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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第10章 癒しの護り手と悪役令嬢

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第383話 魔法図書室の出会い

 午後の授業が終わると、エリシアは教科書を鞄へしまった。


 朝の洗濯場で言われた言葉は、まだ胸の奥に残っている。教室へ戻ってからは授業に集中しようとしたものの、ふとした拍子にクラリスの表情が思い浮かんだ。


 あの言葉は、本当に自分を軽蔑して言ったものなのだろうか。


 考えても答えは出ない。エリシアは気持ちを切り替えるように、昼休みにカインと話した内容を思い返した。


 母から教わった回復魔法。セレスティア教の信仰によって開花するとされる聖属性。詠唱も魔法陣も使わず、祈るように願って傷を癒やす力。


 魔法図書室には、古い魔法や属性についての本が揃っているらしい。自分の力について調べれば、何か分かるかもしれない。


 エリシアは鞄を肩に掛け、教室を出た。


 校舎の奥へ進むにつれて、廊下を行き交う生徒の数が減っていく。授業棟から少し離れた一角に、ひときわ大きな扉があった。扉の上には、魔法陣をかたどった飾りが掲げられている。


 ここが魔法図書室だろう。


 エリシアは扉に手を掛けた。重厚な木の扉は、見た目よりも軽く開いた。


 中は、思っていたよりずっと広かった。


 天井近くまで伸びる本棚が、部屋の奥まで何列も続いている。窓から差し込む午後の日差しが、古い本の背表紙や、机に置かれた魔石を照らしていた。棚の一部には、魔法陣の描かれた羊皮紙や、魔法具の設計図を広げられる大きな机もある。


 紙と革、それに磨かれた木の匂いが混ざっていた。


 普通の図書室とは違い、魔法具や魔石を保管するための棚も見える。奥の机では数人の生徒が本を開き、静かに頁をめくっていた。


 エリシアは入口近くの案内板を確かめた。


 属性ごとの魔法。魔法陣。魔力制御。王国魔法史。治療魔法。


 分類は細かく分かれている。けれど、聖属性について調べるには、どこから探せばいいのかすぐには分からなかった。


 エリシアは、案内板のそばにいた係員へ声を掛けた。


「すみません。聖属性や回復魔法について調べたいのですが、どの棚を見ればよいでしょうか?」


「聖属性の記録なら、属性魔法の棚と教会魔法の棚に分かれています。回復魔法の仕組みを調べるのであれば、治療魔法や魔法史の棚も参考になるでしょう」


「ありがとうございます」


「古い本には、現在使われていない術式も記録されています。扱いには気をつけてくださいね」


 エリシアは礼を言い、案内された棚へ向かった。


 まず、聖属性と書かれた札のある棚を調べる。そこには、セレスティア教の祈祷や、教国で使われる回復術についての本が並んでいた。


 どれも難しそうな題名ばかりだった。


 エリシアは一冊を抜き取り、目次を確かめる。


 回復術の発動には祈りの言葉と魔法陣を用いると書かれていた。魔法陣に魔力を通し、定められた詠唱を唱えることで、傷の治療や病気の症状を和らげるらしい。


 母から教わった方法とは、やはり違う。


 エリシアは本を棚へ戻し、治療魔法の棚へ移った。そこには、傷の種類や体の仕組みを解説した本が並んでいる。治癒魔法そのものを扱う本もあったが、やはり詠唱や魔法陣を前提にした記述が多かった。


 もう少し古い記録が必要なのかもしれない。


 エリシアは魔法史の棚を探し、奥へ進んだ。古びた表紙の冊子が並ぶ一角で、題名の薄れた本を見つける。


 『祈祷による魔力発現の記録』


 これなら、自分の魔法に近いかもしれない。


 エリシアは本を手に取り、近くの閲覧机へ運ぼうとした。思ったより重く、抱え直した時に隣の棚へ肩が触れる。


 棚の上に置かれていた本が、数冊まとめて傾いた。


「あっ」


 落ちてくる本を受け止めようとしたが、間に合わなかった。


 床に本が散らばる。


「大丈夫か?」


 すぐそばから声がした。


 エリシアが顔を上げると、金色の髪に澄んだ蒼い瞳をした少年が、本を拾い上げていた。


 アレクだった。


 制服姿の彼は、図書室の静けさの中でも目を引いた。整った顔立ちと、光を受けて輝く金髪。蒼い瞳がこちらを向いた時、エリシアは一瞬、返事を忘れた。


「アレク殿下……。ありがとうございます。大丈夫です」


「本を一度に持ちすぎだ。落とした本は俺が運ぶ」


「いえ、自分で持てます」


「そうか? じゃあ、そっちの重い本は俺が持つ」


 アレクはエリシアが抱えていた本のうち、分厚い一冊を手に取った。彼女が断る間もないほど自然な動きだった。


「ありがとうございます」


「気にするな。床に落とした本を拾ったついでだ」


 アレクが先に閲覧机へ向かい、エリシアもその後を追った。本を机へ置くと、彼は表紙の題名に目を留める。


「祈祷による魔力発現の記録……。これを調べていたのか?」


「はい。今日の授業で聖属性について習ったのですが、少し気になることがあって」


「聖属性のことか」


 エリシアは頷いた。


「セレスティア教では、信仰によって聖属性の才能が開花すると考えられているそうです。でも、私は信者ではありません。母もそうではないのに、回復魔法が使えるんです」


 アレクはすぐには答えず、エリシアの前に本を置いた。


「それで、自分の魔法が何なのか調べようとしているんだな」


「はい。母から習った方法は、授業で聞いた詠唱や魔法陣とは違うので……」


「どんな方法なんだ?」


 エリシアは、母から教わったことを説明した。小さい頃から魔力を感じる練習をしたこと。傷がどのように治ってほしいかを思い浮かべ、そうなるように願うこと。決まった言葉を唱えたり、魔法陣を描いたりはしないこと。


 アレクは話を遮らず、最後まで聞いていた。


「祈るように願うだけで、魔法が発動するのか」


「はい。私も、それが何なのかは分かっていません」


「それなら、今の分類だけで探すのは難しいかもしれないな」


 アレクは机に置かれた本を眺めた。


「魔法陣や詠唱が今の形に整えられる前の記録を調べてみたらどうだ? 今日の授業でも、昔は歌や舞を使って魔法を発動していたと聞いただろう」


「そうですね。古い方法なら、私の魔法に近いものがあるかもしれません」


「この本も、題名からすると役に立ちそうだ」


 アレクは本を開き、目次を確かめた。


 そこには「祈りによる治癒」「歌に伴う魔力の変化」「魔法陣を用いない術式」などの項目があった。


「あ……『魔法陣を用いない術式』って書いてあります」


「その頁を見てみよう」


 エリシアは該当する頁を開いた。


 そこには、怪我を負った者の傍らで祈りを捧げ、傷が癒えるよう願った者たちの記録が残されていた。ただし、記述は曖昧で、使い手がどのように魔力を扱ったのかまでは書かれていない。


「これだけでは、私の魔法と同じかどうか分かりませんね」


「そうだな。記録を残した者が、自分の知っている言葉で現象を説明しただけかもしれない」


 アレクは別の本を開いた。


「こちらには、教国の回復術について載っている。祈りの言葉を唱え、決められた術式に魔力を流すとある」


「私のやり方とは違います」


「そう思う。だが、似た部分がないか比べてみる価値はある」


 二人は本を並べ、それぞれの記述を確かめた。


 教国の回復術は、祈りの言葉と魔法陣によって魔力の流れを整える。古い記録の方は、祈りを捧げること以外に決まった手順が見当たらない。どちらも回復に関わる力ではあるものの、仕組みは同じではなさそうだった。


 エリシアは、分かったことをノートに書き写した。


 母から教わった方法。古い記録。教国の回復術。


 比べてみても、答えは出ない。それでも、何も知らなかった時よりは、自分の魔法について考える手掛かりが増えた。


「アレク殿下も、何か調べものをしていらしたんですか?」


 エリシアが尋ねると、アレクは向かいの席に置いていた本を手に取った。


「王家に伝わる魔法の記録を探していた。今日の授業で龍神の血と王家の紋章の話を聞いただろう。あの伝承が、どんな記録に基づいているのか気になってな」


「殿下も、授業で聞いたことを調べるんですね」


「王族だからといって、最初から何でも知っているわけではないさ。王家に関わる伝承なら、俺自身が確かめておきたい」


 アレクは本を開き、何枚かの頁をめくった。


 教室にいる時の彼は、誰に対しても落ち着いた態度を崩さない。けれど、今は一人の生徒として本を探し、知らないことを知ろうとしていた。


 エリシアはその姿に、王子という立場とは違う親しみを感じた。


「見つかりましたか?」


「まだだ。似た内容の記録はあるけれど、伝承が正確かどうかまでは分からない」


「私の魔法も、まだ分かりませんでした」


「簡単に答えが見つかるものじゃないらしいな」


 アレクはそう言って、小さく笑った。


「でも、調べるのは嫌いじゃない。分からないことが一つ減ると、次に何を調べればいいのか見えてくる」


「私も、もう少し調べてみます」


「そうしろ。せっかく魔法図書室まで来たんだからな」


 アレクは、エリシアの前に積まれた本へ目を向けた。


「ただし、全部を一度に読もうとするなよ。持ち帰れる本には限りがあるし、夕食の時間もある」


「はい。まずはこの本を読み終えることにします」


「それなら、今日はその本を借りていくといい。貸し出しの手続きは入口でできる」


「ありがとうございます。助かりました」


 エリシアは本を閉じ、ノートを鞄へしまった。


 窓の外では、日差しが少しずつ傾いていた。気づけば、魔法図書室に入ってからかなりの時間が経っている。


「そろそろ戻るか」


 アレクが立ち上がった。


「はい。ご一緒させていただいて、ありがとうございました」


「役に立てたならよかった。また調べることがあれば、聞いてくれ」


 アレクは本を棚へ戻し、魔法図書室の入口へ向かった。エリシアも借りる本を抱えて後を追う。


 入口で貸し出しの手続きを済ませると、アレクは廊下へ出たところで足を止めた。


「じゃあ、また教室で」


「はい。ありがとうございました、アレク殿下」


 アレクは軽く手を上げて、廊下を歩いていった。


 エリシアは、その背中をしばらく見送った。


 朝の洗濯場で受けた言葉は、まだ心に残っている。けれど、アレクと一緒に本を探している間は、そのことを少しだけ忘れられた。


 聖属性とは何なのか。母から教わった魔法は、どんな力なのか。


 答えはまだ見つからない。それでも、調べてみようと思えたことが、エリシアには小さな一歩に感じられた。


 借りた本を胸に抱き、エリシアは女子寮へ続く廊下を歩き始めた。

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