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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第371話 魔法都市との別れ

 翌朝。

 レオンは日の出から少し遅れて目を覚ました。

 昨夜、アストリッドが部屋を出てからも、なかなか眠ることが出来なかった。


 王国へ帰る理由。

 クラリスの名が記された奴隷の価格予測表。

 魔道王から届くであろう呼び出し。

 そして、アストリッドから告げられた想い。


 考えることは多かった。

 それでも、出発を遅らせるつもりはない。

 レオンは寝台から起き上がると、帰国の準備を始めた。


 着替え。

 保存食。

 水。

 回復薬。

 魔導国家で入手した魔法具。


 集めた魔鉱石や素材の大半は、既にアイテムバッグへ収めている。

 だが、人前でアイテムバッグを使うことは出来ない。

 そのため、必要最低限の荷物だけを大きな鞄へ詰めた。


 昨日まで羽織っていた黒い上着は、アストリッドへ渡した。

 王国へ帰れば替えはいくらでもある。

 レオンは別の旅用の上着を身につけ、剣を腰へ提げた。


 部屋の中を見回す。

 十か月以上、滞在した部屋だ。

 最初は寝泊まりするだけの場所だった。

 だが、長く過ごしたためか、少しだけ名残惜しく感じる。


「行くか」


 レオンは鞄を背負い、宿を出た。

 南門へ向かう前に、会っておきたい者がいる。

 レオンが最初に向かったのは、王都の外れにある一軒家だった。

 周囲には民家が並び、見た目だけなら何の変哲もない建物だ。

 しかし、その中は魔法具の研究室として使われている。


 扉を叩く。

 返事はない。

 もう一度叩いても、反応はなかった。

 レオンは扉へ手を掛ける。

 鍵は開いている。


「入るぞ」


 室内へ入ると、足元から紙を踏む音が聞こえた。

 床には魔法陣の図面や計算式を書いた紙が散らばっている。


 机の上には魔石や魔鉱石。

 分解された魔法具。

 加工途中のオリハルコン。

 食べかけのパン。

 何に使うのか分からない金属の部品。

 以前より物が増え、歩ける場所がさらに狭くなっていた。


 部屋の奥では、カイルが机へ突っ伏して眠っている。

 右手には書きかけの羽根ペンが握られていた。


「カイル」


 声を掛けても起きない。


「カイル、起きろ」


 レオンが肩を揺らすと、カイルがゆっくり顔を上げた。


「……レン?」


「ああ」


「もう朝なの?」


「とっくに朝だ」


 カイルが窓へ視線を向ける。

 差し込む朝日を見てから、机に置かれた魔法具へ目を戻した。


「少しだけ調べるつもりだったんだけど……」


「いつから調べていた?」


「昨日の夕方から」


「食事は?」


「パンを食べたよ」


 カイルが指差した先には、一口だけ齧られたパンが置かれている。


「それだけか?」


「研究に夢中になって忘れてた」


「やはり、定期的に誰かが様子を見に来る必要があるな」


「大丈夫だよ。お腹が空けば食べるから」


「空腹を忘れていた奴が言っても説得力はない」


 レオンは呆れながら、机の空いている場所を探した。

 図面を重ね、散らばっていた魔石を端へ寄せる。

 それから鞄の中へ手を入れ、小さな革袋を取り出した。


「頼まれていた物だ」


「何?」


 カイルは革袋を受け取り、中身を机へ広げた。


 青。

 赤。

 黄。

 緑。


 僅かに色の異なる魔鉱石が、朝日を反射する。

 眠そうだったカイルの目が、一瞬で見開かれた。


「これ、アストラリオンの最終階層で採れた物?」


「ああ。出来るだけ違う場所から採っておいた」


 カイルは一つを手に取り、魔法具を通して内部の魔力を調べ始めた。


「凄い……一つの魔鉱石に、四つの属性の痕跡がある」


「四属性か」


「うん。でも、混ざっているわけじゃない」


 カイルは別の魔鉱石と見比べる。


「互いにぶつからないよう、内側を循環している。まるで四本の細い魔脈が絡み合っているみたいだ」


 カイルの机には、これまでレオンが持ち帰った魔鉱石が並べられている。


 《アルカナ迷宮》


 《魔脈大坑道グランヴァン》


 《還命樹海セルヴァリア》


 そして今回の《天環魔導塔アストラリオン》


 カイルは、それぞれの魔鉱石を順番に見比べた。


「最初は、ダンジョンの難易度が高いほど、地下を流れる魔脈も太いと思ってた」


「違ったのか?」


「完全に間違いとは言えない。でも、それだけじゃないみたい」


 カイルがグランヴァンの魔鉱石を持ち上げる。


「グランヴァンは、一つの太い魔力が強く流れ込んでいる」


 次にセルヴァリアの魔鉱石へ触れる。


「セルヴァリアは、魔力が周囲を何度も巡っている。外へ逃げるはずの魔力が、森の中へ戻されているんだと思う」


 最後に、アストラリオンの魔鉱石を見る。


「こっちは複数の属性が循環している。ダンジョンの難易度を決めるのは、魔脈の太さだけじゃない。流れ方や属性、それに魔力を外へ逃がさない構造も関係してるんだ」


「そうか」


「これなら、もっと詳しく調べられるよ」


 カイルは嬉しそうに魔鉱石を見つめている。

 頼まれていた物を渡せた。

 これで、レオンが魔導国家へ残した用事はほとんどない。


「カイル」


「何?」


「俺は今日、王国へ戻る」


 カイルの手が止まった。


「……今日?」


「ああ。これから冒険者協会へ寄って、そのまま南門へ向かう」


「急だね」


「昨日決めた」


「また魔導国家へ戻ってくるの?」


 レオンはすぐには答えられなかった。

 王国へ戻れば、調べるべきことが山ほどある。

 クラリスが奴隷へ落とされる未来。

 闇オークション。

 王国貴族と盗賊団とのつながり。

 ノルディアの状況も確かめなければならない。

 再び魔導国家へ来られるとしても、いつになるのか分からなかった。


「今のところ、戻る時期は決めていない」


「そっか」


 カイルは机の上の魔鉱石へ目を落とした。


「まだ一緒に調べたいことが、たくさんあったんだけどな」


「調査は続けてくれ。俺にも分かったことがあれば伝える」


「どうやって?」


「王国の冒険者協会を通して手紙を送れる」


 冒険者協会は国境を越えて情報を共有している。

 時間はかかるが、相手の所属する協会が分かっていれば、手紙を届けることは可能だ。


「そうだな」


 レオンは少し考えてから続けた。


「王国の学園へ来たら、王都の冒険者協会へ手紙を送ってくれ」


 カイルが顔を上げる。


「うん。分かったよ」


 返事を聞き、レオンは頷いた。

 カイルも椅子から立ち上がる。


「色々とありがとう、レン」


「それは、こっちの台詞だ」


 ダンジョンの入場条件。

 魔鉱石。

 魔脈についての知識。

 そして《天環魔導塔アストラリオン》へ入るための許可。

 カイルがいなければ、目的の魔法具を全て手に入れることは出来なかった。


「カイルがいなければ、最後のダンジョンへ入ることも出来なかった」


「僕は、少し知り合いに頼んだだけだよ」


「それでも助かった」


 レオンは右手を差し出した。

 カイルは一度その手を見てから、握り返す。


「またね、レン」


「ああ。また会おう」


 手を離し、レオンは研究室を出た。

 扉が閉じる。

 カイルは暫く、その扉を見つめていた。

 やがて机へ戻ろうとして、足を止める。


「……そういえば」


 先ほどの会話を思い返す。


『王国の学園へ来たら、王都の冒険者協会へ手紙を送ってくれ』


 カイルは、レオンへ王国の学園へ行くと話した覚えがない。

 父から提示された条件についても。

 十六歳になれば王国へ渡り、無詠唱魔術の原理を調べるよう求められたことも。

 誰にも話していなかった。


「どうしてレンは、僕が王国の学園へ行くことを知ってたんだろう?」


 既にレオンは研究室を出ている。

 問い掛ける相手は、どこにもいなかった。






 レオンは研究室を出た後、冒険者協会本部へ向かった。

 朝の受付には、依頼を探す冒険者達が集まっている。


 装備を整えた者。

 仲間と依頼書を見比べる者。

 受付嬢へ報告を行う者。

 レオンも、この場所から冒険者としての活動を始めた。


 最初に登録した時はF級。

 魔力量を測る魔法具を壊し、氷属性だけを登録した。

 それからダンジョンを攻略し、護衛や採取、捜索、魔獣の討伐を重ねた。

 今では多くの冒険者が、《氷壁》のレンという名前を知っている。


 レオンが受付へ近づくと、昨日と同じ受付嬢が顔を上げた。


「おはようございます、レンさん」


「おはよう。今日、王国へ戻る」


「本当にすぐ出発されるのですね」


「ああ。世話になった」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 受付嬢は一礼した後、何かを思い出したように顔を上げた。


「そうでした。ミラさんから伝言をお預かりしています」


「ミラから?」


「はい。今朝、急な護衛依頼を受けて、日の出前に王都を出られました」


 レオンは僅かに眉を寄せた。

 昨日、ミラは南門へ見送りに行くと言っていた。

 それなのに、何も言わず依頼へ向かったらしい。


「急な依頼?」


「出発直前に欠員が出た護衛依頼です。ミラさんが代わりに参加されました」


「そうか」


 冒険者であれば、急に依頼を受けることもある。

 護衛に欠員が出たのであれば、誰かが代わりに入らなければならない。

 それでも、昨日のミラの表情を思い出すと、僅かに引っかかった。


「ほかに、何か言っていたか?」


「急な依頼で見送りへ行けなくなったことと……」


 受付嬢が少し間を置く。


「元気で、と」


 それだけだった。

 いつ戻ってくるのか尋ねていたミラが、今朝は別れの言葉だけを残して王都を出た。

 レオンは何かを見落としているような気がした。

 だが、それが何なのか分からない。


「分かった。伝えてくれてありがとう」


「はい」


「もし、ミラが戻ってきたら俺も、元気で、と伝えてくれ」


「承知しました」


 レオンは受付から離れる。

 協会本部を出る前に、一度だけ振り返った。

 この国へ来なければ、冒険者になることもなかった。

 ダンジョンへ入ることも。

 カイルやミラ、アストリッドと出会うこともなかった。

 レオンは静かに目を閉じる、そして冒険者協会を後にした。



 王国方面へ向かう乗合竜車は、南門から出る。

 レオンが到着した時には、既に大きな竜車が停まっていた。


 荷物を積み込む者。

 乗車手続きを行う商人。

 別れを惜しむ家族。

 多くの人々が行き交っている。

 その中に、見覚えのある青い髪があった。


 アストリッドが門の脇へ立っている。

 服装は普段と変わらない。

 腰には剣を提げている。

 その肩には、昨夜レオンが渡した黒い上着が羽織られていた。


「来たか、レン」


「ああ。見送りに来たのか?」


「そのつもりだ」


 アストリッドがレオンの鞄を見る。


「本当に、それだけで帰るのだな」


「必要な物は入っている」


「相変わらず荷物が少ない」


「多過ぎても移動の邪魔になる」


 アイテムバッグを持っていることは言わなかった。

 アストリッドも、それ以上は尋ねない。


「その上着は、持って帰っていいからな」


「ああ。返すつもりはない」


 アストリッドは黒い上着の襟へ触れた。


「振った女から、これまで取り上げたら本当に最低だからな」


「取り上げるつもりはない」


「冗談だ」


 僅かに笑った後、アストリッドの表情が真剣なものへ変わる。


「そういえば、お前にはまだ果たしてもらっていない約束がある」


「約束?」


「アストラリオンを攻略したら、本当の名前を教える。そう言っただろう?」


 レオンは思い出した。

 アストリッドに本名を尋ねられ、攻略出来たら教えると答えた。

 だが最終階層で倒れたため、その約束を果たしていない。


「昨日、自分で言い当てただろう」


「ああ。お前がレオン・ノルディアであることは分かっている」


「なら、聞く必要はない」


「私が突き止めることと、お前が教えることは違う」


 アストリッドの言葉に、レオンは少し考える。

 確かに、約束を果たしたとは言えない。


「俺の本当の名前は、レオン・ノルディアだ」


「知っている」


「今、俺から教えた」


「そうだな」


 アストリッドは満足そうに頷いた。

 これで話は終わりだと思い、レオンは乗合竜車へ視線を向ける。

 だが、アストリッドはその場から動かなかった。


「それと、もう一つ」


「まだあるのか?」


「本来なら、攻略した直後に名前を聞くつもりだった。だがお前が倒れたせいで、その機会を失った」


「今、教えただろう」


「遅れた分、願いを一つ聞いてもらう」


「何故そうなる?」


「私の中では、そうなる」


 レオンは眉を寄せた。

 随分と一方的な理屈だった。

 だが、アストリッドにはダンジョン攻略で何度も助けられている。

 最終階層で自分が倒れた後、地上まで連れ帰ってくれたのも彼女だ。


「分かった。俺に出来ることなら聞く」


「そうか」


 アストリッドが一歩近づいた。


「少し、耳を貸してくれ」


「ここでは話せないことか?」


「ああ」


 レオンは不思議に思いながら、僅かに身を屈める。

 アストリッドが顔を近づけた。

 耳元で何かを話すのだと思っていた。

 だが、言葉は聞こえなかった。

 代わりに、アストリッドの右手がレオンの顎へ添えられる。


「何を――」


 顔をアストリッドの方へ向けられた。

 次の瞬間。

 柔らかな唇が、レオンの唇へ重なった。


 レオンの目が見開かれる。

 周囲を行き交う者達の声が、遠くなったように感じた。

 触れていた時間は僅かだった。

 アストリッドはゆっくりと顔を離す。

 白い頬が、薄く赤く染まっている。


「……これが願いか?」


「ああ」


「先に言え」


「先に言えば、断っただろう?」


 レオンは否定出来なかった。

 アストリッドは小さく笑う。


「安心しろ。昨日の答えを変えさせるつもりはない」


「なら、どうしてこんなことをした?」


「私が、そうしたかったからだ」


 迷いのない答えだった。


「お前と一緒にアストラリオンへ入ったことも、昨夜伝えたことも、後悔するつもりはない」


 アストリッドはレオンの肩へ軽く触れる。


「この先、お前が誰を選んだとしてもな」


 レオンは何も答えられなかった。

 こういう時、どのような言葉を返せばよいのか分からない。

 アストリッドは、その反応まで予想していたようだった。


「本当に女心が分からない男だな」


「悪かった」


「そこで素直に謝るところも、お前らしい」


 アストリッドは肩から手を離した。

 出発を知らせる鐘が鳴る。

 乗客達が次々と竜車へ乗り始めた。


「そろそろ行く」


「ああ」


 レオンは鞄を背負い直す。

 何歩か進んだところで、アストリッドが呼び止めた。


「レン」


 レオンが振り返る。


「次に会う時も、私はお前をレンと呼ぶ」


「本当の名前を知っているのにか?」


「私が惹かれた男は、王国の辺境伯ではない」


 アストリッドが笑う。


「魔法都市へ現れた、少し変わった冒険者だからな」


 レオンも僅かに表情を緩めた。


「ああ。好きに呼べ」


「また会おう、レン」


「またな、アストリッド」


 レオンは竜車へ乗り込んだ。

 間もなく扉が閉じられる。

 御者が手綱を動かすと、二頭の走竜がゆっくり歩き始めた。


 竜車が南門を通り抜ける。

 窓の外では、アストリッドが立ったままこちらを見送っていた。


 青い髪。

 黄色い瞳。

 肩には、レオンの黒い上着が掛けられている。

 その姿が少しずつ遠ざかっていく。

 やがて城壁に遮られ、見えなくなった。


 レオンは前へ向き直る。

 魔法都市ミストレア。

 目的の魔法具を探すために訪れた都市。

 だが、手に入れたものは魔法具だけではなかった。


 冒険者としての名。

 ダンジョンで得た経験。

 カイル、ミラ、アストリッドとの出会い。

 その全てを胸に、レオンは王国への帰路についた。

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