第384話 属性別の授業
第379話と第380話
10月13日(火)に、会話の内容(2話の会話が違っていた)と描写を変更しました。
出来事は、殆ど変わらないので気になる方は読んで貰えるとありがたいです。
翌朝、エリシアは時間割を確かめながら教室へ向かった。
午前の授業は歴史と魔法一般。午後には魔法の属性別授業が入っている。
昨日、魔法図書室で借りた本には、まだ目を通しきれていない。祈りによって傷が癒えたという古い記録をいくつか見つけたものの、母から教わった方法と同じものかどうかは分からなかった。
今日の授業で、何か手掛かりが得られるだろうか。
午前の授業が終わると、担任が生徒たちへ告げた。
「午後の魔法は属性別授業です。各自、時間割に記された教室へ移動しなさい。複数の属性を持つ者は、いずれか一つを選んで出席するように」
生徒たちは、それぞれ時間割を見ながら席を立った。
クラリスは火と水、二つの属性を持つ。そのため、どちらかを選んで授業を受けることになっていた。
エリシアの時間割には、ほかの生徒とは異なる教室が記されている。
【聖属性・特別講義室】
エリシアはその文字を見つめた。
聖属性の授業を受ける生徒が、ほかにもいるのだろうか。教室の場所を確かめるため、時間割を持って廊下へ出た。
属性別の教室は、魔法実習棟に集まっていた。火、水、土、風の教室には、それぞれの属性を示す札が掛かっている。廊下の向こうからは、教師の説明や生徒たちの話し声が聞こえてきた。
エリシアは案内板を確認し、特別講義室を探した。
廊下の端に、ほかの教室より小さな扉がある。扉には「聖属性」と記された札が掛かっていた。
エリシアが扉を開けると、中には一人の男性が立っていた。
白い髪に、赤い瞳。線の細い身体つきで、優しそうな笑みを浮かべている。街で転んだ子どもを治療した時、そばにいた人物だった。
「セリオス様……?」
セリオスはエリシアを見ると、柔らかく目を細めた。
「またお会いしましたね。街で子どもを治療していた時の魔法は、よく覚えています。今日から授業を担当しますので、よろしくお願いします」
「あの時のことを覚えていてくださったんですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
セリオスは静かに頭を下げた。
教室には、長机が一つと椅子が二脚だけ置かれていた。ほかの属性の教室では、多くの生徒が集まって授業を受けている。それに比べると、この部屋はずいぶん簡素だった。
エリシアは、教室の中を見回した。
「今日は、ほかの生徒はいないんでしょうか?」
「今のところ、聖属性と判定された生徒はエリシアさんだけです」
「私一人だけ……」
「属性別の授業では、属性ごとに教室を分けています。複数の属性を持つ生徒は、どれか一つを選んで出席します。聖属性は判定される例が少なく、後から分かることもあるため、専用の授業が設けられているのです」
セリオスは、机の上に教科書を置いた。
「今日の授業では、聖属性がどのようなものと考えられているのか、そして魔力をどう扱うのかを学びます。すぐに新しい魔法を使う必要はありません」
「はい」
エリシアは席に着いた。
「まず、属性について簡単に確認しましょう。先日の魔法一般の授業では、どのように説明されましたか?」
「魔法の属性は、火、水、土、風、光、闇の六つだと習いました。四属性は比較的多くて、光と闇は珍しいそうです」
「そうですね。では、聖属性については?」
「六つの属性とは別に扱われていて、セレスティア教では信仰によって後から才能が開花すると考えられている、と」
セリオスは頷いた。
「学園では、そのように教えられています。聖属性は四属性とは異なる性質を持ち、成人の儀などの測定では判別しきれず、後年になって明らかになる場合がある。そのため、一般的な属性とは分けて学ぶのです」
「聖属性を持つ人は、みんな回復魔法を使えるんでしょうか?」
「必ずしもそうとは限りません。属性の適性があっても、どのような魔法を使えるかは、その人の魔力や訓練によって変わります。回復や守護に関わる魔法は、聖属性の使い手に多いとされていますが、それがすべてではありません」
エリシアは、先日の授業で聞いた説明を思い返した。
聖属性を持つ者は、回復や守護の魔法を使うことが多い。セレスティア教の信仰によって才能が開花する。
けれど、エリシアは信者ではない。母もそうではない。それでも、母から回復魔法を教わり、街で怪我をした子どもを治療することができた。
その疑問は、まだ胸の中に残っている。
「エリシアさんは、回復魔法をお母様から教わったのですね」
「はい。魔力を感じて、傷がどのように治ってほしいかを思い浮かべるように言われました。それから、そうなるように願うんです。言葉を唱えたり、魔法陣を描いたりはしません」
セリオスは、エリシアの話を静かに聞いていた。
「街で見た時も、詠唱はしていませんでしたね」
「はい。祈るように願うだけです」
「私が知っている教国の回復魔法とは違う方法です」
「やっぱり、違うんでしょうか」
「ええ。ですが、今ここで無理に名前を付ける必要はありません。まずは、エリシアさん自身がどのように魔力を扱っているのかを知ることが大切です」
セリオスは机の上から小さな魔石を取り出した。表面は磨かれており、中央には細い線が刻まれている。
「これは、魔力の流れを確かめるための道具です。魔法を発動するのではなく、まずは自分の魔力を感じ取るところから始めましょう」
彼は魔石を机の中央へ置いた。
「手を近づけてみてください。魔石に魔力を流そうとせず、自分の中にある魔力の動きを確かめます」
エリシアは魔石へ手をかざした。
「目を閉じても構いません。魔力を探そうと力を入れず、身体の中を流れるものに意識を向けてください」
エリシアは目を閉じた。
普段、回復魔法を使う時には、傷が治っていく様子を思い浮かべている。けれど、今回は魔法を発動しない。自分の中にある魔力だけを感じる。
最初は何も分からなかった。
手のひらが少し温かい。呼吸に合わせて、胸が上下する。魔石に触れているわけではないのに、表面の冷たさまで意識に浮かぶ。
その奥に、淡い流れがあるように思えた。
探そうとすると消えてしまう。意識を緩めると、またわずかに感じられる。
「何か分かりましたか?」
セリオスの声に、エリシアは目を開けた。
「はっきりとは分かりません。でも、手のひらの奥に、何か流れているような感じがしました」
「それで十分です。魔力の感じ方には個人差があります。今日すぐには分からなくても、繰り返すうちに少しずつ捉えられるようになります」
セリオスは魔石を指先で軽く押した。
「では、今度は魔力を少しだけ流してみましょう。魔石を光らせる必要はありません。自分の魔力が手のひらから外へ出て、触れたものへ伝わる感覚を確かめてください」
エリシアは、先ほど感じた流れを意識した。
魔力を動かそうとすると、身体の奥で何かが反応する。けれど、力を込めると流れが途切れてしまった。
「難しいです」
「最初は誰でもそうです。魔力を出すことばかり考えると、身体に余計な力が入ります。力を抜いて、流れを邪魔しないようにしてみましょう」
セリオスは自分の手を魔石にかざした。
彼の指先から淡い光が広がり、魔石がゆっくりと白く輝く。強い光ではない。けれど、光は途切れることなく魔石を包み込んでいた。
「これが、魔力を流している状態です。今は光を出す練習ではなく、流れを途切れさせない練習だと思ってください」
エリシアは再び目を閉じた。
セリオスの説明に従って、魔力の流れを感じる。身体の中にあるものを無理に押し出すのではなく、手のひらから自然に流していく。
今度は、ほんのわずかに魔石の表面が光った。
淡く、一瞬だけ。
「あ……」
エリシアが目を開く。
「今、光りました」
「はい。魔力が魔石へ伝わりましたね」
「これが、魔力を流すということなんですね」
「そうです。今の感覚を覚えておいてください。すぐに忘れてしまっても構いません。何度も繰り返せば、少しずつ自分のものになります」
エリシアは頷いた。
授業の終わりまで、彼女は魔力の流れを感じ取る練習を続けた。魔石が光ったのは最初の一度だけだった。それでも、手のひらの奥にある流れを、先ほどより少しだけ確かに感じられるようになっていた。
「エリシアさんは、回復魔法を使う時、魔力をどのように動かしていると思いますか?」
片付けを始める前に、セリオスが尋ねた。
「傷が治るところを思い浮かべると、自然に手のひらから魔力が出ていくような気がします。でも、今みたいに意識して動かしたことはありませんでした」
「では、次回はその感覚と、回復魔法を使う時の感覚を比べてみましょう。今日は魔力の扱い方を知るところまでで十分です」
「はい。ありがとうございました」
エリシアが頭を下げると、セリオスは穏やかな笑みを浮かべた。
「焦らずに学んでいきましょう。エリシアさんが使っている魔法についても、少しずつ分かることがあるはずです」
教室を出ると、廊下の向こうから生徒たちの声が聞こえてきた。火属性の教室では実演をしているらしく、短い歓声が上がる。別の教室からは、教師が詠唱を直す声が響いていた。
エリシアは手のひらをそっと見下ろした。
魔力が流れる感覚は、まだ曖昧だった。それでも、母に教わった回復魔法を使う時、自分の中で何が起きているのかを考える手掛かりになった。
魔法図書室で読んだ古い記録にも、今日の授業にも、答えは見つからなかった。
けれど、自分の魔法を知るために、何を確かめればよいのかは少し見えてきた。
エリシアは手を握り、次の授業へ向かって歩き出した。




