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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第348話 不自然な盗賊

 翌朝。

 レオンとミラは、パルマから借りた村の地図を持って集会所を出た。


 空はまだ薄暗い。

 海から流れてくる湿った風に、潮と魚の匂いが混じっていた。

 船着き場では既に漁師達が動き始めている。

 漁船から降ろされた魚が木箱へ詰められ、荷車で村の中へ運ばれていた。


「まず、どこへ行くの?」


 ミラが尋ねる。


「最初に被害が出た北側の畑だ。その後、家畜小屋と倉庫を確認する。最後に古い水路を見る」


「分かった」


 二人は村の北側へ向かった。

 家々が少なくなるにつれ、左右には畑が広がっていく。


 実った野菜。

 水路に沿って並ぶ果樹。

 収穫前の麦畑。

 どの畑にも人の姿があり、村が食料に恵まれていることが分かる。


 最初に被害が出た畑では、柵の一部が壊されていた。

 レオンは腰を落とし、折れた木材を確かめる。


「外から壊されている」


「盗賊が入るためじゃないの?」


「ああ。だが、ここまで大きく壊す必要はない」


 人一人が通るだけなら、柵を一本外せば足りる。

 しかし、壊された箇所は荷車が通れるほど広い。

 レオンは畑へ入り、作物が抜かれた場所を確認した。


「どのくらい盗まれた?」


 畑の持ち主である農夫へ尋ねる。


「籠二つ分くらいです。畑にはもっと残っていましたが、盗られたのはそれだけで」


「荷車は使われていたか?」


「分かりません。けれど、車輪の跡はありませんでした」


 レオンは畑の中を歩いた。

 柔らかな土には、いくつもの足跡が残っている。

 だが、そのほとんどは農夫や自警団のものだった。


 盗賊が残したと思われる足跡も僅かに残っていたが、数までは分からない。


「どう?」


 ミラが隣へ来る。


「盗んだ量が少なすぎる」


「持って帰れる分だけ盗ったんじゃない?」


「それなら、柵をここまで壊す必要がない」


「目立つように壊した?」


「ああ。被害に気づかせるためだ」


 盗むことよりも、村人に発見されることを優先しているように見える。


 二人は次に、村の東側にある家畜小屋へ向かった。

 そこでは羊が二頭盗まれていた。

 柵の扉は壊されず、留め具だけが外されている。


「畑とは違うね」


 ミラが扉を調べる。


「こっちは随分と丁寧だ」


 レオンは地面へ視線を落とした。

 羊の足跡に混じり、人間の足跡が残されている。


 一人。

 二人。

 少なくとも三人。


 足跡は村の外へ向かった後、川沿いの硬い地面で途切れていた。


「盗賊は、襲う場所によってやり方を変えている」


「同じ人達じゃない可能性は?」


「その可能性もある。だが、被害が始まった時期は同じだ」


 レオンは足跡の大きさを確認した。

 全て成人男性のものに見える。

 靴底の形も、平民が履く簡素な革靴とは違っていた。

 滑り止めとして、規則的に金具が打ち込まれている。


「随分と良い靴を履いているな」


「足跡だけで分かるの?」


「この金具は安くない。盗賊全員が使えるような物ではない」


 ノルディアの騎士達が使う軍靴にも、似たような金具が打ち込まれている。

 形は違うが、長距離を歩く者のために作られた靴であることは分かった。


 二人は川沿いの倉庫へ向かった。

 倉庫では保存食と干し魚が盗まれていた。

 しかし、扉にも窓にも壊された痕跡はない。


「鍵は掛かっていたのか?」


 レオンが倉庫番へ尋ねる。


「はい。朝になって中を確認するまで、誰も盗まれたことに気づきませんでした」


「鍵に傷は?」


「ありませんでした」


 レオンは倉庫の鍵を見せてもらった。

 単純な構造だが、壊さずに開けるには道具と技術が必要になる。


「普通の盗賊じゃないの?」


 ミラが声を落として尋ねる。


「少なくとも、食うに困って盗みを始めた連中ではない」


 最後に二人が向かったのは、村の南側に残る古い水路だった。

 四年前の治水工事が行われる以前から使われていたものだ。

 石造りの水路は途中で崩れ、入口は大きな岩と土で塞がれている。

 周囲には背の高い草が生い茂り、人が近づいた様子はない。


 ミラが入口の前へ立った。


「本当に塞がってるね」


「ああ」


 レオンは岩へ手を当てた。

 動かされた形跡はない。

 少なくとも、この入口が頻繁に使われているとは思えなかった。

 だが、足元の土が目に留まる。


 黒い泥。

 指先で触れると、湿った鉄のような臭いがした。

 ミストレアを出発する前、乗合馬車の車輪へ付着していたものと同じだった。


「レン?」


「この泥を見てくれ」


 ミラが隣へしゃがむ。


「黒いね」


「川沿いの土とは違う」


 周囲の土は薄い茶色だ。

 黒い泥は、塞がれた水路の隙間から僅かに流れ出していた。


「水路の中から?」


「その可能性が高い」


「でも、入口は塞がってるよ」


「ここ以外にも入口があるんだろう」


 四年前に地下排水路を造った際、古い水路の全てが正確に記録されたとは限らない。

 村長すら把握していない入口が残っていても不思議ではなかった。

 レオンは立ち上がり、周囲を見回した。


「一度、村へ戻る」


「中を調べないの?」


「入口が分からない。それに、無理に岩を動かせば崩れる恐れがある」


「慎重なのね」


「地下へ入っている間に村を襲われたら、護衛の意味がない」


 二人が集会所へ戻ろうとした時だった。

 村の北側から、鐘の音が響いた。


 カン、カン、カン。


 短い間隔で三度。

 少し間を置いて、再び三度。


「何の鐘?」


 ミラが振り返る。


「警報だ」


 二人は同時に走り出した。

 北側へ向かう途中、村人達が慌てて家の中へ入っていく。

 自警団の男達は農具や古い槍を手に、鐘が鳴った方向へ走っていた。


「盗賊だ!」


 前方から声が聞こえる。


「畑に盗賊が出たぞ!」


 レオンとミラは速度を上げた。

 村の北側にある畑へ着くと、五人の男が柵の向こうにいた。

 二人が家畜小屋の扉を開け、山羊を外へ追い出している。

 残る三人は畑へ入り、作物の入った袋を運んでいた。

 しかし、その姿はレオンが想像していた盗賊とは違っていた。


 頬は痩せていない。

 腕や肩には十分な筋肉がつき、食事にも困っていないことが分かる。

 身につけている革鎧も、使い古されてはいるものの質は良い。

 腰に下げた剣や短剣にも、錆は見当たらなかった。

 一人は魔法陣が刻まれた杖まで持っている。


「止まりなさい!」


 ミラが声を上げた。

 五人の男が一斉に振り返る。

 驚いた様子はなかった。

 先頭にいた男の視線が、ミラからレオンへ移る。


 黒髪。

 腰の剣。


 男はそれだけを確かめると、仲間へ短く告げた。


「退くぞ」


 五人は作物の入った袋をその場へ捨てた。

 追い出していた山羊にも構わず、畑の反対側へ走り出す。


「待ちなさい!」


 ミラが追おうとする。

 レオンはその腕を掴んだ。


「追うな」


「でも、五人だけだよ!」


「五人だから追うな」


 男達は二手に分かれた。

 三人は川沿いへ。

 残りの二人は林の中へ。

 追う者を分散させるための逃げ方だった。


「私達の方が少ないのに、戦わずに逃げたんだよ?」


「だからだ」


 男達には数の上で優位があった。

 村の自警団が到着するまでにも時間がある。

 それにもかかわらず、レオンとミラの姿を確認しただけで撤退した。

 しかも、盗んだ物まで捨てている。


「最初から、盗むことが目的じゃなかった」


 レオンが呟く。

 ミラも逃げていく男達を見つめた。


「私達を確かめに来たの?」


「俺達と自警団が、どのくらいで到着するのか。誰が最初に駆けつけるのか。それを見に来た可能性が高い」


「じゃあ、追いかけたら……」


「村の反対側を襲われるか、伏兵に囲まれていた」


 ミラは何も言えなくなった。

 盗賊達は、レオン達が追ってくることを想定して二手に分かれた。

 どちらを追っても、村の護衛は薄くなる。

 もし本当に五、六人しかいないのなら、このような行動を取る意味はない。


 男達の姿は、既に林と川沿いの草むらへ消えていた。

 そこへ、遅れて自警団の男達が到着する。


「冒険者殿!」


「盗賊はどこへ?」


「逃げた。追わなくていい」


「しかし――」


「捨てた荷物と家畜を確認してくれ。何か仕掛けられている可能性がある。素手では触るな」


 レオンの言葉に、自警団の男達が足を止めた。


「仕掛けが?」


「念のためだ」


 盗賊達が残した袋を、長い棒を使って開ける。

 中に入っていたのは、盗んだばかりの野菜だけだった。

 山羊にも異常はない。

 だが、レオンの警戒が解けることはなかった。


「レン」


 ミラが近づく。


「あの人達、盗賊に見えなかった」


「ああ」


「装備も良かったし、痩せてもいなかった」


「逃げ方にも迷いがなかった。仲間同士で合図する必要すらなかった」


 事前に撤退経路を決めていたのだろう。

 畑の場所。

 自警団が来る方角。

 川と林へ逃げる道。

 全てを把握している。


「確認されている盗賊は五、六人」


 ミラが依頼書の内容を思い出す。


「今日、現れたのは五人だった」


「俺達に、そう思わせたいんだろう」


 レオンは逃げた男達の残した足跡を見る。

 男達は全員、同じ形の金具が打ち込まれた靴を履いていた。

 家畜小屋で見つけたものと一致する。


「村の周辺にいる盗賊は、五、六人ではない」


「どのくらいいると思う?」


「まだ分からない。だが、五人を偵察のためだけに動かせる程度には多い」


 十人や十五人ではない可能性もある。

 それどころか、村の自警団や冒険者を相手にしても勝てると判断出来る規模なのかもしれない。

 レオンは集まってきた村人達へ視線を向けた。


 不安そうな顔。

 怯える子供。

 農具を武器代わりに持つ男達。

 この人数で、大規模な盗賊団を防ぐことは出来ない。


「パルマのところへ戻る」


「協会へ報告するの?」


「ああ。この依頼は、俺とミラだけで続けるべきじゃない」


 ミラの表情が曇った。


「村を離れるの?」


「離れない。討伐隊が来るまで、俺達が村を守る」


「でも、協会へ報告するには誰かが戻らないと」


「川を使う」


 村には上流へ向かう交易船がある。

 最寄りの冒険者協会支部まで手紙を運んでもらい、そこからミストレアの本部へ送ればいい。

 二人は集会所へ戻り、パルマへ全てを報告した。


「盗賊は、五、六人ではない可能性が高い」


 レオンの言葉に、パルマの顔が強張る。


「では、どの程度の人数が?」


「分からない。だが、今日現れた五人は、食うに困って盗みを始めた者達ではなかった」


 レオンは確認したことを説明した。

 栄養状態の良い身体。

 質の良い装備。

 統一された軍靴。

 手入れされた武器。

 事前に決められていた撤退経路。


 そして、人数で勝っていながら、レオンとミラの姿を確認しただけで逃げたこと。


「盗賊達は、村を襲うために情報を集めている」


「村を……」


「食料だけが目的ではないはずだ」


 リーヴァ村には、食料と倉庫がある。

 船着き場を押さえれば、川を行き交う商船から金品を奪える。

 川を下れば、そのまま海へ逃げることも出来る。

 村そのものを支配する価値があった。


「協会へ増援を要請する手紙を書く」


「お願いいたします」


 レオンは机へ向かい、報告書を書き始めた。


 ◇

 確認された盗賊は五人。

 全員が良質な武器と防具を所持。

 栄養状態は良好。

 冒険者二人を確認した直後、戦闘を避けて計画的に撤退。


 これまでの被害は、村人と自警団の動きを調べるための偵察であった可能性が高い。


 地下水路が移動経路に利用されている恐れあり。


 依頼書に記された人数を大きく上回る可能性があるため、B級以上を含む討伐隊の派遣を要請する。

 ◇


 最後に、自分とミラが増援到着まで村の護衛を続けると書き加えた。

 報告書を読み終えたミラが顔を上げる。


「これなら、協会もすぐに動いてくれるよね?」


「証拠が少ない。討伐隊の編成には時間がかかるかもしれない」


「それまで、二人で守れる?」


「守る」


 レオンは迷わず答えた。


「そのために来た」


 手紙は封筒へ入れられ、パルマの印で封をされた。

 その日のうちに上流へ向かう交易船があるという。

 船で最寄りの町まで運び、そこから冒険者協会の支部を通してミストレアへ届けてもらう。


 パルマは信頼出来る船員へ封筒を預けた。

 やがて交易船が船着き場を離れ、川を上っていく。

 レオンとミラは岸からその姿を見送った。


「増援が来るまで、何日かかると思う?」


 ミラが尋ねる。


「早くても五日ほどだろう」


「五日……」


 ミラは村へ視線を向けた。

 普段どおりに働く漁師達。

 荷物を運ぶ商人。

 通りを走る子供達。

 まだ誰も、盗賊団の規模を知らない。


「その間に襲ってくるかな」


「可能性はある」


「随分、落ち着いてるのね」


「焦っても人数は増えない」


「そうだけど……」


 レオンは川から村へ視線を戻した。


「今夜から、村人を一か所へ集められるよう準備する」


「一か所へ?」


「村の四方を、二人だけで守ることは出来ない。襲撃があれば、この集会所へ避難させる」


 頑丈な石造りの集会所なら、簡単には破られない。

 村人を一か所へ集めれば、守る範囲も狭められる。


「自警団には戦わせないの?」


「戦える者には避難の誘導を任せる。相手の人数が分からない以上、正面から戦わせるべきではない」


 ミラはレオンの横顔を見つめた。

 村へ着いてから、レオンは一度も迷っていない。

 情報を集め、危険を判断し、必要な指示を出していく。

 それは冒険者というより、大勢の命を預かることに慣れた者の姿だった。


「やっぱり、領主みたい」


 ミラが小さく呟く。


「何か言ったか?」


「何でもない」


 ミラは首を横へ振った。

 川の向こうでは、報告書を乗せた船が次第に小さくなっていく。

 増援が到着するまで、早くても七日。

 その間、レオンとミラの二人で村を守らなければならない。


 だが、二人が川を眺めている間にも、古い水路の奥では一人の男が走っていた。

 冒険者達が追ってこなかったこと。

 村長の家で手紙が書かれたこと。

 その手紙が上流へ向かう船へ載せられたこと。

 男はその全てを、仲間へ伝えるために地下を進んでいく。


 盗賊達もまた、次の動きを始めようとしていた。

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