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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第349話 蒼天の戦乙女

 冒険者協会へ報告書を送ってから、五日が過ぎた。

 その間、盗賊達が再び村へ姿を見せることはなかった。

 レオンとミラは毎朝、村の周辺を見回った。


 北側の畑。

 東側の家畜小屋。

 川沿いの倉庫。

 南側の野菜畑。

 そして、黒い泥が流れ出していた古い水路。

 しかし、新しい足跡は見つからない。


 水路の入口を塞ぐ岩も動かされておらず、盗賊達がどこから村の近くまで来ているのか分からないままだった。

 レオンは盗賊が現れない間に、村の守りを整えた。


 襲撃を知らせる鐘の鳴らし方を統一する。

 村の四方に見張りを置く。

 子供や老人が避難する道を決める。

 襲撃が起きた際には、村人を中央の集会所へ集める。

 自警団には盗賊と戦うのではなく、村人の避難を優先するよう伝えた。


「盗賊を見つけても、追わないでくれ」


 集会所へ集まった自警団を前に、レオンは念を押した。


「ですが、逃がせばまた襲われるのでは?」


 自警団の一人が尋ねる。


「追わせることが目的かもしれない。少人数の盗賊を追って村の守りが薄くなれば、別の場所から本隊が入ってくる」


「本隊……」


「確認されている人数が、盗賊団の全てだとは思わない方がいい」


 男達の表情が強張った。

 パルマも不安そうな顔をしていたが、レオンの指示に反対することはなかった。


「レン殿の指示に従ってくれ。俺達の役目は、盗賊を倒すことではなく、村人を守ることだ」


 パルマの言葉に、自警団の男達が頷いた。

 報告書を送ってから五日目の朝。

 レオンは集会所の前で、村の見取り図を確認していた。


 隣にはミラが立っている。

 少し離れた場所では、リナが地面へ絵を描いていた。

 木の枝を使い、大きな魚のようなものを描いている。


「出来た!」


 リナが二人を呼ぶ。

 レオンとミラが近づくと、地面には丸い身体から何本もの線が伸びた生き物が描かれていた。


「これは何だ?」


 レオンが尋ねる。


「お魚」


「足があるぞ」


「足じゃなくて、ヒレ」


「八本あるが」


「泳ぐのが速いから」


「そうなのか」


「レン、真面目に考えなくていいのよ」


 ミラが笑う。

 リナは二人を見上げた。


「レンお兄ちゃんも描いて」


「俺が?」


「うん。ミラお姉ちゃんを描いて」


「どうして俺がミラを描くんだ?」


「二人は結婚するから」


「しないわよ!」


 ミラが慌てて否定する。

 リナは不思議そうに首を傾げた。


「お父さんは、まだ分からないって言ってたよ」


「パルマさん……」


 ミラの頬が僅かに引きつる。

 レオンは地面へ置かれた木の枝を拾った。


「何してるの?」


「描けと言われたからな」


「本当に描くの?」


「ああ」


 レオンは地面へ線を引いた。


 頭。

 身体。

 両腕と両脚。

 最後に、腰へ剣を一本描き加える。

 出来上がったのは、剣を持つ人間だった。


「これが私?」


 ミラが地面の絵を見つめる。


「ああ」


「髪も顔もないけど?」


「剣を持っている」


「それだけで私だって分かるわけないでしょ!」


 リナが楽しそうに笑った。

 その時だった。

 村の北側から、低い音が響いた。

 何かが地面を繰り返し叩くような音。


 一つではない。

 複数の足音が重なり、次第に大きくなっていく。

 見張り台にいた男が声を上げた。


「何か来るぞ!」


 周囲にいた村人達が動きを止める。

 自警団の男達が武器へ手を伸ばした。

 レオンも立ち上がり、北へ続く街道へ目を向ける。

 土煙の向こうから、五頭の走竜が姿を現した。

 二本の太い後ろ脚で地面を蹴り、凄まじい速さで街道を駆けてくる。


 五頭の走竜には、それぞれ一人ずつ騎手が乗っていた。

 全員が女性だった。

 先頭を走る走竜の背には、長い青髪を風になびかせる女性がいる。


 腰には剣。

 背には杖。

 魔法剣士アストリッド。


 その後ろを走る四人も、それぞれ剣や弓、杖、盾を携えていた。

 五頭の走竜は村の入口で速度を落とし、そのまま集会所の前まで進んでくる。


「《蒼天の戦乙女》……」


 ミラが呆然と呟いた。

 五人の女性だけで構成されたS級パーティー。

 ミラが冒険者になる前から憧れていた存在だった。


 先頭の走竜から、アストリッドが軽やかに飛び降りる。


 長い青髪。

 黄色い瞳。

 背筋を真っ直ぐに伸ばした姿は、二日間走竜に乗ってきたとは思えないほど整っていた。

 アストリッドはレオンを見つけると、僅かに口元を緩めた。


「また会ったな、レン」


「ああ」


 レオンは五頭の走竜へ目を向けた。


「協会からの増援か?」


「そうだ」


 残る四人も走竜から降りる。

 ミラは憧れのパーティーを前にして、声を出せずにいた。

 アストリッドがそんなミラへ目を向ける。


「君は、レンと一緒に依頼を受けた冒険者だな」


「は、はい! ミラです!」


 普段より明らかに硬い声だった。

 レオンがミラを見る。


「どうした?」


「何でもない!」


「顔が赤いぞ」


「緊張してるだけだから、今は黙ってて!」


 アストリッドが小さく笑う。


「そこまで緊張しなくてもいい。今回は同じ依頼を受ける仲間だ」


「仲間……」


 ミラが感動したように呟く。

 アストリッドはレオンへ向き直った。


「君からの報告書がミストレアへ届いた時、私は偶然、協会本部にいた」


「偶然?」


「ああ。次の依頼について受付嬢と話していた」


 協会はレオンの報告を受け、当初確認されていた五、六人という人数が偽装されている可能性があると判断した。

 盗賊達は、わざと少人数だけを村人の前へ出し、それが全戦力であるかのように見せている。

 実際には、周辺により多くの仲間が潜んでいる恐れがある。

 さらに、レオンが記した装備や統率の取れた行動から、協会は盗賊団を単なる寄せ集めではないと判断した。


「本来なら、B級冒険者を中心とした討伐隊を編成する予定だった」


「それが、どうしてS級パーティーになった?」


「私が引き受けたからだ」


 アストリッドは当然のように答えた。


「君がそこまで警戒する盗賊団に興味があった。それに、A級ダンジョンを一人で攻略した君の実力を、直接確かめてみたいと思っていた」


「それが理由か」


「不満か?」


「いや。戦える者が増えるなら助かる」


 レオンの返答に、アストリッドが目を細める。


「相変わらずだな。普通なら、もう少し喜ぶところだぞ」


「来る者を選べる状況ではない」


「褒められている気がしないな」


 二人が話している間に、パルマも集会所から出てきた。

 五人の装備と走竜を見て驚いた後、アストリッドへ頭を下げる。


「リーヴァ村の村長を務めております、パルマと申します。遠いところをお越しいただき、ありがとうございます」


「《蒼天の戦乙女》のアストリッドだ。今日から我々も、村の護衛と盗賊団の調査へ加わる」


「ありがとうございます。これで村の者達も安心出来ます」


「まだ安心するのは早い」


 アストリッドの表情が引き締まる。


「五人の盗賊が姿を見せてから、動きはないのか?」


「はい。あれから一度も現れておりません」


 パルマの返答を聞き、アストリッドはレオンを見る。


「どう考える?」


「増援が来るのを待っていた可能性がある」


「我々を?」


「ああ。盗賊達は、村から協会へ手紙を送ったことを知っている。協会が増援を送ることも予想出来たはずだ」


「その増援まで含めて、戦力を確認していると?」


「可能性はある」


 アストリッドは僅かに考えた後、頷いた。


「なら、まずは情報を共有しよう。盗賊が現れた場所と、村の避難経路を確認したい」


「集会所に地図がある」


 パルマがリナへ声をかける。


「リナ。父さん達は大切な話をするから、少し向こうで遊んでいなさい」


「はーい」


 リナは木の枝を持ったまま、近くにいた子供達の方へ走っていった。

 レオン達は集会所へ入り、机の上へ地図を広げた。

 レオンはこれまでに確認した場所を一つずつ説明する。


 被害が起きた場所。

 盗賊達が逃げた方角。

 古い水路で発見した黒い泥。

 村人を集会所へ避難させる計画。


 アストリッドは地図を見ながら、黙って説明を聞いていた。


「やはり、盗賊団の狙いは食料だけではないと考えているのだな?」


「ああ。この村には、奪う価値が多すぎる」


 船着き場。

 倉庫。

 水門。


 水路を利用する船から得られる通行料。

 そして、川を下れば海へ逃げられる立地。


「盗賊達が村そのものを狙っている可能性がある」


 アストリッドが地図へ視線を落としたまま言う。


「ああ」


 その時、集会所の扉が勢いよく開いた。

 一人の女性が、息を切らしながら飛び込んでくる。


「村長!」


 パルマが振り返る。


「どうした?」


「リナちゃんが……リナちゃんが、どこにもいないんです!」


 その言葉に、全員の動きが止まった。


「何だと?」


 パルマが女性へ駆け寄る。


「さっきまで広場で、ほかの子供達と遊んでいたんです。ほんの少し目を離した間に、姿が見えなくなって……」


「村の中は探したのか?」


「皆で探しています。でも、どこにも……」


 レオン達はすぐに外へ出た。

 先ほどまでリナが絵を描いていた場所には、木の枝だけが落ちている。

 その近くに、折り畳まれた紙が置かれていた。


「待て。触るな」


 レオンが制止する。

 剣の鞘を使い、紙を広げる。

 短い文章が記されていた。


『娘を返してほしければ、日が沈むまでに旧船着き場へ来い!来るのは、村長、水門番、倉庫番、漁師頭の四人だけだ。冒険者へ知らせれば、娘は殺す』


 紙を読んだパルマの顔から血の気が引いた。


「リナ……」


「旧船着き場はどこ?」


 ミラが尋ねる。


「村の南にある、今は使われていない船着き場だ」


 パルマが答えた瞬間、ミラが走り出した。


「ミラ!」


 レオンが呼び止める。


 しかし、ミラは止まらない。


「リナを助けないと!」


「待て! これは罠だ!」


「分かってる!」


「分かっていないから止まれと言っている!」


 ミラは振り返らなかった。

 村の南へ続く道を、そのまま走り去っていく。

 レオンは追おうとしたが、すぐに足を止めた。


 ここで全員が村を離れれば、盗賊達の思うつぼだ。

 指定されているのは、村長、水門番、倉庫番、漁師頭。

 リーヴァ村の運営に欠かせない者ばかりだった。


「村の中心人物を、一度に外へ連れ出すつもりか」


 アストリッドが手紙を見ながら呟く。


「ああ。指定された四人がいなくなれば、村の指揮を執る者がいなくなる」


 四人を旧船着き場へ誘い出し、そこで殺す。

 同時に大勢の盗賊が村へ入り、船着き場や倉庫、水門を制圧する。

 そうなれば、残された村人達は抵抗することも出来ない。


 リナの誘拐は、パルマだけを狙ったものではない。

 村そのものを奪うための罠だった。


「アストリッド」


 レオンが呼ぶ。


「分かっている。盗賊の本隊が村を襲う可能性があるな」


「ああ。まず村人を集会所へ集める」


 レオンはパルマへ向き直った。


「警報の鐘を鳴らしてくれ。村人を全員、集会所へ避難させる」


「ですが、リナが……」


 パルマの声が震える。


「リナは必ず助ける」


 レオンはパルマの目を真っ直ぐ見た。


「だが、パルマがここを離れれば、ほかの村人が危険に晒される。盗賊達が指定した場所へ行ってはいけない」


「では、誰がリナを……」


「俺達が行く」


 迷いのない答えだった。

 パルマは唇を噛み締めた後、深く頭を下げる。


「……娘を、お願いいたします」


「ああ」


 パルマが集会所の脇に設置された鐘へ駆け寄った。

 間もなく、村中へ警報の音が響き渡る。


 カン、カン、カン。


 絶え間なく鳴らされる鐘を聞き、村人達が集会所へ向かって走り始めた。


 子供の手を引く母親。

 老人を背負う男。

 仕事を中断して駆けつける漁師や商人。

 自警団の男達が通りへ散り、逃げ遅れた者がいないか確認していく。


「慌てるな! 集会所へ入れ!」


「荷物は捨てろ! 命を優先しろ!」


 レオンも周囲を見回す。

 盗賊達は既にリナを村の外へ連れ出している。


 地下水路を利用しているのなら、村の内部にも仲間が潜んでいる可能性があった。


 いつ襲撃が始まってもおかしくない。

 それでも、村人全員が集まるまでには時間がかかる。

 レオンは村の南へ続く道を見る。

 ミラの姿は既に見えなくなっていた。


「残っている者は!」


「南側を確認中です!」


 自警団の男が答える。


 少しして、最後の村人達が集会所へ駆け込んできた。


「全員です!」


 その言葉を聞いた瞬間、レオンは集会所の周囲へ視線を巡らせた。


 村人を守らなければならない。

 だが、一刻も早くミラを追わなければならない。

 焦りが、レオンの身体から余計な手順を消した。

 レオンが右手を地面へ向ける。


 次の瞬間。

 凄まじい魔力が大地へ流れ込んだ。

 集会所の北側。

 南側。

 東側。

 西側。


 四方の地面から、巨大な氷が一斉にせり上がった。

 轟音と共に生まれた氷は、瞬く間に高さを増していく。


 人の背丈を遥かに超える氷壁。

 分厚い氷が集会所の周囲を取り囲み、四方から侵入出来ない巨大な防壁を作り上げた。

 地面が揺れ、冷たい風が周囲へ吹き抜ける。


 避難していた村人達が、窓の向こうに現れた氷壁を見て息を呑んだ。


 アストリッドも目を見開いていた。


 魔法の発動が速過ぎる。

 これほど巨大な氷を四か所へ同時に生み出すには、膨大な魔力が必要になる。

 だが、アストリッドが驚いた理由は、それだけではなかった。

 レオンの指には、氷の魔法陣が刻まれた指輪が嵌められている。

 しかし、その指輪は光っていなかった。

 魔法陣を起動した形跡がない。

 詠唱も行っていない。


 それにもかかわらず、レオンは大規模な氷魔法を一瞬で発動させた。


「無詠唱魔術……?」


 アストリッドが呟く。

 魔法陣も詠唱も使わず、魔力だけで現象を引き起こす。

 魔道国家でも、使える者はほとんどいない技術だった。


「この規模の魔法を、無詠唱で……」


 《蒼天の戦乙女》の仲間達も言葉を失っている。

 レオン自身も、指輪を使わずに魔法を発動したことへ気づいていなかった。

 今は、村人とリナとミラのことしか考えられない。

 レオンは最後に残していた狭い通路へ手を向けた。

 再び地面から氷がせり上がり、集会所へ続く唯一の通路を塞ぐ。


 これで、集会所へ近づくには分厚い氷壁を破らなければならない。


「壁から離れていれば、簡単には破られない」


 レオンは《蒼天の戦乙女》の二人へ視線を向けた。


「二人はここへ残ってくれ。壁を越えてくる者がいれば、村人を守ってほしい」


 盾を持つ女性と、杖を携えた女性が頷く。


「分かった」


「こちらは任せて」


 アストリッドは氷壁を見上げたまま、まだ驚きを隠せずにいた。


「レン。今の魔法は――」


「その話は後だ」


 レオンが言葉を遮る。


「ミラを追う。リナを助けなければならない」


 今は魔法について説明している時間などない。

 アストリッドはレオンの表情を見て、それ以上尋ねることをやめた。


「ああ。残る二人は村を守れ。私達は旧船着き場へ向かう」


 アストリッドと二人の仲間が走竜へ乗る。

 レオンもアストリッドの走竜へ近づいた。

 その時、村の南側から煙が上がった。


 一つではない。

 畑。

 家畜小屋。

 川沿いの倉庫。

 村の周囲にある複数の場所から、ほぼ同時に黒い煙が立ち上っていく。


「やはり始まったか」


 レオンが煙を見つめる。

 盗賊達は村人を散らすため、村の四方へ火を放った。

 だが、村人は既に集会所へ避難している。


 火を消すために、人を分散させる必要はない。

 石造りの集会所と、その周囲を囲む氷壁。

 炎が広がったとしても、避難した村人達へ届くまでには時間がかかる。


「行くぞ」


 アストリッドが走竜の上から手を差し出す。

 レオンはその手を取り、アストリッドの後ろへ乗った。

 三頭の走竜が一斉に地面を蹴る。


 先に飛び出したミラ。

 その後を追うレオンと、《蒼天の戦乙女》の三人。

 目指すのは、村の南にある旧船着き場。

 そこにはリナを連れ去った盗賊達が待ち構えていた。

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