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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第362話 残された三人

 《還命樹海セルヴァリア》の攻略を終えてから、七日が過ぎた。

 ミストレアへ戻ったレオンは、冒険者協会本部の受付へ呼び出されていた。

 受付嬢の前に置かれているのは、セルヴァリアの入口にいた職員へ預けた二枚の冒険者証だった。


 長い間ダンジョンの中にあったため、表面には汚れや傷が残っている。

 それでも、刻まれた名前と階級は読み取ることが出来た。


「お預かりした冒険者証について、確認が取れました」


 受付嬢が二枚の冒険者証へ視線を落とす。


「お二人とも、A級冒険者です」


 《還命樹海セルヴァリア》に入るには、A級の冒険者証が必要になる。

 パーティーであれば、協会からA級以上と認められたパーティーに所属し、その責任者から同行を許可された者も入ることが出来る。

 だが、この二人はどちらも自分の資格で入場条件を満たしていた。


「一人目は、ガルド・レイヴンさん。剣士です」


 受付嬢が男性の冒険者証を示す。


「もう一人は、ミレナ・フォルスさん。回復術師でした」


 女性の冒険者証へ指が移る。

 入口の魔石へ回復魔法を流したのは、ミレナだったのだろう。


「二人は、《翠緑の旅団》という五人組のA級パーティーに所属していました」


「五人組?」


「はい。セルヴァリアへ入ったのも、二人だけではありません」


 受付嬢は記録がまとめられた書類をレオンへ見せる。


 五年前。


 《翠緑の旅団》の五人は、セルヴァリアへ入った。


 そのうち、地上へ戻ったのは三人だけだった。


「残りの三人は、二人を置いて逃げたのか?」


「記録上は、そうなっています」


 受付嬢の表情が曇る。

 セルヴァリアの中で、ガルドとミレナが寄生型の魔物に襲われた。

 二人を助けようとしたものの、既に身体へ蔓が入り込んでおり、近づけば生存していた三人まで襲われる状態だった。

 ガルドは最後まで意識を保ち、仲間へ逃げるよう叫んだという。

 三人は、その言葉に従った。


「戻ってきた三人は、二人を見捨てたと報告しています。ですが、当時の聞き取りを行った職員は、逃げなければ全滅していた可能性が高いと判断しました」


「それでも、三人は自分達を許せなかったのか」


「はい」


 《翠緑の旅団》は、その日を境に解散した。

 三人ともA級の資格は失っていない。

 だが、それ以降は高難度の依頼を受けなくなった。


 危険の少ない護衛や採取。

 C級ダンジョンでの魔石集め。

 三人は今も冒険者を続けているものの、セルヴァリアへ戻ることは出来なかった。


「二人の遺体を回収する依頼は出ていなかったのか?」


「一度は出されました」


 受付嬢が別の記録を取り出す。


「ですが、セルヴァリアの深部まで入る依頼です。受注出来るのは、A級以上の冒険者かパーティーに限られます」


 依頼を引き受ける側にも、命を失う危険がある。

 必要になる報酬も安くはない。

 生存者三人は持っていた財産のほとんどを差し出した。

 それでも、A級冒険者達が命を懸けて深部へ向かうための報酬には足りなかった。


 何より、当時は二人の遺体が残っている保証もなかった。

 セルヴァリアで命を落とした者は、植物や魔物に取り込まれる。

 数年も経てば、遺体そのものが失われている可能性が高い。

 そのため、依頼を受ける者は現れなかった。


「三人は今も、遺体回収の依頼を出すために資金を貯めています」


「五年間ずっとか?」


「はい。自分達の生活に必要な分以外は、ほとんど残しているようです」


 命を懸けることが出来なくなったから、危険の少ない依頼を受ける。

 一度の報酬は少ない。

 それでも五年間、二人を連れ帰るために金を貯め続けていた。


「二人の遺体が残っていることは、三人へ伝えたのか?」


「既に手紙を送りました。現在はミストレアから離れた町で活動していますので、届くまでには数日かかります」


「そうか」


 レオンは二枚の冒険者証を見る。

 五年間、帰りを待ち続けている者がいる。

 自分が二人の身体を氷で覆った判断は、間違っていなかった。


 あの時のレオンには、二人の名前も、待っている仲間がいることも分からなかった。

 それでも、魔物に利用され続ける姿を残したくなかった。

 せめて誰かが迎えに来るまで、二人の身体を守りたいと思った。


「遺体の場所については、レンさんの報告をもとに記録しました」


 受付嬢がセルヴァリアの地図を広げる。

 正確な地図ではない。

 セルヴァリアの道は、植物の成長によって変化する。

 それでも、川や巨大な岩、特殊な花が群生する場所など、簡単には動かない目印が記されていた。

 レオンが二人を見つけた場所にも、印がつけられている。


「回収依頼が出された場合、この記録が使われます」


「俺が凍らせたまま残してある」


「氷が解けるまでに、回収出来ればよいのですが……」


 受付嬢の言葉に、レオンは答えなかった。

 セルヴァリアの内部は、湿度も気温も高い。

 普通の氷であれば、長くは持たない。

 だが、レオンは二人を凍らせる時、可能な限り長くその状態を保てるよう、多くの魔力を流していた。、

 どれほど持つのかは、レオン自身にも分からない。


「協会から回収隊を出すことは出来ないのか?」


「難しいと思います」


 冒険者協会に所属する職員の全員が、戦えるわけではない。

 協会が直接抱える戦力もあるが、各地の緊急事態へ対応するためのものだ。

 遺体回収のために、A級ダンジョンへ派遣出来る者は限られている。


「ただ、今回は状況が変わりました」


「何が変わった?」


「二人の遺体が残っていると確認出来たことです」


 これまでは、既にセルヴァリアへ取り込まれている可能性が高いと考えられていた。

 だが、レオンの報告によって遺体が残っていることが判明した。


 場所も分かっている。

 遺体を守る氷が、すぐに失われるとは限らない。

 それならば、依頼を受ける者が現れる可能性もある。


「三人が改めて依頼を出すのであれば、協会も可能な範囲で報酬を補助します」


「どうしてだ?」


「五年前に行方不明となったA級冒険者の最期を確認し、冒険者証まで持ち帰ってくださったからです」


 二人の死亡は、これまで推定でしかなかった。

 だが、レオンが二人を発見したことで、ようやく記録を確定出来る。

 また、セルヴァリアの魔物が死亡した冒険者の身体を利用することも明らかになった。

 今後、同じ場所へ入る冒険者へ注意を促すことが出来る。

 それらも、協会への貢献として認められるという。


「レンさんが単独でセルヴァリアを攻略した件についても、正式な記録へ加えられました」


 受付嬢が新しい書類を取り出す。


「最下層の魔物を討伐したことは、入口の魔石と持ち帰られた素材から確認出来ています」


 机の脇には、レオンが持ち帰った素材が置かれている。


 《輪廻樹王リヴァイヴ・トレント》の核。


 硬い樹皮。

 魔力を帯びた枝。

 最下層で採取した魔鉱石。


 既に一部の査定は終わっていたが、正確な価値を出すには、さらに時間がかかるという。


「報酬と素材の買い取り額については、査定が終わり次第お伝えします」


「ああ」


「それから、レンさん」


 受付嬢が少し迷うように言葉を止める。


「本当に、お一人で攻略されたのですよね?」


「入口の記録を見れば分かるだろう」


「分かっています。ただ……確認したくなっただけです」


 レオンがセルヴァリアへ入ってから、地上へ戻るまで同行者はいなかった。

 入口の職員も確認している。

 疑われているわけではない。

 単独で攻略したという事実を、受付嬢自身がまだ受け入れ切れていないだけらしい。


「二人の遺体を守りながら、最下層の魔物まで倒されたのですね」


「俺は氷で覆っただけだ」


「それを出来る方が、どれほどいると思っているのですか?」


 ギースにも似たようなことを言われた覚えがある。

 レオンは返事をせず、二枚の冒険者証へ目を向けた。


「これは、三人へ返すのか?」


「一度、ご遺族へ連絡します。ご家族が受け取りを望まれなかった場合は、《翠緑の旅団》の三人へお渡しすることになります」


「分かった」


 レオンが立ち上がる。


「身元が分かったなら、それでいい」


「レンさん」


 受付嬢に呼び止められる。


「何だ?」


「二人を見つけてくださり、ありがとうございました」


「俺に礼を言う必要はない」


 レオンは受付を離れた。

 受付嬢はレオンが協会を出るまで頭を下げ続けていた。




 冒険者協会本部を出た後、レオンはミストレアの外れへ向かった。

 人通りの多い大通りを離れ、住宅の少ない場所まで歩く。

 目的地は、カイルが研究に使っている一軒家だった。

 外から見れば、ごく普通の家にしか見えない。


 二階建ての小さな建物。

 庭には手入れされていない草が生え、窓には厚い布が掛けられている。

 だが、扉を開ければ印象は大きく変わる。


 床には魔石と魔鉱石。

 机には魔法具の部品。

 壁には何枚もの図面と、カイルにしか読めないほど細かな文字で書かれた紙が貼られている。

 オリハルコンの欠片まで、ほかの素材と一緒に無造作に置かれていた。


「カイル」


 レオンが呼んでも返事はない。

 奥の部屋へ入ると、カイルは机へ向かったまま何かを書き続けていた。


「カイル」


「……うん」


「食事は?」


「食べたよ」


「いつだ?」


「昨日」


 カイルは答えた後、ようやく手を止めた。

 少し考え、首を傾げる。


「多分」


 レオンは持ってきた紙袋を机へ置いた。

 中には、下町の店で買ったパンと焼いた肉が入っている。


「食べろ」


「今、いいところなんだけど」


「食べながらでも出来るだろう」


「油が図面につくよ」


「なら、図面を片づけろ」


「それは無理だよ。順番が分からなくなる」


 レオンはカイルの前から図面を一枚持ち上げ、その下へ皿を置いた。

 カイルは不満そうな顔をしたが、焼いた肉をパンへ挟み、一口食べる。


「それで、今日はどうしたの?」


「セルヴァリアを攻略した」


 カイルの動きが止まった。


「……いつ?」


「七日前だ」


「どうして先に言わないの?」


「受付での処理と報告があった」


「そうじゃなくて、戻ってきた日に教えてよ!」


 カイルは食べかけのパンを皿へ戻し、椅子から立ち上がった。


「最下層まで行ったの?」


「ああ」


「魔鉱石は?」


「持ってきた」


 レオンが袋から一つの鉱石を取り出す。

 淡い緑色の光を帯びた魔鉱石。

 《還命樹海セルヴァリア》の最下層で採取したものだった。

 カイルは両手で受け取ると、窓から差し込む光へ翳した。


「グランヴァンの物とは、全然違う……」


「見ただけで分かるのか?」


「魔力の流れ方が違うんだ」


 カイルは棚から小さな魔法具を取り出し、魔鉱石へ近づけた。

 埋め込まれた魔石へ細い光が走る。


「アルカナ迷宮の魔鉱石は、魔力を内部へ吸い込むように流れていた。グランヴァンは、大地から上へ押し上げるような流れだった」


「セルヴァリアは?」


「循環している」


 カイルは魔鉱石をゆっくり回す。


「吸い込んだ魔力を内部で巡らせ、別の場所へ流している。セルヴァリアの植物が何度倒しても再生するのは、この流れが関係しているのかもしれない」


「ダンジョン全体で魔力を循環させているのか?」


「多分ね。それだけじゃなく、外から入ってきた魔力や生命力まで取り込んでいる可能性がある」


 レオンの脳裏に、花へ寄生されていた二人の姿が浮かぶ。

 死んだ身体を動かし、侵入者を襲わせる。

 最後には、その身体さえ森へ取り込む。


「中で死んだ者も、ダンジョンの一部になるのか」


「可能性は高いと思う」


 カイルは鉱石を調べながら答えた。


「何かあったの?」


「二人の冒険者を見つけた」


 レオンは、セルヴァリアで起きたことを簡単に説明した。


 寄生する花。

 動かされていた遺体。

 二人を氷で覆い、冒険者証を持ち帰ったこと。

 カイルは手を止め、黙って話を聞いていた。


「その二人は、森に取り込まれる途中だったんだと思う」


「氷で止められるのか?」


「普通の氷なら、長くは無理だろうね」


 カイルは魔鉱石へ視線を戻す。


「でも、レンが魔力を込めた氷なら、少しは持つかもしれない」


「どれくらいだ?」


「僕にも分からないよ。魔力量だけで決まることじゃないから」


「そうか」


 出来るだけ長く。

 誰かが迎えに来るまで。

 そう思って作った氷だった。

 だが、どれほどの間、二人を守れるのかはレオンにも分からない。


「三人の仲間が、五年間待っているらしい」


「なら、間に合うといいね」


「ああ」


 カイルは再び最下層の魔鉱石を光へ翳した。


「これで三つ揃った」


 《アルカナ迷宮》


 《魔脈大坑道グランヴァン》


 《還命樹海セルヴァリア》


 三つのダンジョン。

 三つの最下層から持ち帰った魔鉱石。


「何か分かったのか?」


「最初に考えていたほど、単純じゃないことは分かった」


「難易度が高いほど、魔脈が太くなるという考えか?」


「うん。魔力の量だけなら、その考えも間違っていないと思う。でも、ダンジョンごとに魔力の流れ方が違う」


 カイルは三つの魔鉱石を机へ並べた。

 吸い込む魔力。

 押し上げる魔力。

 循環する魔力。


「ダンジョンは、同じ魔脈の上に出来ているだけじゃないのかもしれない」


「どういう意味だ?」


「流れている魔力を、それぞれ別の方法で使っているんだと思う」


 カイルの黄色い瞳が、三つの魔鉱石を見つめる。


「この違いを調べれば、魔脈そのものを動かす方法も分かるかもしれない」


 レオンの表情が僅かに強張った。

 原作でカインは、魔脈を王都へ通した。

 その結果、王都は膨大な魔力で満たされた。

 誰でも魔法を使えるようにするための実験。

 だが、動かされた魔脈を辿り、北竜が王都を襲った。


「カイル」


「何?」


「魔脈を動かすつもりなのか?」


「今すぐじゃないよ」


 カイルは三つの魔鉱石へ視線を落とした。


「そもそも、本当に動かせるのかも分からない。今は、どうしてダンジョンごとに魔力の流れ方が違うのかを調べたいだけ」


 レオンはしばらくカイルの顔を見ていた。

 今のカイルは、魔脈を動かす方法を知らない。

 自空間魔法も理解していない。

 だからこそ、アイテムバッグを見せるわけにはいかなかった。

 あれに刻まれた魔法陣をカイルが解析すれば、原作と同じ技術へ辿り着く可能性がある。


「次に調べる魔鉱石も必要だね」


 カイルが言う。


「次?」


「まだ、行っていないダンジョンがあるでしょ?」


 レオンも、その場所を知っている。


 《天環魔導塔アストラリオン》。


 原作のカインルートでのみ、最上階まで攻略出来たダンジョン。

 その最奥には、最後に必要となる魔法具がある。


 《叡智の首飾り》


 だが、アストラリオンへ入るにはS級冒険者であることに加え、冒険者協会か魔導王からの許可が必要になる。


 今のレオンはA級だ。

 入場条件を満たしていない。


「まずは、S級へ上がる必要がある」


「レンなら、すぐじゃない?」


「A級になったばかりだ」


「でも、セルヴァリアを一人で攻略したんでしょ?」


「それだけでは上がれない」


 A級とS級の間には、大きな差がある。

 戦闘能力だけではない。


 協会からの信用。

 積み重ねた実績。

 高難度依頼の達成数。

 緊急時に周囲を守れる判断力。

 それら全てを認められなければ、S級にはなれない。


「なら、また依頼を受けるの?」


「ああ」


 レオンは頷いた。

 急ぐ必要はある。

 だが、焦っても条件は変わらない。

 S級へ到達するためには、目の前の依頼を一つずつ達成するしかない。


 レオンは机の上に並ぶ三つの魔鉱石を見る。

 その中で、セルヴァリアの鉱石だけが淡い緑色の光を巡らせていた。

 死んだ者さえ取り込み、魔力へ変える森。

 その奥には今も、氷に守られた二人が残されている。

 迎えが来るその日まで、氷が解けないことを願うしかなかった。

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