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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第366話 炎と氷

 翌朝。

 レオンとアストリッドは、《天環魔導塔アストラリオン》の入口で待ち合わせた。


 アストリッドは青い髪を後ろで束ね、腰に魔法剣を下げている。

 魔法剣の刀身には、火属性の魔法陣が刻まれていた。

 左手には、風属性の魔法陣が刻まれた指輪を嵌めている。

 二つの魔法具を媒介にすることで、アストリッドは火と風の属性魔法を使う。


「一人で来たのか?」


 レオンが尋ねる。


「ああ。《蒼天の戦乙女》の仲間には、別の依頼を任せてきた」


「S級ダンジョンへ二人だけで入ることに、反対されなかったのか?」


「当然された」


 アストリッドは平然と答えた。


「だが、最後には諦めてくれた。私が一度決めたことを曲げないと知っているからな」


「随分と苦労していそうだ」


「誰のせいだと思っている?」


「俺か?」


「半分はお前だ」


 残りの半分が誰なのかは分からなかった。

 二人は入口の職員へ冒険者証を提示した。

 王家から発行された許可証については、既に確認が済んでいる。

 職員は二人の名前を記録した後、改めて忠告した。


「《天環魔導塔アストラリオン》は、これまで一度も攻略されていないS級ダンジョンです。危険だと判断した場合は、必ず転移地点まで戻ってください」


「ああ」


「分かっている」


 手続きを終え、二人は塔の中へ入った。

 入口の広間には、巨大な魔法陣が刻まれている。

 攻略途中で起動させた転移地点へ移動するためのものだ。

 レオンは魔法陣の中央へ立ち、起動済みの中で最も奥にある十階層を示す魔石へ触れた。


 淡い光が二人を包む。

 一瞬だけ視界が白く染まり、次に目を開けた時には石造りの小部屋へ移動していた。


「ここへ来るのも久しぶりだな」


 アストリッドが部屋を見回す。

 彼女は以前にもアストラリオンへ挑み、十階層までは到達している。

 しかし、その先へ進むのは今回が初めてだった。


「ここから先は、私は初めてだ」


「十五階層までは俺が案内する」


「頼りにしている」


 二人は転移部屋を出た。

 十一階層から十四階層までの内部は、巨大な地下遺跡のようになっている。


 天井は高く、太い石柱が等間隔に並んでいた。

 通路の壁には土属性の魔石が埋め込まれ、薄い黄色の光を放っている。

 現れる魔物も、土属性を持つものばかりだった。


 石の身体を持つ狼。

 地中へ潜る大蜥蜴。

 岩を纏った人型の魔物。


 レオンは既に何度も戦っている。

 だが、これまでは一体を倒すまでに時間がかかっていた。

 氷魔法によって動きを止めることは出来る。

 魔剣へ大量の魔力を流せば、硬い岩の身体を切断することも出来た。


 しかし、土属性を持つ魔物は周囲の地面から魔力を吸い上げ、傷ついた身体を修復する。

 一体を倒すために、何度も攻撃を加えなければならなかった。


 今回は違った。


「前に二体。右の柱の陰に一体いる」


 レオンが告げる。


「分かった」


 アストリッドが魔法剣を抜く。

 通路の奥から、三体の岩狼が姿を現した。

 前方の二体が走り出す。

 アストリッドが魔法剣へ魔力を流した。


 刀身に刻まれた魔法陣が赤く輝き、炎が噴き上がる。

 続いて左手の指輪へ魔力を流す。

 緑色の魔法陣から生まれた風が炎を包み込み、その熱と勢いを何倍にも高めた。


「はっ!」


 横薙ぎの一撃。

 魔法剣から放たれた炎が、二体の岩狼を飲み込む。

 岩の表面が瞬く間に熱せられ、赤く変色した。


 そこへレオンが氷魔法を放つ。

 急激に冷やされた岩へ、無数の亀裂が走った。

 岩狼が前脚を踏み出した瞬間、自らの重さに耐え切れず身体が崩れる。


「なるほど」


 アストリッドが笑う。


「確かに相性がいいな」


「まだ一体いる」


「分かっている」


 柱の陰から、三体目の岩狼が飛び出した。

 狙いはレオンの背中。


「二歩下がれ」


 レオンが言う。

 アストリッドは理由を聞かず、二歩後ろへ下がった。

 その直後、岩狼が彼女のいた場所へ着地する。

 アストリッドは既に魔法剣を振り上げていた。

 赤い魔法陣が光り、炎を纏った刃が岩狼の胴体へ食い込む。


「レン!」


 呼ばれるより先に、レオンは氷魔法を放っていた。

 亀裂が広がり、岩狼の身体が砕け散る。


「今の動きも見えていたのか?」


「来ると思っただけだ」


「そういうことにしておこう」


 アストリッドは深く追及しなかった。

 二人は、そのまま十一階層を進んだ。

 戦闘を重ねるほど、互いの動きが合うようになっていく。


 レオンが魔物の位置を告げる。

 アストリッドが魔法剣の魔法陣を起動し、炎で熱する。

 レオンが氷で冷やし、硬い身体を脆くする。

 アストリッドが指輪の魔法陣から風の刃を放ち、亀裂を広げる。

 レオンが魔剣で核を切断する。


 必要以上に言葉を交わすことはない。

 短い指示だけで、次に何をすればよいのかが伝わった。

 十二階層を越えた頃には、アストリッドもレオンの指示へ迷わず従うようになっていた。


「右へ飛べ」


 レオンが言えば、理由を聞かずに右へ飛ぶ。

 直後、それまで立っていた地面から石槍が突き出す。


「三秒後に崩れる」


 そう告げられれば、アストリッドは魔物への攻撃を止めて距離を取る。

 三秒後、亀裂の入った天井が崩れ落ち、魔物を押し潰した。


「便利だな」


「何がだ?」


「お前の勘だ」


「偶然だ」


「何度続けば、偶然ではなくなるのだろうな」


 レオンは答えなかった。

 アストリッドも、それ以上は聞かない。

 昼を過ぎた頃、二人は十四階層の最奥へ到着した。


 巨大な扉の先が十五階層。

 レオンが四度挑み、一度も突破出来なかった場所だった。


「この先にいる」


 レオンは扉を見上げる。


「《金剛岩巨兵アダマント・ゴーレム》か」


「ああ。通常の土属性の魔物とは硬さが違う。周囲の土と魔力を吸い上げ、自分の身体を硬化させている」


「傷をつけても修復するのだったな」


「地面とつながっている限り、何度でもな」


 レオンは《魔脈の片眼鏡》を右目へ装着した。

 魔力の流れを見るための魔法具。

 これまでの戦いで、ゴーレムの胸部に核があることまでは分かっている。

 だが、そこへ剣を届かせることが出来なかった。


 アストリッドが魔法剣を抜く。


「最初は私が熱する。その後、お前が冷やす」


「ゴーレムが身体を修復しようとしたら、指輪の風で周囲の土を吹き飛ばせ」


「それだけで止められるか?」


「完全には止まらない。残った地面は俺が凍らせる」


 土を吹き飛ばし、残った地面を厚い氷で覆う。

 一時的にでも魔力の吸収を妨げられれば、破壊した箇所の修復は遅くなる。


「分かった」


「それと、俺が下がれと言った時は、すぐに下がれ」


「理由を聞いている暇はない、だったな」


「ああ」


「任せろ」


 二人は扉へ手を掛けた。

 重い音を立て、巨大な石扉が開いていく。

 十五階層は、円形の広間になっていた。

 床も壁も、全て茶色い岩で作られている。

 中央には、巨大な人型の魔物が立っていた。


 高さは十メートルを超えている。

 太い両腕。

 岩を重ね合わせたような胴体。

 頭部には目や口がなく、代わりに黄色く光る魔石が一つ埋め込まれていた。

 二人が広間へ入った瞬間、その魔石から光が放たれる。


 《金剛岩巨兵アダマント・ゴーレム》が動き始めた。

 巨大な足が持ち上がる。


「左右へ分かれろ!」


 レオンは右へ。

 アストリッドは左へ走る。

 直後、ゴーレムの足が床を踏み砕いた。

 轟音と共に、大量の石片が飛び散る。

 アストリッドは魔法剣へ魔力を流した。

 赤く輝く魔法陣から炎が噴き上がる。


 同時に左手の指輪も緑色の光を放ち、風が炎へ流れ込んだ。

 刀身を包んでいた炎が渦を巻き、数倍の大きさへ膨れ上がる。


「はっ!」


 アストリッドは床を蹴った。

 ゴーレムの足元まで一気に距離を詰め、燃え上がる魔法剣を振り抜く。


 刃が右脚に当たる。

 炎が岩の表面を焼き、僅かに赤く変色させた。

 だが、傷は浅い。


「確かに硬いな!」


 ゴーレムの腕が、アストリッドへ振り下ろされる。


「前へ飛べ!」


 アストリッドは後ろではなく、ゴーレムの股下へ飛び込んだ。


 巨大な拳が背後の床を砕く。

 レオンには、その先の光景が見えていた。

 ゴーレムが身体を捻る。

 左脚が持ち上がり、股下へ入ったアストリッドを蹴り飛ばそうとする。


「そのまま走れ!」


 アストリッドが前方へ駆け抜ける。

 一瞬遅れて、ゴーレムの脚が空を切った。


「次は左脚だ!」


 アストリッドが振り返る。

 魔法剣の切っ先を、ゴーレムの左脚へ向けた。

 刀身に刻まれた魔法陣へ大量の魔力を流す。

 炎が球状に集まり、切っ先の前で巨大な火球へ変わった。


 さらに左手を魔法剣へ添える。

 指輪の魔法陣から放たれた風が、火球を包み込んだ。


「燃えろ!」


 風によって圧縮された火球が放たれた。

 ゴーレムの左脚へ直撃し、激しい炎が巻き上がる。

 岩の表面が赤く染まった。


 レオンはすぐに右手を向ける。

 膨大な冷気が広間を満たす。

 燃えていた左脚が、一瞬で白い氷に覆われた。


 急激な温度の変化。

 赤熱していた岩の内部から、幾つもの音が響く。


 一つ。

 二つ。


 直後、左脚全体へ亀裂が走った。


「効いている!」


 アストリッドの指輪が緑色に輝く。

 放たれた風の刃が亀裂へ入り込み、内側から岩を砕いた。

 ゴーレムの左脚が崩れ落ちる。

 巨大な身体が傾いた。

 だが、床から黄色い魔力が吸い上げられる。

 崩れた岩が浮かび、新たな左脚を作ろうとしていた。


「アストリッド!」


「分かっている!」


 アストリッドが左手を床へ向ける。

 指輪に刻まれた魔法陣が強く輝いた。

 激しい風が広間を吹き抜ける。

 床に散らばっていた砂や小石が巻き上げられ、壁際まで吹き飛ばされていく。


 その間に、レオンが地面へ手をついた。

 ゴーレムの周囲が凍りつく。

 厚い氷が床を覆い、土とゴーレムの接触を遮断した。

 吸い上げられていた魔力が弱まる。

 左脚の修復が止まった。


「今だ!」


 アストリッドが魔法剣を振り上げた。

 炎を纏った刃を振り下ろし、ゴーレムの胸部へ巨大な炎を放つ。

 ゴーレムは右腕で胸を守った。

 その腕が、急激に熱せられていく。


 レオンが氷魔法を重ねる。

 白い氷が右腕を覆った。


 ひび割れる音。

 ゴーレムは凍った右腕を振り上げ、レオンへ叩きつけようとする。

 レオンは避けなかった。


 腰の魔剣を抜く。

 ありったけの魔力を刀身へ流し込んだ。

 青白い光が魔剣を包む。

 振り下ろされた右腕へ、正面から剣を振るう。

 巨大な岩の腕と、細い刀身が衝突した。


 一瞬の静止。

 次の瞬間、亀裂の入っていた右腕が粉々に砕け散った。


「胸が開いた!」


 アストリッドが叫ぶ。

 レオンの片眼鏡には、胸部を流れる魔力が見えている。


 岩の奥。

 黄色い魔力が集まる場所に、核があった。

 ゴーレムが残った左腕を動かす。

 レオンを押し潰そうと、巨大な掌を伸ばしてきた。

 その先の未来が見える。


 左へ避ければ、床から突き出した石槍に貫かれる。

 右へ避ければ、身体を倒したゴーレムの下敷きになる。

 後ろへ下がれば、核が再び岩に覆われる。

 前しかない。

 レオンはゴーレムへ向かって走った。


「レン!」


 アストリッドの声が響く。


「左腕を止めろ!」


「無茶を言う!」


 そう言いながらも、アストリッドは動いていた。

 魔法剣の赤い魔法陣から炎を放ち、ゴーレムの左腕を焼く。

 続いて指輪から風を放ち、横から叩きつけた。

 左腕の軌道が僅かに逸れる。

 巨大な掌が、レオンのすぐ横を通り過ぎた。


 風圧で身体が揺れる。

 それでも足は止めなかった。

 レオンは傾いたゴーレムの膝へ飛び乗る。

 そこから胴体へ。

 砕けた岩の凹凸を足場にし、胸部まで駆け上がった。

 露出した核へ、魔剣を突き立てる。


 硬い。


 刃は僅かに食い込んだだけで止まった。

 レオンは両手で柄を握る。

 さらに魔力を流し込んだ。

 魔剣の光が強くなる。


「砕けろ!」


 刃が核を貫いた。

 黄色い魔力が弾ける。

 ゴーレムの全身から力が抜けた。


 レオンは胸部を蹴り、その場から飛び降りる。

 背後で巨大な身体が崩れ始めた。

 岩が次々と落下し、広間全体が大きく揺れる。

 レオンが床へ着地した直後、ゴーレムの身体が完全に崩れ落ちた。


 暫くの間、広間には岩が転がる音だけが響いていた。

 やがて、それも止まる。

 アストリッドは魔法剣を下ろし、崩れたゴーレムを見上げた。


「本当に倒したな」


「ああ」


「お前は、コレに四度も一人で挑んだのか?」


「ああ」


「死にたがりと言われても、否定出来ないぞ」


「四度とも、危険になる前に戻った」


「その判断が出来る者は、そもそも一人で四度も来ない」


 レオンは魔剣を鞘へ収めた。

 広間の奥で、壁の一部が光り始める。

 新たな転移地点が起動した。

 これで次からは、十五階層まで直接移動出来る。


 二人は崩れたゴーレムから核の欠片を回収し、転移地点の先にある小部屋へ入った。

 そこは魔物の入ってこない休憩場所になっている。

 アストリッドは壁へ背を預け、その場へ腰を下ろした。


「炎で熱し、氷で冷やすか。分かってしまえば単純だが、一人では出来ない攻略方法だな」


「炎の魔法具を使うことも考えた」


「それでは、あれほどの熱量は出せない」


「ああ。だから倒せなかった」


 レオンも向かい側へ腰を下ろした。

 カイルの言った通りだった。

 一人では出来ないことがある。


 アストリッドが同行していなければ、今回も十五階層を突破することは出来なかった。


「助かった」


 レオンが言う。


 アストリッドが目を瞬かせる。


「お前も礼を言えるのだな」


「俺を何だと思っている?」


「協力を申し出た相手の話を途中で遮り、断る男だ」


「相方になるつもりはない」


「まだ言っていない」


「違うのか?」


「違うとは言わないが、今はダンジョン攻略の話だ」


 アストリッドは小さく笑った。


 水を一口飲んだ後、レオンへ視線を向ける。


「一つ、聞いてもいいか?」


「内容による」


「レンというのは、本当の名前か?」


 レオンの手が僅かに止まった。

 アストリッドは答えを急かさない。

 ただ、真っ直ぐレオンを見ている。


「何故、そう思う?」


「お前は王国の出身だと言った。だが、家名を一度も名乗っていない」


「平民に家名はない」


「お前の立ち居振る舞いは、平民のものではない」


 アストリッドは迷わず言った。


「剣の扱い方も、食事の作法も、他人へ指示を出すことにも慣れている。何より、あれだけの魔力量を持つ者が、何の身分もないとは考えにくい」


 盗賊団を討伐した際、レオンは無詠唱で巨大な氷壁を作った。

 先ほども、ゴーレムの周囲一帯を一瞬で凍らせている。

 魔導国家でも、あれほどの魔力を持つ者は限られていた。


「レンは偽名なのか?」


 少しの沈黙の後、レオンは答えた。


「最上階まで攻略出来たら教える」


 アストリッドの口元が僅かに上がる。


「約束だな?」


「ああ」


「なら、何としても攻略しなければならないな」


 休憩を終えた二人は、十六階層へ進んだ。

 階段を上がった先には、これまでとは異なる景色が広がっていた。


 広い石造りの通路。

 壁には赤、青、緑、黄色の魔石が不規則に埋め込まれている。

 一つの属性だけで作られていた下層とは違う。

 十六階層から先では、複数の属性が同時に使われていた。


「床に注意しろ」


 レオンが告げる。

 二人が通路へ足を踏み入れた瞬間、壁の魔石が光った。


 前方から炎。

 左右から風の刃。

 床から石槍が突き出す。

 レオンとアストリッドは同時に後ろへ飛んだ。

 炎と風が交わり、激しい火柱となって通路を焼き払う。


「魔物だけではなく、通路そのものが攻撃してくるのか」


 アストリッドが魔法剣を構える。


「魔法陣を止めながら進む必要がある」


 レオンは片眼鏡を通して、壁を流れる魔力を確認した。

 複数の魔石から、同じ場所へ魔力が集まっている。

 通路を制御する核。

 その位置へ氷柱を放つ。

 壁の一部が砕け、魔石の光が消えた。


「進める」


「本当に便利な魔法具だな」


 二人が通路を進むと、前方の曲がり角から獣の唸り声が聞こえた。

 現れたのは、二つの頭を持つ巨大な蛇。

 右の頭には青い角。

 左の頭には黄色い角が生えている。

 身体の周囲には水が浮かび、その中を細い雷が走っていた。


 《雷水双頭蛇ヴォルト・ナーガ》。


 青い頭が、水の塊を放つ。

 続いて黄色い頭から雷が放たれた。

 水と雷が空中で重なる。


「散れ!」


 レオンとアストリッドは左右へ分かれた。

 雷を帯びた水が床へ落ち、周囲へ電撃を撒き散らす。

 レオンは氷柱を放つ。

 ヴォルト・ナーガの尾が動き、氷柱を砕いた。

 その隙にアストリッドが距離を詰める。

 魔法剣の魔法陣が赤く光り、刀身を炎が包んだ。

 そのまま黄色い頭へ切りかかる。


 刃が首へ触れる直前、青い頭が彼女へ水を放とうとする。

 レオンの目に、数秒先の光景が映った。

 水の中に隠れた細い風の刃。

 そのまま受ければ、アストリッドの脇腹が深く切り裂かれる。


「止まれ!」


 アストリッドが踏み込みを止めた。

 すぐに身体を捻る。

 水の塊は避けた。

 だが、その中に隠れていた風の刃が、左腕を浅く切り裂く。

 血が飛び散った。


「アストリッド!」


「浅い!」


 アストリッドは止まらなかった。

 左腕を切られながらも前へ進み、黄色い頭を魔法剣で切り落とす。


 雷が消えた。

 レオンは右手を向ける。

 青い頭の周囲に浮いていた水が、一瞬で凍りついた。

 氷が頭部と首を包み込み、動きを止める。

 アストリッドが魔法剣を振るう。

 凍りついた首が砕け、巨大な身体が床へ倒れた。


「傷を見せろ」


 レオンがアストリッドへ近づく。


「この程度なら、回復薬で十分だ」


「いいから見せろ」


「随分と強引だな」


 アストリッドは魔法剣を収め、左腕を差し出した。

 傷は浅いが、肘の上から血が流れている。

 レオンが手を翳す。

 淡い光が傷口を包んだ。

 切り裂かれていた皮膚が塞がり、流れていた血も止まる。

 アストリッドは目を見開いた。


「回復魔法まで使えるのか?」


「少しだけだ」


「少しで傷を完全に塞げる者は、回復術師と名乗れる」


「複雑な治療は出来ない」


「氷魔法。剣術。無詠唱魔術。それに回復魔法か」


 アストリッドは傷の消えた左腕を確認する。


「お前は、どれだけ隠している?」


「必要なものを身につけただけだ」


「その本当の名前を聞けば、全て納得出来るのかもしれないな」


「最上階まで攻略したらだ」


「分かっている」


 アストリッドは魔法剣へ手を置き、通路の奥を見る。


「ますます、攻略を諦める理由がなくなった」


 レオンも同じ方向へ視線を向けた。

 十五階層までは、一人で辿り着いた。

 だが、その先へ進むには、アストリッドの力が必要だった。


 炎と氷。

 風と剣。

 そして、未来を見るレオンの目。


 二人ならば、誰も攻略したことのない最上階へ届くかもしれない。

 その可能性は、十五階層へ入る前よりも確かなものへ変わっていた。

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