第396話 守るための問い
389話 390話 391話 392話。
4話を変更しました。
同じ内容が重複していました。すいません……。
お酒呑みながらは、1本までにします。笑
ブックマーク、評価、リアクション、とても嬉しいです。ありがとうございます。
これからも宜しくお願いいたします。
診療室では、助産師がリディアと赤子の様子を見守っていた。
出産直後に危険な状態へ陥ったリディアは、エリシアの魔法によって意識を取り戻した。呼吸は落ち着き、顔にも血の気が戻っている。ただ、出産で体力を使い果たしており、まだ安静が必要だった。
リディアは寝台に横たわり、娘を胸元に抱いている。赤子は清潔な布に包まれ、母親の腕の中で小さな寝息を立てていた。
エリシアは寝台の脇に置かれた椅子に座っていた。魔力を急激に失った影響で、立ち上がる力も残っていない。薬湯を持つ手は震え、顔色もまだ青白かった。
「エリシアさん、あなたも休んでください。リディアさんの容態は安定しています」
セリオスが声を掛ける。
「でも、リディアさんも赤ちゃんも、まだ心配で……」
「助産師がそばにいます。何かあれば、すぐに知らせますから」
エリシアはリディアと赤子を見た。母親の腕の中で、赤子は静かに眠っている。淡いオレンジブラウンの髪が、リディアによく似ていた。
しばらく迷った後、エリシアは小さく頷いた。
「分かりました。少しだけ休みます」
アレクは、少し離れた場所で二人の様子を見ていた。先ほどセリオスの大声を聞いて診療室へ駆け込んだ時、エリシアは今にも倒れそうだった。リディアの顔に血の気が戻る一方で、エリシア自身は急速に衰弱していた。
それでも、彼女は赤子を抱き、母親の腕へ届けた。自分の身体が限界に近いことなど気に留めず、リディアを安心させるように笑っていた。
その姿が、アレクの胸に残っていた。
助産師が、リディアの脈を確かめてから顔を上げる。
「容態は落ち着いています。ただ、出産で体力を使い果たしていますから、しばらく安静にしていただきます」
「分かりました。母親の容態はいかがですか?」
アレクが尋ねる。
「危険な状態は脱しています。引き続き、私が様子を見ます」
「ありがとうございます」
助産師は軽く頭を下げ、赤子の様子を確かめるため寝台の反対側へ移った。
アレクはセリオスへ向き直った。
「セリオス枢機卿。先ほどは許可なく部屋へ入ってしまい、申し訳ありません。大声が聞こえ、緊急事態だと思い、つい……」
「私こそ、大声を上げてしまい申し訳ございません。エリシアさんの魔力が危険なほど減っており、止める必要がありました」
「謝罪には及びません。あの状況であれば、私も同じように声を上げたと思います」
「ありがとうございます。エリシアさんは、まだ休息が必要です。すぐに立ち上がらせないようにしてください」
「分かりました」
アレクは寝台に横たわるリディアへ視線を向けた。
彼女は娘を抱き、疲れた目で赤子を見つめている。アレクは腕の中にいる子から、並外れた魔力を感じ取っていた。
彼は、リディアの寝台へ近づいた。
「この子の父親は誰だ?」
リディアの表情が強張った。
彼女は答えず、赤子を胸元へ抱き寄せる。娘を守ろうとするその仕草に、エリシアもアレクへ目を向けた。
「殿下」
セリオスが、すぐに声を挟む。
「ここは無料の診療所です。素性を明かさずに診療を受ける方もいらっしゃいます。患者の事情を問い詰めれば、噂を恐れて来なくなる方が出るかもしれません」
アレクはリディアの強張った顔を見た。
彼女に答える義務はない。ここは、助けを求める人々が事情を隠したままでも診療を受けられる場所だ。患者の秘密を守ることも、診療所の役割だった。
アレクは一度目を伏せ、リディアへ向き直った。
「すまない。赤子のことが心配だった」
彼は少し身を引き、頭を下げた。
「いきなり聞くべきじゃなかった。すまない」
リディアは、驚いたようにアレクを見た。
セリオスが、落ち着いた声で説明を添える。
「殿下は、赤子の魔力量を心配されているのです。これだけの力を持つ子どもは、貴族などから才能を利用される可能性があります。殿下は、母親と赤子を守る方法を考えようとなさっているのです」
「この子が……利用されるのですか?」
「必ずそうなるというわけではありません。ですが、魔力量の多い子どもが注目を集め、本人の意思に関わらず力を使わせられることはあります」
セリオスは、リディアの不安を煽らないよう、ゆっくりと言葉を選んだ。
「殿下は、そのような危険を案じておられます」
リディアは娘を見下ろし、赤子の頬に指先で触れた。
「この子を守りたいです」
「私も、できることを考えたいと思っている」
アレクはそう答えたが、父親について無理に聞き出すことはしなかった。
赤子の魔力量は、リディアのものよりずっと大きい。母親から受け継いだ力だけでは説明がつかない可能性もある。ならば父親も、相応の魔力を持つ人物なのかもしれない。
アレクの頭に、真っ先に浮かんだのはレオンだった。
派閥に属さない大貴族。王国内で特別な立場を持ちながら、どの勢力にも与していない人物だ。もしレオンが父親であり、子どもの存在を隠しているのだとしたら、母子を受け入れない可能性もある。レオンの身分を考えれば、事情は単純ではないはずだった。
その可能性を確かめるため、アレクは一つだけ質問することにした。
「だが、一つだけ確認させてくれ。相手は黒髪で、青い瞳の青年ではないよな?」
リディアはアレクの顔を見た後、ゆっくりと首を横に振った。
「違います。その方ではありません」
「そうか……よかった」
アレクの肩から、わずかに力が抜けた。
リディアは娘を抱いたまま、アレクを見つめている。彼女には、アレクがなぜその人物について尋ねたのか分からない。アレクも、それ以上は説明しなかった。
セリオスも、リディアの前では口を開かなかった。
「エリシアさん、そろそろ隣の休憩室へ移りましょう」
助産師が声を掛けた。
「ここにいたいです。リディアさんと赤ちゃんが心配で……」
「お二人の容態は落ち着いています。あなたは魔力を使いすぎました。静かな場所で休んでください」
エリシアは、リディアと赤子を振り返った。
「少しだけ、隣で休んできます」
「はい。どうかゆっくり休んでください」
リディアは娘を抱き寄せた。
「お二人が無事でよかったです」
エリシアは笑顔を浮かべたが、自力で立ち上がることはできなかった。セリオスがそばへ来て、助産師とともに身体を支える。
「一人で歩かないでください」
「はい……」
エリシアは二人に支えられ、隣の休憩室へ運ばれていった。診療室を出る直前、彼女はもう一度だけ振り返る。
リディアは娘を抱いていた。アレクは少し離れたところに立ち、母子を見守っている。
エリシアは安心したように目を閉じた。
休憩室の寝台へ横になると、身体から力が抜けていった。セリオスが水と薬湯を手の届く場所に置く。
「しばらく眠ってください。目が覚めたら、改めて状態を確認します」
「分かりました……」
エリシアはゆっくりと目を閉じた。
休憩室の扉が閉まるのを見届けてから、アレクはセリオスへ向き直った。
「先ほどは止めてくださって、ありがとうございます」
「殿下のご心配は理解しております。ただ、患者が安心して診療を受けられる場所を守ることも、私たちの務めです」
「そうですね。私が焦っていました」
「赤子の魔力量が大きいことは、私も気に掛けています。ですが、まずは母親と赤子が落ち着くのを待ちましょう」
「分かりました、セリオス枢機卿」
二人は互いに礼を交わした。
アレクが診療室の外へ出た後、セリオスは声を落とした。
「あの方でしたら、母親と赤子の双方を家族として迎え入れるでしょうね」
アレクは足を止めた。
「そうでしょうね」
リディアに聞かせる必要のない言葉だった。セリオスも、それ以上レオンの名を口にしなかった。
アレクは、配給の手伝いへ戻る前に、休憩室の扉へ一度だけ目を向けた。
エリシアは、魔力を使い果たしかけてもリディアを助けようとした。赤子を抱いた時には、自分の顔色が悪いことも忘れたように笑っていた。
その姿が、アレクの胸に残っている。
しばらくして、エリシアが目を覚ました。
身体はまだ重い。けれど、先ほどより呼吸は楽になっていた。枕元の薬湯を少し飲んでいると、扉が開いた。
「特待生、起きたのか」
アレクが部屋の入口に立っていた。
「はい。少し休んだら、楽になりました」
「無理はするな。まだ顔色が悪い」
「リディアさんと赤ちゃんは?」
「二人とも落ち着いている。助産師が見ているから、心配しなくていい」
「よかったです」
エリシアは、ほっと息をついた。
「さっきは、びっくりしました。セリオス様が大きな声を出したので」
「俺も驚いた。あんな声を聞いたことがなかったからな」
「でも、止めてくださってよかったです。あのまま続けていたら、私も倒れていたかもしれません」
「かもしれない、じゃない。倒れかけていたんだ。次からは自分のことも考えろ」
「はい。気をつけます」
アレクは、エリシアが薬湯を飲み終えるのを見届けてから、少し表情を和らげた。
「診療所の手伝いは、俺たちが続ける。特待生はここで休んでいろ」
「ありがとうございます、殿下」
エリシアは、再び寝台へ横になった。
アレクは扉のそばで、しばらく彼女の様子を見守っていた。赤子を抱いて母親へ渡した時の笑顔が、目に浮かぶ。
彼はその光景を思い返しながら、胸の内に生まれた温かな感情を、まだ言葉にできずにいた。




