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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第347話 水の村リーヴァ

 ミストレアを出発した乗合馬車は、南東へ延びる街道を進んでいた。

 首都の周辺には多くの建物が並んでいたが、半日も進めば景色は大きく変わる。


 魔法具を扱う工房。

 魔石を保管する倉庫。

 杖や魔法陣の材料を運ぶ荷馬車。

 それらが少しずつ減り、代わりに畑や牧草地が増えていった。


 馬車にはレオンとミラのほかに、六人の乗客がいた。

 行商人。

 故郷へ帰る夫婦。

 南東部の町で働く職人。

 そして、大きな籠を抱えた老婆。

 馬車は各地の宿場町へ立ち寄りながら進んでいく。

 一日目の夜は、街道沿いの宿場町で過ごした。




 翌朝。

 馬車が再び動き出すと、窓の外には広大な畑が広がっていた。


 葉野菜。

 根菜。

 麦。

 水路から引かれた水が畑の間を流れ、農民達が朝早くから作業をしている。


「この辺りから、野菜が美味しくなるの」


 窓の外を眺めていたミラが言った。


「土地が違うのか?」


「大きな川が運んできた土のおかげなんだって。昔は水害が多かったけど、その分、畑の土は豊かだったみたい」


「昔は?」


「今はほとんど起きてないよ。大規模な治水工事が行われたから」


「リーヴァ村でか?」


「村だけじゃなくて、この辺り一帯」


 昼になると、馬車は小さな宿場へ立ち寄った。

 レオンとミラは店先で、焼いた川魚と野菜を挟んだパンを買った。

 魚には塩と香草が使われ、薄く焼かれた根菜と一緒に挟まれている。


 二人は馬車の脇に置かれた長椅子へ並んで座った。

 レオンは一口食べ、僅かに目を見開く。

 川魚にはほとんど臭みがなく、表面は香ばしく焼かれていた。

 一緒に挟まれた野菜には甘みがある。


「美味いな」


「でしょ?」


 何故かミラが得意そうに胸を張った。


「ミラが作ったわけではないだろ」


「私のお母さんの故郷の近くで作られた野菜だから、少しくらい自慢してもいいでしょ」


「そういうものか」


「そういうものなの」


 レオンはもう一口食べる。

 ノルディアでも川魚は捕れる。

 しかし、これほど多くの新鮮な野菜と一緒に食べることは少ない。


 寒冷なノルディアでは、育てられる作物に限りがある。

 保存しやすい根菜なら、持ち帰って栽培出来ないか。

 そんなことを考えていると、ミラがレオンの顔を覗き込んだ。


「また何か考えてる?」


「この野菜を、故郷でも育てられないかと思っただけだ」


「食事中まで別のことを考えてるの?」


「悪いか?」


「悪くないけど、本当に領主みたいね」


 レオンの手が止まった。

 ミラは不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」


「いや。何でもない」


 レオンは再び食事を始めた。

 危うく、余計な反応を見せるところだった。

 その日の夕方には、街道の近くを流れる川の幅が広くなった。




 三日目。

 馬車は大河に沿って南下していた。

 川には大小様々な船が浮かんでいる。

 農作物を積んだ平底船。

 木材を運ぶ大型船。

 人を乗せた小舟。

 岸辺には一定の間隔で石造りの水門が設置され、川から分かれた水路へ流れ込む水量を調整していた。

 その外側には、高く盛られた堤防がどこまでも続いている。


「随分、大きな堤防だな」


 レオンが窓から外を見る。

 人の背丈を遥かに超える堤防だった。

 表面は土魔法で固められ、川側には石が隙間なく敷き詰められている。

 途中には、川の水位を示す柱も立てられていた。


「全部、四年前に造られたんだって」


「四年でこれだけのものを?」


「上流にはダムもあるよ。雨が多い時は、そこで水を止めるの」


 馬車に乗っていた老婆が、二人の会話を聞いて口を開いた。


「昔は、この辺りでは毎年のように水が出たもんさ」


「毎年?」


 ミラが聞き返す。


「大きいのも小さいのもあったよ。畑が水に浸かって、家畜も流された。河口に近い村じゃ、川の水と海の水が一緒に押し寄せることもあった」


 老婆は窓の外に続く堤防を見た。


「それが、この堤防と新しい水路が出来てから、大きな水害は一度も起きていない」


「誰が造ったんですか?」


 ミラが尋ねる。

 老婆は驚いたようにミラを見た。


「知らないのかい? カイン殿下だよ」


 レオンが窓の外から老婆へ視線を戻す。


「魔道王の王子が?」


「ああ。まだ十歳だったというのに、百年分の水害の記録を調べて、この辺りの地形を何度も測らせたそうだよ」


 老婆は指を折りながら話し始めた。

 上流に水を溜めるためのダムを造る。

 大雨の際に水を逃がすため、川から分かれる新しい水路を掘る。

 河口を二つに分け、一方へ水が集中しないようにする。

 土魔法で堤防を固め、海から押し寄せる波を防ぐ壁を造る。


 川の水位が上がれば、地下の排水路へ水を流す。

 それら全ての計画を、当時十歳だったカイン王子が考えたという。


「十歳で……」


 ミラが言葉を失う。

 レオンも窓の外を見つめた。

 長く続く堤防。

 いくつもの水門。

 船が安全に通れるよう整えられた水路。


 一つの村を守るだけの工事ではない。

 川の流れそのものを変え、地域全体を水害から守っている。

 カイルが優れた魔法の研究者であることは知っていた。

 だが、彼の才能は研究だけに限られたものではない。

 十歳で過去の記録と地形を調べ、これだけの工事を考案した。

 その思考は、最初から国全体を見ている。


「凄い人なんだね、カイン王子って」


 ミラが感心したように呟く。


「ああ」


 レオンは短く答えた。

 カイルが自らの研究を完成させた時、どれほど大きな影響を国へ与えるのか。

 その一端を見せられた気がした。





 馬車が進むにつれ、川を行き交う船の数が増えていった。

 夕方に立ち寄った宿場では、海から運ばれてきた干物や塩が売られていた。

 レオンとミラは川魚の煮込みと、葉野菜を使った料理を食べる。


「どう?」


 ミラが尋ねる。


「美味い」


「それだけ?」


「魚も野菜も美味い」


「感想が短いのよね」


「美味いものを、美味いと言って何が悪い?」


「悪くないけど、作った人にはもう少し言葉を尽くした方が喜ばれるよ」


「なら、ミラが作った時はそうする」


「私が?」


「ああ」


 ミラは少し考えた後、笑った。


「じゃあ、いつか作ってあげる」


 四日目の昼過ぎ。

 風に潮の匂いが混じり始めた。

 広かった川はさらに幅を増し、その先には青い海が見える。


 川と海が交わる場所には、大小いくつもの船が浮かんでいた。

 岸辺には船着き場があり、その周囲には倉庫や店が並んでいる。


「見えてきたよ」


 ミラが窓の外を指さした。


「あれがリーヴァ村」


 村と呼ぶには、多くの人と荷物が行き交っていた。

 海で捕れた魚や貝。

 川で捕れた魚。

 畑で育てられた野菜。

 上流から運ばれてきた木材や鉱石。


 河口から入った船は、村の船着き場で通行の手続きを行い、安全に整備された水路を利用するための料金を支払う。

 通行料の一部は、水門や堤防を維持するために使われていた。


「小さな交易集落と聞いていたが、随分と栄えているな」


「水害がなくなってから、船が増えたんだって」


 街道沿いには、石を高く積み上げた基礎の上に建てられた家が多い。

 かつて水害が頻発していた名残なのだろう。

 その一方で、新しく建てられた家は街道と同じ高さにあった。


 四年前を境に、村の造りそのものが変わっている。

 乗合馬車が村の停留所へ着いた。

 

 レオンとミラは荷物を降ろし、村の中央へ向かう。

 通りでは漁師達が魚を運び、商人達が船から降ろされた荷物を確認していた。


 潮の匂い。

 焼いた魚の香り。

 店先に積まれた色鮮やかな野菜。

 活気のある声が、至るところから聞こえてくる。


「懐かしいな……」


 ミラが小さく呟いた。


「覚えているのか?」


「うん。前に来た時より、ずっと賑やかになってるけどね」


 ミラは周囲を見回しながら歩く。

 やがて二人は、村の中央に建つ大きな集会所へ到着した。

 周囲の建物より頑丈な石造りで、災害が起きた際には村人の避難所としても使われるらしい。


 ミラが扉を叩く。

 少しして、中から四十代ほどの男性が姿を現した。

 男性はミラの顔を見ると、驚いたように目を見開く。


「……ミラか?」


「久しぶり、パルマさん」


「やっぱりミラじゃないか。久しぶりだな!」


 パルマの顔に懐かしそうな笑みが浮かんだ。


「最後に会ったのは何年前だったか。随分と大きくなったな」


「もう子供じゃないんだから、当たり前でしょ」


「昔はこの村へ来るたびに、俺の後ろをついて回っていたのにな」


「それは小さい頃の話でしょ」


「川へ落ちて、泣きながら助けを求めていたのもか?」


「それも小さい頃の話!」


 ミラが恥ずかしそうに声を上げる。

 パルマはミラの母親の従兄にあたる。

 ミラも幼い頃からパルマを知っており、母親と共に村を訪れるたびに遊んでもらっていた。


 二人のやり取りを黙って見ていたレオンへ、パルマの視線が向いた。

 腰には剣を下げているが、整った顔立ちと落ち着いた態度は、同年代の冒険者とは少し違って見える。

 パルマはレオンとミラを交互に見た後、何かに納得したように頷いた。


「それで、そちらはミラの婚約者か?」


「違うわよ!」


 ミラが即座に否定した。

 あまりに大きな声だったため、パルマが僅かに身を引く。


「そうなのか? なら、もう結婚しているのか?」


「どうしてそうなるのよ!」


「何年も顔を見せなかったミラが、突然男を連れて帰ってきたんだ。そう思っても仕方がないだろう」


「ただ一緒に依頼を受けただけ!」


 ミラの顔が赤くなる。

 その隣で、レオンは特に動揺した様子もなく口を開いた。


「レンだ。ミラの婚約者でも、夫でもない」


「レンまで真面目に答えなくていいから!」


「間違いは訂正した方がいい」


「そうだけど!」


 パルマは二人のやり取りを見て、楽しそうに笑った。


「なるほど。まだ婚約者ではないのか」


「『まだ』をつけないで!」


「分かった、分かった。ミラと一緒に依頼を受けた仲間だな」


「ああ」


 レオンは懐から冒険者協会の依頼受領書を取り出し、パルマへ差し出した。


「リーヴァ村の護衛と、盗賊の調査に来た」


 パルマは封筒を受け取った。

 盗賊という言葉を聞いたことで、先ほどまで浮かべていた笑みが僅かに薄れる。


「そうか。お前達が協会から来てくれた冒険者だったのか」


 パルマは封を開き、中の書状へ目を通した。


「レン殿は、B級冒険者なのですか?」


「ああ」


 パルマが驚いたようにレオンを見る。


「随分とお若く見えますが……」


「冒険者になってから、それほど経っていない」


「それほど経っていないのに、もうB級なのですか?」


 パルマが思わず聞き返す。

 ミラが隣で小さく笑った。


「レンを普通の冒険者だと思わない方がいいよ」


「何だ、その説明は」


「間違ってないでしょ?」


「何の説明にもなっていない」


 二人のやり取りを見たパルマは、再び意味ありげに頷いた。


「やはり、随分と親しいようだな」


「冒険者登録が一緒になっただけ!」


「そういうことにしておこう」


「本当に違うんだから!」


 ミラの声が、集会所の中へ大きく響いた。

 その声を聞きつけたのか、集会所の奥から小さな足音が近づいてきた。

 顔を覗かせたのは、六歳ほどの少女だった。

 薄茶色の髪を肩の辺りで揃え、大きな瞳でレオンとミラを見つめている。


「リナ。こちらへおいで」


 パルマに呼ばれ、少女はゆっくりと近づいてきた。


「娘のリナだ」


「この子が?」


 ミラは腰を落とし、リナと目線を合わせた。


「初めまして。ミラよ」


「ミラ……お姉ちゃん?」


「そうだよ」


 リナはミラの顔をじっと見た。


「絵の人に似てる」


「絵?」


「お父さんのお部屋にあるの。女の人が二人で描かれてる絵」


 ミラがパルマを見る。


「もしかして、お母さんと私の絵?」


「ああ。お前が最後にこの村へ来た時、祭りで描いてもらったものだ。今も残してある」


 ミラは少し驚いた後、嬉しそうに笑った。


「まだ持ってくれてたんだ」


「当たり前だろう」


 リナは今度はレオンを見た。


「お兄ちゃんは?」


「レンだ」


「ミラお姉ちゃんの旦那様?」


「違うわよ!」


 再びミラの声が響いた。

 パルマが堪えきれずに笑い出す。


「リナ。レン殿は、ミラと一緒に仕事へ来た冒険者だ」


「結婚してないの?」


「していない」


 レオンが答える。


「これからするの?」


「しないから!」


 リナは顔を赤くするミラを見て、不思議そうに首を傾げた。




 その日の夕方。

 盗賊について詳しく話を聞く前に、レオンとミラはパルマの家で食事へ招かれた。


 食卓には、海魚の香草焼き、川魚の揚げ物、貝の蒸し焼き、葉野菜と根菜を使った料理が並んでいる。

 中央には、魚介と野菜を一緒に煮込んだ大きな鍋が置かれていた。


「河口鍋と呼んでいるんだ」


 パルマが鍋の蓋を開ける。

 白い湯気と共に、魚介の香りが広がった。


「海と川の食材を一緒に入れるの」


 リナが得意そうに説明する。


「リナも手伝ったの?」


 ミラが尋ねる。


「お野菜を洗った」


「偉いね」


 褒められたリナは、嬉しそうにミラの隣へ座った。

 食事が始まると、リナはすぐにミラへ懐いた。

 椅子から降り、ミラの膝の上へ座る。

 ミラも慣れた様子でリナを抱き、魚の骨を丁寧に取り除いていた。


「はい。口を開けて」


「あーん」


「美味しい?」


「うん」


 レオンは向かいの席から二人を見ていた。

 その視線に気づいたリナが、ミラの膝の上からレオンを見る。


「レンお兄ちゃんも、座りたい?」


「どこにだ?」


「ミラお姉ちゃんのお膝」


 ミラが咳き込んだ。


「リ、リナ?」


「俺は座らない」


「どうして?」


「椅子があるからだ」


 レオンが隣の空いた椅子を示す。

 リナは少し考えた後、ミラの膝から降りた。

 そのままレオンの前まで歩いてくる。


「なら、リナが座る」


「俺の膝にか?」


「うん」


 レオンがパルマを見ると、パルマは困ったように笑っていた。

 拒む理由も見つからず、レオンはリナを抱き上げて膝へ座らせる。

 リナは満足そうに笑った。

 ミラも目を細めて二人を見ている。


「似合ってるね」


「何がだ?」


「子供を膝に乗せてるところ」


「そうか?」


「うん。意外と」


 リナは皿に残っていた魚を一切れ取り、レオンへ差し出した。


「これ、一番美味しいところ」


「リナが食べていい」


「レンお兄ちゃんにあげる」


「だが――」


「もらってあげたら?」


 ミラが言う。


 レオンは差し出された魚を食べた。

 脂が乗った柔らかな身だった。


「美味い」


「でしょ?」


 リナが得意そうに笑う。

 しばらくして、食事を終えたリナはレオンの膝の上で眠ってしまった。

 レオンは動けなくなり、膝に乗った小さな身体を支え続ける。


「部屋へ運ぼうか?」


 パルマが尋ねる。


「いや。このままでいい」


「起こしたくないんだ?」


 ミラが笑う。


「眠っている子供を起こす必要はないだろ」


「優しいね」


「普通だ」


 ミラはそれ以上何も言わず、穏やかな表情でレオンを見ていた。

 リナを寝室へ運んだ後、パルマは机の上へ村の地図を広げた。

 そこには盗賊が目撃された場所と、作物や家畜が盗まれた場所が記されている。


 最初の被害は、村の北側にある畑。

 次は東側の家畜小屋。

 その次は川沿いの倉庫。

 最後は南側にある野菜畑だった。

 レオンは地図を見つめた。


「被害が出た場所が離れすぎている」


「盗賊が村を回り込んでいるのではありませんか?」


 パルマが尋ねる。


「その可能性もある。だが、五、六人だけなら、これほど広い範囲を短い間隔で襲う意味がない」


「盗賊は食料を盗んでるんでしょ?」


 ミラが地図を覗き込む。


「食料が必要なら、一度に多く奪った方が危険は少ない。それなのに、少量ずつ何度も村へ近づいている」


「村の様子を調べてる?」


「ああ」


 レオンは被害が出た場所を指で結んだ。

 畑。

 家畜小屋。

 倉庫。

 船着き場に近い水路。

 どこも村人の動きや、自警団が到着するまでの時間を確かめられる場所だった。


「村の自警団は何人いる?」


「戦える者は十二人ほどです。ただし、皆、漁師や農民です」


「夜の見張りは?」


「四人ずつ、交代で行っています」


「船着き場と水門を管理している人数も教えてくれ」


 パルマは少し驚いたようだったが、すぐに答えた。

 レオンは一つずつ情報を確認していく。

 この村は食料が豊富だ。

 船着き場と倉庫がある。

 川を通る商船からは、水路を維持するための通行料を受け取っている。


 そして、川を下れば海へ出られる。

 盗賊が食料だけを狙っているとは思えなかった。


「明日、被害があった場所を全て確認する」


「分かりました。案内役を用意します」


「必要ない。村の者は普段どおりにしていてくれ。その方が盗賊も動きやすい」


 パルマの顔に不安が浮かぶ。


「盗賊が来るとお考えですか?」


「まだ分からない」


 レオンは地図の端に描かれた地下水路へ視線を向けた。

 四年前の治水工事で造られた、村の下を通る排水路。

 増水時には川の水を逃がし、海へ流すためのものだ。


「この地下水路には入れるのか?」


「点検口がいくつかあります。ただ、今は乾季です。水量も少なく、人が入れないほどではありません」


「入口に鍵は?」


「あります。管理しているのは私と、水門番だけです」


「古い入口は?」


 パルマは少し考えた。


「治水工事を行う前に使われていた水路が、一部残っていると聞いたことがあります。しかし、崩落の危険があるため、全て塞がれたはずです」


「はず、か」


 レオンは地図を見つめた。


 出発前に見た馬車の車輪へ付着していた、鉄の臭いが混じる黒い泥。

 依頼書に記されていた、水路の近くで途切れた足跡。

 まだ全てがつながったわけではない。

 だが、確認する必要はあった。


 話を終えた二人は、集会所の二階に用意された部屋へ案内された。

 男女で部屋は分けられている。


「明日は早い。今日は休め」


 廊下でレオンが言う。


「分かってる。でも、レンもちゃんと休んでね」


「ああ」


「夜中に一人で地下水路を調べたりしないでよ?」


 レオンは黙った。

 ミラが目を細める。


「今、行くつもりだったでしょ」


「場所だけ確認しようと思った」


「一人で行かないって約束したのは私だけ?」


「……明日の朝、一緒に確認する」


「よろしい」


 ミラは満足そうに頷き、自分の部屋へ入った。

 レオンも隣の部屋へ入る。

 窓の外からは、川の流れる音が聞こえていた。

 それに混じり、遠くから波の音も届く。

 レオンは寝台へ腰を下ろし、村の地図を思い浮かべた。


 五、六人の盗賊。

 何度も繰り返される、小規模な被害。

 村の四方を確かめるような襲撃。

 そして、足跡が途切れた古い水路。


 ただ食料を奪うことだけが目的ではない。

 そう考える方が自然だった。





 同じ頃。

 リーヴァ村の地下を通る、使われていない水路。

 光の届かない暗闇の中で、一人の男が息を潜めていた。

 男は地上の音へ耳を澄ませる。

 集会所へ入った二人の冒険者。


 一人は冒険者の女。

 もう一人は、黒髪の若い剣士。

 男は懐から小さな紙を取り出した。

 暗闇の中で魔法具の灯りを僅かにつけ、短い文章を書き加える。


 ◇

 護衛、二名到着。

 男はB級。

 明朝、村内を調査する可能性あり。

 ◇


 男は紙を筒へ収めると、水路の奥へ向かって歩き始めた。

 鉄の臭いを含んだ黒い泥へ、いくつもの足跡が残されていく。

 だが水路には、川から流れ込む水があった。

 翌朝までには、その足跡も全て消えている。

 リーヴァ村の地下には、パルマすら知らない道が残されていた。

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