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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第367話 天環の守護者

 《雷水双頭蛇ヴォルト・ナーガ》を倒したレオンとアストリッドは、十六階層をさらに進んだ。


 十六階層から先では、一体の魔物が複数の属性を使う。


 火を纏いながら風の刃を放つ鳥型の魔物。水の膜で身体を守り、触れた相手へ雷を流す粘体。岩の鎧を纏い、風によって巨体を加速させる牛型の魔物。


 通路にも複数の魔法陣が仕掛けられていた。一つの罠を防いだ直後、別の属性による攻撃が放たれる。魔法が発動する順番と、属性同士の組み合わせを見極めなければ進めなかった。


 それでも、二人の進む速度は落ちなかった。

 レオンは《魔脈の片眼鏡》で魔力の流れを確かめ、魔物との戦闘では未来視の魔眼を使う。


「止まれ」


 レオンの声に、アストリッドが足を止めた。

 直後、通路の床が崩れる。その下には、赤く熱せられた無数の杭が待ち構えていた。


「壁際を走れ。五秒後に風が来る」


 アストリッドは左手の指輪へ魔力を流しながら壁際を走る。通路の奥から激しい風が吹きつけると、彼女は逆向きの風を放った。


 二つの風が衝突し、勢いが弱まる。

 その隙に、レオンが罠を制御する魔石を氷柱で砕いた。


「相変わらず、便利な勘だな」


「進むぞ」


「誤魔化し方まで変わらないな」


 十七階層、十八階層、十九階層。


 二人は魔物を倒し、罠を解除しながら上へ進んでいった。休憩の際は、レオンが通路の前後を厚い氷壁で塞ぎ、その内側で食事を取り、交代で眠った。


 アストリッドは、レオンが魔法を使うところを何度も見ていた。

 詠唱はない。魔法具へ魔力を流すこともない。視線を動かしただけで氷が生まれることさえある。

 魔法の発動が速いだけではなかった。一度に作り出す氷の量、形を変える正確さ、何度使っても衰えない魔力量。そのどれもが並外れていた。


 二人が十九階層の最奥へ到着したのは、塔へ入ってから三日目のことだった。

 通路の先には、巨大な扉が立っている。


 扉には四つの円が描かれていた。赤、青、緑、黄。火、水、風、土を表す色だ。円の中央には、人型の魔法具らしきものが刻まれている。


「この先が二十階層か」


 アストリッドが扉を見上げる。


「ああ。五階ごとの守護者がいるなら、ここにもいるはずだ」


 レオンは《魔脈の片眼鏡》を左目に装着した。

 扉の向こうから、これまでとは比べものにならないほど強い魔力を感じる。片眼鏡を通して見ると、水属性を中心に、複数の属性が複雑に絡み合っていた。


「少し休むか?」


「ここまで来る途中で十分に休んだ」


「傷は?」


「ない。お前が治した傷も残っていない」


 アストリッドは左腕を確かめた。十六階層で受けた傷は、跡すら残っていない。


「なら、行くか」


「ああ」


 二人は扉へ手を掛けた。

 低い音を響かせながら、石扉が左右に開いていく。

 その先には、広い円形の部屋があった。床の大部分は水に覆われ、中央には円形の足場が浮かんでいる。壁には青い魔石と、四属性の魔法回路が幾重にも刻まれていた。


 水面の中央に、巨大な影が浮かび上がる。

 長い首。青白い鱗。背には岩のような突起が並び、四枚のひれ状の翼が水を巻き上げている。


 《蒼海竜王アズール・リヴァイアサン》。


 二十階層の守護者だった。

 竜が咆哮する。水面が大きく盛り上がり、二人へ押し寄せた。


「左だ!」


 レオンとアストリッドは別々の足場へ飛び移る。水の壁が中央の床を飲み込んだ。

 アストリッドが魔法剣を抜き、炎を放つ。風の力を加えた炎が水面を走り、竜の翼を熱した。


 レオンはその隙に片眼鏡で魔力の流れを追う。水の中から青い魔力が竜の胴へ集まり、傷ついた鱗を修復していた。


「水の供給を断たないと再生する!」


「なら、流れを止めればいいんだな!」


 アストリッドが風を放ち、竜の周囲の水を押し分ける。レオンは足場から氷を広げ、水面を凍らせて魔力の流れを遮った。


 竜が身体をくねらせ、尾で氷を砕く。砕けた氷と水が、無数の刃となって二人へ飛んだ。

 アストリッドが炎を振るい、刃の一部を蒸発させる。残りをレオンが氷壁で受け止めた。


「首の付け根に核がある!」


「分かった!」


 アストリッドは竜の頭を引きつけるように炎を放つ。竜が彼女へ向き直った瞬間、レオンは凍った水面を駆けた。


 竜の前脚が迫る。


「前へ飛べ!」


 アストリッドは指示に従い、竜の懐へ飛び込んだ。前脚が彼女の背後へ叩きつけられる。

 その一瞬の隙に、レオンが竜の首へ氷の鎖を巻きつけた。アストリッドは魔法剣を振るい、炎を竜の首の付け根へ集中させる。


 鱗が赤く熱せられた。

 レオンが氷魔法を重ねる。急激な温度差で鱗に亀裂が走った。


「今だ!」


 アストリッドの風の刃が亀裂へ食い込む。鱗が剥がれ、青い魔石が露出した。

 レオンは魔剣へ魔力を流し、核へ突き立てる。

 竜の身体が大きく震えた。水面が波立ち、やがて静まる。


 アズール・リヴァイアサンが倒れると、部屋の奥に転移碑が現れた。二人が魔力を登録すると、碑が青く輝く。

 これで二十階層までの転移が可能になった。


「二十階層の守護者は倒したな」


 アストリッドが息を吐く。


「ああ。だが、まだ先がある」


 二人は休憩を挟みながら、二十一階層から二十四階層まで進んだ。

 そこでは、複数属性の魔物だけでなく、四属性を連動させた罠が二人を待ち受けていた。炎で道を塞ぎ、風で炎を広げ、水で足場を崩し、土で退路を断つ。

 二人は魔力の流れを確かめながら、一つずつ罠の核を破壊した。






 二十四階層を抜けた先に、最後の扉があった。

 扉には、四つの円と、その中央に立つ人型の魔法具が刻まれている。


 二人が扉を開くと、そこには二十階層よりも広い円形の広間があった。床は白く、壁には無数の魔法回路が刻まれている。天井は見えないほど高く、中央へ光が降り注いでいた。


 光の下に、人型の魔法具が立っている。

 高さは四メートルほど。全身は白銀色の金属で覆われ、関節部分には青い魔石が埋め込まれていた。胸の中央には透明な魔石が一つ。背後には、赤、青、緑、黄色の四つの環が浮かんでいる。


 レオンとアストリッドが広間へ入ると、背後で扉が閉じた。

 四つの環から胸部へ魔力が流れ込む。


「来るぞ」


 レオンが魔剣を抜いた。

 アストリッドも魔法剣を構える。

 人型の魔法具が右手を持ち上げた。赤い環が肩の横へ移動し、魔法陣が輝く。

 広間全体へ熱気が広がった。


 《天環魔導機神アストラ・レガリア》。


 二十五階層に立つ、アストラリオン最後の守護者だった。

 その右手から巨大な炎が放たれる。


「右へ走れ!」


 二人は同時に駆け出した。レオンが背後へ氷壁を作る。炎がぶつかり、蒸気が広がった。だが、氷壁は内側から溶け始める。


「火の環を狙う!」


 アストリッドが指輪から風を放ち、蒸気を吹き飛ばした。レオンはその隙に氷柱を放つ。しかし、赤い環は炎の膜に守られていた。

 アストリッドが風を横から叩きつけ、炎の膜を揺らす。


 火勢が流れた瞬間、レオンは床を蹴った。アストラ・レガリアの腕を駆け上がり、肩へ移る。魔剣を振り下ろすと、赤い環が切断された。


 広間を覆っていた熱気が消える。

 次に青い環が動いた。床の回路が光り、水が噴き出す。水は空中で幾百もの槍に変わり、二人へ降り注いだ。


 レオンが氷の屋根を作る。水槍が次々と突き刺さり、表面に亀裂が走った。

 アストリッドが炎と風を重ね、水槍を蒸発させる。蒸気に視界が覆われた。


「左に三歩。そのまま剣を振れ!」


 アストリッドは指示に従い、炎を纏った魔法剣を振るった。青い環が赤く熱せられる。レオンが氷魔法を重ねると、環に亀裂が走った。

 アストリッドの二撃目で、青い環が砕け散る。


 残る環は緑と黄。

 緑の環が動いた瞬間、広間の風が消えた。次に、アストラ・レガリアの姿がかき消える。


「後ろだ!」


 レオンは振り返り、魔剣で腕を受け流した。衝撃で足元の床が砕ける。

 アストリッドが指輪から逆向きの風を放ち、守護者の加速を弱めた。


「風の流れは私が止める!」


 レオンは氷柱を作り、緑の環だけを狙う。アストリッドの風が巨体の姿勢を崩し、氷柱が環を貫いた。

 緑色の魔力が弾ける。

 残るは黄色い環だった。黄色い魔力が胸部へ流れ込み、白銀色の身体を岩の鎧が覆っていく。床から石槍が生え、守護者の周囲へ浮かび上がった。


 レオンは《魔脈の片眼鏡》で魔力の流れを追う。黄色い環から胸部、そして床へ。広間全体が一つの魔法陣として使われていた。


「環を壊さなければ、何度でも修復する!」


 アストリッドが炎を放つ。しかし、岩の鎧は周囲の床から新たな岩を集め、焼かれた部分を覆ってしまう。

 二人は左右へ分かれた。アストリッドが正面から攻撃を続け、その隙にレオンが背後へ回り込む。


 黄色い環が見えた。

 魔剣へ魔力を流す。あと数歩。

 その時、レオンの魔眼に未来が映った。


 アストリッドの足元から石槍が突き出す。彼女の背中を貫く未来だった。


「アストリッド!」


 レオンは環から離れ、彼女へ向かって走った。


「何だ?」


 アストリッドが振り返る。

 レオンは彼女を突き飛ばした。二人の位置が入れ替わる。

 床が砕け、巨大な石槍が突き出した。

 石槍はレオンの左脇腹を貫き、背中から飛び出した。


「レン!」


 レオンの口から血が溢れる。身体が石槍に固定された。


「今すぐ転移地点へ戻る!」


「駄目だ」


「その傷で何を言っている!」


「先に……黄色い環を壊せ」


 アストリッドの顔に迷いが浮かぶ。


「環を壊せば、石槍を維持している魔力も弱まる」


「だが――」


「早くしろ!」


 アストラ・レガリアが腕を持ち上げ、床から新たな石槍が浮かぶ。

 アストリッドは歯を食いしばり、魔法剣に炎を纏わせた。風を重ねて岩の鎧へ放つ。

 岩が赤く熱せられる。


 アストリッドは守護者の腕を避けて背後へ回り、黄色い環へ魔法剣を突き立てた。


「砕けろ!」


 刃が環へ食い込む。亀裂が走ったが、まだ壊れない。

 アストリッドは指輪から風を流し込んだ。炎が亀裂の内部で膨れ上がる。

 黄色い環が内側から弾け飛んだ。


 岩の鎧が崩れ、レオンを貫いていた石槍にも亀裂が走る。石槍が途中から折れ、レオンの身体が床へ落ちた。


「レン!」


「来るな!」


 四つの環を失っても、アストラ・レガリアは動いていた。胸部の透明な魔石が強く輝き、残された魔力が全身へ流れ込む。


 白銀色の巨体が床を蹴った。

 アストリッドは魔法剣で腕を受け止めたが、衝撃で後方へ吹き飛ばされた。

 レオンは脇腹に残った石槍を引き抜いた。激痛が全身を走り、傷口から血が溢れる。


 右手を押し当て、回復魔法を使う。傷口は塞がったが、内側の痛みは消えなかった。立ち上がると、左脚に力が入らず、視界も狭くなっていた。


「私が引きつける。お前は動くな!」


「胸の魔石が核だ」


「分かっている」


「表面に障壁が残っている」


「なら、どうする?」


「熱しろ。俺が凍らせる」


 アストリッドはレオンの顔を見た。血の気が失われている。それでも、レオンは魔剣を支えに立っていた。


「出来るのか?」


「やる」


 アストリッドが魔法剣を構えた。

 守護者が突進する。彼女はすれ違いざまに魔法剣を胸部へ突き立てた。炎が透明な魔石を包む。

 守護者が腕を伸ばすと、アストリッドは指輪から風を放ち、その勢いで後方へ飛び退いた。


「レン!」


 レオンが右手を向ける。

 膨大な冷気が胸部へ集中した。赤く熱せられた魔石が凍り、表面に亀裂が走る。


 だが、砕けない。

 アストラ・レガリアがレオンへ向かって床を蹴った。

 レオンには避ける力が残っていなかった。

 魔剣を両手で握り、一歩だけ前へ踏み出す。

 迫る拳の軌道が、横から吹きつけた風で逸れた。アストリッドの指輪が緑色に輝いている。


 拳がレオンの頬をかすめ、背後の床を砕いた。

 レオンは止まらず、亀裂の入った胸部へ魔剣を突き立てた。


 刃が透明な魔石を貫く。


 アストラ・レガリアの動きが止まった。


 胸部から四属性の光が溢れ、白銀色の巨体へ亀裂が広がっていく。両腕、頭部、胴体が次々と崩れ、最後に胸部の魔石が砕けた。


 広間から魔力が消える。


 勝った。


 誰も攻略したことのないS級ダンジョン。

《天環魔導塔アストラリオン》

その二十五階層の守護者を、二人で倒した。


 レオンは崩れたアストラ・レガリアを見つめた。視界が暗くなる。


「レン?」


 膝から力が抜けた。アストリッドが駆け寄り、倒れる身体を受け止める。


「レン! しっかりしろ!」


 返事をしようとしたが、声が出なかった。

 本当の名前を教える約束が頭に浮かぶ。

 最上階まで攻略した。約束を果たさなければならない。

 そう思ったところで、レオンの意識は途切れた。

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