第401話 竜の牙
冒険者協会の受付で、三人はパーティー登録について説明を受けていた。
「パーティーを組む場合は、構成員の名前とパーティー名を登録していただきます。パーティー名は依頼の受注や報酬の受け取りにも使いますので、決まってから用紙にご記入ください」
受付嬢が差し出した用紙には、構成員の名前を書く欄と、パーティー名を書く欄があった。
「パーティー名も必要なのか」
アレクが用紙を見ながら尋ねる。
「はい。あとから変更することもできますが、最初に決めておく方が手続きは簡単です」
まだ名前は決まっていなかった。三人は用紙を受け取り、受付の前を離れた。依頼掲示板から少し離れた壁際には、冒険者が休憩に使う長椅子が並んでいる。空いている場所を見つけ、エリシアたちは腰を下ろした。
「まずは名前を考えないといけませんね」
「急いで決めなくてもいいが、登録を済ませてから依頼を探すなら、今決めてしまおう」
アレクが答えた。
エドガーは、周囲の冒険者たちへ目を向けている。協会の中では、依頼を探す者や受付へ向かう者が行き交っていた。声の大きな者もいれば、仲間同士で小声の相談をしている者もいる。
エリシアは、先ほどミラから聞いた話を思い出した。
「そういえば、ミラさんから教えてもらったことがあるんです」
「何だ?」
「冒険者の仲間同士では、敬語を使わない方がいいそうです。盗賊などに襲われた時、誰かに敬語を使ったり、指示を仰いだりしていると、その人が指揮役だと見抜かれることがあるそうです。指示役だと思われた人が、先に狙われるかもしれないって」
アレクは少し考え、頷いた。
「確かにそうだな。話し方や態度で上下関係が分かれば、相手に狙う順番を教えるようなものだ」
「だから、仲間の間では誰が上か分からないように、普通に話した方が安全だそうです」
「冒険者として行動する間だけでなく、学園でもそのままで構わない。私に敬語を使う必要はない」
アレクは、エリシアとエドガーの二人に向けて言った。
エドガーはすぐには答えず、少し視線を落とした。
「それは……」
言葉を探すように間を置いてから、彼はアレクを見た。
「殿下に対して、そのような話し方をするのは恐れ多いです」
「身分を隠して冒険者をする以上、ここでは仲間として接してほしい。学園でも、私が構わないと言っている」
「理由は理解できます。ですが、すぐに今までの話し方を変えられるかは……」
「無理に一度で変えなくてもいい。少なくとも、戦闘中に指示役だと分かるような態度は避けよう」
「はい。努力します」
エドガーの返事には、まだ敬語が残っていた。アレクはそこを咎めず、話を続ける。
「次は、それぞれの役割を決めておきたい」
三人は、冒険者として依頼を受ける時の動きを相談した。
エドガーは剣を使う前衛。アレクも剣を持ち、状況を見ながら前衛を補助する。二人が敵と向き合っている間、エリシアは後方から回復を行う。回復薬や包帯を持ち、負傷者が出た時には治癒魔法を使う。
「素材の回収も、私が引き受けます。アイテムバッグがあるので、荷物を運ぶのも大丈夫です」
「アイテムバッグ?」
エドガーが聞き返した。
「見た目より、かなり多くの物が入るんです。素材や荷物を持ち運ぶのに便利だと思います」
エリシアは肩に掛けた鞄へ手を添えた。外見は、ごく普通の鞄にしか見えない。
「そんな魔法具、一体どこで手に入れたんだ?」
「父の形見なんです。母が私に持たせてくれました」
エドガーは、エリシアの鞄を改めて見た。
隣で、アレクも鞄へ視線を向ける。ほんの一瞬、その表情が変わった。だが、彼は何も尋ねず、すぐに役割の相談へ戻った。
「それなら、素材の回収や荷物の管理はエリシアに頼めそうだな。ただ、食事の準備や買い出しまで、全部一人で引き受ける必要はない」
「攻撃には参加できないので、できることは引き受けたいんです。食事や買い出しも、私がやります」
「それなら、食事や買い出しは交代制にしよう。三人で活動するのだから、誰か一人に負担を集める必要はない」
「交代制にするのは賛成です」
エドガーは同意したものの、少し迷ってからアレクへ尋ねた。
「殿下、失礼ですが、下町の一食当たりの平均価格はいくらだと思われますか?」
アレクは思いがけない質問に、わずかに眉を上げた。
「一食の値段か……」
少し考えてから答える。
「ボア肉の串焼きが一本、銅貨十枚だった。十本食べるとして、銅貨百枚。銀貨一枚ほどではないか」
エドガーは、すぐには反応しなかった。代わりにエリシアへ視線を向ける。
「エリシアは、どう思う?」
「下町で普通に食事をするなら、銅貨五十枚くらいです。パンとスープなら、そのくらいで食べられます」
「銅貨五十枚か」
アレクが答えを反芻した。
「はい。串焼きを十本食べる人は、あまりいないと思います」
「……なるほど。串焼きの値段は知っていたが、五本だけで一食分を考えるべきだったな」
アレクは自分の見積もりが倍だったことを認めた。
「買い出しを交代にするなら、まずはエリシアに値段を教えてもらった方がよさそうです」
エドガーは心配を隠さずに言った。
「そうだな。最初はエリシアに付き合ってもらおう。相場を覚えれば、次からは一人でも買い出しに行ける」
「はい。私でよければ一緒に行きます」
エリシアは頷いた。アレクは物の値段を知らないわけではない。ただ、下町で暮らす人々がどのくらいの金額で食事をしているのか、普段の買い物にいくら必要なのかを知る機会がなかったのだろう。
「装備や回復薬、食料をそろえるにも、先に金が必要だ」
アレクが続けた。
「私がパーティーの共有資金として、必要な分を先に出そう。依頼の報酬から少しずつ返してくれればいい」
「殿下が、立て替えてくださるのですか?」
エドガーの表情が硬くなる。
「個人に貸すのではなく、パーティーの活動に必要な金として扱う。何に使ったかは記録して、依頼で報酬を得たら、そこから返していけばいい」
「それでも、殿下のお金を使わせていただくことになります」
「活動を始めるための資金だ。遠慮して必要な物を買わず、依頼で困る方が問題だろう」
エドガーはまだ納得しきれていない様子だった。エリシアも、アレクに負担を掛けることを気にしている。
「回復薬や包帯は、パーティー全員が使う可能性があります。共有の物として用意してもらえるなら、私も助かります」
「なら、それで決まりだ。共有資金から必要な物を買い、依頼の報酬から少しずつ返す」
アレクはそうまとめた。
三人は、最初にそろえる物を確認した。エドガーは自分の剣と防具を点検し、必要なら手入れ道具を買う。アレクも剣や服の動きやすさを確かめ、足りない物があれば最低限をそろえる。エリシアは回復薬、包帯、清潔な布などを準備し、それらをアイテムバッグに入れて管理する。
高価な装備を最初から買いそろえるのではなく、まずは最初の依頼に必要な物だけを用意することになった。
「食事や買い出しは三人で交代。荷物の管理と回収は、アイテムバッグを持っているエリシアが中心。ただし、戦闘の状況によっては俺たちも手伝う」
アレクが確認する。
「はい」
「分かりました」
「それじゃあ、パーティー名を決めよう」
アレクは、受付から受け取った用紙へ視線を落とした。
「何か候補はあるか?」
「うーん……」
エリシアは考えたが、すぐには思いつかなかった。エドガーも腕を組み、しばらく黙っている。
「竜の牙、というのはどうだ?」
アレクが提案した。
「竜の牙……」
エドガーが名前を口にしてみる。
「力強くて、覚えやすいと思います」
エリシアが言うと、エドガーも頷いた。
「俺も異論はありません」
「では、『竜の牙』で登録しよう」
三人は受付へ戻った。
受付嬢は用紙を受け取り、記入内容を確認した。
「パーティー名は『竜の牙』ですね。構成員はアレクさん、エドガーさん、エリシアさん。こちらで登録します」
受付嬢が帳簿に記録し、確認用の札を差し出す。
「これでパーティー登録は完了です。依頼を受ける際は、代表者の方がこの札をご提示ください」
アレクは札を受け取り、三人で名前を確かめた。
竜の牙。
まだ依頼を一つもこなしていない、新しいパーティーの名前だった。
「装備を確認してから、最初の依頼を選ぼう。まずは危険の少ないものから始めたい」
「そうですね。採取の依頼なら、素材の見分け方や回収の仕方も覚えられます」
「それがよさそうだな」
三人は依頼掲示板へ向かった。
それぞれの役割は決まった。資金の扱いも、必要な装備も確認できた。あとは実際に依頼を受け、互いの動き方を知っていくことになる。
エリシアは、回復薬とアイテムバッグを用意し、食事や買い出しも担当する。戦闘で攻撃できないことへの不安は、まだ残っていた。
それでも、パーティーの中で自分にできる役割を見つけられた気がした。




