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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第370話 別れは知らない所で

400話突破しました!!


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

実は……まだ、²/₃ぐらい……半分……。

もう少し話を纏めて書こうと思います。笑


リアクション、ブックマーク、評価、本当にありがとうございます。

これからも宜しくお願いいたします。

 レンが王国へ戻る。

 その話を聞いてから、ミラの胸はずっと落ち着かなかった。

 冒険者協会の廊下で交わした会話が、何度も頭の中で繰り返される。


『……いつ、ミストレアへ戻ってくるの?』


『分からない』


 王国での用事が終われば戻ってくる。

 そう答えてくれると思っていた。

 だが、レンは約束しなかった。


 明日の朝、南門まで見送りに行く。

 その場で別れの挨拶をすればいい。

 そう考えていたはずなのに、このまま何も伝えずに別れてしまえば、きっと後悔する。

 王国へ戻ったレンとは、もう会えないかもしれない。

 再び会えたとしても、それが何年後になるのかは分からない。

 ミラは冒険者協会を出ると、王都の西側にある自宅へ向かった。


 ミラはミストレアで生まれ育った。

 依頼で王都を離れる時には宿を利用することもあるが、王都へ戻れば幼い頃から暮らしてきた家へ帰る。


 何度も通った道。

 昔から変わらないパン屋。

 幼い頃に魔法の練習をした広場。

 見慣れた景色の中を歩いているはずなのに、今日は全てが遠く感じられた。


 自宅へ戻り、自分の部屋へ入る。

 窓際の椅子へ腰を下ろすと、ミラは何をするでもなく外を眺めた。


 空はまだ明るい。

 通りでは子供達が遊び、買い物帰りの人々が行き交っている。

 時間だけが、ゆっくりと過ぎていった。




 日が傾き始める。

 窓から差し込んでいた光が赤く染まり、やがて部屋の奥まで長い影が伸びた。

 それでもミラは椅子から動けなかった。


 王国へ行っても元気で。

 また会いたい。


 それから。

 好きだと伝える。


 答えを求めるつもりはない。

 自分と一緒にいてほしいとも言わない。

 ただ、レンと出会えたこと。

 一緒に冒険出来たこと。

 その全てが自分にとって大切だったと伝えたい。


 目を閉じると、リーヴァ村で過ごした夜を思い出す。

 暗い部屋。

 顔を蒼白にし、誰にも見つからないよう一人で涙を流していたレン。

 その冷たい手を握った。

 身体を寄せ、唇を重ねた。

 あの時は、レンを一人にしてはいけないと思った。

 自分とリナが生きていることを、温もりで伝えたかった。

 

 だが、今になって考えれば、弱っていたレンにつけ込んだだけなのかもしれない。

 レンは自分を拒まなかった。

 朝まで傍にいてくれた。

 けれど、それがレンの気持ちだったのかは分からない。

 優しいから、突き放せなかっただけかもしれない。




 窓の外が完全に暗くなった。

 通りに並ぶ魔法灯が灯り、自宅の中からも生活の音が聞こえてくる。

 ミラは窓へ映る自分の顔を見つめた。


「……このままじゃ、駄目よね」


 明日の南門では、ゆっくり話す時間がないかもしれない。

 ほかにも見送りに来る者がいるだろう。

 気持ちを伝えるなら、今夜しかなかった。

 ミラは椅子から立ち上がり、上着を羽織る。

 そして自宅を出ると、レンが滞在している宿へ向かった。


 夜のミストレアには、昼間とは違う賑わいがある。

 酒場から聞こえる笑い声。

 酔客を呼び込む店員。

 色とりどりの魔法灯が、石畳を淡く照らしている。


 ミラは人々の間を縫うように歩いた。

 歩きながらも、伝える言葉を何度も考える。

 王国へ帰っても、自分のことを忘れないでほしい。

 いつか、もう一度会いたい。

 その時には、"相方"になってほしい。

 そこまで言うのは、重いだろうか。


 考えるほど、何を伝えればよいのか分からなくなっていく。

 レンの宿へ着いた頃には、夜も随分と更けていた。

 一階の酒場では、まだ何人もの客が酒を飲んでいる。

 ミラは騒がしい店内を抜け、二階へ続く階段を上がった。


 レンの部屋の場所は知っている。

 これまでにも、何度か宿を訪れたことがあったからだ。

 薄暗い廊下には、ほかの客の姿はない。

 部屋へ近づくにつれ、ミラの足取りが遅くなる。


 何から話せばいいのだろう。

 別れの挨拶をして。

 また会いたいと伝えて。

 その後に、好きだと言う。

 頭の中で何度も言葉を並べ直す。


 ようやく部屋の前へ着き、ミラが扉を叩こうと手を上げた時だった。

 中から女性の声が聞こえた。


「レン」


 ミラの手が止まる。

 聞き間違えるはずがない。

 《蒼天の戦乙女》のリーダー。アストリッドの声だった。

 どうして、この時間にレンの部屋へいるのか。



 ミラは扉から離れようとした。

 二人だけの話を盗み聞きするつもりはない。

 だが、続いて聞こえてきた言葉が、その場から動くことを許さなかった。


「私は、お前に惹かれている」


 ミラの胸が大きく跳ねた。

 何かの聞き間違いだと思いたかった。

 だが、アストリッドの声は真剣だった。


「一夜だけでも構わない」


 しばらく、部屋の中から声が聞こえなくなる。

 廊下に立つミラには、二人がどのような表情をしているのか分からない。

 ただ、自分の心臓の音だけが大きく聞こえる。


「私と……駄目か?」


 アストリッドが、レンへ想いを告げている。

 ミラが幼い頃から憧れていた女性。

 強く、美しく、誰に対しても堂々としている冒険者。

 魔導国家には、アストリッドへ憧れる女性が大勢いる。

 彼女に言い寄る男も後を絶たない。

 そのアストリッドが、レンを求めている。


 自分とは違う。

 アストリッドはレンと共にS級ダンジョンへ入り、二人だけで攻略して帰ってきた。

 剣も魔法も、レンの隣で戦えるほど強い。

 二人が並んで歩く姿は、誰が見ても相応しく見えるだろう。


「すまない」


 レンの声が聞こえた。

 断った。

 そのことに、ミラは僅かな安堵を覚えてしまった。

 だが、同時に疑問が浮かぶ。


 どうして。

 あれほど美しいアストリッドに求められても、レンは断るのか。


「私では駄目か?」


 アストリッドが尋ねる。


「俺には、やらなければならないことがある」


「それだけか?」


 短い沈黙の後、レンが答えた。


「それに、俺には帰りを待っている人達がいる」


 その瞬間、一階の酒場から大きな笑い声が響いた。

 食器の触れ合う音が重なる。

 レンの言葉の最後が、その騒音に掻き消された。

 ミラに聞こえたのは。


『俺には帰りを待っている人がいる』


 そこまでだった。

 ミラの中で、これまで抱いていた疑問が一つにつながった。

 レンは顔立ちが整っている。

 剣も魔法も強く、珍しい氷属性の適性まで持っている。

 魔力量も、並の冒険者とは比べものにならない。

 魔導国家へ来てから、何人もの女性冒険者に声を掛けられていた。


 相方になってほしい。

 パーティーへ入ってほしい。

 中には、明らかに冒険以外の目的で近づく者もいた。

 だが、レンは全て断ってきた。

 女性だけのパーティーである《蒼天の戦乙女》から誘われても、その答えは変わらなかった。

 そして今、アストリッドの想いまで拒んだ。


 その理由は、一人でいたいからではなかった。

 王国に、帰りを待っている女性がいる。

 婚約者なのかもしれない。

 あるいは、レンが心から想っている相手なのかもしれない。

 だから誰から誘われても、振り向かなかった。


「……そっか」


 ミラの声が震えた。

 自分が知らなかっただけだった。

 リーヴァ村で過ごした夜も、レンにとっては特別なものではなかったのかもしれない。

 人を殺した罪悪感に押し潰されそうになっていた時、自分が無理に傍へいただけだ。


 レンは優しい。

 弱っているところにつけ込んだと言えば、きっと否定する。

 責任を取ってほしいと言えば、それすら受け入れようとするかもしれない。

 だが、ミラが望んでいるのは、そのような関係ではなかった。


 レンが王国で誰かを想っているのなら、その気持ちを邪魔したくない。

 あの夜の出来事を理由に、レンを縛りたくない。


 視界が滲んだ。

 上げていた手を下ろすより先に、涙が頬を伝った。

 慌てて拭おうとする。

 だが、一度流れ始めた涙は止まらなかった。

 次から次へと溢れ、頬を濡らしていく。


 ミラは扉の前で俯いた。

 声を上げれば、中にいる二人へ気づかれてしまう。

 唇を強く噛み、漏れそうになる声を必死に堪える。

 伝えるはずだった言葉が、胸の中へ沈んでいく。


 好きだった。

 一緒にいたかった。

 もう一度会うと約束してほしかった。


 そのどれも、口にすることは出来なかった。


「さよなら……レン」


 涙を流したまま、誰にも届かない声で告げる。

 ミラは顔を上げることが出来なかった。

 そのまま足音を立てないように、レンの部屋の前を離れる。

 階段を下り、一階の酒場を通り抜けた。

 騒がしい店内では、泣いているミラへ気づく者はいなかった。


 宿の外へ出る。

 夜の冷たい風が、涙に濡れた頬へ触れた。

 それでも、涙は止まらない。

 ミラは何度も腕で顔を拭いながら、自宅へ向かって歩いた。


 魔法灯の下を通る度に、泣いている顔が明るく照らされる。

 すれ違った者に見られないよう俯き、足を速めた。

 だが、走ることは出来なかった。

 走れば、堪えている声まで漏れてしまいそうだった。


 自宅までの道が、いつもより遥かに長く感じられる。

 レンへ想いを伝えるために歩いた時は、あれほど短く感じた道だった。

 今は一歩進む度に、胸が痛んだ。


 ようやく自宅へ辿り着く。

 ミラは音を立てないように扉を開き、そのまま自分の部屋へ向かった。

 部屋へ入ると扉を閉め、背中を預ける。

 そこで力が抜け、床へ座り込んだ。

 家へ戻るまで堪えていた声が、僅かに漏れる。

 ミラは両手で顔を覆った。


 明日の朝、南門へ見送りに行くと約束した。

 だが、レンの顔を見れば、気持ちを抑えられる自信がなかった。


 好きだと伝えてしまうかもしれない。

 行かないでほしいと、縋ってしまうかもしれない。

 そんなことをすれば、優しいレンを困らせる。

 ミラはしばらく床へ座り込んだまま泣き続けた。


 窓の外から聞こえていた人々の声が少しずつ減り、やがて通りは静かになった。







 結局、眠ることは出来なかった。

 涙が落ち着くと、ミラは何度も目元を拭いながら、部屋の隅に置いていた鞄へ荷物を詰めていく。


 替えの服。

 回復薬。

 保存食。

 予備の魔石。


 持っている魔法具も、一つずつ状態を確かめた。

 全ての準備が終わっても、夜はまだ明けていなかった。


 ミラは寝台へ座り、暗い窓を見つめる。

 南門へ行かなければならない。

 最後に笑って、レンを見送らなければならない。

 そう思う度に、扉の向こうから聞こえた言葉が蘇る。


『俺には帰りを待っている人がいる』


 やはり、会うことは出来なかった。

 東の空が僅かに白み始めた頃、ミラは荷物を背負って自宅を出た。

 まだ眠りについている王都の通りを、一人で冒険者協会へ向かう。

 協会本部では、早朝の交代を迎えた職員達が忙しそうに働いていた。


 ミラは壁に並ぶ依頼書へ目を通す。

 その中に、日の出と共に出発する護衛依頼があった。

 南部の町まで、薬と魔法具を運ぶ荷馬車を守る依頼。

 目的地までは数日かかる。

 既に複数の冒険者が参加を決めており、欠員となった一人を急ぎ募集していた。


 ミラは依頼書を剥がし、受付へ持っていった。


「この依頼を受ける」


 受付嬢が依頼書とミラを見比べる。


「出発まで、ほとんど時間がありませんよ。準備は大丈夫ですか?」


「終わってる」


「ですが、昨日戻られたばかりでは……」


「大丈夫だから」


 思った以上に強い声が出た。

 ミラは一度息を吐く。


「ごめんなさい。でも、今すぐ出たいの」


 受付嬢は赤く腫れたミラの目を見た。

 何かを察したようだったが、それ以上は尋ねなかった。


「分かりました。ミラさんの実力でしたら、護衛隊へ加わっても問題ありません」


 職員が依頼の手続きを始める。

 ミラはその様子を見つめながら、少し迷った。


「それと、一つ頼んでもいい?」


「はい」


「もし、レンが私のことを聞きに来たら……急な依頼を受けることになって、見送りに行けなくなったって伝えて」


「レンさんに、ですか?」


「うん」


 本当は、もっと伝えたいことがあった。

 助けてくれてありがとう。

 一緒に冒険が出来て楽しかった。

 王国へ帰っても元気でいてほしい。

 また会いたい。

 だが、そのどれも口にすれば未練が残りそうだった。


「元気で、って。それだけ伝えて」


「承知しました」


 受付嬢から依頼書を受け取り、ミラは協会を出た。

 南門の前には、既に三台の荷馬車と護衛を引き受けた冒険者達が集まっていた。

 空は薄明るくなっているが、太陽はまだ地平線の向こうにある。

 レンがここへ来るまで、まだ少し時間があった。


 今なら待つことも出来る。

 最後に一度だけ顔を見て、別れを告げることも出来る。

 だが、ミラは待たなかった。



 荷馬車へ近づき、護衛隊へ自分の名を告げる。

 欠員が埋まったことで、一行は予定より少し早く出発することになった。

 車輪が石畳の上を進み始める。


 王都を囲む城壁が、少しずつ遠ざかっていく。

 ミラは前だけを見て歩いた。

 一度でも振り返れば、戻りたくなってしまう。

 だから、最後まで振り返らなかった。

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