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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第351話 残された温もり

 リーヴァ村へ戻ったレオンは、集会所を囲んでいた氷壁の一部を消した。

 開いた通路から顔を出した《蒼天の戦乙女》の二人が、レオンの姿を見つける。


「レン、リナは?」


「無事だ。ミラが連れて戻ってくる」


 それだけを伝えると、レオンは集会所の中へ入った。

 広間には、避難してきた村人達が集まっている。


 不安そうに身を寄せ合っていた村人達は、レオンが一人で戻ってきたことに気づくと、一斉に顔を上げた。

 パルマが人混みを掻き分けて近づいてくる。


「レン殿、娘は……」


「怪我はない。もうすぐ戻る」


 パルマはその場で力が抜けたように膝をついた。


「よかった……」


 レオンはそれ以上何も言わなかった。

 盗賊団を討伐したことも。

 そのほとんどを自分が殺したことも。

 口にしなかった。

 少しして、集会所の外から走竜の足音が聞こえてくる。

 ミラがリナを抱いて入ってきた。


「お父さん!」


「リナ!」


 パルマが立ち上がり、娘を強く抱き締める。


「怖かったよ……」


「ああ。もう大丈夫だ。もう大丈夫だからな」


 泣きじゃくるリナの背中を、パルマが何度も撫でる。

 その光景を見て、集まっていた村人達から安堵の声が上がった。


 レオンも二人を見ていた。

 リナは生きている。

 パルマも生きている。

 村人達も無事だ。

 守ることは出来た。

 それでも、胸の中に残った重い感覚は消えなかった。


 ミラがレオンに視線を向ける。

 目が合う前に、レオンは顔を逸らした。


「レン殿」


 集会所の入口からアストリッドの声が聞こえた。

 盗賊団の頭を捕らえた後、彼女達は古い船着き場へ残っていた。

 戻ってきたアストリッドの服には、何か所か血が付着している。


「少し話がある」


「ああ」


 レオンはアストリッドと共に、集会所の奥にある小部屋へ入った。

 部屋の中央には机があり、その上へ村の地図が広げられている。

 アストリッドは持ってきた革袋を机に置いた。


「盗賊の頭は生きている。両腕を拘束し、仲間二人に見張らせている」


「そうか」


「ほかの盗賊についても、人数と所持品を確認した。死亡したのは四十六人だ」


 その数字を聞いた瞬間、レオンの右手が僅かに動いた。

 四十六人。

 分かっていた数だ。

 それでも、改めて口にされると重く感じる。


「遺体は?」


「一か所へ集め、布を掛けてある。身元を確認出来る物や装備品は分けて保管した。協会へ提出する記録も作らせている」


 アストリッドは淡々と報告する。

 盗賊であっても、討伐後にそのまま放置するわけにはいかない。


 人数。

 人相。

 所持品。

 身体的な特徴。


 犯罪者として手配されている者がいないかを確認し、協会へ報告する必要がある。

 遺体については、協会から確認に来た職員が身元を調べた後、村の外で処理されることになった。


「それから、古い倉庫の床下に地下水路へ続く入口があった」


 アストリッドが革袋から複数の書類を取り出す。


「地下水路の奥に、あいつらの拠点がある。武器、食料、貨幣。それに、人を拘束するための鎖と首輪も見つかった」


「奴隷取引か」


「その可能性が高い」


 アストリッドは一枚の紙を地図の上へ置いた。

 そこには、リーヴァ村を乗っ取るまでの手順が書かれていた。


 畑や家畜小屋を少人数で襲い、自警団の動きを調べる。

 盗賊の人数を実際より少なく見せる。

 村長の娘を攫う。

 娘を餌に、村長、水門番、倉庫の管理者、漁師達の代表を古い船着き場へ呼び出す。

 村の中心となる者達を殺した後、盗賊団が商人を装って村へ入る。


 船着き場と水門を支配し、川を通る船から通行料を徴収する。

 村にある倉庫を使い、盗品と奴隷を船で運ぶ。

 海へ逃げられるため、討伐隊が来ても追跡されにくい。


「最初から、この村を奪うつもりだったのか」


「ああ。ただ略奪するより、村そのものを手に入れた方が稼げると考えたらしい」


 アストリッドは別の書類を取り出した。


「問題はこちらだ」


 紙には、盗賊団へ送られた武器や資金の量が記されている。

 その中には、レイン魔導国家ではあまり使われていない形式の金貨も含まれていた。


 王国金貨。

 そして書類の端には、小さな紋章が押されている。


「王国の貴族が使う紋章に見える。何か分かるか?」


 レオンは書類を手に取った。

 紋章は蝋が潰され、一部しか残っていない。

 どの貴族家のものかまでは分からなかった。

 しかし、王国貴族が書状へ使う形式であることは間違いない。


「家名までは分からない。だが、王国で作られた書類だ」


「盗賊へ武器と金を流していた者が、王国にいるということか」


「その可能性はある」


 レオンは残された書類へ目を通していく。

 武器の受領書。

 船の運航予定。


 王国から運び込まれる荷物の一覧。

 捕らえた者を売却した際の利益配分。

 盗賊団は単独で動いていたのではない。

 複数の商人や貴族とつながる、大きな組織の一部だった。

 最後に、何人もの名前が並ぶ書類へ目が止まる。


 年齢。

 出身。

 容姿。

 属性。

 身分。


 奴隷として売却された場合に、どの程度の価値があるか。

 それらを記した査定書だった。


 既に売られた者だけではない。

 まだ自由に暮らしている者の名まで記されている。

 対象となる者が罪に問われたり、家を失ったりした際、すぐに確保するための情報らしい。


 レオンは書類を読み進める。

 その途中で、指が止まった。


 クラリス・ローゼンベルク。

 王国公爵家令嬢。

 全属性への高い適性を持つ。

 容姿、血統共に優れており、奴隷として市場へ流れた場合は極めて高い価値が見込まれる。

 確保出来る場合、ほかの対象より優先すること。


 レオンは何度も、その名前を見直した。

 見間違いではない。

 クラリスの名前が、奴隷としての価値を記した書類に載っている。


 まだ彼女は罪に問われていない。

 婚約も破棄されていない。

 ローゼンベルク公爵家の令嬢として、王都で暮らしている。

 それなのに、誰かが彼女を奴隷として売る場合の価値を調べていた。


 原作では、クラリスは犯罪奴隷となった。

 そして、闇オークションへ流される。

 レオンはこれまで、それが断罪された結果だと考えていた。

 だが、この書類は違う可能性を示している。

 誰かがずっと前から、クラリスが奴隷へ落ちることを知っていた。


 あるいは。

 最初から、クラリスを奴隷へ落とすつもりで動いている。


「知っている名前か?」


 アストリッドが尋ねる。

 レオンは表情を変えないように意識し、書類を机へ戻した。


「王国の公爵令嬢だ。知らない者の方が少ない」


「公爵令嬢を奴隷として査定しているのか」


 アストリッドの目が鋭くなる。


「随分と危険な書類だな」


「ああ。この盗賊団だけで終わる話ではない」


「協会本部へ持ち帰る。写しを作った後、王国の冒険者協会にも送られるはずだ」


 それでは遅いかもしれない。

 そう思ったが、レオンは口にしなかった。

 この書類を見つけたこと自体は大きい。

 クラリスが奴隷へ落ちる未来の背後に、何者かの意図が存在する。

 それを知ることが出来た。


 書類を詳しく調べれば、つながっている王国貴族も判明するかもしれない。


「レン」


 アストリッドが呼ぶ。


「何だ?」


「この後、皆で食事をする。お前も来ないか?」


「いや」


 レオンは即座に断った。


「少し休みたい」


 アストリッドはしばらくレオンの顔を見ていた。


 普段と変わらない声。

 普段と変わらない表情。

 だが、顔色は明らかに悪かった。


「分かった。無理に誘うつもりはない」


「ああ」


「だが、一人で抱え込むな」


 レオンは答えず、小部屋を出た。

 日が沈む頃には、畑や倉庫で起きていた火も消し止められた。

 盗賊達が火を放った場所には、村人がいなかった。

 全員を集会所へ避難させ、氷壁で守ったためだ。

 建物や作物には被害が出たが、命を落とした村人はいない。


 リナも多少の擦り傷があるだけだった。

 盗賊団の頭は、集会所の近くにある倉庫へ閉じ込められた。

 翌朝、協会へ送る予定になっている。


 レオン達には村の宿が用意された。

 アストリッド達は一階の食堂に集まり、村人から差し入れられた料理を食べている。


 そこにレオンの姿はなかった。

 二階の部屋。

 レオンは魔法灯もつけず、寝台の端へ座っていた。


 窓の外から差し込む月明かりだけが、暗い部屋を僅かに照らしている。

 目を閉じると、男が倒れる瞬間が浮かぶ。


 氷柱が頭を貫く感触など、手には残っていない。

 遠くから放った魔法だ。

 それでも、右手から離れない。


 自分が殺した。

 四十六人。


 その中に、盗賊になりたくてなったわけではない者がいたかもしれない。

 脅されて加わった者がいたかもしれない。

 初めて犯罪へ手を染めた者がいたかもしれない。


 もう確かめることは出来ない。

 自分が全員を殺したからだ。


 扉を叩く音が聞こえた。

 レオンは返事をしなかった。

 もう一度、扉が叩かれる。


「レン。入るよ」


 ミラの声だった。

 返事を待たずに扉が開く。


 ミラは料理を載せた盆を手にしていた。

 暗い部屋へ入ると、壁に設置された魔法灯へ魔力を流す。

 淡い光が部屋を照らした。


「どうして灯りもつけてないの?」


 レオンは答えない。

 ミラが寝台へ近づく。

 そして、レオンの顔を見た瞬間に足を止めた。


 顔色は白い。

 目元は赤く、頬には乾いた涙の跡が残っていた。

 ミラは何も言わず、盆を机へ置いた。

 そのままレオンの隣へ腰を下ろす。


「食べられそう?」


「悪いが、いらない」


「少しだけでも食べた方がいいよ」


「今は無理だ」


「そっか」


 ミラは無理に勧めなかった。

 しばらく、二人とも何も言わなかった。

 一階から、僅かに笑い声が聞こえてくる。


 村を守ることが出来た。

 攫われたリナも戻ってきた。

 本来なら、討伐の成功を喜ぶ夜だ。


 だが、レオンにはその声が遠く感じられた。


「私もね」


 ミラが静かに口を開く。


「初めて盗賊を殺した夜は、何も食べられなかった」


 レオンが僅かに顔を上げる。


「ミラも……?」


「冒険者を続けてたら、盗賊の討伐依頼を受けることもあるから」


 ミラは自分の両手へ視線を落とした。


「初めて殺した時は、何日も夢に出てきた。自分が殺した人の顔を思い出して、本当にあれで良かったのかなって考えた」


「今は、平気なのか?」


「平気だとは言いたくない。でも、最初の頃よりは慣れた」


 ミラは少し寂しそうに笑う。


「時間が経てば、罪悪感は薄くなる。人を殺した自分にも慣れていく。それがいいことなのかは、私にも分からないけど」


 レオンは黙って聞いていた。


「初めて盗賊を討伐した夜に酒場で騒いだり、そのまま娼館へ行ったりする男の冒険者も多いよ」


「どうしてだ?」


「生きてるって確かめたいんじゃないかな。お酒を飲んで、人の身体に触れて、死んだ人のことを考えないようにするの」


 ミラはレオンを見た。


「逆に、ずっと苦しむ人もいる。特に教国出身の冒険者には多いって聞いたことがある。人の命を奪うことを、罪だと強く教えられているから」


「俺は教国の出身ではない」


「知ってるよ」


「なら――」


「レンが優しいから、苦しんでるってことくらい分かる」


 レオンは俯いた。


「優しくはない」


「優しいよ」


「俺は……四十六人殺した」


 声が震えた。


「一人目を殺した後、全員を殺すと決めた。逃げた者まで殺した。捕らえる方法が、あるのかさえも考えなかった」


「私とリナを守るためでしょ?」


「それでも、俺が殺したことは変わらない」


「うん」


 ミラは否定しなかった。


「レンが殺した。それは変わらないよ」


 慰めるための嘘は口にしない。

 正しかった。

 仕方がなかった。

 そんな言葉で、四十六人の命が消えた事実をなくすことは出来ない。


「私が一人で飛び出したから」


 ミラが両手を握り締める。


「レンの話を最後まで聞いていれば、あんな場所へ一人で行かなかった。リナを助けなきゃって、それしか考えられなかった」


「ミラのせいではない」


「私の依頼だった」


「俺が行くと決めた」


「でも――」


「俺が自分で決めた」


 レオンは初めてミラを見た。


「ミラとリナが生きているなら、それでいい」


 その言葉を聞き、ミラの胸へ二つの感情が込み上げた。


 一つは罪悪感。

 自分が頼んだ依頼で、レオンは初めて人を殺した。

 自分が飛び出したせいで、レオンは一人で四十六人を相手にした。


 もう一つは、安堵だった。

 ミラにとって、レオンは何でも出来る人間だった。

 剣も。

 魔法も。

 ダンジョンの攻略も。

 自分では到底届かない場所にいる。

 弱いところなど、どこにもないと思っていた。


 だが、違った。

 レオンは人の命を奪ったことに苦しみ、誰もいない暗い部屋で涙を流していた。


 完璧ではない。

 誰よりも強いのに、誰かを殺したことへ耐えられなくなるほど優しい。


 ミラはそっと、レオンの右手へ触れた。

 レオンの指先は冷たかった。


「何をしている?」


「手を握ってる」


「それは分かる」


「なら、聞かなくていいでしょ」


 ミラは両手でレオンの手を包んだ。


「離した方がいい」


「嫌」


「俺には、近づかない方がいい」


「知ってるよ」


 ミラがレオンへ身体を寄せる。

 肩と肩が触れた。


「レンが何をしたのかも、どれだけ苦しんでるのかも知ってる」


 ミラはレオンの手を握ったまま、僅かに顔を近づけた。

 柔らかな唇が、一瞬だけレオンの唇へ触れる。

 すぐに離れたミラの頬は赤くなっていた。

 レオンは何も言えず、目を見開いている。


「今のは……」


「言わなくていい」


 ミラは恥ずかしそうに目を逸らした。

 それでも手は離さなかった。


「今日、私もリナも生きて帰れた」


 握った手へ、少しだけ力を込める。


「この温かさは、レンが助けてくれたから残ってるの」


 レオンはミラの手を見た。

 温かかった。

 自分の手を包む温もりが、確かにそこにある。


 リナも生きている。

 ミラも生きている。

 守ることが出来た命がある。


 だが奪った命が消えるわけではない。

 自分のしたことが許されるわけでもない。

 それでも、守ったものまで否定する必要はないのかもしれない。


 レオンはゆっくりと指を動かし、ミラの手を握り返した。

 その夜、魔法灯の淡い光の下で、二つの影だけは最後まで離れなかった。

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