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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第350話 初めて奪った命

 三頭の走竜が、川沿いの道を駆け抜ける。

 先頭を走るのはアストリッド。

 その後ろを《蒼天の戦乙女》の二人が追い、レオンは三頭目の走竜へ同乗していた。

 目指すのは、村の南にある古い船着き場。


 四年前の治水工事が行われる以前、商船が荷物を降ろすために使っていた場所だった。

 現在は新しい船着き場が整備され、ほとんど使われていない。

 盗賊がリナを連れてくるよう指定した場所でもある。


「見えた!」


 アストリッドが声を上げる。

 木々の隙間から、朽ちかけた桟橋と古い倉庫が見えた。

 その手前に、ミラが立っている。

 一人ではない。


 ミラの前には、剣や斧を手にした男達が並んでいた。

 その数は、遠目に確認出来るだけでも二十人を超えている。


「ミラ!」


 レオンが呼ぶ。

 ミラが振り返った。


「レン……!」


 その声には安堵と焦りが混じっていた。

 アストリッド達が走竜から飛び降りる。

 レオンも地面へ降り、すぐに周囲を確認した。


 古い倉庫。

 朽ちた桟橋。

 川へつながる水路。

 両側を囲む林。

 見える範囲にいる者だけではない。


 木々の陰。

 倉庫の裏。

 水路の中に置かれた小舟。

 そこにも複数の気配がある。


「囲まれているな」


 アストリッドが腰の剣を抜いた。

 その言葉を合図にしたように、林や倉庫の裏から男達が姿を現す。


 三十人。

 四十人。


 最終的に姿を現した盗賊は、四十七人にまで増えた。

 レオンが予想していた以上の人数だった。

 これほどの集団が村の近くに潜みながら、これまで五、六人しか姿を見せなかった。

 やはり、最初から人数を隠していたのだ。


「随分と集めたものだな」


 アストリッドが周囲を見回す。

 盗賊達の装備は悪くない。

 手入れされた剣。

 革鎧だけでなく、金属製の胸当てを身につけている者もいる。

 食事も十分に与えられているらしく、痩せ細った者はいなかった。


 ただの食い詰め者が集まった盗賊団ではない。

 その中から、一人の大男が前へ出た。

 右手には、幅の広い片刃の剣が握られている。

 頬には古い傷があり、首から下げた紐にはいくつもの冒険者証が通されていた。

 殺した冒険者から奪ったものなのだろう。


「《蒼天の戦乙女》か」


 男はアストリッドの青い髪を見て、僅かに顔を歪めた。


「来るのが早過ぎるだろ」


「レンの報告が正確だったからな」


 アストリッドは剣を構える。


「お前達が少人数を装っている可能性も書かれていた。B級冒険者の報告を受けて、それでも少人数だけを送るほど協会は愚かではない」


 男の視線がレオンへ移る。


「お前がレンか」


「ああ」


「余計なことをしてくれたな」


 男が剣を振るう。

 刃の周囲へ風が集まった。

 次の瞬間、目に見えない刃が地面を走る。


「下がれ!」


 アストリッドが前へ出た。

 自身の剣にも風を纏わせ、横薙ぎに振るう。

 二つの風が正面からぶつかった。

 激しい音と共に、周囲へ砂埃が舞い上がる。


「風属性か」


 アストリッドが呟く。


「見れば分かるだろう」


 盗賊団の頭は剣を肩へ担いだ。

 剣の周囲では、まだ風が渦巻いている。

 男が持つ属性は風だけ。

 だが、その風を剣から刃として放つ技量は高い。

 これまでにも、同じ技で多くの冒険者を殺してきたのだろう。


「同じ風属性なら、どちらが上か試してみるか?」


 男が挑発する。

 アストリッドは小さく笑った。


「同じ?」


 彼女の剣を包む風の内側に、赤い炎が生まれた。

 風に煽られた炎が、瞬く間に剣身全体を覆っていく。

 盗賊団の頭の表情が変わった。


「二属性持ち……」


「お前の相手は私だ」


 アストリッドが踏み込む。

 風に押し出された身体が一瞬で加速した。

 盗賊団の頭も剣を振り、複数の風刃を放つ。

 アストリッドは剣を翻した。


 一つ目を風で逸らす。

 二つ目を炎で焼き払う。

 三つ目を剣で斬り裂き、そのまま男との距離を詰めた。

 二人の剣が激しくぶつかる。

 炎と風が弾け、古い船着き場へ熱風が吹き荒れた。


 《蒼天の戦乙女》の二人も、アストリッドを援護するために動く。

 盗賊団の頭は、三人が相手をする。

 だが、残りは四十六人。

 その全てがレオンとミラへ向けて武器を構えていた。


「リナはどこだ?」


 レオンが尋ねる。

 盗賊の一人が、古い倉庫の陰から少女を引きずり出した。

 後ろ手に縄を掛けられ、口には布を噛ませられている。


「んっ……!」


 リナが必死に身体を動かす。

 その首元には、盗賊の短剣が突きつけられていた。


「リナ!」


 ミラが駆け出そうとする。

 レオンは腕を伸ばし、ミラを止めた。


「待て」


「でも!」


「俺が助ける」


 レオンは盗賊達の配置を見る。

 リナを押さえている男を含め、その近くにいるのは五人。

 残りは少し離れている。


「剣を捨てろ!」


 リナを捕らえた男が叫ぶ。


「捨てなければ、このガキの喉を切る!」


 レオンは剣から右手を離した。

 ゆっくりと腕を下ろす。

 男が勝ち誇ったように笑った。

 その瞬間、五人の足元から氷が噴き出した。


「なっ――」


 氷は一瞬で男達の脚から胴までを包み込む。

 リナを押さえていた男の右腕も凍りつき、短剣が首元から離れた。


「ミラ!」


「分かってる!」


 ミラが駆け出す。

 凍りついた男の腕からリナを奪い、その身体を抱き締めた。


「リナ、大丈夫!?」


 少女が何度も頷く。

 ミラは口の布を外し、両手を縛っていた縄を切った。


「ミラお姉ちゃん……」


「もう大丈夫。絶対に離さないから」


 リナが泣きながらミラへしがみつく。

 救出には成功した。

 だが、盗賊達は動きを止めていない。


「火を使える奴はいるか!」


 一人が叫ぶ。

 盗賊達の中から、右手に魔法陣の刻まれた腕輪をつけた男が前へ出る。

 腕輪が赤く光り、炎が放たれた。

 炎が五人を拘束している氷へ当たる。

 レオンの氷は簡単には溶けない。


 それでも表面に亀裂が入り、拘束されていた男達が内側から身体を動かし始めた。

 レオンは新たな氷を作ろうと右手を向ける。

 その時だった。


 右目の奥に、鋭い痛みが走った。

 目の前の光景が僅かに揺らぐ。

 未来が見えた。


 炎によって氷から抜け出した一人が、レオンへ向かって走る。

 レオンはその攻撃を受け止める。

 だが、それは囮だった。

 別の男が背後へ回り込み、リナを抱いているミラへ斬りかかる。


 ミラはリナを庇う。

 剣がその背中を深く斬り裂く。

 血を流したミラが、リナを抱いたまま地面へ倒れた。

 そこまでが、一瞬でレオンの右目に映った。


「ミラ!」


 レオンは反射的に右手を振った。

 氷から抜け出した男の足元から、細い氷柱が斜めに伸びる。

 氷柱は男の顎の下から入り、そのまま頭部を貫いた。

 男の身体が持ち上がる。

 握っていた剣が手から落ちた。

 氷柱が砕けると、男は糸の切れた人形のように地面へ倒れた。


 動かない。

 血が地面へ広がっていく。

 周囲の音が消えたように感じた。

 レオンは倒れた男を見つめる。


 自分が殺した。

 魔物ではない。

 人間だ。


 男の剣は、まだミラへ届いていなかった。

 今この場所に存在しているのは、ミラを斬ろうとした未来だけだ。

 それでもレオンには分かっている。

 止めなければ、未来は現実になっていた。


「レン……?」


 ミラの声が聞こえる。

 その腕の中では、リナが震えていた。

 まだ終わっていない。


 レオンは周囲を見た。

 四十五人。


 盗賊達は仲間が殺されたことに驚きながらも、武器を手放してはいなかった。

 むしろ、一斉にレオンとの距離を詰めようとしている。


 レオンの知識が告げる。

 盗賊は生かしておいてはいけない。

 一度でも奪うことで楽に生きる方法を覚えれば、再び困った時に同じことをする。

 女を犯した男は、次の女を襲う。

 人を面白半分に殺した者は、また誰かを殺す。

 ここで逃がせば、新しい犠牲者が出る。

 だから盗賊は、見つけた時に息の根を止めなければならない。


 辺境を治めてきたレオン・ノルディアは、それを知っていた。

 だが、神谷光一の倫理が問いかける。

 彼らは、本当になりたくて盗賊になったのか。

 ほかに生きる方法を知らなかった者もいるのではないか。


 飢えた家族を養うために、初めて罪へ手を染めた者もいるのではないか。


 貴族でも。

 平民でも。

 奴隷でも。

 同じ人間の命だ。


 自分の判断だけで奪ってよいはずがない。

 二つの考えが、レオンの中で激しくぶつかる。

 その間にも、盗賊達は近づいてくる。

 リナを抱いたミラが背後にいる。

 リーヴァ村には大勢の村人がいる。

 彼らを逃がせば、再び誰かが襲われる。


 レオンの脳裏に、黒いマントの男と戦った時のことが浮かんだ。


 マリナ。

 カミュ。

 クロエ。


 三人を守るために戦った、あの日。

 あの時、レオンは理解した。

 誰かを守るためには、誰かを殺さなければならないことがある。


 父グラニウスは領民を守るため、犠牲が出ると分かっていても騎士達を送り出した。


 祖父ヴァルグは王国を守るため、一人で帝国軍の前へ立った。


 守ることは、ただ優しくすることではない。

 奪おうとする者から、剣を向けられる者を守ること。

 それがノルディアの剣だ。

 黒マントの男は逃げた。

 だから、あの夜のレオンは誰も殺していない。

 覚悟したつもりになっていただけだった。

 だが、今は違う。


 地面には、自分が初めて奪った命が転がっている。

 もう戻ることは出来ない。

 レオンは腰の剣を抜いた。


「ミラ」


「何?」


「リナを連れて下がれ」


 レオンの声には、感情がなかった。


「でも、レン一人じゃ――」


「下がれ」


 短い言葉だった。

 ミラは何かを言おうとした。

 だが、レオンの横顔を見て口を閉じる。


「……分かった」


 リナを抱いたまま、古い倉庫の壁際まで下がった。

 レオンは剣へ魔力を流す。

 僅かな量ではない。

 剣が耐えられる限界など考えず、ありったけの魔力を流し込んでいく。


 刀身の周囲で空気が震えた。

 莫大な魔力を受けながら、魔剣にはひび一つ入らない。

 剣身に刻まれた魔法陣が光を放ち、その切れ味をさらに高める。


「一人だ! 囲んで殺せ!」


 盗賊の一人が叫ぶ。

 十人以上が同時に踏み込んだ。

 レオンは静かに剣を構えた。


 怒りはない。

 憎しみもない。

 殺気すらなかった。


 ただ、これ以上の犠牲者を出さない。

 そのためだけに動いた。


 最初の男が剣を振り下ろす。

 レオンは正面から魔剣を振るった。

 盗賊の剣が途中から斬れた。


 金属製の胸当て。

 その下の鎧。

 男の身体。

 全てが一度の斬撃で断ち切られる。


 レオンは倒れる姿を確認しない。

 二人目の槍を避け、その柄ごと相手を斬る。

 背後から迫った男には振り返らず、足元から伸ばした氷柱で心臓を貫く。


 離れた場所で弓を構えた者。

 魔法陣を起動しようとした者。

 逃げようとした者。

 全ての急所を、細く鋭い氷柱が正確に貫いていく。


「止めろ!」


「こいつ、何なんだ!」


 盗賊達の間に動揺が広がった。

 だが、レオンは止まらない。

 右目に映る数秒先の未来を見ながら、最も短い動きで攻撃を避ける。


 剣を振るえば、武器も鎧も関係なく斬り裂く。

 距離を取れば、氷柱が急所を貫く。

 左右から同時に迫れば、一人を剣で斬り、もう一人を氷で仕留める。


 剣を交える音すら、ほとんど鳴らない。

 盗賊達の武器は、レオンの魔剣へ触れた瞬間に断ち切られた。


「逃げろ!」


 誰かが叫んだ。

 その言葉を聞き、数人が川へ向かって走る。

 小舟で逃げるつもりなのだろう。

 レオンは左手を川へ向けた。

 水面が一瞬で凍結する。

 小舟だけではない。

 船着き場から川の中央近くまで、分厚い氷に覆われた。


 足を止めた男達の背中を、氷柱が貫く。

 一人。

 また一人。


 盗賊達が地面へ倒れていく。

 ミラはリナを抱きながら、その光景を見つめていた。

 これまで何度もレオンの戦いを見ている。


 オークを一撃で倒した。

 A級ダンジョンを単独で攻略した。

 元S級冒険者であるギースとも互角に渡り合った。

 だが、今の戦いはそのどれとも違う。

 圧倒的に強いからではない。

 あまりにも静かだった。


 レオンは声を上げない。

 怒りを露わにすることもない。

 必要な相手へ、必要な攻撃だけを放つ。

 一切の無駄がなかった。

 人を殺しているのではない。


 迫る危険を、一つずつ取り除いているように見えた。

 戦いが始まってから、三分も経っていなかった。

 最後の一人が氷柱に貫かれ、地面へ倒れる。

 それきり、レオンへ向かってくる者はいなくなった。


 四十六人。


 最初に殺した男を含め、レオンは一人で全員を倒していた。





 少し離れた場所では、盗賊団の頭とアストリッドの戦いも終わりを迎えていた。

 頭が剣を振り、何本もの風刃を放つ。

 アストリッドは同じ風属性の魔法で、その全ての軌道を逸らした。


 続けて剣へ炎を纏わせる。

 風に押し出されるように一気に踏み込み、男の剣を下から弾き上げた。

 宙を舞った剣が地面へ突き刺さる。

 アストリッドは返す刃を、男の首へ突きつけた。


「終わりだ」


 盗賊団の頭が周囲を見る。

 立っている仲間は、一人もいなかった。

 男の顔から血の気が引く。

 《蒼天の戦乙女》の二人が男を地面へ押さえつけ、両手を後ろで拘束した。

 アストリッドは頭を捕らえた後、レオンへ視線を向ける。


 古い船着き場には、何十人もの盗賊が倒れている。

 その中央に、黒髪の少年が立っていた。

 アストリッドが初めて見るほどの戦闘だった。


 莫大な魔力。

 異常なほど鋭い剣。

 正確に急所を貫く氷魔法。

 四十六人を相手にしながら、レオンの身体には傷一つない。


 だが、勝利した者の表情ではなかった。

 レオンは足元へ視線を落としていた。

 最初に殺した男が倒れている場所だった。

 右手から力が抜ける。

 魔剣の切っ先が地面へ触れた。


 レオンは剣を鞘へ戻そうとする。

 だが、刀身が鞘の入口に当たった。


 一度目は入らない。

 もう一度試す。

 二度目も入らなかった。

 剣を握る右手が震えている。

 レオンは左手で右手首を押さえ、三度目でようやく剣を鞘へ戻した。


「レン……」


 ミラがリナを抱いたまま近づこうとする。


「来るな」


 レオンは顔を上げなかった。


「でも――」


「今は、来ないでくれ」


 先ほどまでとは違う。

 僅かに震えた声だった。

 ミラの足が止まる。

 レオンは誰とも目を合わせず、村へ向かって歩き始めた。


 アストリッドも止めなかった。

 レオンが初めて人を殺したのだと、その場にいた全員が気づいていた。

 守るために四十六人を殺した少年は、一度も振り返らなかった。

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