第400話 先輩冒険者の教え
エルグランド王都の冒険者ギルド協会は、朝から多くの冒険者で賑わっていた。
依頼を受ける者が受付に並び、素材を持ち込んだ者たちは職員と査定の話をしている。壁の掲示板には、採集や護衛、魔物討伐などの依頼書が並んでいた。
エリシアは入口の近くで立ち止まり、辺りを見回した。
受付は複数あり、どこへ行けば冒険者登録ができるのか分からない。依頼書の前にも人だかりがあり、冒険者たちは慣れた様子で話し合っていた。
隣にいるエドガーも、協会へ来るのは初めてだった。アレクは王城での用事を済ませてから、あとで合流する予定になっている。
エリシアが視線をあちこちへ動かしていると、明るい声が掛かった。
「初めて来たの? 依頼を探してる? それとも冒険者登録?」
振り向くと、少女が立っていた。
肩まで伸びた赤茶色の髪に、鮮やかな紅い瞳。動きやすそうな服に身を包み、腰には剣を提げている。快活な表情と、はきはきした声が印象的だった。
「冒険者登録に来ました。どこへ行けばいいのか分からなくて……」
「登録なら、あっちの受付よ。初めてだと分かりにくいもんね」
少女はホールの奥を指さした。
「その制服、王立ビスタ魔法学園のものね。あなた、学園の生徒なの?」
「はい。エリシアと申します。こちらはエドガーです」
「私はミラ。蒼天の戦乙女のメンバーの一人よ。よろしくね」
「よろしく」
エドガーが答える。
「学園の生徒が冒険者登録に来るのは珍しいわね。二人で活動するの?」
「あと一人、後から合流する予定です」
「分かった。登録なら、まずあっちの受付へ行けばいいわ。手続きで迷ったら職員に聞くのよ。分からないまま進めると、あとで面倒だからね」
ミラは二人を登録用の受付まで案内した。
エリシアは、ミラの腰にある剣へ目を向けた。自分は武器を持っていない。冒険者として登録するなら、剣を用意した方がいいのだろうか。
ミラもその視線に気づいたようだった。
「エリシアは剣を持っていないのね。魔法使い? それとも回復役かしら?」
「回復魔法が使えます。でも、攻撃魔法は使えなくて……」
「回復役なのね。怪我をした仲間を治せるのは助かるわ。でも、依頼中は周りを見ることも大事よ。自分の身を守る方法も覚えておいてね」
「はい。気をつけます」
「エドガーは剣を使うの?」
「剣も使う。火魔法もな」
「前に出る役ね。誰がどこを守るのか、依頼を受ける前に三人で決めておくのよ。現場に着いてから考えればいいってものじゃないから」
「分かった」
エドガーが真剣に頷く。
受付の職員に確認することがあると言い、ミラはホールの奥へ向かった。エリシアとエドガーは登録用紙を受け取り、必要事項を書き始める。
その頃、ミラは職員と商隊の護衛依頼について話していた。確認を終えて仲間の姿を探していると、五人の女性が協会の入口から入ってくる。
全員が青色の外套を身につけていた。先頭を歩く女性は、長い青髪を背中へ流し、黄色い瞳でホールを見渡している。腰には細身の長剣。長身で、鍛えられた身体つきには女性らしいしなやかさもあった。
「アストリッド」
ミラが呼び掛けると、先頭の女性が近づいてきた。
「商隊との話は済んだか?」
「一通りね。出発前にもう一度、責任者と確認するわ」
「そうか。時間が決まったら知らせてくれ」
「分かった。アストリッドも一緒に来るのよ」
「ああ」
二人のやり取りに、遠慮や気後れはなかった。
アストリッドはエリシアたちに気づき、ミラへ尋ねる。
「新しく登録するのか?」
「そうよ。エリシアとエドガー。あと一人、後から来るんだって」
「そうか」
アストリッドは二人へ向き直った。
「アストリッドだ。よろしく」
「エリシアです。よろしくお願いします」
「エドガーだ。よろしく」
アストリッドは二人を見た。エリシアとエドガーの魔力量を感じ取ったのか、わずかに目を細める。
「二人とも、魔力量が多いな」
「そうなんですか?」
エリシアは、自分の魔力量を他人と比べたことがなかった。
「ああ。特に君はかなりのものだ。それだけあれば、いろいろなパーティーから勧誘されるだろうな」
「私は回復魔法しか使えません。それでも、声を掛けられることがあるのでしょうか?」
「あるだろう。回復役を必要としているパーティーは多い。誘われてもすぐに決めるな。相手の話を聞いて、自分で判断すればいい」
「分かりました」
ミラが横から言葉を添えた。
「依頼の内容や報酬だけじゃなくて、誰と組むかも大事よ。条件はちゃんと確認するの」
「はい。ありがとうございます」
エリシアは二人の助言を胸に留めた。
「ところで、あなたたちはどうして王都に?」
エドガーが尋ねた。
「帝国へ向かう商隊の護衛を引き受けているの。大規模討伐に備えて、帝国では魔法具の需要が高まっているらしいわ」
ミラが答えた。
「帝国へ行くには、必ずバルト山脈を越える。今は山脈が活性化していて魔物の動きも増えているから、商隊にはSランク冒険者も同行することになっている」
アストリッドが続けた。
「私たちは王都で商隊と合流し、出発の準備を進めているところだ」
「危険な道なんですね」
「危険だから、準備するんだ」
アストリッドは短く答えた。
「地形や休憩場所、魔物が出た時の動きを確かめる。報酬だけ見て受ける依頼じゃない」
「依頼は出発前から始まってるのよ。準備を怠ったら、現地で困るからね」
ミラもはっきり言った。
エリシアは登録用紙へ目を落としながら、二人の話を聞いていた。冒険者には戦う力だけでなく、依頼について事前に調べ、仲間と準備することも必要なのだ。
記入を終えたエリシアたちを見て、ミラが尋ねた。
「三人で活動するつもりなんでしょ?」
「そのつもりだ」
エドガーが答える。
「それなら、冒険者同士で敬語はやめた方がいいわよ。特に三人みたいな少人数のパーティーならね」
「敬語を使わない方がいいのか?」
「盗賊に遭遇した時、仲間内で敬語を使っていたり、誰かが指示を仰いでいたりすると、立場や指揮系統を見抜かれることがあるの。指示役だと分かった人は、真っ先に狙われるかもしれない。仲間内では対等に話して、誰が上か悟らせない方が安全よ」
ミラはエリシアとエドガーを交互に見た。
「私たちにも敬語はいらないからね」
「すぐには難しいかもしれないけど、少しずつ慣れてみるね」
「それでいいわ。無理に変えなくても大丈夫よ」
ミラがそう答えると、アストリッドが彼女の肩を軽く小突いた。
「ミラ、二年前のことを思い出したのか? 珍しく先輩風を吹かせてるじゃないか」
「新人には必要な説明よ。私だって、最初は分からなかったんだから」
「そうか。ずいぶん頼もしくなったな」
「からかわないでよ」
ミラはすぐに言い返した。蒼天の戦乙女に加わって一年以上が経ち、憧れていたアストリッドにも、今では仲間として気兼ねなく話している。
その言葉を聞き、ミラの胸に二年前の記憶がよぎった。
冒険者登録で、たまたま一緒になった黒髪の少年。自分と同じように、初めて協会に来た冒険者だった。
彼の名を、ミラは口にしなかった。
その時、協会の入口が開いた。
アレクがホールへ入ってくる。王城で国王に冒険者登録の許可を願い出た後、王族だと気づかれないよう平民の服を買いに行っていた。
身につけているのは、装飾のない上着とズボンだった。しかし、仕立てのよさは隠しきれていない。買ったばかりの服には皺ひとつなく、靴も新品だった。
アレクは三人のもとへ歩いてきた。
その姿を見たエドガーは、反射的に敬礼をしようと右手を動かしかけた。だが、アレクの服装に気づいて手を止める。
「アレク殿。お父上との話は済みましたか?」
「ああ。冒険者登録に条件付きで許可を得た。一年以内にCランクへ上がれなければ、その後はクエストを受けられない」
「一年でCランクですか……。簡単ではありませんが、やるからには目指しましょう」
「俺もそのつもりだ」
アストリッドは、アレクの服装に目を留めた。
「新しい服だな」
「今日のために用意した」
「冒険者登録をするのにか?」
「そうだ」
アストリッドは、服の仕立てや布地からアレクが貴族だと察した。平民の服を選んでも、身なりの整い方や新品らしさは隠せていない。
彼女はアレクの魔力量を探った。
何も感じ取れない。
アストリッドが魔力量を感知できなかった人物は、魔導国家の王族二人と、冒険者のレンだけだった。レンの正体がレオンだと、彼女は知っている。
目の前の青年からも魔力量を感じられない。アストリッドは驚きを表に出さず、彼の服装へ視線を移した。
「さすが王国の貴族だな」
それだけ言うと、アストリッドはミラへ目を向けた。
「商隊の責任者が待っている。打ち合わせの続きをするぞ」
「分かった。エリシア、エドガー。またね。登録、頑張って」
「ありがとう、ミラ」
ミラとアストリッドは、仲間たちとともにホールの奥へ向かった。
二人の姿が見えなくなってから、アレクが尋ねる。
「今の二人は、どんな冒険者なんだ?」
「ミラは、蒼天の戦乙女のメンバーだそうです。青い外套を着た五人全員が同じパーティーだと聞きました」
エリシアが答えると、アレクは少し驚いたように目を見開いた。
「蒼天の戦乙女か。あれが三代目のリーダー、アストリッド・レーヴァンなんだな」
「ご存じなのですか?」
「ああ。正式名称は《蒼天の戦乙女》。女性だけで構成されたSランクパーティーだ。魔導国家の冒険者パーティーで、三本の指に入るといわれている」
「そんなに有名な方たちだったんですね」
「アストリッドは、未踏破だった天環魔導塔アストラリオンを、もう一人の冒険者と二人で攻略したことで知られている」
エリシアは、先ほどのアストリッドの姿を思い返した。
「未踏破の塔を二人で……」
「ああ。あの攻略で、彼女たちの名はさらに広まった」
先ほどまでミラと気軽に言い合っていたアストリッドが、そんな偉業を成し遂げた冒険者だとは思えなかった。
「まずは登録を済ませよう」
「はい」
アレクの言葉に、三人は受付へ向かった。
受付の職員は、冒険者登録に必要な書類を確認した後、三人へ尋ねる。
「皆さんは王立ビスタ魔法学園の生徒ですね。学園から属性証明書を受け取っていますか?」
「はい。こちらです」
エリシアが証明書を差し出す。エドガーとアレクも、それぞれ事前に学園から受け取っていた証明書を提出した。
職員は三人分を照合し、記載内容を確認する。
「確認しました。学園の属性証明書があれば、協会で魔力測定や属性確認を受ける必要はありません。登録手続きを進めます」
レオンやミラのように学園の証明書を持たない冒険者は、登録時に協会で魔力量や属性を確認する。だが、三人は学園で証明を受けているため、その手続きは省かれた。
書類への記入と確認を終え、三人は冒険者として登録された。
一年以内にCランクへ上がるという条件。学園の授業と両立しながら、三人でどこまで進めるのか。まだ分からないことばかりだった。
それでも、エリシアは受付から渡された登録証を手に、前を向いた。
冒険者としての一歩が、今、始まった。




