第355話 昇格に足りないもの
リーヴァ村からミストレアへ戻って、三日が過ぎた。
レオンとミラは、冒険者協会本部の受付前に並んでいた。
盗賊団の討伐に関する調査が終わり、正式な依頼処理が行われることになったためだ。
カンダタへの取り調べ。
リーヴァ村へ派遣された職員による現地確認。
村長や村人達からの聞き取り。
盗賊達の遺体と手配書の照合。
回収された証拠品の確認。
それらが全て終わり、ようやく正式な報告書が作成された。
受付嬢が二人の冒険者証を確認する。
「レンさん、ミラさん。お待ちしておりました」
「ああ」
「《蒼天の戦乙女》の皆様は、既に手続きを終えられています。お二人には別室でご説明いたしますので、こちらへどうぞ」
受付嬢に案内され、二人は協会本部の奥へ進んだ。
通路を歩く間、何人もの冒険者から視線を向けられる。
「おい、あいつが《氷壁》か?」
「リーヴァ村を襲った盗賊団を倒したらしいぞ」
「五十人近くいたって話だろ?」
「《蒼天の戦乙女》と一緒だったんじゃないのか?」
「盗賊団の頭はそうらしいが、ほかはほとんどあいつ一人で倒したって聞いたぞ」
既に噂が広がっていた。
レオンは足を止めず、聞こえていないふりをする。
隣を歩くミラが、僅かに表情を曇らせた。
レオンが盗賊を倒したことだけが伝わり、その時に何を感じていたのかまでは誰も知らない。
噂の中にあるのは、四十六人を一人で倒したB級冒険者の強さだけだった。
「レン」
ミラが小さな声で呼ぶ。
「大丈夫だ」
「まだ何も言ってないけど」
「顔を見れば分かる」
「……そっか」
ミラはそれ以上何も言わなかった。
案内された部屋へ入ると、奥の席にギースが座っていた。
レオンのB級昇格試験で試験官を務めた、冒険者協会のギルドマスターだ。
机の上には、何枚もの報告書が重ねられている。
「来たか」
ギースが二人へ向かいの椅子を示した。
「座れ」
レオンとミラが椅子へ腰を下ろす。
受付嬢は二人分の冒険者証を机へ置くと、ギースの隣に立った。
「まず、依頼の結果から伝える」
ギースは報告書の一枚を手に取る。
「リーヴァ村周辺を拠点としていた盗賊団は壊滅。死亡四十六名、生存一名。生存した盗賊団の頭は、三年前から指名手配されていたカンダタで間違いなかった」
カンダタは複数の商隊を襲い、商人や護衛の冒険者を殺していた。
これまで確認されていた被害だけでも、二十件を超えている。
さらに、地下水路に作られた拠点から、別の盗賊団や奴隷商人との取引記録も見つかった。
「依頼を受けた時点では、村の護衛と盗賊団の調査だけだった。しかし、お前達は人質を救出し、盗賊団を壊滅させ、指名手配犯を捕らえた」
ギースがレオンを見る。
「村人に死者は一人も出ていない。建物や畑には被害が出たが、それも最小限で済んだ。文句のつけようがない結果だ」
「そうか」
「もう少し喜べ」
「依頼を達成出来たことには安心している」
レオンにとって、それ以上の言葉は出なかった。
ギースもレオンの表情を見て、何も追及しなかった。
「カンダタにかけられていた懸賞金は、捕らえた《蒼天の戦乙女》へ支払われる。残る盗賊の討伐報酬と、リーヴァ村の防衛、人質救出の報酬は、功績に応じて分配した」
受付嬢が報酬の内訳を記した書類を、二人の前へ差し出す。
当初の依頼書に記されていた額よりも、遥かに多い。
特にレオンには、盗賊四十六人の討伐と、村人達の避難誘導を行った功績が認められていた。
「この金額で問題がなければ、こちらへ署名をお願いします」
レオンは内容を確認し、偽名であるレンの名を書く。
ミラも続けて署名した。
「これで、依頼は正式に完了となります」
受付嬢が二人の冒険者証へ記録を加える。
依頼完了の報告を聞いたミラは、僅かに肩の力を抜いた。
だが、机へ戻されたレオンの冒険者証を見ると、不思議そうに首を傾げた。
記載されている等級は、B級のままだった。
「レンは昇格しないんですか?」
ミラが尋ねる。
「A級ダンジョンを一人で攻略して、その後に盗賊団まで倒したんですよね?」
「ああ」
ギースが答えた。
「戦闘力だけで判断するなら、レンは既にA級へ到達している」
「だったら、どうして?」
「冒険者の等級は、強さだけで決まるものではないからだ」
ギースは両腕を組み、椅子の背へ身体を預けた。
「B級までなら、戦闘能力とダンジョンの攻略実績が大きく評価される。だが、A級から先はそれだけでは足りない」
A級冒険者には、大きな権限が与えられる。
高額な依頼。
危険区域への立ち入り。
秘匿された情報の閲覧。
領主や国から直接依頼を受ける機会も増える。
場合によっては、一人の判断が町や村の存亡を左右することもある。
そのため、協会が確認するのは戦う力だけではない。
依頼を最後まで遂行する責任。
依頼主や同行者からの信頼。
予想外の事態へ対応する判断力。
そして、冒険者協会への貢献度。
それら全てを満たして、初めてA級への昇格が認められる。
「レンが冒険者登録をしてから、まだ一か月と少ししか経っていない」
ギースが告げる。
「短過ぎる」
「短い?」
「A級への昇格には、原則として三か月以上の活動記録が必要になる。もちろん、期間だけ過ぎればいいわけではない。異なる種類の依頼を達成し、問題なく遂行出来ることを示さなければならない」
レオンがこれまで受けてきた依頼は、ほとんどが魔物の討伐とダンジョンの攻略だった。
リーヴァ村の依頼によって、護衛や人命救助の実績は加わった。
それでも、活動期間も依頼の種類も、A級として認めるには足りない。
「魔物を倒すだけが、冒険者の仕事ではない」
ギースが指を折りながら挙げていく。
「商隊や旅人の護衛。行方不明者の捜索。薬草や鉱石の採取。災害時の救助。街道へ現れる魔獣の駆除。依頼には様々な種類がある」
「全部を受ける必要があるのか?」
「全てではない。だが、お前がどのような状況でも依頼を遂行出来る冒険者だと、協会へ証明する必要はある」
「A級ダンジョンを一人で攻略したのに?」
ミラには、まだ納得出来ないらしい。
「それだけ難しいダンジョンを一人で攻略出来るなら、普通の依頼で困ることなんてないでしょ?」
「強ければ護衛対象を無視していいのか?」
ギースの問いに、ミラが言葉を止める。
「魔物を倒すことに夢中になり、護衛する商人を死なせる者もいる。採取対象を見つけても、周辺の環境を壊して次から採れなくする者もいる。捜索対象を発見しても、連れ帰る途中で置き去りにする者もいる」
どれほど強くても、依頼を正しく遂行出来なければ信用は得られない。
戦闘能力と冒険者としての信頼は、同じものではなかった。
「今回の件で、レンの評価は大きく上がった。村人を先に避難させ、盗賊の人数が偽装されている可能性を報告した判断も高く評価されている」
ギースは一度言葉を止める。
「だが、一つの依頼だけでA級には出来ない」
「そういう決まりなら仕方ないな」
レオンはあっさりと受け入れた。
「随分と素直だな」
「理由が分かれば納得出来る」
レオンは机へ置かれた自分の冒険者証を見る。
B級。
ゲームでは、攻略対象と共にダンジョンを攻略すれば、エリシアの等級は次々と上がっていた。
魔導国家へ来た時点ではC級。
二つのダンジョンを攻略することでA級まで上がり、条件を満たしていれば最後にはS級へ到達する。
光一がゲームを遊んでいた時は、それを単なる成長の演出だと思っていた。
主人公が攻略対象と共に難しいダンジョンを突破し、冒険者として認められていく。
それだけの話だと考えていた。
だが、違った。
エリシアは学園へ入った頃、生活費に困って王都の冒険者協会へ登録する。
そこで彼女は様々な依頼を受けていた。
薬草の採取。
行方不明になった子供の捜索。
貧しい者への食料の配達。
怪我をして協会へ運ばれてきた冒険者の治療。
選択肢によって内容は変わるが、どれも人を助けるものだった。
夏休みを迎える頃には、エリシアはC級冒険者になっている。
その後、攻略対象達と共に魔導国家を訪れ、ダンジョンを攻略することでA級まで上がる。
王都で十分な依頼を達成していれば、最後の昇格条件も満たすことが出来る。
レオンはそれまで、王都での行動を好感度や資金を増やすための選択肢だと考えていた。
だが、あれは冒険者協会への貢献度を積むための行動でもあった。
人を助け続けて得た信用。
そこへダンジョンの攻略実績が加わることで、エリシアは短期間で高い等級へ到達していた。
一方のレオンは、強い魔物と戦い、ダンジョンを攻略することばかり考えていた。
戦闘の実績は十分でも、冒険者としての信用が足りていない。
だからB級で止まった。
「なるほどな」
レオンが小さく呟く。
「何か分かったの?」
ミラが尋ねる。
「俺に足りないものが分かった」
「依頼の数?」
「それもある。だが、一番足りないのは信用だ」
冒険者になって一か月しか経っていない者を、協会が無条件で信用出来るはずがない。
身元すら偽名で隠している。
レオンがどれほど強くても、それと信用は別の問題だった。
「その理解で合っている」
ギースが頷く。
「焦る必要はない。今のまま依頼を続ければ、いずれ条件は満たせる」
「最短で、どの程度かかる?」
「少なくとも、あと二か月だ」
登録から三か月以上。
その間に異なる種類の依頼を受け、安定して成果を残す必要がある。
「分かった」
レオンは冒険者証を受け取った。
「なら、必要な実績を作る」
「本当に分かりやすいわね……」
ミラが呆れたように呟く。
「今日は休むって言ってたのに、もう次の依頼を受ける顔をしてる」
「三日休んだ」
「調べ物をしてたでしょ?」
「身体は休めていた」
「頭も休ませろって言われてたでしょ!」
ミラが声を上げる。
ギースは二人のやり取りを見て、小さく笑った。
「依頼を受けるのは構わんが、内容は選べ。今回のようなことが毎回起こるわけではない。それでも、何が起きるか分からないのが冒険者だ」
「ああ」
説明を終え、レオンとミラは部屋を出た。
一階へ戻ると、レオンはそのまま依頼掲示板へ向かう。
「やっぱり見るんじゃない」
「受けるとは言っていない」
「その言い方は、受けるつもりの人がする言い方よ」
掲示板には、多くの依頼書が貼られている。
魔物の討伐。
鉱石の採取。
行方不明者の捜索。
商人からの護衛依頼。
レオンは一枚ずつ内容を確認していく。
ダンジョンへ入る依頼は避ける。
今必要なのは、戦闘以外の実績だ。
やがて、一枚の依頼書の前で目を止めた。
ミストレアを出発し、南部の交易都市まで向かう商隊の護衛。
複数の町を経由するため、往復には十日以上かかる。
護衛対象は商人と荷馬車。
主な荷物は魔法具と薬草。
道中では盗賊や魔獣に襲われる可能性がある。
「商隊護衛?」
ミラが横から依頼書を覗き込む。
「ああ」
「長い依頼だよ。十日はミストレアへ戻ってこられないけど、いいの?」
「問題ない」
南部の交易都市には、様々な国から商人が集まる。
王国の商人もいるかもしれない。
正規の奴隷商人や、闇取引に関する情報を得られる可能性もある。
冒険者としての実績を積みながら、クラリスの査定書について調べることが出来る。
今のレオンにとって、都合のよい依頼だった。
「ミラはどうする?」
「私は行かない」
ミラはすぐに答えた。
「相方じゃないんだから、毎回一緒に依頼を受ける必要はないでしょ」
「ああ」
レオンがあっさり頷くと、ミラは僅かに頬を膨らませた。
「何よ」
「何も言っていない」
「少しくらい残念そうにしなさいよ」
「一緒に来てほしいのか?」
「そういう意味じゃない!」
周囲の冒険者達が、二人へ視線を向ける。
ミラは顔を赤くすると、逃げるように別の依頼書が並ぶ場所へ歩いていった。
「私は私で依頼を探すから!」
「ああ。気をつけろ」
「レンに言われなくても分かってる!」
レオンはミラの背中を見送ってから、商隊護衛の依頼書を掲示板から外した。
戦う力だけでは、A級へ進むことは出来ない。
護衛。
採取。
捜索。
救助。
魔獣の駆除。
これまで避けてきた仕事も、受けていく必要がある。
レオンは依頼書を手に、受付へ向かった。
A級へ上がるために。
そして、クラリスを奴隷へ落とそうとしている者へ近づくために。
次に選んだのは、南部の交易都市へ向かう商隊の護衛だった。




