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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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間章 隣に立つために

 レオンが《魔脈大坑道グランヴァン》を攻略してから、数日が過ぎた。


 魔法都市ミストレアの冒険者協会本部。

 ミラは受付で、自分の活動記録を確認していた。


 採取。

 魔獣の討伐。

 商隊の護衛。

 行方不明者の捜索。


 冒険者になってから受けてきた依頼が、一つずつ記録されている。


「依頼の達成数については、C級への昇格基準を満たし ています」


 受付嬢が書類を確認しながら言った。


「それなら、昇格出来るの?」


「いいえ。ミラさんには、まだC級ダンジョンの攻略実績がありません」


 ミラは僅かに肩を落とした。


 C級へ上がるためには、依頼の達成数だけでなく、C級相当の魔物と戦えることを証明しなければならない。

 その方法として最も分かりやすいのが、C級ダンジョンの攻略だった。


「一人で攻略しないと駄目なの?」


「その必要はありません。通常は、複数人で挑戦するものです」


 受付嬢は手元の資料を開いた。


「現在、ミストレア周辺で挑戦出来るC級ダンジョンでしたら、《アクアリア洞窟》がございます」


 地下を流れる水によって形成された洞窟。

 内部は六階層に分かれており、至るところに地下水が流れている。


 浸水した通路。

 滑りやすい岩場。

 水中から襲いかかる魔物。


 C級冒険者が五人ほどで挑むことを想定したダンジョンだった。


「今、挑戦者を募集しているパーティーはある?」


「確認いたします」


 受付嬢が別の書類へ目を通す。

 だが、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「現在はありません。数日前に一組が攻略へ向かいましたので、次に募集が出るまで少しかかると思います」


「どのくらい?」


「早くても一週間ほどでしょうか」


「一週間……」


 ミラは小さく呟いた。

 待てないほど長い期間ではない。

 それでも、ミラの頭には一人の少年の姿が浮かんでいた。


 レン。

 同じ日に登録をした冒険者でありながら、既にB級へ昇格している。


 それだけではない。

 一人でB級ダンジョン《アルカナ迷宮》を攻略した直後、A級ダンジョン《魔脈大坑道グランヴァン》まで攻略した。

 同行したカイルは魔鉱石を採取しただけで、魔物との戦闘には加わっていないという。

 レンは一人で戦い、最下層にいた女王を倒した。


 それに対して、自分はまだD級のまま。

 レンと自分を比べても仕方がない。

 そう分かっていても、焦りは消えなかった。


「一人でも入れるのよね?」


 受付嬢の表情が変わった。


「階級による入場制限はありません。ですが、D級冒険者一人での挑戦はお勧め出来ません」


「入ること自体は禁止されていない?」


「禁止はされておりませんが……」


「だったら、挑戦する」


 受付嬢はすぐには書類を用意しなかった。


「《アクアリア洞窟》は、C級冒険者五人ほどで挑むことを想定したダンジョンです」


「知ってる」


「ミラさんの実力を疑っているわけではありません。ですが、複数の役割を一人で担うのは危険です」


 魔物の位置を探る。

 前方からの攻撃を防ぐ。

 後方への奇襲を警戒する。

 負傷した時には、自分で治療する。


 パーティーであれば分担出来ることも、一人なら全て自分で行わなければならない。


「危険なのは分かってる。それでも行く」


 受付嬢は何度か説得しようとした。

 しかし、ミラが考えを変えないと分かると、小さく息を吐いた。


「分かりました。ただし、危険だと判断した場合は、必ず引き返してください」


「うん」


「挑戦の登録を行います。出発は明日ですか?」


「今日行く」


「今日ですか?」


「準備は出来てるから」


 ミラは背負っていた弓と、腰の剣を示した。

 どちらにも火属性の魔法陣が刻まれている。


 矢。

 回復薬。

 保存食。

 洞窟内を照らす魔法灯。

 必要な物は揃えてきた。


 受付嬢が困ったように書類を用意していると、背後から声が聞こえた。


「どこへ行くんだ?」


 ミラの肩が僅かに跳ねた。


 振り返ると、レンが立っていた。

 腰には剣。

 右手には、氷属性の魔法陣が刻まれているらしい指輪が嵌められている。


「……依頼よ」


「随分と荷物が多いな」


「少し遠いから」


 レンの視線が、受付に置かれた書類へ向かう。


 《アクアリア洞窟》


 そこに記された名前を見て、僅かに眉を寄せた。


「C級ダンジョンへ行くのか?」


「そうよ」


「誰と?」


「一人で」


「やめておけ」


 迷いのない言葉だった。

 ミラは思わずレンを睨む。


「どうしてよ」


「D級冒険者が、一人で入る場所ではない」


「レンだって、《アルカナ迷宮》を一人で攻略したじゃない。その直後には《魔脈大坑道グランヴァン》まで攻略した」


「俺が出来たから、ミラにも出来るとは限らない」


「そんなこと、分かってる」


 声が強くなった。

 受付嬢が二人を交互に見る。

 ミラは一度口を閉じたが、すぐにレンを見返した。


「でも、私だって一人でC級ダンジョンを攻略出来るって証明したいの」


「誰にだ?」


 ミラは言葉を詰まらせた。

 誰に証明したいのか。

 冒険者協会に。

 自分自身に。

 そして。


「……レンにも」


「俺に証明して、どうする?」


「それは……」


 答えは見つからなかった。

 ただ、このままレンの背中が遠ざかっていくことが嫌だった。

 レンは既に、自分が簡単には届かない場所にいる。

 それでも、何もしないまま諦めたくなかった。


「とにかく、私は行くから」


「ミラ」


「止めても無駄よ」


 受付嬢から登録証を受け取る。

 ミラはそれ以上レンの顔を見ず、冒険者協会を出た。

 呼び止める声は聞こえなかった。


 それでいい。

 一人で攻略出来ることを証明したいと言った直後に、レンへついてきてもらったのでは意味がない。


 ミラは胸の奥に残った不安を押し込み、《アクアリア洞窟》へ向かった。






 ミストレアから乗合馬車へ乗り、《アクアリア洞窟》へ到着したのは昼前だった。

 洞窟の入口は、切り立った岩山の麓にあった。

 岩の割れ目から絶えず水が流れ出し、入口の前に設けられた水路へ注いでいる。


 周辺には挑戦者を受け付ける小さな建物と、回復薬や保存食を売る店が並んでいた。

 ミラが受付へ冒険者証を差し出すと、職員は記載された階級を見て顔を上げた。


「D級冒険者一名ですか?」


「そうよ」


「《アクアリア洞窟》は、C級冒険者五人ほどで挑むことを想定したダンジョンです」


「冒険者協会でも聞いた」


「階級による入場制限はありませんが、D級冒険者一人での挑戦は非常に危険です」


「危なくなったら戻る」


 職員は心配そうだったが、入場を拒むことはなかった。

 ミラは挑戦者名簿へ自分の名を書き、洞窟へ入った。

 内部は外から見た以上に広かった。


 天井から落ちる水滴。

 足元を流れる地下水。

 岩壁に取りつけられた魔法灯の光が、水面へ反射して揺れている。


 ミラは弓を手に取り、周囲の魔力を探った。

 魔力感知には自信がある。

 人間や魔物が持つ魔力だけでなく、魔法具へ流れる僅かな魔力も見つけられる。


 前方の水中。

 三つ。


 ミラは矢をつがえた。

 弓へ魔力を流すと、刻まれた魔法陣が赤く輝く。

 矢尻へ炎が纏わりついた。

 

 水面が弾ける。

 刃のように鋭い鰭を持つ《水刃魚ブレードフィッシュ》が、三体同時に飛び出した。


 ミラは矢を放つ。

 炎を纏った矢が、先頭の一体を貫いた。

 すぐに二本目をつがえ、続けて放つ。


 二体目。

 三体目。


 地面へ落ちる前に、全てを射抜いた。


「このくらいなら……」


 ミラは魔石を回収し、先へ進んだ。


 一階層。

 二階層。

 三階層。


 途中で《吸血蛭ブラッドリーチ》の群れに遭遇したが、火球を放ってまとめて焼き払った。

 狭い通路では弓を背負い、剣へ持ち替える。

 水中から飛び出した《水槍蛙アクアランサー》の舌を避け、炎を纏わせた剣で斬り倒した。


 弓。

 剣。

 魔法。


 距離と地形に合わせて、戦い方を変える。

 ミラには、それが出来た。

 剣と弓の腕だけであれば、B級冒険者にも劣らない。


 炎の扱いにも慣れている。

 火球を放つだけではない。

 矢や剣へ炎を纏わせ、威力を高める。

 広い場所では業火を放ち、狭い場所では炎を絞る。


 自分なら出来る。

 そう思い始めていた。

 だが、四階層へ下りた頃から、僅かに呼吸が乱れ始めた。


 魔法感知を続けながら歩く。

 敵の位置を確認する。

 足場を見る。

 弓と剣を何度も持ち替える。


 湿った洞窟では炎の威力が落ちるため、普段より多くの魔力を使う。

 一つ一つは問題なくとも、それらを全て一人で行えば疲労は蓄積していく。

 それでも、ミラは進み続けた。


 五階層。

 地下水が膝の高さまで溜まった広い空間。

 水の流れる音が、至るところから聞こえている。


 ミラは足を止めた。

 複数の魔力を感じる。

 前方に四体。

 左右に一体ずつ。

 水中にもいる。


 剣を抜き、魔法陣へ魔力を流した。

 刃が炎に包まれる。

 水面から《水棲蜥蜴リバーリザード》が飛び出した。

 ミラは一体目の爪を剣で受け流し、その首を斬りつける。


 炎が傷口から広がった。

 続けて二体目。

 横から迫った尾を屈んで避け、腹部へ剣を突き刺す。

 背後から三体目の気配。

 振り向かず、左手を向ける。

 火球が直撃し、魔物の身体を吹き飛ばした。


 戦えている。

 まだ大丈夫。

 そう思った時だった。


 足元の水から、別の一体が飛び出した。

 感知していたはずの魔力。

 だが、周囲を流れる水へ紛れ、一瞬だけ位置を見失っていた。

 ミラが剣を戻すより早く、鋭い爪が迫る。


 避けられない。

 そう思った瞬間。

 魔物の足元から氷柱が突き出した。

 腹部を貫かれた《水棲蜥蜴リバーリザード》が、ミラの目の前で止まる。


「下がれ!」


 聞き覚えのある声だった。

 ミラが反射的に後ろへ跳ぶ。

 通路から駆け込んできたレンが、右手の指輪へ触れた。


 水面が一瞬で凍りつく。

 洞窟内へ残っていた魔物達の足が、氷に捕らわれた。

 次の瞬間、壁と地面から無数の氷柱が伸びる。


 正面。

 右側。

 岩陰。

 水中。


 ミラを囲んでいた魔物の急所が、ほとんど同時に貫かれた。

 剣を振るう必要すらなかった。

 レンが空間へ入ってから、数秒も経っていない。

 それまでミラが苦戦していた魔物の群れは、一体残らず倒れていた。


 洞窟へ静けさが戻る。

 レンは周囲を確認してから、ミラへ近づいた。


「怪我は?」


「……ない」


「本当か?」


「爪が掠っただけ」


 ミラの左腕には、浅い傷が出来ていた。

 レンは回復薬を取り出そうとしたが、ミラが首を横へ振る。


「これくらいなら大丈夫」


「戻るぞ」


「嫌」


 即座に答えた。

 レンの眉間に皺が寄る。


「今、死にかけただろう」


「レンが来なくても、何とかしてた」


「出来ていなかったから、俺が来た」


 何も言い返せなかった。

 自分が苦戦していた魔物を、レンは一人で瞬殺した。

 強いことは知っていた。

 A級ダンジョンを一人で攻略したのだから、当然だと思っていた。

 だが、これほど離れているとは思わなかった。


 自分が死にかけた魔物の群れを、レンは数秒もかけずに倒した。

 このまま実力を離され続ければ、レンの隣へ立つことなど出来ない。

 追いつくどころか、その背中さえ見えなくなってしまう。


「だから、戻れない」


「何が、だからなんだ?」


「今ので分かったから」


 ミラは剣を握り締めた。


「レンが、私よりずっと強いことくらい知ってた。でも、ここまで離れてるとは思わなかった」


「俺と比べる必要はない」


「私にはあるの」


「どうしてだ?」


「これ以上離されたら、レンの隣に立つことなんて出来ない。到底、追いつけなくなる」


 口にしてから、恥ずかしくなった。

 レンの隣へ立ちたい。

 その言葉が何を意味するのか、自分でもまだ分からない。


 同じ冒険者としてなのか。

 それとも、別の意味なのか。


 レンは少しの間、黙ってミラを見ていた。


「ミラは弱くない」


「慰めはいらない」


「慰めではない。剣も弓も使える。魔力感知も、炎の扱いも上手い」


「それなら、どうして止めたの?」


「一人で全てをやろうとしたからだ」


 レンは倒れた魔物へ視線を向けた。


「敵を探しながら、前と後ろを警戒する。足場を確認し、剣と弓を持ち替え、魔法まで使う。全部一人でやれば、いずれ何かを見落とす」


 先ほど水中の魔物を見失ったように。

 ミラは反論出来なかった。


「戻らないなら、俺が補助する」


「それじゃ、またレンが全部倒すだけじゃない」


「俺は魔物を倒さない」


「え?」


「前を歩くのはミラだ。俺は後ろから補助する」


「でも……」


「一人で攻略したことにはならない。それでも進むか?」


 ミラは少しだけ迷った。

 最初の目的は、一人で攻略することだった。

 だが、今の自分では最下層へ辿り着けない。

 それを認めずに進むことは、挑戦ではなく無謀だった。


「……進む」


「ああ」


「でも、魔物は私が倒すからね」


「そのつもりだ」


「勝手に倒さないでよ」


「死にそうになったら倒す」


「死なないわよ」


「さっき死にかけていた」


「それはもう言わないで!」


 ミラは声を上げた。

 レンは気にした様子もなく、倒した魔物から魔石を回収し始める。


「先へ進む前に休むぞ」


「まだ動ける」


「休め」


「平気だって」


「足が震えている」


 言われて初めて、ミラは自分の足が僅かに震えていることへ気づいた。


「……少しだけだからね」


「ああ」


 二人は岩壁を背にして座った。

 ミラは回復薬を飲み、左腕の傷へ布を巻く。

 レンは入口で買ったパンを差し出した。


「食べろ」


「お腹は空いてない」


「食わないと戦えない」


「……レンって、妙なところで世話焼きよね」


「倒れられると困る」


「心配だから?」


「俺がついてきた意味がなくなる」


「そこは素直に心配だって言いなさいよ」


 ミラはパンを受け取った。

 休憩を終えると、二人は五階層の奥へ進んだ。


 前を歩くのはミラ。

 レンは数歩後ろを歩く。

 ミラが魔力感知によって敵の位置を探り、レンへ伝える。


「前に三体。右の水中に一体隠れてる」


「分かった。右は俺が止める」


 水中へ潜んでいた魔物の周囲が凍りつく。

 退路を断たれた三体へ、ミラが炎の矢を放つ。


 一体目の眉間。

 二体目の喉。

 三体目の胸。

 全ての矢が急所を射抜いた。


 凍りついた水面を割って現れた最後の一体へ、ミラは剣を抜きながら走る。

 炎を纏った刃が、その首を斬り裂いた。


「どう?」


 ミラが振り返る。


「正確だな」


「それだけ?」


「矢を三本使った」


「褒めてるのよね?」


「ああ」


「もう少し分かりやすく褒められないの?」


「全て一撃だった」


「最初からそう言いなさいよ」


 ミラは不満そうに言いながらも、僅かに笑っていた。

 その後も、二人は順調に進んだ。

 狭い通路ではミラが剣を使う。

 広い空間では弓へ持ち替える。

 魔物の数が多い時には火球を放ち、距離を詰められれば炎を纏わせた剣で斬り伏せる。

 レンは氷壁で魔物の進路を狭め、ミラが同時に相手をする数を減らしていく。


 相性は悪くなかった。

 むしろ、炎と氷という反対の属性だからこそ、出来ることが多い。

 だが、ミラの焦りまで消えたわけではなかった。


 前方に現れた《水槍蛙アクアランサー》が、ミラの火球を避けて奥へ逃げる。


「逃がさない!」


 ミラは水路を飛び越え、その後を追った。


「待て、ミラ!」


 レンの制止を無視し、剣を振り上げる。

 逃げた魔物の背中を斬りつけた。

 倒すことには成功した。


 だが、その直後。

 頭上の岩陰に隠れていた《水棲蜥蜴リバーリザード》が、ミラへ飛びかかった。

 牙が届く前に、横から伸びた氷柱が魔物を貫く。


「前へ出ろとは言った。だが、突っ込みすぎるな!」


「前に出ろって言ったのはレンでしょ!」


「俺の補助が届く範囲で戦え!」


「そんなの、どこまでか分からないわよ!」


「なら、勝手に離れるな! 俺の言うことは聞け!」


「何よ、その言い方!」


「死なれるよりはいい!」


 ミラは口を閉じた。

 レンは倒れた魔物を確認してから、ミラへ近づく。


「俺から十歩以上離れるな。追う時は先に言え」


「……分かったわよ」


「本当に分かったのか?」


「分かったって言ってるでしょ!」


「今も大丈夫だと思って、勝手に飛び出しただろう」


「レン、意外と細かい!」


「次は助けられるとは限らない」


「分かってる!」


 ミラは剣を鞘へ戻し、先へ歩き始めた。


「十歩だからね」


「ああ」


「ちゃんとついてきてよ」


「ミラが飛び出さなければな」


「また言った!」


 それからも、ミラは何度か前へ出過ぎた。

 そのたびにレンから呼び戻される。

 一度は狭い洞窟内で業火を放とうとし、止められた。


「どうしてよ! まとめて倒せるじゃない!」


「ここで使えば、俺達まで蒸し焼きになる!」


「そこまで強くしないわよ!」


「さっき火球で天井を焦がしただろう!」


「あれは少しだけ力加減を間違えたの!」


「だから俺の言うことを聞け!」


「さっきから、そればっかり!」


 それでも、戦いを重ねるほど二人の動きは合っていった。


「右を塞いで!」


「ああ」


「三歩前へ出る!」


「行け。後ろは俺が守る」


 レンが作った氷壁によって、右側の通路が閉ざされる。

 ミラは正面へ踏み込み、炎を纏わせた剣を振るった。


 一体。

 二体。

 三体。


 背後から近づく魔物は、レンが氷で足を止める。

 ミラは振り返ることなく、目の前の敵へ集中出来た。

 やがて二人は、最下層へ続く扉の前へ到着した。

 扉の向こうから、大きな魔力を感じる。

 ミラは弓と矢の残数を確認した。


「ボスも私が倒すからね」


「ああ」


「危なくなっても、すぐには手を出さないで」


「状況による」


「約束して」


「死にそうになるまでは待つ」


「それ、ほとんど約束してないじゃない」


「死なせるつもりはない」


 ミラは一瞬だけ言葉を失った。

 レンは何気なく言っただけらしい。

 扉へ手を掛け、内部の様子を確認している。


「……そういうところなのよね」


「何か言ったか?」


「何でもない」


 二人は扉を開いた。

 広い空間の中央に、巨大な亀がいる。

 全身を鋼鉄のような甲羅で覆った《鋼殻水亀アーマード・タートル》。


 二人が入ったことに気づくと、太い脚で地面を踏み鳴らした。

 周囲の水が浮かび上がり、無数の槍へ形を変える。


「来るぞ!」


 レンの声と同時に、水の槍が放たれた。

 ミラは横へ走りながら弓を構える。

 炎を纏わせた矢を放つが、硬い甲羅に弾かれた。


 二本目。

 三本目。

 同じ場所へ当てても、傷すらつかない。


 《鋼殻水亀アーマード・タートル》が手足と頭を甲羅へ引っ込める。

 巨大な甲羅が高速で回転し始めた。


「ミラ、下がれ!」


 レンが氷壁を作る。

 回転する巨体が激突し、氷壁へ亀裂が走った。


 一枚目が砕ける。

 その奥へ、すぐに二枚目の氷壁が作られた。

 勢いを失った甲羅が、地面へ落ちる。


 ミラは剣を抜き、刃へ炎を纏わせた。

 甲羅の上へ飛び乗り、剣を振り下ろす。


 炎が弾ける。

 だが、僅かな焦げ跡が残っただけだった。


「硬すぎる!」


「もう一度だ!」


「同じところを狙う!」


 ミラは何度も同じ場所へ炎を叩き込んだ。


 矢。

 火球。

 炎を纏わせた剣。

 攻撃を重ねるたびに、鋼鉄のような甲羅が赤く熱せられていく。


 それでも、壊れない。

 《鋼殻水亀アーマード・タートル》が再び身体を回転させようとする。


「ミラ、離れろ!」


 レンが地面へ手をついた。

 床を流れていた水が一斉に凍りつく。

 熱せられた甲羅まで、急激な冷気に包まれた。


 甲羅から甲高い音が響く。

 赤く熱せられていた部分へ、一本の亀裂が入った。


「今だ!」


 ミラは弓を構えた。

 残っている魔力を矢の一本へ集中させる。

 矢尻を包む炎が、細く鋭い形へ変わる。

 狙うのは、甲羅に生じた僅かな亀裂。


 指を離した。

 炎の矢が一直線に飛ぶ。

 亀裂の奥へ突き刺さった瞬間、甲羅の内部で炎が爆発した。


 《鋼殻水亀アーマード・タートル》の巨体が大きく揺れる。

 伸びかけていた脚から力が抜け、そのまま地面へ倒れた。


 しばらく待っても動かない。

 ミラは弓を下ろした。


「倒した……?」


「ああ」


 レンが甲羅へ近づき、内部の魔力が消えていることを確認する。


「ミラが倒した」


 その言葉を聞き、ミラはその場へ座り込んだ。

 全身から力が抜けていく。


「本当に、私が……」


「最後の矢は正確だった」


「レンが甲羅を凍らせたからでしょ」


「俺は補助しただけだ」


「最初に魔物の群れも全部倒したじゃない」


「あれは攻略ではなく、ミラを助けただけだ」


「同じじゃないの?」


「違う」


 レンは断言した。

 ミラは少しだけ笑った。


「変なところに拘るのね」


「倒した者の実績は、正しく記録されるべきだ」


「それなら、帰ったらレンが補助してくれたことも全部話すからね」


「ああ。隠す必要はない」


 二人は魔石と甲羅の一部を回収し、最下層に現れた転移陣へ入った。

 光が二人を包む。

 次に目を開けた時には、《アクアリア洞窟》の入口へ戻っていた。

 待機していた職員が駆け寄ってくる。


「ご無事でしたか!」


「ああ」


 レンが答える。

 職員はミラの傷と、二人が持ち帰った巨大な魔石を見比べた。


「最下層まで到達されたのですか?」


「うん」


「こちらの魔石は……《鋼殻水亀アーマード・タートル》のものですね」


 職員の視線がレンへ向く。

 《魔脈大坑道グランヴァン》を単独で攻略したB級冒険者。

 レンが倒したと考えるのは当然だった。


「討伐されたのは、レンさんですか?」


「違う」


 レンは首を横へ振った。


「俺は補助しただけだ。ボスを倒したのはミラだ」


「ですが、途中の魔物については?」


「俺が倒した群れもいる。だが、それ以降の魔物は、ほとんどミラが倒した」


 ミラが横から口を挟む。


「レンが来なかったら、私は五階層で死んでた。ボスも、レンが甲羅を凍らせてくれなかったら倒せなかった」


「それでも、最後に倒したのはミラだ」


「でも――」


「救助されたことと、攻略に貢献したことは別だ」


 職員は二人の話を聞きながら、記録用紙へ内容を書き込んでいく。


「詳しい戦闘記録を確認する必要はありますが、ミラさんが攻略の中心であったことは記録いたします」


「それでいい」


「レンが決めることじゃないでしょ」


「なら、ミラは違うのか?」


 尋ねられ、ミラは答えに詰まった。

 レンが来なければ、攻略出来なかった。

 それは事実だ。

 しかし、途中からは自分が前を歩いた。


 魔物を倒した。

 最後には、ボスへ矢を射込んだ。

 全てをレンへ任せたわけではない。


「……違わない」


「なら決まりだ」


「何か悔しい」


「どうしてだ?」


「レンに言い負かされたから」


「事実を確認しただけだ」


「そういうところが悔しいのよ!」


 二人は並んで、ミストレアへ戻った。






 数日後。

 ミラは再び冒険者協会本部の受付へ呼ばれた。


 提出した素材。

 入口の職員が作成した報告書。

 それまでに達成した依頼。

 全ての確認が終わっていた。


「ミラさんには、《アクアリア洞窟》の攻略において十分な貢献が認められました」


 受付嬢が新しい冒険者証を差し出す。


「本日付で、C級冒険者へ昇格となります」


 ミラは冒険者証を受け取った。

 そこには、C級を示す文字が刻まれている。

 目標だった階級。

 一人では攻略出来なかった。

 途中で死にかけ、レンに助けられた。

 それでも、最後まで戦うことは出来た。


「おめでとう」


 隣から声が聞こえた。

 レンが立っている。


「ありがとう」


 ミラは冒険者証を見つめたまま答えた。


「レンに助けられたけどね」


「俺は補助しただけだ」


「まだ言うの?」


「事実だからな」


 ミラは冒険者証を握り、レンを見る。


「次は、一人でも攻略してみせるから」


「パーティーを組め」


「どうしてよ!」


「また一人で死にかけるつもりか?」


「今度は大丈夫!」


「前にも同じことを聞いた」


「今回は本当に大丈夫だから!」


「その言葉は信用出来ない」


「何よ、それ!」


 二人のやり取りを聞き、受付嬢が堪えきれずに笑う。

 ミラは頬を膨らませたが、レンは何故笑われているのか分かっていないようだった。




 少し離れた場所。

 依頼の報告に訪れていたアストリッドが、二人の様子を見ていた。

 受付へ提出された《アクアリア洞窟》の報告については、先ほど職員から聞いている。


 剣。

 弓。

 火球。

 炎を纏わせた武器。

 魔力感知。

 状況に応じ、前衛、中衛、後衛の役割を切り替えながら戦ったD級冒険者。

 正式な階級こそ低かったが、戦闘能力だけならB級に届いている。


 《蒼天の戦乙女》は、役割を固定したパーティーだ。


 前衛。

 中衛。

 後衛。

 回復役。


 それぞれが自分の役割に集中するからこそ、高い戦闘力を発揮出来る。

 だが、予想外の事態が起きた時、役割を変えて動けるのはアストリッドしかいない。


 もし、もう一人。

 剣と弓と魔法を使い分け、どの位置でも戦える者が加われば。

 パーティーは、さらに強くなる。


「ミラ、か」


 アストリッドは、その名前を覚えた。

 今すぐ仲間へ誘うつもりはない。

 技術はあっても、経験が足りない。

 焦れば一人で前へ出過ぎる。

 それでも経験を積み、B級まで上がってくれば。

 《蒼天の戦乙女》にとって、必要な存在になるかもしれない。


 一方のミラは、アストリッドから見られていることに気づいていなかった。

 C級となった冒険者証を手にしながら、隣に立つレンを見る。

 今すぐ追いつくことは出来ない。

 実力の差は、想像していた以上に大きかった。

 だからといって、諦めるつもりもない。

 一人でその背中を追いかけるのではなく。

 いつか、同じ場所へ並んで立つ。

 そのために、ミラは新しい冒険者証を強く握り締めた。

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