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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第353話 奴隷の査定書

 レオンが目を覚ますと、窓の外は既に明るくなり始めていた。

 薄い朝日が、閉じられた窓の隙間から室内へ差し込んでいる。

 昨夜、いつ眠りについたのかは覚えていない。

 目を閉じれば、盗賊達の姿が何度も浮かんだ。

 最初に氷柱で貫いた男。

 魔剣で斬り裂いた男。

 川へ逃げようとした男達。

 だが、途中から何も考えられなくなった。

 冷たかった右手を包む温もりだけを感じながら、いつの間にか眠っていた。


 レオンは隣へ視線を向けた。

 同じ寝台の上で、ミラが眠っている。

 長い髪が枕の上へ広がり、顔の半分を隠していた。


 昨夜、二人は手を握ったまま寝台へ横になった。

 眠っている間に離れたのか、今は手を握っていない。

 それでも、二人の間にはほとんど隙間がなかった。


 レオンが身体を起こす。

 寝台が僅かに沈み、その揺れでミラの瞼が動いた。


「……レン?」


 まだ眠そうな声だった。

 ミラは何度か目を瞬かせる。

 それから自分がいる場所と、すぐ隣に座っているレオンを見た。


 昨夜のことを思い出したのだろう。

 その顔が一気に赤くなった。


「お、おはよう」


「ああ。おはよう」


 短い挨拶の後、気まずい沈黙が流れた。

 ミラは自分の唇に触れかけ、すぐに手を下ろす。

 レオンも何を話せばよいのか分からなかった。

 昨夜、ミラに口づけをされた。

 その後は手を握り、隣で眠った。

 嫌ではなかった。

 むしろ、ミラが傍にいてくれたから眠ることが出来た。

 だが、その意味を尋ねることも、自分から何かを伝えることも出来ない。


 先に動いたのはミラだった。

 勢いよく寝台から降り、椅子に掛けていた上着を手に取る。

 袖へ腕を通そうとして、左右を間違えた。


「……逆だぞ」


「分かってる!」


 ミラは慌てて腕を抜き、今度こそ正しく上着を着た。

 腰の帯を締め、床へ置いていた装備を抱える。

 それからレオンへ背中を向けたまま言った。


「勘違いしないでよね」


「何をだ?」


「昨日のこと!」


 ミラが振り返る。

 顔だけでなく、耳まで赤くなっていた。


「別に、レンの相方になるつもりはないから」


「……わかった」


「昨日助けてもらったお礼をしただけ。少し傍にいただけだから」


「ああ」


「……何か言いなさいよ」


「何を言えばいい?」


「もういい!」


 ミラは装備を抱えたまま扉へ向かう。

 取っ手へ手を掛けたところで、レオンが口を開いた。


「ミラ」


 ミラの動きが止まる。


「ありがとう」


 それだけだった。

 ミラは振り返らなかった。


「……」


 何も答えず、扉を開ける。

 その横顔は、先ほど以上に赤くなっていた。

 扉が閉まり、廊下を足早に進む音が遠ざかっていく。

 レオンはしばらく閉じた扉を見つめていた。

 胸に残る重苦しさが、消えたわけではない。

 四十六人を殺した事実も変わらない。


 それでも昨夜に比べれば、呼吸は随分と楽になっていた。

 レオンは寝台から降り、自分の服と装備を整えた。

 剣を腰へ下げたところで、腹部に僅かな空腹を感じる。


 食事をしたいとは思わなかった。

 昨夜も何も食べていない。

 料理を口へ入れたところで、飲み込めるかどうかも分からない。


 だが、食べなければ身体は動かない。

 何が起きても戦えるように、食べられる時に食べておく。

 それは魔物の多いノルディアで身についた習慣だった。

 レオンは部屋を出て、一階の食堂へ向かった。

 食堂には《蒼天の戦乙女》の五人が集まっていた。

 机の上には、村人達から差し入れられた料理が並んでいる。


 川魚を焼いた物。

 野菜と魚介を煮込んだ汁物。

 焼きたてのパン。

 酢と香草で漬けた小魚。

 昨夜の宴で出された料理の残りもあった。


 アストリッドがレオンへ気づく。


「おはよう、レン」


「ああ。おはよう」


「顔色は、昨夜より良くなったな」


 レオンは空いている椅子へ腰を下ろした。

 アストリッドの視線が一度、食堂の入口へ向かう。

 レオンの後ろに誰もいないことを確かめてから、僅かに目を細めた。


「昨日は、よく眠れたか?」


「ああ」


 レオンはパンを手に取る。


「久しぶりによく眠れた」


 その答えを聞き、《蒼天の戦乙女》の何人かがアストリッドへ視線を向けた。

 アストリッドの表情は変わらない。

 だが、パンを持つ指先へ僅かに力が入った。


「そうか。それならよかった」


 レオンはパンを一口だけ食べた。

 空腹だったはずなのに、味はほとんど分からない。

 それでも時間をかけて飲み込み、次に汁物を口へ運ぶ。

 アストリッドはレオンが食べ始めたことを確認してから、机の上で両手を組んだ。


「先に一つ、確認しておきたい」


「何だ?」


「昨日、お前が村人達を集会所へ避難させた時のことだ」


 レオンの手が止まる。


「あの氷壁を作った時、魔法陣を使っていなかったな?」


 レオンは答えなかった。

 村の四方から盗賊が現れた。

 ミラはリナを追い、一人で村を飛び出した。

 盗賊団が何人いるのかも分からず、村の中には戦えない者が大勢残っていた。


 全員を守る必要があった。

 一刻も早く、安全な場所を作らなければならなかった。

 レオンは焦っていた。

 そのため、指輪に刻まれた氷属性の魔法陣を起動することもなく、直接魔力を氷へ変えていた。

 レンとして正体を隠していることまで、頭が回っていなかった。

 アストリッドは黙り込んだレオンを見つめる。


「否定しないということは、やはり無詠唱魔術か」


 レオンは何も答えなかった。


 沈黙そのものが答えになっている。


「責めているわけではない」


 アストリッドが続ける。


「あの氷壁がなければ、村人に犠牲が出ていた。私達も安心して古い船着き場へ向かうことは出来なかっただろう」


「なら、何が聞きたい?」


「お前が何者なのかだ」


 食堂の空気が僅かに張り詰める。

 《蒼天の戦乙女》の四人は口を挟まない。

 既に昨夜、アストリッドから話を聞いているのだろう。


「魔導国家では、魔法陣を使わずに魔法を発動出来る者はほとんどいない」


 アストリッドはレオンの指へ視線を向けた。


「帝国や王国では、一部の貴族が無詠唱魔術を使うと聞いている。だが、あれほど巨大な氷壁を四方へ同時に作り出せる者となれば、王国の大貴族か王族級だ」


「それで、俺が王国貴族だと?」


「その可能性が高いと思っている」


 アストリッドはレオンから目を逸らさない。


「それだけではない。私には、お前の魔力を感知出来ない」


「俺には魔力がないということか?」


「逆だ」


 アストリッドは即座に否定した。


「自分より遥かに魔力量の多い相手の魔力は、正確に感知出来ない。強過ぎる魔力に覆われ、個人の魔力として認識出来なくなるからだ」


 レオンは以前、カイルから聞いた説明を思い出した。

 自分が小さな魔力を感知出来ないのと同じように、相手も自分の魔力を感知出来ないことがある。


 アストリッドも同じ状態なのだろう。


「私がこれまで魔力を感知出来なかった人間は、お前を含めて三人だけだ」


 アストリッドはそこで言葉を止めた。

 残る二人が誰なのかまでは話さない。

 だが、彼女の表情から、どちらも普通の人間ではないことは分かった。


「レンという名も、本名ではないのだろう?」


 レオンは答えなかった。


「やはりな」


 アストリッドが小さく息を吐く。


「安心しろ。正体を話せとは言わない。名を隠して魔導国家へ来たのなら、それなりの事情があるのだろう」


「協会へ報告するのか?」


「無詠唱魔術については報告しない。お前の魔力量についても同じだ」


「どうしてだ?」


「お前は村を守るために力を使った。それを理由に、正体を探るつもりはない」


 アストリッドの言葉に、残る四人も頷いた。


「ただし、今後は気をつけろ。昨日の光景を見た者なら、お前がただの冒険者ではないと分かる」


「ああ。次からは気をつける」


 昨日はそこまで考える余裕がなかった。

 だが、レンとして行動を続けるのであれば、同じ失敗は出来ない。


「助かる」


 レオンが短く礼を告げる。

 アストリッドは頷くと、足元に置いていた革袋を机の上へ載せた。


「本題はこちらだ」


 革袋から複数の書類を取り出す。


「昨夜のうちに、盗賊団の頭から聞ける範囲のことは聞いた」


「何か分かったのか?」


「王国貴族とは直接会ったことがないそうだ。資金、武器、村の情報は、商人を名乗る仲介人から受け取っていた」


「仲介人の名前は?」


「本名かどうかは分からない。人相と特徴、それから次に接触する予定だった場所は聞き出した。協会本部へ戻った後、手配する」


 アストリッドは一枚ずつ書類を分けていく。


「原本は全て協会本部へ提出する。王国貴族が関わっている可能性がある以上、私達だけで調べ続けることは出来ない」


「ああ」


「だが、お前が昨日、この名前に反応したことが気になった」


 最後に一枚の紙がレオンの前へ置かれる。

 昨日見つかった奴隷の査定書を、正確に書き写した物だった。


「原本を渡すことは出来ない。だから、昨夜のうちに写しを作らせた」


 レオンは書類を手に取った。

 そこには何人もの名前が記されている。

 その中でも、ほかより詳しく情報が記載されている人物がいた。


 クラリス・ローゼンベルク。

 王国公爵家令嬢。


 全属性への高い適性。

 容姿、血統共に優れており、奴隷として市場へ流れた場合は極めて高い価値が見込まれる。

 確保出来る場合、ほかの対象より優先すること。


「この令嬢と面識があるのか?」


「あまり、会話をしたことはない」


「それにしては、随分と気にしていたようだが」


「王国貴族なら、知らない者の方が少ない名前だ」


 嘘ではない。

 ローゼンベルク公爵家は王国でも有数の大貴族だ。

 その令嬢であり、第一王子アレクの婚約者でもあるクラリスの名は広く知られている。


 アストリッドはそれ以上追及しなかった。

 レオンは再び査定書へ視線を落とす。

 原作では、クラリスは犯罪奴隷となった。


 学園創立記念日のパーティーで、エリシアへのいじめを主導した者として断罪される。

 アレクはクラリスの行いに失望し、怒りと共に婚約破棄を言い渡す。


 だが、レオンは以前から疑問に思っていた。

 真面目で努力家だったクラリスが、本当に平民へのいじめを望んでいたのか。

 公爵令嬢という立場にいながら、周囲の令嬢達を完全に止められなかった可能性はある。

 だが、自ら率先してエリシアを苦しめるような人間には思えなかった。


 原作では、学園創立記念日のパーティーが開かれる前、エリシアのドレスが燃やされる。

 それを行ったのも、クラリスだとされていた。


 光一だった頃のレオンは、それが犯罪奴隷となる原因なのだと考えていた。


 他人の物へ火をつける。

 相手へ危害を加える。

 光一が生きていた世界であれば、間違いなく犯罪だった。


 だが、ここは身分の存在する世界だ。

 クラリスは王国でも最高位に近い公爵家の令嬢。

 対するエリシアは、その時点では爵位を持たない平民だった。


 逆であれば分かる。

 平民が公爵令嬢の持ち物へ火をつければ、重い罪に問われるだろう。

 しかし、公爵令嬢が平民のドレスを燃やしたという理由だけで、犯罪奴隷へ落とされることなどあるのか。


 王国貴族であるレオンは、その答えを知っている。


 あり得ない。


 学園から処分を受ける可能性はある。

 被害への賠償を命じられることもある。

 王子の婚約者として相応しくないと判断され、婚約を破棄されることもあるだろう。

 だが、それだけで公爵令嬢を犯罪奴隷へ落とすことは出来ない。


 アレクが第一王子であっても、怒りに任せて公爵令嬢を犯罪奴隷にする権限などない。

 正式な調査と裁定が必要になる。

 ローゼンベルク公爵家も黙って受け入れるはずがなかった。


 そこでレオンは、自分の認識が間違っていたことに気づいた。

 クラリスは、エリシアをいじめたから犯罪奴隷になったのではない。

 婚約破棄を言い渡された後、犯罪奴隷へ落とすための別の罪を着せられた。

 あるいは、最初からそこまで含めて仕組まれていた。


 レオンは査定書を持つ手へ力を込める。

 クラリスが断罪されるのは、まだ四年以上も先の話だ。

 それなのに、既に彼女を奴隷として売却した場合の価値が調べられている。


 全属性への適性。

 容姿。

 血統。


 そして、ほかの対象より優先して確保するという指示。

 誰かがクラリスの転落を予測していたのではない。

 奴隷へ落とすことを前提に、準備を進めている。

 本来であれば、まだ時間はある。

 だが、そう考えるのは危険だった。


 レオンは既に、原作には存在しなかった出来事をいくつも起こしている。

 学園へ通わず、ノルディアの領主となった。

 帝国との和平を新たに成立させた。

 教国やフェルナードとも、原作にはなかった関わりを持っている。


 自分の行動によって、この世界は少しずつ原作とは異なる方向へ進み始めていた。

 変化するのが、良い出来事だけとは限らない。


 本来なら四年以上先に起きるはずだったクラリスの断罪が、早まる可能性もある。

 既に誰かが動き始めている以上、原作と同じ時期まで待ってくれる保証はなかった。


「何か分かったのか?」


 アストリッドが尋ねる。


「いや」


 レオンは査定書を折らないよう、丁寧に持ち直した。


「ただ、この書類は俺が預かってもいいのか?」


「お前に作った写しだ。好きにしろ」


「助かる」


 レオンは査定書を自分の荷物へ入れる。

 ミストレアへ戻ったら、すぐに調べる必要がある。

 王国で行われている犯罪奴隷のオークション。

 奴隷を出品するために必要な手続き。

 誰が奴隷を買い取り、どのような経路で国外へ運んでいるのか。

 クラリスが原作で流される闇オークションについても、改めて情報を集めなければならない。


 査定書を作った者が、クラリスをどこへ売ろうとしているのか。

 断罪まで四年以上あるという考えは、捨てた方がいい。

 クラリスを救うつもりなら、動き始めるのは今だった。


 レオンは残っていたパンを食べ終え、椅子から立ち上がった。


「話は以上か?」


「ああ。出発は昼前を予定している。それまでに準備を済ませてくれ」


「分かった」


 レオンは食堂を出て、出発の準備をするため自室へ戻った。





 それから少しして、食堂の扉が静かに開いた。

 中へ入ってきたのはミラだった。

 髪を整え、装備も普段どおり身につけている。

 それでも、どこか落ち着かない様子で食堂の中を見回した。

 レオンの姿がないことを確認すると、僅かに肩の力を抜く。


「おはようございます」


 ミラが緊張した声で挨拶する。


「おはよう、ミラ」


 アストリッドが答える。

 ミラは空いている席へ座ろうとした。


「ミラ。少しいいか?」


「は、はい!」


 名前を呼ばれた瞬間、ミラの背筋が伸びた。

 その反応に、アストリッドが僅かに眉を上げる。


「そこまで緊張する必要はない」


「無理です」


「何故だ?」


「小さい頃から、ずっと憧れていた方なので……」


 ミラは普段よりも小さな声で答える。

 A級ダンジョンへ入る時でさえ、これほど緊張していなかった。


 《蒼天の戦乙女》。


 女性だけで結成されたS級パーティー。

 そのリーダーであるアストリッドは、魔導国家で冒険者を志す女性達の憧れだった。


「まずは座ってくれ」


「はい」


 ミラは言われたとおり、椅子へ腰を下ろす。

 偶然にも、先ほどまでレオンが座っていた場所だった。


 アストリッドの視線が、その椅子へ僅かに止まる。

 昨夜、レオンの部屋の前で聞いたミラの声。

 今朝、食堂に一人で現れたレオン。

 そして、久しぶりによく眠れたという言葉。

 胸の奥に、また小さな引っかかりが生まれる。


 だが、アストリッドはその感情の正体が分からなかった。


「ミラ。お前は普段から一人で依頼を受けているのか?」


「はい。誰かと一緒になることもありますが、決まった仲間はいません」


「今回、村から一人で飛び出したな」


 ミラの表情が曇る。


「……はい」


「責めるつもりはない。村長の娘が攫われ、助けなければならないと思ったのだろう」


「でも、私が勝手に飛び出したせいで、レンは……」


「そのことも含めて話しておきたい」


 アストリッドは真っ直ぐミラを見る。


「お前の魔力量は多い。戦う力もある。今回、盗賊に囲まれてもリナを守り続けた。それは評価している」


 ミラが僅かに顔を上げる。

 憧れていた人物から認められたことで、その瞳に喜びが浮かんだ。


「だが、一人で依頼を受け続けるのは勧めない」


「私では、まだ実力が足りませんか?」


「そうではない」


 アストリッドは首を横へ振る。


「一人なら、依頼の報酬を誰かと分ける必要はない。行動も自分だけで決められる。だが、怪我をした時に助ける者はいない。不意を突かれた時に背中を守る者もいない」


 ミラは黙って聞いている。


「仲間を作れば、一人当たりの報酬は減る。意見が合わず、思いどおりに動けないこともあるだろう。それでも、失敗した時に支えてくれる者がいる。自分では気づけない危険を教えてくれる者もいる」


 アストリッドは僅かに声を強める。


「一人で敵に勝てることと、一人で依頼を続けられることは別だ」


「……はい」


「今回、レンが来なければ、お前とリナは死んでいた可能性が高い」


 ミラの両手に力が入る。

 否定は出来なかった。

 実際にレオンがいなければ、リナを救うことも、四十六人もの盗賊から逃げることも出来なかった。


「次に同じことが起きた時、必ずレンがいるとは限らない」


「分かっています」


 ミラは俯いた。


「今度からは、一人で飛び出したりしません」


「ならいい」


 アストリッドは頷いた。

 本来なら、その場で誘ってもよかった。

 ミラの魔力量は高い。

 経験を積めば、《蒼天の戦乙女》でも十分に戦えるようになる。


 何より、危険と分かっていても子供を助けようとした心は、アストリッドが仲間へ求めるものと同じだった。


 だが、誘いの言葉を口にしようとした瞬間、昨夜のことが頭をよぎった。

 レオンの部屋から聞こえたミラの声。

 今朝、久しぶりによく眠れたと答えたレオン。

 先ほどまでレオンが座っていた椅子に座るミラ。


 胸の奥に、理由の分からない感情が生まれる。

 ほんの僅かな迷いの後、アストリッドは口を開いた。


「B級になったら、私達を訪ねてこい」


 ミラが顔を上げる。


「えっ?」


「その時は、《蒼天の戦乙女》の一員として迎えよう」


 ミラは言葉を失った。

 自分が憧れ続けてきたパーティー。

 そのリーダーから、仲間として迎えると言われた。


「ほ、本当ですか?」


「ああ。ただし、次に感情だけで飛び出すようなことがあれば、この話はなかったことにする」


「しません!」


 ミラは勢いよく立ち上がった。


「絶対にB級になります!」


「期待している」


 ミラは何度も頭を下げた。

 朝食を食べることも忘れ、そのままレオンへ報告するため食堂を飛び出しそうになる。

 だが、扉へ向かって数歩進んだところで、今朝のことを思い出したらしい。


 足が止まった。


 顔が赤くなり、今度は大人しく席へ戻ってくる。

 その様子を見ていた《蒼天の戦乙女》の一人が、小さく笑った。

 ミラが食事を始めた後、仲間の一人がアストリッドの傍へ顔を寄せる。


「今の実力でも、迎えてよかったのではありませんか?」


 アストリッドはミラへ聞こえないよう、声を落とした。


「実力だけならな。だが、まだ経験が足りない」


「そういうことにしておきます」


「どういう意味だ?」


「さあ?」


 仲間は楽しそうに笑い、自分の席へ戻っていった。

 アストリッドは眉を寄せる。

 何を言われたのか分からない。

 ただ、ミラを見ていると胸の奥に小さな引っかかりが残る。


 それが嫉妬と呼ばれる感情であることに、アストリッド自身はまだ気づいていなかった。

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