る恐る膝を曲げた。脚は、彼の意思に応じて動いた。
マルリはローガンの手を握ったまま、何度も彼の脚と顔を見比べている。
「痛くないのか?」
ダリオが尋ねる。
「ああ……痛くない。あ…脚が動く」
医療担当者は、まだ驚きを隠せない様子でローガンを見守っていた。
「一般的な回復魔法は、生命力を高めて傷の治りを促すものです。これほど深い傷を一度に、跡も残さず治すことはできません」
医療担当者はローガンの脚を確認してから、慎重に声をかけた。
「無理は禁物ですが、支えがあれば立てるか試してみるますか?」
「ああ。自分の足で立てるか確かめたい」
ダリオとサラが左右からローガンの腕を支えた。ローガンは寝台の端に腰掛け、床へ足を下ろす。マルリは手を離さず、そのそばに立った。
ローガンは慎重に右脚へ体重をかけていった。
痛みはなかった。
支えられながら立ち上がると、ローガンは驚いたように目を見開いた。
「立てた……」
仲間たちに支えられたまま、ゆっくりと一歩を踏み出す。右脚は揺らぐことなく、体重を支えていた。
「普通に歩ける……。さっきまで動かそうとしても、まったく動かなかったのに」
医療担当者は、ローガンの脚とエリシアを交互に見た。
「筋肉も腱も、元に戻っている。こんな治療魔法は見たことがない……」
ローガンは自分の脚を見下ろし、それからエリシアを見た。
「ありがとう。もう冒険者は続けられないと思っていた」
マルリは彼の手を強く握った。目には涙が浮かんでいる。
「ローガン……」
「だから、気にするなって」
ローガンは彼女に笑いかけた。
やがてダリオが、エリシアへ革袋を差し出した。
「治療のお礼だ。受け取ってくれ」
中身を見たエリシアは、驚いて首を振った。
「こんなに大金……大丈夫。治療をしただけだから、こんなに受け取れないよ」
「治癒魔法を使える人は貴重なんだ。診療室の薬や道具だって無料じゃない。治療を受ければ費用がかかるし、魔法を使える人に報酬を払うのも当然だ」
ダリオが言った。
ローガンも、真剣な目でエリシアを見る。
「俺たちは礼をしたいんだ。受け取ってくれ」
エリシアは革袋を見つめた。
人を助けるための力だと思っていた。けれど、治療には薬や道具も必要で、治癒魔法を使える人も多くはない。治してもらった側が対価を渡したいと言うのなら、その気持ちを受け取ることも必要なのかもしれない。
「……分かった。ありがとう」
エリシアは両手で革袋を受け取った。
*
診療室を出ると、ギルドの広間には再び話し声が戻っていた。
素材の査定を受けていた冒険者たちは、職員とのやり取りを再開している。長椅子では、武器の修理代を相談していた一団が、明日の出発時間を決めていた。掲示板の前では、依頼書を選ぶ冒険者たちが、報酬や行き先について仲間と話し合っている。
ただ、負傷者が運び込まれたことは広間にも伝わっていた。何人かは診療室の扉へ目を向け、グレイウルフが出た森について小声で話している。
長椅子で待っていたアレクとエドガーは、エリシアに気づくと立ち上がった。
「大丈夫か?」
アレクが尋ねる。
「うん。怪我をした人は医療担当の人に診てもらってる。傷も完全に治ったよ」
「そうか。よかった」
エリシアは、手にした革袋へ目を落とした。
「このお金、冒険者になる時にアレクが立て替えてくれた分に回した方がいいよね」
「その分は、依頼の報酬から少しずつ返す約束だろ。これはエリシアが怪我人を治して、受け取ったお金だ」
「でも、三人で冒険者をしてるんだから、三等分するのはどうかな?」
「それも違うと思う」
エドガーが静かに言った。
「これはエリシアが治療して得た礼金だ。俺たちは何もしていない。受け取る理由がない」
「じゃあ、三人のプール金に入れておくのは?」
「それもやめておこう。共有の費用が必要になったら、依頼の報酬から出せばいい。これはエリシアのものだ」
エドガーは少し困ったように笑った。
アレクも頷く。
「これはエリシアが頑張って得たお金だ。返済や共有分のことは気にしなくていい。自分の好きなように使え」
「好きなように……」
「それより、コレが今日の報酬だ。薬草採取が銀貨五枚グレイフルフの素材が銀貨三十枚。銀貨八枚はプール金にして、一人銀貨九枚だ」
エリシアはアレクから銀貨の入った袋を受け取る。
三人はギルドを出て、寮へ向かう道を歩き始めた。
エリシアは、治療のお礼として受け取った革袋を両手で握りしめていた。
ローガンがマルリを庇い、深い傷を負った姿が心に残っている。
もし、同じ状態の時にマルリが自分だったら。アレクやエドガーも、同じように自分を庇って怪我をするのではないだろうか。
怪我をしても、命さえあれば治癒魔法で治せるかもしれない。けれど、命を落としてしまったら、どれほど凄い回復魔法でも取り戻すことはできない。
自分は後ろにいて、二人に守られている。傷ついた人を治すことはできても、危険が迫った時に二人を助けられるとは限らない。
それでは駄目だ。
エリシアは、二つの革袋をいっそう強く握りしめた。
「私、もっと強くなりたい。治すだけじゃなくて、自分も戦えるようになりたい」
アレクは彼女を見つめ、真剣な顔で頷いた。
「分かった。どうすれば自分の身を守れるか、一緒に考えよう」
「俺も協力する」
エリシアは礼金と報酬の入った革袋を握りしめた。
今日、自分の治癒魔法で一人の冒険者を救うことができた。だが、救えない命があることも忘れてはならない。
三人は寮へ向かって歩き続けた。




