第402話 依頼を受ける前に
冒険者協会を出た三人は、依頼に必要な物を買いそろえるため、通り沿いの道具店へ向かった。
冒険者としての役割は、すでに話し合ってある。エドガーとアレクが前衛に立ち、エリシアは後方で治癒を担当する。回復薬や包帯、清潔な布を用意し、素材の回収や荷物の管理も引き受けることになっていた。
費用はアレクがパーティーの共有資金として先に出し、依頼の報酬から少しずつ返す。何を買ったかは、エドガーが帳面に記録することになっている。
「まずは必要な物だけにしよう。最初から高価な装備をそろえる必要はない」
アレクが店内を見回して言った。
「そうですね。今ある装備を確認して、足りない物だけ買い足しましょう」
エドガーは壁に掛けられた剣や革鎧を見ながら答える。自分の剣と防具は持っているため、まずは傷みや緩みがないか確かめることにした。
エリシアは回復薬の棚へ向かい、瓶の大きさや値段を見比べた。傷の程度によって使い分けられる薬がある。包帯も、細いものと幅のあるものが並んでいた。
「回復薬は、どれを買えばいいでしょうか」
「軽い傷に使うものを何本か、それから少し強い薬も一本あればいい。最初の依頼では、使い切るほどの危険はないと思うが、念のためだ」
エドガーが棚の表示を確認する。
「包帯と清潔な布も必要です。怪我をした時だけでなく、採取した薬草を包むのにも使うと聞いた事があります」
「薬草を包むんですか?」
「種類による。採った後、そのまま袋へ入れると傷むものもあるらしい」
エドガーの説明に、エリシアは頷いた。
回復薬と包帯、清潔な布を選び終えると、エリシアは採取用の短刀を手に取った。刃は手のひらほどの長さで、柄には滑り止めの革が巻かれている。戦闘用の剣とは違い、細かな作業に向いていそうだった。
「薬草の根を採ったり、討伐部位を切り分けたりするなら短刀がいる。刃を入れる時は、必要な部分を傷つけないように気をつけるんだ」
エドガーは短刀を受け取り、刃と柄を確かめた。
「使い方は、依頼に出る前に教える。慣れないうちは、刃を人へ向けないこと。使う前に周りも確認する」
「分かりました。お願いします」
エリシアは短刀を鞘に戻した。
保存食を選ぶ時には、アレクが値札をじっと見ていた。前に下町の一食の値段を尋ねられた際、ボア肉の串焼きを十本食べる計算をして、相場の倍を答えてしまったことを気にしているらしい。
「この干し肉は銅貨三十枚か。一袋で何人分だ?」
「三人で食べると、一食分には少し足りないと思います」
エリシアが答える。
「値段だけでなく、量も考えるんだな」
「はい。買いすぎても、持ち歩く荷物が増えてしまいますから」
「分かった。最初はエリシアに確認してもらおう」
アレクは真剣な顔で頷いた。エドガーは、そのやり取りを見て小さく息をつく。
「物価に慣れるまでは、買い出しの時にエリシアへ聞くのがよさそうです」
必要な道具を選び終え、三人は代金を支払った。アレクが共有資金から費用を出し、エドガーは品目と金額を帳面に書き留める。
道具店を出る頃には、三人の荷物は少し増えていた。エリシアは回復薬や包帯、布、採取用の短刀をアイテムバッグへしまう。見た目は小さな鞄だが、荷物を入れても膨らんだ様子はない。
エドガーはその鞄を一瞥したが、先ほど聞いた「父の形見」という説明について、それ以上尋ねることはなかった。
「これで、最初に必要な物はそろったな」
アレクが言った。
「では、協会へ戻って依頼を探しましょう」
エリシアの言葉に、三人は冒険者協会へ引き返した。
*
協会へ戻ると、依頼掲示板の前には何人もの冒険者が集まっていた。
依頼書を外して仲間と相談する者。受付で報酬や条件を確認する者。掲示板の前を行き来しながら、依頼を選んでいる者。協会の中は、朝よりもさらに賑わっている。
アレクは掲示板を見上げ、楽しそうに目を輝かせた。
「最初は薬草採取が定番だな」
そう言って、一枚の依頼書を手に取る。
近郊の林で薬草を採取し、指定された量を協会へ納品する依頼だった。討伐が必須ではなく、報酬も低めに設定されている。初めての依頼としては、ちょうどよさそうに見えた。
「これなら危険も少なそうです」
エリシアは依頼書を覗き込んだ。
「必要な薬草は……止血草と、アマンダの毒草の根。それから、白花草ですか」
「アマンダの毒草?」
アレクが首を傾けた。
「名前からすると、毒のある草でしょうか」
エリシアは依頼書を読み直す。必要な部位は根と書かれているが、どのような姿をした植物なのか、見分け方までは分からない。
エドガーも依頼書を手にして、考え込んだ。
「止血草の名前は聞いたことがある。ただ、実物を見分けられるかと言われると自信がない」
「私も、どんな草なのか分かりません」
アレクも同意する。
「薬草採取なら、名前だけ知っていればいいわけではないな。似た草を間違えて採るわけにもいかない」
依頼書には採取場所の簡単な地図が添えられていた。林の入口から奥へ進み、川沿いの斜面で探すよう指示されている。しかし、採取方法や保存方法については記載がない。
「まずは、薬草を調べるところからだったな」
エドガーが言った。
アレクは手にしていた依頼書を掲示板へ戻した。
「知らないまま採りに行くのは危険だ。受注するのは、特徴や採り方を確認してからにしよう」
「次の休みまでに、それぞれ調べてみませんか?」
エリシアが提案した。
「私は図書室で薬草や保存方法について調べます。どんな形をしているのか、どの部分を使うのか、採取した後どう扱うのかを確認します」
「俺は協会の資料室で魔獣について調べよう。近郊にどんな魔獣がいるのか、倒し方や素材の保管方法も見ておく」
エドガーが続ける。
「では、俺は少人数での連携や戦術を調べよう。前衛二人、後衛一人でどう動けばいいか、参考になるものがあるはずだ」
役割に合わせて、調べる内容が分かれた。
三人は依頼書の内容を控え、受付で薬草の資料をどこで閲覧できるか尋ねた。冒険者協会の資料室には、魔獣や採取物についての記録があるという。エリシアは学園の図書室でも薬草図鑑を探すことにした。
その日は依頼を受けず、協会を後にした。
*
翌日の放課後、エリシアは学園の図書室へ向かった。
薬草の図鑑や採取方法を記した本が並ぶ棚を探し、何冊か手に取って閲覧席へ運ぶ。依頼書に書かれていた名前を目次で探し、該当する頁を一つずつ開いていった。
最初に見つけたのは、止血草についての記述だった。
図には、細長い葉と淡い緑色の茎が描かれている。傷口に葉を当てると血を止め、傷を塞ぐ助けになるという。薬として使う時は、採った葉を天日干しにしてはいけない。強い日差しに当てると薬効が弱くなるため、風通しのよい日陰で乾かす必要があると書かれていた。
「日陰で乾かすんだ……」
エリシアはノートに書き留めた。
採取する時は、根元を傷つけないよう葉を必要な分だけ摘み取る。根ごと納品する依頼では、土を少しずつ崩し、根を切らないように掘り起こす。採取した薬草は、そのまま袋へ詰めず、布で包む。葉が潰れると効果が落ちるため、ほかの荷物と押し合わないようにする、とも記されていた。
続いて、アマンダの毒草を調べる。
青みがかった葉の裏側には、紫色の筋が走っている。茎や葉の汁には毒性がある一方、根には熱を下げる作用がある。根を採取する時は、葉や茎に触れないよう手袋を使い、ほかの薬草と混ざらないよう別の布袋に入れる必要があった。
「葉には毒があるけれど、根は薬になる……」
エリシアは、そこへ印をつける。名前だけでは、毒草の根が薬として使われるとは分からなかった。依頼書を見ただけで林へ入っていれば、葉に触れてしまう可能性もあっただろう。
白花草についても調べた。花の形や、似ている別の草との違いを図で確認し、採取する部位と保存方法をノートへ記す。
さらに、討伐部位の採取方法にも目を通した。魔獣によって必要な部位は異なり、素材を傷つけないよう切り分けるには、短刀の扱いにも慣れておかなければならない。血や体液が付着したものは、薬草や医療道具と一緒にしない。清潔な布で包み、種類ごとに分けて運ぶ必要がある。
エリシアは、アイテムバッグの中身をどう整理すべきかも考えた。回復薬と包帯はすぐ取り出せる場所へ。薬草用の布袋はまとめておき、毒草の根は別に分ける。討伐部位を持ち帰る時のため、汚れた道具を包む布も用意しておいた方がよさそうだった。
放課後だけでは、調べきれない項目がまだ残った。エリシアは本の題名と頁を控え、次の日も図書室へ通うことにした。
*
エドガーは、放課後になると冒険者協会の資料室へ足を運んだ。
近郊の林に出る魔獣の記録を探し、名前や生息地、群れで行動するかどうかを帳面へまとめる。討伐の際に注意すべき動きや、素材となる部位、持ち帰る時の保管方法も調べた。
資料には、初心者向けの注意も書かれていた。
魔獣を倒した直後に不用意に近づかないこと。死んだように見えても、しばらく痙攣したり、体内に残った毒や魔力が漏れ出したりする場合がある。素材を採る時には、まず周囲に別の魔獣がいないか確認すること。
エドガーは、剣で戦うことだけが冒険者の仕事ではないと改めて知った。魔獣の性質を知らずに挑めば、どれほど剣の腕があっても危険は避けられない。
彼は資料を読みながら、必要な情報をひとつずつ書き出した。
*
アレクは昼休みに学園の図書室で、少人数パーティーの戦術について調べていた。
前衛が複数いる場合、同じ敵へ一斉に攻め込むと互いの動きを妨げることがある。片方が敵を引きつけ、もう片方が隙を突く。後衛を守る時は、敵の位置だけでなく、退路や周囲の地形も意識する。
彼は本に書かれた説明を読み、自分たち三人に置き換えて考えた。
エドガーは剣で前へ出る。自分も剣を持つが、エドガーの動きを見ずに前へ出れば、連携を乱すかもしれない。エリシアは後方で回復薬や荷物を管理し、必要な時には治癒魔法を使う。二人が攻めることばかり考えて、彼女から離れすぎれば守ることができない。
その場で即座に判断するだけでなく、事前に基本の動きを決めておく必要がある。だが、状況に応じて予定を変える柔軟さも欠かせない。
アレクは、自分が王子として学んできた戦術と、冒険者の少人数行動との違いを感じていた。軍の指揮では、兵の配置や命令系統を整えられる。しかし、冒険者は少人数で、互いの判断に頼る場面が多い。
仲間の動きに合わせて自分の役割を変える。その感覚を身につけなければならない。
彼は気づいた点をノートにまとめていった。




