↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

399/457

第368話 叡智の首飾り

 《天環魔導機神アストラ・レガリア》の胸部にある核が砕けた。

 巨体から力が抜け、石造りの床へ膝をつく。

 二本の腕が力なく垂れ下がり、最後に頭部が前へ傾いた。

 鈍い音を響かせながら、巨大な魔導機神が完全に動きを止める。

 それとほぼ同時に、レオンもその場へ倒れた。


「レン!」


 アストリッドは魔法剣を手放し、レオンへ駆け寄った。

 左脇腹の服は破れ、血に濡れている。折れた石槍は、すでにレオン自身が引き抜いていた。

 外へ流れ出す血は止まっている。倒れる前に、レオンが回復魔法を使ったためだ。

 だが、顔色は青白く、呼吸も浅い。


「レン、聞こえるか!」


 肩を叩いても反応はない。

 アストリッドは傷口の周囲へ手を当てた。皮膚は塞がっている。しかし、石槍は身体の奥深くまで達していた。表面だけを治しても、傷ついた内臓までは元に戻らない。

 このままでは、内部で血が出続ける。


 アストリッドは腰の革袋を開いた。

 中から取り出したのは、一本の小さな瓶だった。透明な瓶の中には、濃い青色の液体が満たされている。


 ハイポーション。


 通常の回復薬をはるかに上回る治癒力を持つ、希少な薬だった。

 魔導国家では、S級冒険者であっても簡単には手に入れられない。製造されているのは王国北部、ノルディア領で、生産量の多くは教国と王国が買い取っている。


 魔導国家へ流れてくる物は少なく、正規の取引で入手しようとすれば、一般的な魔法具を何個も購入できるほどの金が必要になる。

 アストリッドが持つ一本も、一年半ほど前に両親から送られてきた物だった。

 冒険者として活動する娘を心配し、伝手を使って手に入れたのだという。


『致命傷を負った時のために持っておけ』


 手紙には、そう書かれていた。

 これまで幾つもの危険な依頼を受けてきたが、一度も使わなかった。

 自分の命を救うために残していた、最後の一本。

 だが、アストリッドは迷わず瓶の封を開けた。


「今、助ける」


 レオンの身体を抱き起こし、壁へ背を預けさせる。瓶の口を唇へ当て、少しずつ傾けた。

 しかし、意識のないレオンは薬を飲み込まない。青い液体が口の端から流れ落ちた。


「くそっ……」


 このままでは、貴重な薬をこぼしてしまう。

 アストリッドは一瞬だけ迷った。だが、今は方法を選んでいる場合ではない。

 瓶に残っていたハイポーションを自分の口へ含む。レオンの顎へ手を添え、その唇へ自分の唇を重ねた。

 少しずつ薬を流し込み、喉が動いたことを確かめる。


 一度では足りない。

 二度。

 三度。


 瓶が空になるまで、同じことを繰り返した。

 全てを飲ませ終えると、アストリッドはレオンの身体を支えたまま、左脇腹へ手を伸ばした。


 淡い光が傷口を包む。

 レオンの身体が光に覆われ、腕や顔にある小さな傷が内側から塞がっていく。流れ出していた血も、やがて止まった。

 浅かった呼吸が、少しずつ穏やかになる。

 アストリッドはレオンの胸へ耳を当てた。


 心臓は動いている。

 先ほどまで乱れていた鼓動も、次第に一定の速さへ戻っていった。


「よかった……」


 安堵の声が漏れる。

 アストリッドは床へ座り込んだまま、レオンが目を覚ますのを待った。




 どれほどの時間が過ぎただろう。

 レオンの指先が僅かに動いた。


「……アストリッド」


 掠れた声が聞こえる。


「レン!」


 レオンはゆっくりと目を開いた。

 最初に目へ入ったのは、自分の身体を支えているアストリッドだった。その向こうには、動きを止めたアストラ・レガリアが倒れている。


「倒したのか」


「ああ。お前が核を砕いた」


「そうか」


 レオンは左脇腹へ手を当てた。

 服は破れ、血に濡れている。だが、傷は塞がっていた。身体の奥に残っていた痛みも、ほとんど消えている。

 傍らには、空になった小瓶が落ちていた。


 見覚えのある形だった。

 レオンは瓶を拾い上げ、内側に残った青い液体を確かめる。

 ノルディアで製造しているハイポーションだ。


 エミルと協力し、何度も実験を重ねて完成させた薬。まさか、自分が作った薬に助けられるとは思わなかった。


「これを使ったのか?」


「ああ」


「大切な物だったんじゃないのか?」


「薬は使うためにある。お前が死ねば、残しておいた意味もない」


 アストリッドはそう答えると、レオンの額を指で弾いた。


「それより、二度とあんな真似をするな」


「なんのことだ?」


「私を突き飛ばし、自分が代わりに貫かれたことだ」


「あのままでは、アストリッドが死んでいた」


「だからといって、お前が代わりに死んでいい理由にはならない」


「ほかに方法がなかった」


「少しくらい迷え」


「迷っていたら間に合わなかった」


 アストリッドは言葉に詰まる。

 レオンの判断がなければ、自分が石槍に貫かれていた。その事実は理解している。だからこそ、強く責め続けることもできなかった。


「……次からは、二人とも助かる方法を選べ」


「ああ。出来る限り、そうする」


「出来る限りでは困るんだがな」


 アストリッドは息を吐き、レオンの隣へ腰を下ろした。

 ハイポーションによって傷は治ったが、失った血と体力までは完全に戻っていない。二人はその場で休むことにした。


 最上階に魔物が現れる気配はない。

 アストラ・レガリアが倒れた場所の奥では、床に刻まれた巨大な魔法陣が淡い光を放っていた。地上へ戻るための転移陣だ。


「そういえば」


 アストリッドが口を開く。


「攻略したら、本当の名前を教えるという約束だったな」


 レオンは僅かに視線を逸らした。


「覚えていたのか」


「忘れるわけがないだろう」


「今、聞くのか?」


 アストリッドは少し考え、首を横へ振った。


「地上へ戻ってからでいい。今は休め」


「ああ」


 レオンは壁へ背を預け、目を閉じた。

 一時間ほど休むと、身体を動かせる程度には体力が戻った。

 レオンは立ち上がり、脇腹の状態を確かめる。剣を振るうには不安が残るが、歩くことに問題はない。


「帰る前に、探したい物がある」


「《叡智の首飾り》だったか?」


「ああ」


 二人は最上階を見回した。

 中央には倒れたアストラ・レガリア。奥には地上へ戻る転移陣。だが、それ以外に目立つ物はない。首飾りが収められた宝箱も、台座も見当たらなかった。


「本当にここにあるのか?」


「あるはずだ」


 原作では、カインとエリシアがアストラリオンを攻略した後、《叡智の首飾り》を手に入れている。

 ただし、ゲーム画面に映っていたのは、首飾りを見つけた後の場面だけだった。どこに隠されていたのかまでは分からない。


 レオンはアイテムバッグから《魔脈の片眼鏡》を取り出し、左目へ装着した。


 視界が切り替わる。

 床を走る魔力。転移陣へ集まる魔力。アストラ・レガリアの残骸に残る僅かな魔力。その全てが、色のついた光として見えた。


 レオンは部屋の周囲へ視線を巡らせる。

 右側の壁。左側の壁。入口付近。

 どこにも不自然な流れはない。

 だが、最奥の壁を見た時、僅かな違和感を覚えた。


 床を流れていた魔力が、壁の手前で二つに分かれている。一方は転移陣へ。もう一方は、何もないはずの壁の中へ流れ込んでいた。


「奥の壁だ」


 レオンが歩き出す。

 アストリッドも後へ続いた。

 壁には、大きな円形の模様が彫られている。装飾の一部にしか見えない。


 レオンが片眼鏡越しに調べると、模様の中央だけに魔力が集まっていた。そこへ手を当て、魔力を流す。


 低い音が響いた。

 壁に縦の亀裂が走り、左右へゆっくりと開いていく。その奥には、小さな部屋が隠されていた。


「こんな場所があるのか」


 アストリッドが感心したように呟く。

 部屋の中央には、白い石で作られた台座がある。その上に、一つの首飾りが置かれていた。


 細い銀色の鎖。中央には透明な魔石が嵌め込まれている。魔石の内部では、幾つもの小さな魔法陣が重なるように浮かんでいた。


 レオンが首飾りを手に取る。


 《叡智の首飾り》


 魔法の威力を最大五倍まで高める魔法具だ。

 ただし、増幅させた分だけ消費する魔力も増える。五倍の威力で魔法を放てば、通常の五倍の魔力を失う。


 使い方を誤れば、たった一度の魔法で意識を失うこともある。だが、膨大な魔力を持つ者が使えば、その力は絶大だった。


 原作では、クラリスが闇へ堕ちた後、この首飾りを身につけていた。ただでさえ強力な全属性魔法を五倍まで高め、エリシア達を追い詰める。


 レオンは首飾りを見つめた後、アイテムバッグへ収めた。

 これで、原作に登場した三つの魔法具を全て手に入れた。

 隠し部屋の壁際には、紫色の光を帯びた魔鉱石も露出している。

 レオンは必要な量だけ採取し、別の袋へ入れた。カイルから頼まれていた、最上階の魔鉱石だ。


 アルカナ。グランヴァン。セルヴァリア。そしてアストラリオン。

 四つのダンジョンで採取した魔鉱石を比較すれば、魔脈について新たに分かることがあるかもしれない。


「目的の物は見つかったか?」


「ああ」


「なら、地上へ戻ろう。今のお前をこれ以上歩かせたくない」


「もう傷は治っている」


「先ほどまで死にかけていた人間の言葉を、素直に信じられると思うか?」


 レオンは反論しなかった。

 二人は隠し部屋を出て、転移陣の中央へ立つ。

 淡い光が足元から立ち上がった。

 次の瞬間、二人の姿は最上階から消えた。


 視界が白く染まり、足元の感触が変わる。

 レオンが目を開けると、アストラリオンの入口にある転移広場へ戻っていた。

 待機していた職員達が、一斉に二人へ視線を向ける。


「転移地点を確認!」


 一人の職員が、光の消えた魔法陣へ駆け寄った。床に刻まれた表示を確認し、その場で目を見開く。


「最上階……二十五階層からの帰還です!」


 広場が静まり返った。次いで、騒めきが広がっていく。


「二十五階層?」


「最上階まで到達したのか?」


「二人だけで?」


 職員の一人が、慌てた様子でレオン達へ近づく。


「アストリッドさん、レンさん。最上階の守護者は……」


「倒した」


 アストリッドが答えた。


「《天環魔導機神アストラ・レガリア》の討伐を確認できる素材も持ち帰っている。ただし、レンが負傷している。詳しい報告と素材の確認は明日にしてくれ」


 職員は血に染まったレオンの服を見て、すぐに頷いた。


「承知しました。治療院へ連絡を――」


「傷は塞がっている」


 レオンが答える。


「今日は休めば問題ない」


 職員は心配そうな表情を浮かべたが、アストリッドも頷いたため、それ以上は止めなかった。


「今回の攻略については、すぐに協会本部へ報告いたします」


「ああ」


「それと、魔導王陛下にも報告が届くことになります」


 レオンの表情が僅かに固まる。

 攻略不可能だと思われていたS級ダンジョン。それを僅か二人で攻略した。

 原作でも、カインとエリシアがアストラリオンを攻略した後、魔導王から勲章を授けられる場面があった。


 今回はカインもエリシアもいない。それでも、同じことが起きる可能性は高い。

 魔導王から勲章を授けられるとなれば、公の場へ出なければならない。冒険者レンではなく、レオン・ノルディアであることを隠し続けるのは難しくなる。


 それに、王国で確かめなければならないこともある。

 クラリスが奴隷として値踏みされていた理由。闇の競売。王国貴族と奴隷商人のつながり。

 原作より早く何かが動き始めているのであれば、魔導国家に残り続けるわけにはいかなかった。


 レオンとアストリッドは、入口の近くにある宿へ戻った。

 互いに自室へ入り、身体を休める。

 アストリッドは血の付いた服を脱ぎ、身体を拭いてから新しい服へ着替えた。寝台へ腰を下ろし、大きく息を吐く。

 ダンジョンへ入ってから、何日も気を張り続けていた。

 ようやく全てが終わった。


 そう思った瞬間、アストリッドの脳裏に最上階での出来事が蘇る。

 意識を失ったレオン。口からこぼれたハイポーション。

 そして、自分の唇をレオンの唇へ重ねた瞬間。


「……」


 アストリッドの身体が固まった。

 あの時は、レオンを助けることしか考えていなかった。薬を飲ませる方法が、ほかになかっただけだ。

 治療。あれは治療だ。それ以上の意味などない。


「……治療だ」


 誰に聞かせるでもなく呟く。

 だが、そう言い聞かせたことで、かえって唇に残っていた感触を思い出してしまう。


 考えてみれば、男と口づけを交わしたのは初めてだった。

 それも、一度ではない。薬を全て飲ませるまで、何度も唇を重ねた。


「っ……」


 アストリッドの顔が一気に熱くなる。両手で顔を覆い、そのまま寝台へ倒れ込んだ。


「違う。あれは口づけではない。薬を飲ませただけだ」


 誰も聞いていないのに、必死で言い訳を続ける。

 暫くして、扉を叩く音が聞こえた。

 アストリッドは勢いよく身体を起こした。


「誰だ?」


「俺だ」


 レオンの声だった。

 アストリッドは再び自分の顔が熱くなるのを感じた。何度か深呼吸を繰り返し、表情を整えてから扉を開ける。


「どうした?」


「渡したい物がある」


 レオンは右手をアイテムバッグへ入れた。取り出したのは、青色の液体が入った小瓶だった。


「アストリッド。これを受け取れ」


 差し出された物を見て、アストリッドが目を見開く。


「……ハイポーション?」


「使った分だ」


「待て」


 アストリッドは瓶を受け取り、光へ透かした。瓶の形、薬の色、封に刻まれた印。どれも、自分がレオンへ使った物と同じだった。

 ノルディアで作られたハイポーションだ。


「何故お前がこれを持っている?」


「王国から持ってきた」


 レオンは当然のように答えた。


「危険なダンジョンへ入るなら、回復薬は必要だろ?」


「これは、簡単に用意できる薬ではないぞ」


「そうなのか?」


 レオンは本当に知らないようだった。

 ノルディアでは、自分が必要な分を確保することに苦労したことはない。魔導国家で、どれほど高値で取引されているのかも知らなかった。


「俺はまだ何本か持っている。遠慮する必要はない」


「まだ持っているのか……」


 アストリッドは手の中の瓶を見つめた。

 両親が多くの金と伝手を使い、ようやく手に入れた一本。それと同じ物を、レオンは何本も持っている。

 偶然で片づけるには、不自然だった。


「それと、伝えておくことがある」


 レオンが続ける。


「何だ?」


「協会への報告を終えたら、すぐに王国へ戻る」


 アストリッドが顔を上げた。


「随分と急だな」


「王国で確かめなければならないことが出来た」


「魔導王陛下から褒賞を与えられる可能性もあるぞ」


「その前に帰る」


「褒賞が欲しくないのか?」


「目立つためにダンジョンを攻略したわけではない」


 レオンの目的は、最初から《叡智の首飾り》だった。名誉も勲章も求めていない。

 むしろ正体を隠しているレオンにとって、公の場へ呼び出されることは避けたい事態だった。


「出発は明日の報告が終わってから決める。アストリッドには世話になったから、先に伝えておこうと思った」


「……そうか」


「ハイポーションのことも、本当に助かった」


 その言葉を聞いた瞬間、アストリッドは再び最上階での出来事を思い出した。


「どうした?」


「何でもない!」


 思わず大きな声が出た。

 レオンが不思議そうに首を傾げる。


「顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」


「ない。何もないから、もう休め」


「ああ……分かった」


 レオンは納得していない様子だったが、それ以上は尋ねなかった。


「それじゃあ、また明日」


「ああ。また明日」


 レオンが自分の部屋へ戻っていく。

 アストリッドは廊下から、その背中を見送った。

 王国から持ってきた、ノルディア製のハイポーション。

 腰には、帝国一の鍛冶師ガレオンが鍛えた剣。刀身へ刻まれている魔法陣は、魔導国家一の魔法具職人アルマのものだった。

 ガレオンとアルマ。二人の最高峰の職人が携わった剣を、ただの若い冒険者が所有できるとは思えない。


 その剣は、帝国の剣よりも僅かに太い。だが、王国の剣と比べれば短い。

 王国式と帝国式。どちらの剣術にも対応できるよう、二つの特徴を併せ持つ形だった。

 実際、レオンの剣術にも両国の技が混ざっている。


 氷属性。王族に匹敵するほどの膨大な魔力。魔法陣も詠唱も必要としない無詠唱魔術。回復魔法。冒険者とは思えない立ち居振る舞い。

 そして、ノルディア製のハイポーション。


 アストリッドは閉じられた扉を見つめた。

 レンという名前が偽名であることは、本人も認めている。

 王国出身だという話まで、本当なのだろうか。あるいは、それだけは事実なのか。


「レン……」


 アストリッドは手の中にあるハイポーションを握り締める。


「お前は、本当は何者なんだ?」


 その問いに答える者はいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。