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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第372話 帰る場所

 乗合竜車は、ミストレアの南門を離れていった。

 石造りの城壁。

 空中を行き交う小型の魔法具。

 色とりどりの魔法灯。

 巨大な魔法塔を中心に広がる街並みが、少しずつ遠ざかっていく。


 レオンは窓際の席から、魔法都市を眺めていた。

 魔導国家へ来たのは、目的の魔法具を手に入れるためだった。

 当初は、これほど長く滞在するつもりではなかった。

 ダンジョンへ入り、魔法具を回収する。

 必要な金を稼ぎ、ノルディアへ戻る。

 それだけのつもりだった。

 だが、実際には冒険者登録から始めなければならなかった。


 F級から冒険者として依頼を受ける。

 昇格試験を受ける。

 ダンジョンを攻略する。

 冒険者協会への貢献を積み、最上位のS級へ上がった。

 さらに魔道王の許可を得て、アストリッドと共にS級ダンジョンへ挑んだ。


 魔導国家で過ごした時間は、既に十か月を超えている。

 長いようで、振り返れば短かった。


 カイル。

 ミラ。

 アストリッド。

 その他、多くの者と出会った。


 ミラから残された言葉を思い出す。


『元気で』


 急な依頼を受けたのなら仕方がない。

 そう考えたが、やはり何かが引っかかっていた。

 昨日のミラは、南門まで見送りに来ると言っていた。


 それが一晩で変わり、顔を合わせることなく王都を出た。


 何かあったのだろうか。

 考えても、答えは出なかった。

 次に会うことがあれば、その時に聞けばいい。

 レオンはそう考え、窓の外へ視線を戻した。


 乗合竜車は、整備された街道を南へ進んでいく。

 ミストレア周辺には、魔法具を製造する工房や魔石を加工する施設が多い。

 だが、王都から離れるにつれて建物の数は減り、代わりに畑や牧草地が増えていった。


 大地の下には魔脈が流れている。

 王国で龍脈と呼ばれているものだ。

 呼び方は異なるが、どちらも大地の下を流れる魔力を指している。


 カイルは、その流れを調べ続けている。

 魔力や属性を持たない者でも魔法を使えるようにするため。

 生まれ持った属性や魔力量で、人の価値が決まらない国を作るため。

 彼が研究を完成させれば、多くの者が救われるだろう。

 だが、原作ではその研究が王都へ龍脈を通す秘術へつながり、北竜を呼び寄せることになる。


 アイテムバッグを見せなかった判断は、間違っていない。

 少なくとも、今のカイルへ自空間魔法の構造を教えるわけにはいかなかった。

 それでも、カイルの目的そのものを否定するつもりはない。

 問題なのは、その技術を利用しようとする者達だ。


 王国で既に少数派となった改革派。

 原作では、彼らがカイルの研究へ資金を流していた。

 魔導国家では、属性と魔力量が人の価値を決める。

 王国で誰もが魔法を使えるようになれば、王族や高位貴族が持つ力の意味も変わる。

 既存の身分制度を壊したい者にとって、カイルの研究は魅力的だったはずだ。


 レオンは小さく息を吐いた。

 カイルには、まだ話していないことが多い。

 自分がカイン殿下だと知っていること。

 王国の学園へ来ることを知っていること。

 その研究が、どのような未来へつながるのかを知っていること。


 別れ際、王国の学園へ来たら手紙を送るよう口にしてしまった。

 あの時は気に留めなかったが、カイルからすれば不自然な言葉だったかもしれない。


「……まあ、今更か」


 レオンが呟く。

 カイルも、レオンが無詠唱で魔法を使えることへ気づいていた。

 互いに秘密を抱えていることは分かっている。

 それでも、二人は相手の事情へ無理に踏み込まなかった。

 次に会った時、問い詰められれば答えを考えればいい。




 乗合竜車は、途中の町で何度か停車した。

 馬車より速いとはいえ、王国北部までは遠い。

 一日中走竜を走らせるわけにもいかない。

 数日ごとに別の竜車へ乗り換え、国境を目指す。



 出発から五日目の夜。

 レオンは街道沿いの宿へ泊まった。

 部屋へ入ると扉へ鍵を掛け、窓の外を確認する。

 誰にも見られていないことを確かめてから、アイテムバッグへ手を入れた。

 最初に取り出したのは、魔導国家で手に入れた魔法具だった。


 《吸魔の腕輪アルカナ・ドレイン》


 《魔脈の片眼鏡》


 《回復の杖》


 《叡智の首飾り》


 四つのダンジョンを攻略し、目的としていた魔法具は全て手に入れた。


 《魔脈の片眼鏡》を使えば、人間の体内や魔法具を流れる魔力を目で確認出来る。

 セリオスに使えば、これまで分からなかったことも見えるかもしれない。


 《回復の杖》は、広範囲へ回復魔法を発動させることが出来る。

 敵味方の区別がつかないという欠点はあるが、討伐で多くの負傷者が出た時には役立つ。


 そして、《叡智の首飾り》

 魔法の威力を大幅に高める魔法具。

 原作で闇へ堕ちたクラリスが身につけていた物だ。

 これを先に回収したことで、原作と同じ未来が起きる可能性は一つ減った。

 だが、クラリスが奴隷へ落とされる未来そのものが消えたわけではない。


 レオンは魔法具をアイテムバッグへ戻し、代わりに数枚の紙を取り出した。

 アストリッドから受け取った、奴隷の価格予測表の写し。

 その中の一枚に、クラリス・ローゼンベルクの名前がある。


 年齢。

 出身。

 身分。

 容姿。

 属性。


 奴隷として売却された場合に、どの程度の価値が見込まれるのか。

 まだ何の罪も犯していない公爵令嬢が、既に奴隷として値踏みされていた。

 レオンは、クラリスの名を指でなぞる。


「どうして、今から調べている?」


 原作でクラリスが犯罪奴隷になるのは、四年以上先のことだ。

 学園へ入学し一年の終盤からエリシアに対し、様々な嫌がらせを行う。


 教科書を隠す。

 私物を壊す。

 ほかの令嬢達を使い、孤立させる。

 そして、二年の学園創立記念日のパーティーを前に、エリシアが着るはずだったドレスを燃やす。

 それらの嫌がらせを主導した者として、クラリスはアレクから婚約破棄を言い渡される。


 光一だった頃は、それほど深く考えなかった。

 他人の物を壊す。

 火をつけて燃やす。

 一人の人間へ継続して危害を加える。


 前世の世界なら、どれも罪に問われる可能性がある。

 だから、クラリスが犯罪者として裁かれたことにも疑問を抱かなかった。

 だが、この世界には明確な身分の差がある。


 クラリスは公爵令嬢。

 一方、その時点のエリシアは平民だ。

 逆であれば分かる。

 平民が公爵令嬢の私物を燃やし、継続して危害を加えれば、重い罪に問われるだろう。

 しかし、公爵令嬢が平民のドレスを燃やしただけで、犯罪奴隷へ落とされるものなのか。


 学園からの処分。

 被害に対する賠償。

 公爵家からの勘当。

 婚約破棄。

 そこまではあり得る。

 だが、犯罪奴隷となるのは明らかに重過ぎる。


 王国で認められている奴隷は、犯罪奴隷だけだ。

 罪を認定され、正式な記録へ登録されなければ、奴隷として売買することは出来ない。

 アレクが第一王子であっても、一人の判断だけで公爵令嬢を犯罪奴隷へ落とせるとは思えなかった。


 何より。

 クラリスが本当に、全ての嫌がらせを主導していたのか。

 レオンは以前から疑問を抱いていた。


 クラリスは真面目で、努力家だった。

 公爵令嬢としての立場を理解し、常に王子の婚約者として相応しくあろうとしていた。

 感情的になることはあっても、平民の少女一人を追い詰めるために、全てを失うような真似をするだろうか。


 原作では、エリシアへの嫌がらせを行った者達が、全てクラリスの指示だったと証言した。

 だが、その証言が正しかったという保証はない。

 クラリスを犯罪奴隷へ落としたい者がいたのなら。


 嫌がらせを主導したという証言も。

 ドレスを燃やしたという証拠も。

 その後に下される処罰も。

 最初から仕組まれていた可能性がある。


 レオンは価格予測表へ視線を落とす。

 奴隷商人の話では、これは単なる査定ではない。

 対象となる者を、いずれ奴隷として売るつもりの者が作った資料。

 捕らえた時、誰を優先して確保するのか。

 誰を国内へ残し、誰を国外へ運ぶのか。

 誰を正規の市場ではなく、闇オークションへ流すのか。

 それを決めるためのものだった。


「四年以上先のことを、今から準備しているのか?」


 それとも。

 本来の時期より早く、クラリスを奴隷へ落とすつもりなのか。

 レオンはこの世界へ転生してから、原作には存在しないことをいくつも起こしてきた。


 ノルディアの改革。

 帝国との和平条約の更新。

 教国との関係強化。

 回復薬の製造。

 帝国と王国による共同討伐。

 本来起きるはずだった出来事を、既にいくつも変えている。


 その影響によって、クラリスの断罪が早まる可能性もある。

 まだ3年程ある。

 そう考えるのは危険だった。


「帰ったら、すぐに調べないとな」


 王国の闇オークション。

 偽造された犯罪奴隷の証明書。

 盗賊団へ王国金貨と武器を流していた貴族。

 クラリスの名を価格予測表へ載せた者。


 調べることは多い。

 まずはゼムとクロエに相談する。

 商人達のつながりについては、ブロドの力も必要になる。

 クラリス本人へ不用意に近づけば、計画している者達を警戒させるかもしれない。

 慎重に動かなければならなかった。


 レオンは写しを折り畳み、アイテムバッグへ戻した。

 窓の外には、魔導国家の夜空が広がっている。

 明日も朝から移動が続く。

 レオンは魔法灯を消し、寝台へ横になった。







 その後も乗合竜車を乗り継ぎながら、王国を目指した。

 魔導国家の南西部へ進むにつれ、魔法具を身につけた者の姿が少しずつ減っていく。



 十日目。

 国境近くの町へ到着した。

 レオンは冒険者証を提示し、レンという名のS級冒険者として出国の手続きを行った。

 《天環魔導塔アストラリオン》を攻略したことまでは、まだ国境の職員へ伝わっていないらしい。

 特に呼び止められることもなく、手続きは終わった。



 魔道王から使者が送られる前に国を出る。

 目的の一つは果たせた。

 国境を越え、王国へ入る。

 久しぶりに見る王国の紋章。

 聞き慣れた言葉遣い。

 冒険者や商人達の服装。

 同じ人間が暮らす国でありながら、魔導国家とは多くの部分が違う。


 王国へ戻った。

 それでも、まだ故郷へ帰ってきたという実感はなかった。

 ここからノルディアまでは、さらに北へ進まなければならない。

 乗合竜車を乗り換え、街道を北上する。

 南部では暖かかった空気が、進むほど冷たくなっていく。

 畑に植えられている作物も変わった。

 建物の屋根は雪が積もりにくい形となり、旅人の服装も厚くなっていく。



 十五日目。

 遠くの空に、バルト山脈が見え始めた。

 白い雪を頂いた山々。

 幼い頃から何度も目にした景色だ。

 だが、まだノルディア領ではない。

 レオンは逸る気持ちを抑え、竜車の中で過ごした。



 出発から二十日目。

 乗合竜車が、小さな関所へ近づいた。

 街道の両側には、王国の旗と並んで見慣れた紋章が掲げられている。

 咆哮するグリフィン、ノルディア辺境伯家の紋章。

 関所を守る騎士達も、ノルディアの装備を身につけていた。


 竜車は関所の前で止まる。

 騎士達が御者から書類を受け取り、積み荷と乗客の数を確認していく。

 レオンは窓から、その様子を眺めた。

 見知った騎士はいない。

 領地の南端を守る者達だろう。

 やがて確認が終わり、関所の門が開かれた。


「ノルディア辺境伯領へ入ります!」


 御者の声が聞こえる。

 走竜が再び歩き始めた。

 竜車が門を通り抜ける。


 その瞬間。

 胸の奥に、これまでとは違う感覚が広がった。

 窓の隙間から入る空気は冷たい。

 魔導国家を出た時より。

 王国へ入った時より。

 遥かに冷えている。


 だが、不思議と嫌ではなかった。

 この寒さを知っている。

 冬になれば大地が雪に覆われることも。

 春になれば雪解け水が街道を傷めることも。

 短い夏の間に、人々が忙しく畑を耕すことも。

 全て知っている。


 街道は、出発した時より綺麗に整備されていた。

 雪解けで傷んだ場所が修繕され、荷馬車がすれ違えるよう広げられている。


 帝国の商品を運ぶ商隊。

 教国の紋章を掲げた馬車。

 ボア肉を積んだノルディアの荷車。

 多くの人々が街道を行き交っていた。

 レオンがいない間も、領地は動き続けていた。


 ゼムが判断し。

 クロエが商業を支え。

 ガレスが騎士団を守り。

 多くの領民が、自分達の暮らしを続けていた。


 遠くには、雪を残したバルト山脈が連なっている。

 その山々の手前に広がる土地。


 冷たい風。

 整備された街道。

 行き交う領民達。

 全てが懐かしかった。


 レオンは窓枠へ手を置き、静かに景色を眺めた。


『さすらいの剣士は、故郷を大事にするんだ』


 以前、ミラへ言った言葉を思い出す。

 旅をして回るのに、故郷など関係ない。

 そう言われ、レオンは答えた。


『帰る場所があるから、さすらえるんだ』


 あの時は、少し格好をつけただけだった。

 だが、今なら何故その言葉が出たのか分かる。

 どれほど遠くへ行っても。

 どれほど長く領地を離れても。

 最後に帰りたいと思う場所は、ここだった。


 レオンは小さく息を吐く。


「帰ってきたんだな……」


 その声は、竜車の音に紛れて消えた。

 領都までは、まだ距離がある。

 邸で待つ者達の顔もまだ見ていない。

 領地を離れている間に、何が起きたのかも知らない。

 それでも、レオン・ノルディアは、十一か月ぶりに故郷へ帰ってきた。

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― 新着の感想 ―
「貢献を積み、A級へ上がる」 魔道王の許可もらう直前にS級の冒険者証になってなかった?S級は申請じゃなくて推薦でってなってた気がしますが・・・
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