↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第10章 癒しの護り手と悪役令嬢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

409/457

第374話 王都での買い物



 女子寮の門を出ると、エリシアはバッグの肩紐を掛け直した。


 見慣れない街を一人で歩くのは、少し心細い。けれど、部屋にはまだ食材が一つもない。せっかく小さな厨房があるのだから、今夜の食事くらいは自分で作ってみたかった。


 フローラが教えてくれた店は、貴族街の中にある平民向けの食材店だった。学生や使用人も利用する店で、下町より品物の質はいい。その分、値段も少し高いと聞いている。


 エリシアはバッグの中の財布を確かめた。


 そこには、子供の頃からパン屋を手伝って貯めてきたお金が入っている。母と二人で暮らす中で、少しずつ残しておいたものだ。


(今日は必要なものだけ買おう)


 心の中でそう決め、エリシアは南へ向かって歩き出した。


 寮の周辺には、行き交う人々の服装にも、建物の造りにも、下町とは違う落ち着きがあった。道はきれいに掃き清められ、店の窓には品物が整然と並んでいる。通りを歩く人の中には、貴族らしい服を着た者もいた。


 それでも、フローラの言うとおり、学生らしい服装の平民も見かける。彼らは店先で値段を確かめたり、連れと相談したりしながら、慣れた様子で買い物をしていた。


 エリシアは、そんな学生たちを目で追いながら歩いた。


 自分も明日から、あの学園の生徒になる。


 Aクラスの特待生として選ばれたことは、今でもどこか現実味がない。学園でどんな人たちと出会うのか、授業についていけるのか。考えると胸が落ち着かなくなる。


 けれど、まずは食材を買わなければならない。


 店を探していると、通りの向こうから、魔石や魔道具をいくつも抱えた少年が歩いてきた。


 緑色の髪に、琥珀色の瞳。細身の少年は学園の制服を着ていた。腕の中には小さな箱や布袋が重なり、肩にも大きな荷物が掛けられている。知的そうな顔立ちには、困ったような笑みが浮かんでいた。前が見えているのか心配になるほどだった。


(あんなにたくさん持って、大丈夫なのかな)


 エリシアがそう思った時、少年の足が石畳の継ぎ目に引っかかった。


「あっ」


 抱えていた魔石や魔道具が、地面へ散らばる。


 少年も前のめりに転び、荷物の上へ倒れ込んだ。


「大丈夫ですか?」


 エリシアはすぐに駆け寄った。少年は片手をついて身体を起こし、もう片方の手で膝を押さえている。


「いたた……。ああ、やっちゃったな」


「怪我はありませんか?」


「大丈夫。ちょっと膝をぶつけただけだよ」


 そう答えながら、少年は散らばった荷物を見て、困ったように眉を寄せた。


 エリシアも地面に膝をつき、近くに転がった魔石を拾い始めた。


 どれも手のひらに収まるほどの大きさだ。透明なもの、赤みのあるもの、青く曇ったもの。魔石に詳しくないエリシアには、種類までは分からない。


 最後に、ひとつの魔石が足元で止まった。


 ほかの石よりも色が淡く、光を受けると表面が揺らいで見える。エリシアがそれを拾い上げた瞬間、石の内側に光がともった。


「……光った?」


 小さな輝きが、彼女の指の間で明滅する。


 少年の表情がわずかに変わった。


 ほんの一瞬だった。驚いたように目を見開いたあと、彼はすぐに何事もなかったような顔に戻る。


「ありがとう。助かったよ」


「これも、あなたの荷物ですか?」


「うん。大事なものなんだ」


 少年はエリシアの手から魔石を受け取った。石は彼の掌に移ると、もう光ってはいなかった。


 エリシアは少し不思議に思ったが、尋ねなかった。


 少年はほかの魔石や魔道具を一つずつ確かめ、腕の中へまとめていった。荷物が多すぎて、どれをどこへしまえばいいのか分からない様子だった。


「一人でこれを運ぶんですか?」


「そうだよ。研究に使うものを買ったんだけど、思ったより増えちゃってね」


 少年は困ったように笑う。


 学園の制服を着ているのだから、同じ新入生かもしれない。エリシアはそう思いながら、最後に落ちていた小さな箱を差し出した。


「はい」


「ありがとう」


 少年はそれを受け取り、改めてエリシアを見た。少し考えるような間を置いてから、口を開く。


「君、すごい魔力量だね。どこの貴族の令嬢なの?」


「私は平民です。エリシアといいます」


「平民なんだ」


 少年は、もう一度エリシアの顔を見た。予想と違っていたのか、驚きを隠しきれていない。


「今年から王立ビスタ魔法学園に入学するんです」


「そうなんだ。僕も今年から入学するんだよ」


「同級生なんですね」


「うん。僕はカイン。よろしく」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 カインは、散らばった荷物をすべて集めると、腕の中で抱え直した。


「それじゃあ、僕は行くね。手伝ってくれてありがとう」


「気をつけてくださいね。今度は転ばないように」


「うん。なるべく前を見るよ」


 カインは笑い、荷物を抱えたまま通りを進んでいった。


 その後ろ姿を見送りながら、エリシアは自分の手を見た。


 先ほど拾った魔石は、確かに光ったように見えた。けれど、どうして光ったのかは分からない。


(魔石って、触ると光るものなのかな)


 そんなことを考えながら、エリシアは食材店へ向かった。


     ◇


 店は、学生街へ続く通りの角にあった。


 扉を開けると、乾燥した香草の匂いと、焼き立てのパンの香りが混ざって漂ってくる。店内には棚が並び、野菜や乳製品、肉や穀物がきれいに分けて置かれていた。


「いらっしゃい。学園に入る子かい?」


 店番の女性が、エリシアの制服とバッグを見て声をかけてきた。


「はい。今日、寮に入ったばかりなんです」


「それなら、寮で使う食材を買いに来たのかな」


「そうです。フローラ様に、このお店を教えていただきました」


「ああ、聖女様ね。あの方も、今でもよく来てくださるよ」


「聖女?」


 聞き慣れない呼び名に、エリシアは思わず聞き返した。


「知らないのかい? 『フェルナードの聖女』さ。最近は王都でも有名だよ。水属性の治癒魔法が使えてね、身分に関係なく、誰にでも手を差し伸べてくださる優しいお方なんだ。性格も容姿もとても素敵な伯爵令嬢さ」


 女性は、誇らしげに目を細めた。


「そうなんですね……」


 エリシアは、寮で自分を案内してくれたフローラの姿を思い浮かべた。落ち着いた声と穏やかな笑顔。あの人が王都でそんなふうに呼ばれているとは知らなかった。


 エリシアは、店内を見回す。並んでいる食材は、下町で母と買い物をした時に見たものより、どれも状態がよかった。野菜は泥が落とされ、葉先まで張りがある。肉も色がよく、乳製品はきちんと冷やされていた。


「この野菜は、今日入ったばかりですか?」


「朝に届いたものだよ。こっちは少し値が張るけど、質はいい。こっちなら少し安いね」


 女性は、似た種類の野菜を二つ示した。


 エリシアは値札を見比べる。下町で買うものより、少しずつ高い。フローラが言っていたとおりだった。


(毎日ここで買うのは難しいかも)


 それでも、寮には魔冷蔵がある。保存のきく食材を中心に選べば、何度も買いに来なくても済むだろう。


 エリシアは、根菜と豆、少量の肉、それから卵と乳製品を選んだ。値段を確かめながら、必要な分だけ籠へ入れていく。最後に、母が持たせてくれたパンを思い出し、今夜の料理に使う香草をひと束加えた。


「それだけでいいのかい? 初めてなら、もう少し見ていってもいいよ」


「ありがとうございます。でも、今日は必要なものだけにします」


 財布を開き、店番の女性に代金を渡す。


 思っていたよりも高かった。けれど、質のよい食材を買えたことが嬉しくもある。エリシアは、食材を一つずつバッグへしまった。大きな野菜は傷まないよう布で包み、卵は揺れないように隙間へ柔らかい葉を挟んだ。


「重くないかい?」


「大丈夫です。これくらいなら持てます」


「そうかい。寮の厨房を使うなら、また必要なものが出てくるだろう。その時はおいで」


「はい。ありがとうございます」


 店を出ると、太陽は少し高くなっていた。


 エリシアはバッグの口を閉じ、寮へ戻る道を歩き始めた。買った食材はすべて中へ収まっている。それでも、アイテムバッグの中身は重さとして肩にかからない。見た目には膨らんだバッグを背負いながら、彼女は軽い足取りで歩いていった。


 通りの先で、子供の笑い声が響いた。


 数人の子供が、道の脇で追いかけっこをしている。大人たちは少し離れた店先にいて、子供たちの様子を見守っていた。


 そのうちの一人が、勢いよく走り出す。


「待ってよ!」


 振り返った子供の足が、石畳の端に引っかかった。


 身体が前へ傾き、膝から地面へ倒れ込む。


「いたっ!」


「大丈夫?」


 友達が立ち止まるより先に、エリシアは駆け寄っていた。


「見せて。膝を擦りむいたのね」


 子供の膝には、石畳で擦った傷ができていた。血がにじみ、本人は痛そうに顔をしかめている。


「お姉ちゃん、治せるの?」


「うん。ちょっとだけ、じっとしていてね」


 エリシアは膝のそばへ手をかざし、母から教わった治癒魔法を使った。


 傷口を包むように、やわらかな光が広がっていく。


 子供は最初こそ身体をこわばらせたが、痛みが引いていくにつれて、少しずつ表情を和らげた。


「もう痛くない?」


「うん。痛くない!」


 子供は膝を確かめるように曲げ伸ばしした。擦り傷は消え、血も止まっている。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「よかった。走る時は、前を見てね」


「はーい!」


 子供が立ち上がったところで、こちらへ歩いてくる人影があった。


「君は……学園の生徒さんなのですか?」


 落ち着いた声だった。


 エリシアが振り返ると、そこには白い法衣をまとった青年が立っていた。真っ白な髪に、赤い瞳。線の細い顔立ちは柔らかく、優しそうな笑顔を浮かべている。初めて見る人だったが、不思議と警戒心を抱かせない雰囲気があった。


「はい。私はエリシアです。今年から学園に入学します」


 青年はエリシアの顔を確かめるように見て、わずかに驚いた。


「君が、あの……」


 言葉が途中で止まる。エリシアには、その続きを尋ねる前に、子供が青年の方を向いた。


「お兄さんも、心配してくれたの?」


「ええ。でも、あなたは周りを見ないで走っていたのでしょう?」


 青年は、子供の目線に合わせるように少しかがんだ。


「道を歩く時は、周りを見ないとだめですよ。転んだだけで済まないこともあります」


「ごめんなさい」


「分かればいいのです」


 子供は友達のところへ戻り、何度もこちらへ手を振った。エリシアも笑顔で手を振り返す。


 子供たちの姿が通りの向こうへ遠ざかっていくと、青年は再びエリシアへ向き直った。


「申し遅れました。私はセリオスと申します。学園で、また会うことになるでしょう」


「よろしくお願いします」


「それではエリシアさん、また会いましょう」


 セリオスは微笑み、通りの向こうへ歩いていった。


 エリシアは、その背中をしばらく見送っていた。


 彼は何かを言いかけていたように思う。けれど、聞き返す前に子供の方へ気を向けてしまった。


(学園で会うって言っていたけど、先生なのかな)


 明日から始まる学園には、エリシアの知らない人たちがたくさんいる。今日だけで、同じ学年のカインと、セリオスに出会った。


 胸の中の緊張が、少しずつ期待に変わっていく。


 エリシアは、バッグを背負い直して歩き出した。


     ◇


 女子寮の門が見えてきた頃、隣の男子寮の方から、慌ただしい物音が聞こえた。


 誰かが走る音。扉が開く音。それから、低い声で何かを叫ぶ声。


「まだ戻ってきていません!」


「探してこい!」


 寮の周りにいた生徒たちが、そちらを振り向いている。


 エリシアは、足を止めた。


 男子寮は女子寮とは別の敷地にあり、塀と門で区切られている。生徒以外が気軽に出入りできる場所ではない。何かあったのだろうか。


 その時、男子寮の塀の向こうに、人影が現れた。


 学生服を着た少年が、塀の上から外の様子を窺っている。


 塀の向こうにいる生徒がこちらへ気づく前に、少年は柵へ手をかけた。


「えっ」


 少年は柵を乗り越え、外側へ飛び降りた。


 着地した先にいたのは、食材の入ったバッグを背負うエリシアだった。


 避ける間もない。


 少年の身体が、エリシアにぶつかった。


「きゃっ!」


 二人は石畳の上に倒れ込んだ。バッグが肩から滑り、口が開く。野菜や包みに入れた肉が、道へ散らばった。


「わりぃ! 見てなかった!」


 少年はすぐに起き上がり、エリシアへ手を差し出した。


「大丈夫か? 怪我してないか?」


「私は大丈夫です。あなたは?」


「俺も平気だ。悪かった」


 少年はエリシアを起こすと、すぐに散らばった食材を拾い始めた。


「これ、卵か。割れてないか?」


「大丈夫です。ゆっくりお願いします」


「分かった」


 少年は卵の包みを慎重に持ち上げ、ほかの食材と一緒にエリシアへ渡した。


 少年の金髪が、陽の光を受けて輝いていた。整った顔立ちに、澄んだ蒼い瞳。思わず見とれてしまうほどの美少年だった。急いでいる様子でも華やかな雰囲気があり、胸元の紋章を見ずとも、身分の高い人なのだろうと思わせる。


 それでも、エリシアには誰なのか分からなかった。彼の制服の胸元に縫い付けられた紋章が目に入る。


 王家の紋章だった。


「あれ……アレク殿下?」


「ん? 俺を知ってるのか?」


「その紋章を見て……」


「そうか。まあ、今はそれどころじゃねえな」


 アレクは、少し困ったように笑った。


 男子寮の塀の向こうから、再び人の声がする。アレクはそちらを振り返り、気まずそうに頭を掻いた。


「本当に悪かった。急いでたんだ」


「はい。何かあったんですか?」


「いや、ちょっとな」


 アレクは答えを濁しながら、最後の食材を拾い上げた。


 少し離れた場所では、男子寮の生徒たちが塀の方へ駆けてくる。アレクは一度だけそちらを見て、エリシアへ食材を返した。


「それじゃ、俺は行く。今度はちゃんと前を見る」


「はい。お気をつけて」


 アレクは軽く手を上げると、寮の外へ走っていった。


 エリシアは、食材を一つずつ確認した。卵は無事。肉の包みも破れていない。野菜には少し土がついたが、洗えば問題なさそうだった。


「よかった……」


 拾った食材をバッグに戻し、口を結ぶ。


 今日一日で、思いがけない出会いがいくつもあった。


 魔石を抱えたカイン。怪我をした子供とセリオス。男子寮の塀を飛び越えてきたアレク。


 明日から学園に通えば、また新しい人たちに出会うのだろう。


 エリシアは女子寮の門をくぐり、バッグを背負い直した。


 今夜は、母が持たせてくれたパンと、買ってきた食材で夕食を作ろう。


 新しい暮らしの最初の食事を思い浮かべながら、エリシアは自分の部屋へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。