第387話 魔法具と魔法装置
翌日の昼休み。
エリシアは昼食を手に、魔法具研究部の部室へ向かっていた。
昨日の放課後、魔法図書室でアレクと一緒に調べた本の内容が、頭から離れなかった。
属性を持たない者でも、魔法を使える道具は存在する。ただし、記録にあったものは小さな火を起こしたり、少量の水を出したりする程度で、実技で使えるほどの威力はないらしい。
それでも、魔導国家なら別の方法があるかもしれない。
そう考えると、昼休みにカインへ聞いてみたくなった。
部室の扉を叩く。返事を待ってから扉を開けると、机の上には魔法陣の描かれた紙や工具、いくつもの部品が広がっていた。
カインは机に向かい、手元の部品を確かめている。食事をしている様子はなかった。
「カイン、お昼持ってきたよ」
エリシアが昼食を見せると、カインは手を止めた。
「ありがとう。ちょうどお腹が空いたところだったんだ」
「本当に? 作業に夢中で、また忘れてたんじゃないの?」
「……少しだけ」
「少しだけじゃないよ。ちゃんと食べて」
エリシアは昼食を机の空いた場所へ置いた。カインは部品を端へ寄せ、包みを開ける。
エリシアも自分の昼食を取り出し、向かいの椅子に座った。
カインが食べ始めたのを見届けてから、エリシアは昨日のことを切り出した。
「昨日、魔法図書室で攻撃魔法について調べたんだ」
カインはサンドイッチを持つ手を止めずに、続きを促すように目を向けた。
「属性がなくても使える道具の記録を見つけたの。でも、威力は小さいみたいだった。魔導国家には、もっと強い魔法を使える道具があるのかな?」
「使える道具はあるよ。でも、強い攻撃に使えるかどうかは別だね」
「やっぱり、そうなんだ……」
「魔力を持たない人が使う道具は、日常で役立つものが多い。火を起こしたり、少しだけ水を出したりするものなら便利だけど、実戦で使えるほどの威力を出すのは難しいんだ」
エリシアは、寮の部屋に置かれた魔冷蔵を思い出した。
「寮の部屋にある魔冷蔵も、魔鉱石にためた魔力で動いてるんだよね?」
「そうだよ」
「あれには、どの属性の魔力を補充しているの?」
カインは食べる手を止めた。エリシアが何に疑問を持ったのか、すぐに察したようだった。
「四属性なら、どれでも使えるよ。火、水、風、土。それぞれの属性に反応する魔法陣が、装置の中に入っているんだ」
「魔鉱石にいろんな属性の魔力を入れても大丈夫なの?」
「魔鉱石なら大丈夫。魔力を蓄える性質があるから、属性に関係なくためられるんだ。装置の方が魔力の属性を見分けて、対応する魔法陣へ流す」
「そうなんだ……」
魔冷蔵がどのように動いているのか、エリシアは気になっていた。部屋に備え付けられた便利な道具が、寮の備品として当然のように置かれていたからだ。
「魔冷蔵の魔力は、何週間かに一度補充する必要があるよ。寮のものは、寮母が補充しているはずだ」
「何週間かに一度でいいんだね」
「使う属性によって差はあるけどね。水の魔力はかなり長持ちする。土の魔力は消耗が早いんだ」
「どうして?」
「術式との相性もあるし、冷気を保つのに必要な魔力の量も違うから。水の魔力なら効率よく動かせるけど、土の魔力だと同じ時間動かすために多くの魔力を使うんだ」
カインは食事をいったん置き、机の上を見回した。
魔法陣が描かれた紙が何枚か重なっている。その中から一枚を取り、描かれた図を確認してから、何も書かれていない裏面を表にして机へ置いた。
筆を取ると、紙の端に小さな四角を描く。
「魔法具と魔法装置は、仕組みが少し違うんだ」
カインは四角の中に丸を描き足した。
「魔法具は、使う人が自分の魔力を流して動かす。魔石と、魔力を通しやすいオリハルコンやミスリルを使うんだ。金属に魔法陣を刻んでおいて、そこへ魔石から魔力を流す」
「魔石が魔力を出して、魔法陣がその魔力を魔法にするの?」
「そう。魔石には属性がある。火の魔石なら火属性、水の魔石なら水属性の魔力を扱う。使う人が持っている属性の魔力を流すと、対応する魔石が反応して、魔力を一定の量ずつ放出するんだ」
カインは丸から線を伸ばし、その先に簡単な魔法陣を描いた。
「魔法陣は、その魔力の流れを制御する。火の魔力を流せば、火を生み出す術式が動く。水なら水を生み出す術式が動く。魔力をそのまま放出するんじゃなくて、魔法陣を通して形を与えるんだ」
「でも、魔石にためておける魔力には限りがあるんだよね?」
「うん。魔石にも多少は蓄えられるけど、魔力をため続けるためのものじゃない。魔石は魔力を受け取ると光って、一定量を外へ出す性質がある。使わずに長期間ためておく用途には向かないんだ」
カインは紙の反対側に、もう一つ四角を描いた。
「魔法装置は、ここに魔鉱石が加わる」
「魔鉱石は魔力をためる石?」
「そう。魔力そのものを蓄える性質がある。長い間魔力にさらされて、少しずつ吸収するものが多いんだ。種類によってためやすさや蓄えられる量は違うけど、どの属性の魔力でもためられる」
カインは四角の中に「魔鉱石」と書き、先ほどの図には「魔石」と書き加えた。
「魔力を持たない人が使う場合は、先に魔鉱石へ魔力を蓄えておく。使う人がスイッチを押すと、魔鉱石の魔力が最初の魔法陣を通って、属性魔石へ流れる。そこから別の魔法陣へ送られて、術式に応じた魔法が発動するんだ」
「使う人が魔力を出さなくても、魔鉱石の中に入っている魔力で動かせるんだね」
「そういうこと。魔法具は使う人の魔力を使う。魔法装置は、魔鉱石に蓄えた魔力を使う。その違いだよ」
エリシアは、図の上を目で追った。
魔鉱石から魔法陣へ。そこから魔石へ流れ、さらに別の魔法陣を通って魔法になる。いくつもの段階があるが、カインの描いた図を見ると流れが分かりやすかった。
「じゃあ、魔冷蔵も魔法装置なんだね」
「そうだよ。魔鉱石に蓄えた魔力で、冷気を作る術式を動かしている。補充する人は、魔鉱石に魔力を込めればいい。装置が属性に合った魔法陣へ流してくれるから、四属性のどれでも動かせるんだ」
「それで水の魔力は長持ちして、土はすぐに減るんだ」
「うん。水の魔力で動かすのが一番効率がいい。火や風でも使えるけど、土は消耗が早いから、寮ではあまり使わないと思う」
寮母がどの属性を使って補充しているのか、エリシアはまだ見たことがない。けれど、仕組みが分かると、部屋にある魔冷蔵が少し違って見えた。
「魔導国家では、魔力がない人向けの魔法装置がよく使われているの?」
「生活に必要なものはね。魔力がないことを知られたくない人が、装置を持ち歩くこともある」
カインの声は淡々としていた。
「火を起こす小さな装置は、冒険者もよく使うよ。野営の時に便利だからね。火属性を持っていない人でも使えるし、いちいち火打ち石を使う必要もない」
「それなら、魔力がない人だと知られずに使えるんだね」
「そういう使い方もできる。魔導国家では、魔力がない人や属性を持たない人が、周囲から低く見られることがあるから」
カインはそう言って、描いた図をしばらく見つめた。
その話し方に、ほんの少しだけ硬さがあった。エリシアは何か聞き返そうとしたが、カインはすぐに筆を置き、話題を戻した。
「ただ、魔法装置を使っても、威力を出すのは難しい。魔鉱石に蓄えられる魔力の量には限りがあるし、魔石や魔法陣にも負担がかかるからね」
「昨日読んだ本にも、火を灯したり、風を起こしたりする道具しか載ってなかった」
「王国の記録にあるものは、かなり古いんだろうね。魔導国家にも似たようなものはある。改良はされているけど、強い攻撃魔法を放つほどのものは、まだ一般的じゃない」
エリシアは、少し肩を落とした。
魔法装置があれば、自分にも攻撃魔法が使えるかもしれない。そう期待したが、実技で使えるような威力を出すのは簡単ではないらしい。
「やっぱり、実技で使えるものを見つけるのは難しいのかな」
「普通の魔法装置をそのまま使うなら、そうだね」
カインは即答せず、紙に描いた魔法陣を見つめた。
「でも、別の方法なら考えられるかもしれない」
「別の方法?」
「無属性の魔力を使う方法だよ。属性魔法みたいに火や水へ変えなくても、魔力を形にできれば、何かにぶつけることはできる」
カインは、紙の空いたところに小さな円を描いた。
「たとえば、魔力で障壁を作る。障壁は普通、その場にとどめて、外からの攻撃を防ぐために使うものだよね」
「うん」
「それを球体に丸めて、勢いよく動かせたら、標的にぶつけられるかもしれない」
カインは円から四角へ向けて矢印を描いた。
「ただ、障壁は基本的に動かないように作る。形を保ったまま飛ばすには、術式を工夫しないといけない。そこへ魔法具の力を使って、球体を押し出せたらどうだろう」
「火球を飛ばす魔法陣みたいに、障壁を飛ばすの?」
「そう。火球を作って飛ばす術式があるなら、魔力の塊や障壁を押し出す仕組みも作れるかもしれない。でも、まだ考えの段階だよ。障壁が途中で崩れるかもしれないし、当たった時にどれだけの衝撃になるかも分からない」
エリシアは、紙に描かれた円と矢印を見た。
「それなら、属性がなくてもできるの?」
「無属性の魔力を扱えるなら、可能性はある。ただし、障壁を球体にすることも、動かすことも簡単じゃないと思う」
カインは、少しだけ言葉を切った。
「僕は今、属性のない魔力を、火や水みたいな別の属性へ変えられないか研究しているんだ。魔力を持っていても属性がない人が、普通の魔法を使えるようにするためにね」
「それが、うまくいっていないの?」
「うん。魔法陣を通しても、無属性の魔力は無属性のままなんだ。流れを整えることはできても、性質まで変えるのは難しい」
カインの口調は静かだった。失敗を隠そうとはしていない。それでも、研究を諦めた様子もなかった。
「だから、属性を変える方法とは別に、無属性の魔力をそのまま使えないかも考えている。障壁を球体にする案も、その一つだよ」
「わたしの実技のために、そこまで考えてくれるの?」
「研究の役にも立つからね。それに、魔法が使えないから見学するしかない、というのはもったいないと思うし」
「ありがとう。すぐに使えるようにならなくても、考えられる方法があるって分かっただけで嬉しいよ」
エリシアは、紙の図をもう一度見た。
攻撃魔法を覚えることはできない。魔法装置で強い魔法を使うことも難しい。けれど、無属性の魔力を使う方法なら、まだ探せることがある。
「まずは、球体の障壁を作れるかどうかだね」
「そうだね。ただ、試す時は教師に相談して、実習場を使わせてもらおう。障壁が崩れたり、予想以上の勢いが出たりしたら危ないから」
「うん。勝手に試したりはしないよ」
「それならいい」
カインは筆を置き、紙をエリシアの方へ向けた。
「この図は持っていっていいよ。魔法具と魔法装置の違いも書いておいたから」
「ありがとう。あとでノートに写しておくね」
「うん」
カインは話を終えると、ようやく冷めかけた昼食へ手を伸ばした。
「もう午後の授業が始まるまで、あまり時間がないよ」
「そうだった。今度こそ食べてね」
「分かってるよ」
エリシアも自分の昼食を口に運んだ。
魔石と魔鉱石の違い。魔法具と魔法装置の仕組み。そして、無属性の魔力を使う可能性。
昼休みの間に聞いたことを、エリシアは頭の中で整理していく。
実技で何もできなかった昨日とは違い、次に考えることが見えていた。
球体の障壁を作り、それを動かして標的にぶつける。
まだ案にすぎない。どれほどの威力が出るのかも、そもそも形を保ったまま飛ばせるのかも分からない。
それでも、試す価値はある。
エリシアはカインが描いた図を大切に鞄へしまい、午後の授業へ向かう準備を始めた。




