↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

405/457

間章 蒼穹の戦乙女と氷壁の剣士

 シエラが最初に気づいたのは、リーヴァ村の盗賊団を討伐した夜だった。


 村人達から贈られた料理が、宿の食堂に所狭しと並べられている。


 焼いた川魚。

 海で採れた貝の酒蒸し。

 畑で採れたばかりの野菜を使った煮込み料理。

 机の上には五人でも食べきれないほどの料理が並んでいた。


 その中心に座るアストリッドは、仲間達と今後の対応について話している。


 捕らえた盗賊団の頭。

 地下水路から見つかった書類。

 盗賊達へ武器や資金を流していた王国貴族の存在。

 話すべきことは多かった。

 だが、シエラは気づいていた。

 アストリッドが時折、二階へ続く階段へ視線を向けている。


「気になりますか?」


 シエラが尋ねる。


「何がだ?」


「レンさんです」


 アストリッドの手が僅かに止まった。


「顔色が悪かった。四十六人もの人間を殺した直後だからな。気になるのは当然だろう」


「なるほど。心配なのですね」


「依頼へ同行した冒険者を気遣うのは当然だ」


「そういうことにしておきましょう」


「何が言いたい?」


「何も言っていませんよ」


 シエラは穏やかな笑みを浮かべ、煮込み料理を口へ運んだ。





 その後、アストリッドは食事を途中で切り上げた。

 宿の二階へ向かった彼女が、しばらくして一人で戻ってくる。


「レンさんの様子はどうでしたか?」


「会っていない」


「部屋まで行ったのでしょう?」


「先客がいた」


 その一言を口にした時、アストリッドの眉が僅かに寄った。

 ほんの僅かな変化だった。

 ほかの者なら見逃していたかもしれない。

 だが、長く同じパーティーで行動してきたシエラには分かった。


「女性ですか?」


「……声を聞いただけだ」


「ミラさんですね」


「おそらくな」


 アストリッドはそれ以上何も話さず、残っていた酒を一息に飲み干した。

 シエラは笑いそうになるのを堪えた。

 アストリッド本人は、まだ気づいていない。

 レンの部屋に別の女性がいる。

 ただそれだけのことに、僅かな苛立ちを覚えた理由を。


 それから、アストリッドは以前よりもレンの話をするようになった。

 冒険者協会へ立ち寄れば、レンがどの依頼を受けているのかを確認する。

 酒場で彼の噂を耳にすれば、興味がないような顔をしながら会話へ耳を傾ける。

 レンが単独で魔獣を討伐したと聞けば、その戦い方について尋ねた。


「最近、レンさんの話が多いですね」


 シエラが指摘すると、アストリッドは決まって同じように答えた。


「あれほどの実力者は珍しい。冒険者として気になるだけだ」


 確かに、最初はそれだけだったのかもしれない。

 A級ダンジョンを単独で攻略した冒険者。

 膨大な魔力量を持ち、無詠唱で氷魔法を使う剣士。

 アストリッドが強者としてレンへ興味を抱くのは不思議ではなかった。


 だが、レンが魔獣駆除の依頼から無事に戻ったと聞いた時。

 彼が女性冒険者から相方へ誘われたと知った時。

 その表情に現れる感情は、明らかに違っていた。


 レンはその後も、ミストレアを拠点に活動を続けた。


 護衛。

 採取。

 捜索。

 行方不明者の救助。

 街道へ現れた魔獣の駆除。

 冒険者協会への貢献を積み上げ、A級冒険者へ昇格する。


 さらに、《還命樹海セルヴァリア》を単独で攻略した。

 それでもレンは立ち止まらなかった。

 今度は、誰も攻略したことのないS級ダンジョン。

 《天環魔導塔アストラリオン》へ一人で挑み始めた。


 レンが何度もアストラリオンへ入っている。

 その話をアストリッドへ伝えたのは、シエラだった。


「また一人で入ったそうですよ」


 シエラが何気なく告げると、アストリッドの表情が変わった。


「また?」


「これで三度目だそうです」


「攻略するつもりなのか?」


「本人に聞いてみてはいかがですか?」


 翌日、アストリッドはアストラリオンの近くの宿場町へ向かった。

 その場で何が話されたのか、シエラは直接聞いていない。

 ただ、戻ってきたアストリッドは、アストラリオンへレンと二人で挑むと告げた。


「二人で、ですか?」


「ああ」


「相方として?」


「違う。攻略のために一時的に同行するだけだ」


「残念です」


「何がだ?」


「こちらの話です」


 シエラは表情に出さず、心の中で笑った。

 それから二人は、アストラリオンの攻略へ向けて準備を始めた。


 魔物の情報。

 各階層の特徴。

 必要となる食料や回復薬。

 過去に挑んだ冒険者達の記録。


 アストリッドはレンと顔を合わせる機会が増えるほど、彼について話すことも増えていった。


 レンが回復魔法を使えること。

 危険を察知する能力が異常に高いこと。

 戦闘中は冷静でありながら、他人を守る時には自分の命を軽く扱うこと。

 そして時折、年齢に似合わない寂しそうな表情を見せること。


「随分とよく見ていますね」


「共にS級ダンジョンへ入る相手だ。戦い方や性格を把握するのは当然だろう」


「性格だけでなく、表情まで?」


「……必要なことだ」


 アストリッドは僅かに視線を逸らした。

 シエラはそれ以上追及しなかった。

 ここで本人へ気づかせてしまっては面白くない。

 自分から認める瞬間まで、静かに見守ることにした。


 二人がアストラリオンへ挑む前日。

 シエラは、レンが泊まっている宿へ向かった。

 一階が酒場となっている小さな宿。


 料理は美味しいと評判だが、《蒼天の戦乙女》が普段利用する宿と比べれば、明らかに格が落ちる。


 部屋は狭い。

 風呂もない。

 何より、壁が薄い。

 隣室の物音や会話が、僅かに聞こえてくるほどだった。


 それでも、レンは何の不満も口にしていないらしい。

 シエラは宿の主人へ金を渡し、レンの部屋の両隣を押さえた。

 片方はアストリッド。

 もう片方は自分。

 これで何が起きても、ほかの客へ迷惑を掛ける心配はない。

 問題があるとすれば、両側にいる二人へ声が聞こえることだけだった。


「どうして、この宿なんだ?」


 部屋へ入ったアストリッドが尋ねる。


「レンさんと相談しやすい方がよろしいかと思いまして」


「それなら、同じ宿である必要は分かる。だが、なぜ隣なんだ?」


「偶然です」


「本当か?」


「もちろんです」


 シエラは笑顔で答えた。

 アストリッドは疑わしそうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。

 アストラリオンの攻略には長い時間がかかった。

 二人が地上へ戻った時、レンは限界だった。

 アストリッドも全身に傷を負い、魔力をほとんど使い果たしている。

 それでも、その腕はレンの身体を離そうとしなかった。


 宿へ戻った後も、アストリッドは何度もレンの様子を確認していた。

 レンが目を覚ましたと知った時、安堵したように肩の力を抜いた姿を、シエラは見逃さなかった。

 その頃には、アストリッド自身も自分の気持ちへ気づいていたのだろう。

 だが、レンが王国へ戻ると決めたことで、諦めようとしていた。


 アストリッドは魔導国家の貴族家に生まれた。

 今は家を離れ、冒険者として生きている。

 一方、レンも王国の貴族である可能性が高い。

 国を越えた婚姻など、簡単に認められるものではない。

 ましてや、レンには既に婚約者がいるかもしれない。


「それで諦めるのですか?」


 シエラが尋ねると、アストリッドは答えなかった。

 代わりに、窓の外を見ながら呟く。


「一度くらい、自分の気持ちに素直になってもいいのかもしれないな」


 その言葉を聞いたシエラは、用意していた薄い衣服を差し出した。


「では、こちらをお使いください」


 アストリッドが広げる。

 薄い布で作られた、身体の線がはっきりと分かるキャミソールだった。


「……お前は、私に何をさせたいんだ?」


「後悔しないよう、お気持ちを伝えていただくだけです」


「これを着てか?」


「はい」


「本当にそれだけか?」


「もちろんです」


 シエラは僧侶らしい穏やかな笑みを浮かべた。



 その夜。

 アストリッドはキャミソール姿で、自分の部屋を出ていった。

 廊下を数歩進み、隣にあるレンの部屋へ入る。

 扉が閉じられるのを確認したシエラは、すぐに壁へ耳を当てた。


 片手には紙。

 もう片方にはペン。

 隣室から聞こえる声を、一言も逃さないよう書き留めていく。


 アストリッドがレンの正体へ気づいたこと。

 本当の名が、レオン・ノルディアであること。

 それでも、アストリッドが彼をレンと呼んだこと。


 貴族としてのレオンではなく、冒険者として共に戦ったレンに惹かれたこと。

 やがて、アストリッドは自分の想いを告げた。


『私は、お前に惹かれている』


 シエラのペンが止まる。


『一夜だけでも構わない』


 シエラは口元を手で押さえた。

 笑っている場合ではない。

 これは記録しなければならない。


『私と……駄目か?』


 短い沈黙。

 そして、レンの答えが聞こえた。


『すまない』


 断った。

 あのアストリッドが、自ら想いを告げて断られた。

 シエラは胸を痛めながらも、別の場所では今までにないほど強い創作意欲が湧き上がっていることを自覚していた。


 その後も会話は続いた。

 レンには、やらなければならないことがある。

 帰りを待っている人達もいる。

 最後に、レンは自分が羽織っていた服をアストリッドへ渡した。


 夜はまだ寒いから。

 自分にはもう必要なくなるから。

 振った相手にまで優しくするレンへ、アストリッドが告げる。


『お前は女たらしだな』


 やがて隣室の扉が開いた。

 廊下を歩く短い足音。

 そして、すぐ隣にあるアストリッドの部屋の扉が閉じられた。

 シエラは壁から耳を離し、興奮が冷めないうちに最後の言葉まで紙へ書き留めた。


 告白。

 拒絶。

 それでも相手を気遣い、自分の羽織を渡す氷壁の剣士。


「……素晴らしいです」


 満足そうに呟き、何気なく後ろを振り返る。

 そこには、ダリア、リーゼ、フィーネの三人が並んでいた。


「……」


「……」


「……」


 シエラの手から、ペンが落ちた。

 ダリアが呆れた顔で尋ねる。


「お前、さっきから何をしていたんだ?」


「盗ちょ……少し壁の状態を確認していただけです」


「だったら、その紙とペンは何?」


 フィーネがシエラの持つ紙を指差す。

 紙には、隣室から聞こえてきた会話が細かく書き込まれていた。

 シエラは慌てて紙を胸元へ隠す。


「これは……アストリッドのためです!」


 リーゼが冷静に尋ねた。


「本音は?」


「私の養分……じゃなかった、リーダーのためですよ」


「今、養分と言っただろう」


「気のせいです」


 シエラは何事もなかったように紙を折り畳んだ。

 そんな彼女を見て、ダリアが小声で呟く。


「お前、顔はいいのに男と縁がないのは、そういうところだと思うぞ」


「失礼ですね。私は既に経験済みです」


 三人の表情が固まった。


「……いつ?」


「誰と?」


「初耳なのだけれど」


 シエラは僧侶らしい穏やかな笑みを浮かべた。


「レンさんに迫られる展開を一回。私から迫る展開を二回ほど、妄想の中で経験させていただきました」


「妄想じゃねえか!」


 ダリアの拳が、シエラの頭へ落ちた。


「痛いです!」


「何を暴露してんだ、このエロ僧侶が!」


「妄想するだけなら、誰にも迷惑を掛けていません!」


「聞かされた私達が迷惑してるんだよ!」


 頭を押さえながらも、シエラは紙だけは決して手放さなかった。

 その姿を見たリーゼが眉を寄せる。


「まさか、それを何かに使うつもり?」


「いいえ。これは大切な思い出として、私の胸にしまっておきます」


「紙に書いている時点で、胸にしまえていないわよ」


 フィーネの指摘を聞き流し、シエラは折り畳んだ紙を大切そうに懐へ収めた。

 その紙が本当に使われることになったのは、レンが魔導国家を去ってから一年後だった。






 王都ミストレアの書店に、一冊の恋愛小説が並んだ。

 題名は。


『蒼穹の戦乙女と氷壁の剣士』


 著者は、セラ・ノイン。

 物語の主人公は、貴族の地位を捨てて冒険者となった美しい女剣士アステリア。

 そして突如として魔法都市へ現れた、素性不明の氷魔法使いレイン。

 二人は盗賊団から村を守るために出会い、次第に互いを意識するようになる。

 だが、氷壁の剣士は決して誰とも相方になろうとしない。


 アステリアは彼の心を覆う氷を溶かそうとしながら、共に誰も攻略出来なかった魔導塔へ挑む。

 実際に起きた出来事を元にしているが、多くの部分へ創作が加えられていた。


 アストリッドは、その本が出版されたことすら知らなかった。

 恋愛小説など読む習慣がない。

 仲間達も、わざわざ知らせようとはしなかった。

 ダリア達は出版を止めようとした。

 だが、シエラが既に原稿を出版社へ渡した後だった。



 それから半年が過ぎた頃。

 アストリッドは、街を歩いているだけで若い女性達から声を掛けられるようになった。


「アストリッド様、握手をしていただけませんか?」


「構わないが……なぜだ?」


「ずっと応援しています!」


 《蒼天の戦乙女》の名は、以前から魔導国家で知られている。

 憧れていると言われることも珍しくない。

 そのため、最初のうちは疑問に思わなかった。

 やがて、サインまで求められるようになった。


 冒険者証。

 布。

 剣の鞘。

 差し出される物は様々だった。

 その日も、アストリッドは一人の少女から声を掛けられた。


「アストリッド様、こちらへサインをいただけませんか?」


 差し出されたのは、一冊の本だった。

 表紙には、青い髪を持つ美しい女剣士。

 その隣には、黒髪と青い瞳を持つ少年が描かれている。


 少年の手には剣。

 背後には、巨大な氷の壁。


『蒼穹の戦乙女と氷壁の剣士』


 アストリッドは題名を読み、表紙を見直した。


「……これは、何だ?」


「え?」


「この本だ」


「ご存じないのですか?」


 少女は驚いた様子で本を開いた。


「今、魔導国家で一番人気の恋愛小説ですよ。アステリア様のモデルは、アストリッド様だと言われています」


 アストリッドは本を受け取ると、その場で最初の数頁を読んだ。

 読み進めるほど、表情が険しくなっていく。


 貴族の地位を捨てた女魔法剣士。

 火と風、二つの属性。

 女性だけで構成されたS級パーティー。

 突如現れた氷魔法の剣士。

 村を襲う盗賊団。

 二人だけで挑んだ、誰も攻略出来なかった魔導塔。


 偶然で済ませられる内容ではなかった。

 アストリッドは少女へ本を返した。


「すまない。今はサインをする気分ではない」


 その日のうちに書店で同じ本を購入し、部屋へ戻って最後まで読んだ。

 読み終えたアストリッドは、本を閉じたまま長い間動かなかった。


 そして翌朝。

 一冊の本を手に、《蒼天の戦乙女》の拠点へ向かった。

 扉を開くと、シエラが食卓で紅茶を飲んでいた。


「おはようございます、アストリッド」


 アストリッドは無言で、本を机へ置いた。

 シエラの笑顔が僅かに固まる。


「随分と面白い本が流行っているらしいな」


「そうなのですか?」


「知らないのか?」


「恋愛小説はあまり読まないもので」


「著者の名前は、セラ・ノインというらしい」


「素敵なお名前ですね」


「お前の名前に少し手を加えただけではないのか?」


「世の中には似た名前の方もいらっしゃいます」


 アストリッドは本を開き、ある頁をシエラへ突きつけた。


 物語の終盤。

 誰も攻略出来なかった魔導塔の最上階で、戦乙女が瀕死の剣士を抱き起こし、その唇へ自らの唇を重ねる場面だった。


「お前、なぜこれを知っている?」


「何をでしょう?」


「惚けるな。レンが言ったのか?」


「ですから、何のことでしょうか?」


 アストリッドの顔が一気に赤くなる。


「私が口移しでハイポーションを飲ませたことだ!」


 部屋が静まり返った。

 シエラは何度か目を瞬かせる。

 それから、ゆっくりと机の上の紙とペンへ手を伸ばした。


「……初耳です」


 アストリッドの表情が固まった。


「何?」


「最上階での口づけは、物語を盛り上げるために私が考えた創作です。まさか現実でも、そのようなことがあったとは……」


 シエラは素早く紙へ書き始める。


「確かその時、レンさんは意識を失っていたのですよね?」


「ああ。自分では飲めない状態だった」


「意識のない男性へ口移しですか……」


 シエラは一度ペンを止め、真剣な表情でアストリッドを見た。


「舌、入れてますよね?」


「入れていない!」


「本当ですか?」


「薬をこぼさないよう唇を重ね、喉へ流し込んだだけだ!」


 シエラのペンが激しく動き始める。


「意識のないレンさんへ覆い被さり、唇を密着させ、口内へ液体を流し込んだと……」


「言い方を変えるな!」


「ファーストキスにしては随分と激しいですね」


「治療だ!」


「しかも相手の同意を得る前に唇を奪うとは。アストリッドも意外と大胆なのですね」


「命を助けるためだったと言っているだろう!」


 アストリッドがシエラの持つ紙を奪い取る。

 しかし、シエラは既に新しい紙を取り出していた。


「その時、レンさんの唇にはどのような感触が――」


「忘れろ!」


「これほど貴重な体験談を忘れられるはずがありません」


「シエラ!」


 アストリッドの怒声が部屋の外まで響く。

 廊下から様子を窺っていたダリア達は、顔を見合わせた。


「だから、出版する前に止めろと言ったんだ」


「止めたわよ」


「間に合わなかったけれどね」


 部屋の中では、アストリッドがシエラを追い回している。

 それでも、本を破り捨てることはなかった。

『蒼穹の戦乙女と氷壁の剣士』は、その後も売れ続けた。


 物語を読んで冒険者を志す女性も現れ、《蒼天の戦乙女》への加入を希望する者も増えた。

 結果だけを見れば、シエラが言っていたとおり、今後の《蒼天の戦乙女》のためにはなっていた。

 もっとも、本人の目的が別の場所にあったことは、誰の目にも明らかだった。





 第一作の出版から二年後。

 セラ・ノインの新作が、王都中の書店へ並んだ。


『蒼穹の戦乙女と氷壁の剣士Ⅱ 炎爛の後輩』


 前作で王国へ帰った氷壁の剣士。

 その帰りを待ち続ける蒼穹の戦乙女。

 そんな二人の間へ、炎魔法を使う後輩冒険者ミリアが現れる。


 明るく勝ち気で、素直になれない少女。

 かつて氷壁の剣士と一夜を共に過ごしながら、彼への想いを告げられないまま別れた女性。


 蒼穹の戦乙女と炎爛の後輩。


 二人の女性が、同じ氷壁の剣士を想う三角関係を描いた物語だった。


 発売日の朝。

 新作を手にしたアストリッドが、《蒼天の戦乙女》の拠点へ現れる。


「シエラ」


「おはようございます、アストリッド」


「このミリアという女は誰だ?」


「創作上の人物です」


「火属性を使い、冒険者としては私達の後輩。明るい茶色の髪で、勝ち気な性格。氷壁の剣士と村で一夜を過ごしている」


「世の中には、似た境遇の方もいらっしゃいます」


「ミラがモデルだろう!」


 シエラは紅茶を一口飲み、穏やかに微笑んだ。


「読者の皆様が、続きを求めていたのです」


「人の過去を勝手に物語へするな!」


「登場人物の名前は変えています」


「少ししか変わっていないだろう!」


「それに、この物語が売れれば《蒼天の戦乙女》の名もさらに広まります」


「本音は?」


 シエラは胸へ手を当て、僧侶らしい清らかな笑みを浮かべた。


「私の養分……じゃなかった、リーダーのためですよ」


「やはり養分と言ったな!」


 その日も、《蒼天の戦乙女》の拠点にはアストリッドの怒声が響き渡った。

 それでも、第二作の出版が止まることはなかった。


『蒼穹の戦乙女と氷壁の剣士Ⅱ 炎爛の後輩』は、第一作を超える人気を得た。


 蒼穹の戦乙女を応援する者。

 炎爛の後輩を応援する者。


 氷壁の剣士はどちらと結ばれるのか。

 読者達は互いに予想し、王都中で議論を交わした。

 だが、物語のモデルとなった氷壁の剣士だけは、その小説が存在することすら知らない。


 王国北部。

 遠く離れたノルディアで、恋愛小説とは無縁の生活を送っていた。

 自分と二人の女性を元にした物語が、魔導国家で大流行していることを知るのは、まだ先のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。