第347話 水の村リーヴァ
ミストレアを出発した乗合馬車は、南東へ延びる街道を進んでいた。
首都の周辺には多くの建物が並んでいたが、半日も進めば景色は大きく変わる。
魔法具を扱う工房。
魔石を保管する倉庫。
杖や魔法陣の材料を運ぶ荷馬車。
それらが少しずつ減り、代わりに畑や牧草地が増えていった。
馬車にはレオンとミラのほかに、六人の乗客がいた。
行商人。
故郷へ帰る夫婦。
南東部の町で働く職人。
そして、大きな籠を抱えた老婆。
馬車は各地の宿場町へ立ち寄りながら進んでいく。
一日目の夜は、街道沿いの宿場町で過ごした。
翌朝。
馬車が再び動き出すと、窓の外には広大な畑が広がっていた。
葉野菜。
根菜。
麦。
水路から引かれた水が畑の間を流れ、農民達が朝早くから作業をしている。
「この辺りから、野菜が美味しくなるの」
窓の外を眺めていたミラが言った。
「土地が違うのか?」
「大きな川が運んできた土のおかげなんだって。昔は水害が多かったけど、その分、畑の土は豊かだったみたい」
「昔は?」
「今はほとんど起きてないよ。大規模な治水工事が行われたから」
「リーヴァ村でか?」
「村だけじゃなくて、この辺り一帯」
昼になると、馬車は小さな宿場へ立ち寄った。
レオンとミラは店先で、焼いた川魚と野菜を挟んだパンを買った。
魚には塩と香草が使われ、薄く焼かれた根菜と一緒に挟まれている。
二人は馬車の脇に置かれた長椅子へ並んで座った。
レオンは一口食べ、僅かに目を見開く。
川魚にはほとんど臭みがなく、表面は香ばしく焼かれていた。
一緒に挟まれた野菜には甘みがある。
「美味いな」
「でしょ?」
何故かミラが得意そうに胸を張った。
「ミラが作ったわけではないだろ」
「私のお母さんの故郷の近くで作られた野菜だから、少しくらい自慢してもいいでしょ」
「そういうものか」
「そういうものなの」
レオンはもう一口食べる。
ノルディアでも川魚は捕れる。
しかし、これほど多くの新鮮な野菜と一緒に食べることは少ない。
寒冷なノルディアでは、育てられる作物に限りがある。
保存しやすい根菜なら、持ち帰って栽培出来ないか。
そんなことを考えていると、ミラがレオンの顔を覗き込んだ。
「また何か考えてる?」
「この野菜を、故郷でも育てられないかと思っただけだ」
「食事中まで別のことを考えてるの?」
「悪いか?」
「悪くないけど、本当に領主みたいね」
レオンの手が止まった。
ミラは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや。何でもない」
レオンは再び食事を始めた。
危うく、余計な反応を見せるところだった。
その日の夕方には、街道の近くを流れる川の幅が広くなった。
三日目。
馬車は大河に沿って南下していた。
川には大小様々な船が浮かんでいる。
農作物を積んだ平底船。
木材を運ぶ大型船。
人を乗せた小舟。
岸辺には一定の間隔で石造りの水門が設置され、川から分かれた水路へ流れ込む水量を調整していた。
その外側には、高く盛られた堤防がどこまでも続いている。
「随分、大きな堤防だな」
レオンが窓から外を見る。
人の背丈を遥かに超える堤防だった。
表面は土魔法で固められ、川側には石が隙間なく敷き詰められている。
途中には、川の水位を示す柱も立てられていた。
「全部、四年前に造られたんだって」
「四年でこれだけのものを?」
「上流にはダムもあるよ。雨が多い時は、そこで水を止めるの」
馬車に乗っていた老婆が、二人の会話を聞いて口を開いた。
「昔は、この辺りでは毎年のように水が出たもんさ」
「毎年?」
ミラが聞き返す。
「大きいのも小さいのもあったよ。畑が水に浸かって、家畜も流された。河口に近い村じゃ、川の水と海の水が一緒に押し寄せることもあった」
老婆は窓の外に続く堤防を見た。
「それが、この堤防と新しい水路が出来てから、大きな水害は一度も起きていない」
「誰が造ったんですか?」
ミラが尋ねる。
老婆は驚いたようにミラを見た。
「知らないのかい? カイン殿下だよ」
レオンが窓の外から老婆へ視線を戻す。
「魔道王の王子が?」
「ああ。まだ十歳だったというのに、百年分の水害の記録を調べて、この辺りの地形を何度も測らせたそうだよ」
老婆は指を折りながら話し始めた。
上流に水を溜めるためのダムを造る。
大雨の際に水を逃がすため、川から分かれる新しい水路を掘る。
河口を二つに分け、一方へ水が集中しないようにする。
土魔法で堤防を固め、海から押し寄せる波を防ぐ壁を造る。
川の水位が上がれば、地下の排水路へ水を流す。
それら全ての計画を、当時十歳だったカイン王子が考えたという。
「十歳で……」
ミラが言葉を失う。
レオンも窓の外を見つめた。
長く続く堤防。
いくつもの水門。
船が安全に通れるよう整えられた水路。
一つの村を守るだけの工事ではない。
川の流れそのものを変え、地域全体を水害から守っている。
カイルが優れた魔法の研究者であることは知っていた。
だが、彼の才能は研究だけに限られたものではない。
十歳で過去の記録と地形を調べ、これだけの工事を考案した。
その思考は、最初から国全体を見ている。
「凄い人なんだね、カイン王子って」
ミラが感心したように呟く。
「ああ」
レオンは短く答えた。
カイルが自らの研究を完成させた時、どれほど大きな影響を国へ与えるのか。
その一端を見せられた気がした。
馬車が進むにつれ、川を行き交う船の数が増えていった。
夕方に立ち寄った宿場では、海から運ばれてきた干物や塩が売られていた。
レオンとミラは川魚の煮込みと、葉野菜を使った料理を食べる。
「どう?」
ミラが尋ねる。
「美味い」
「それだけ?」
「魚も野菜も美味い」
「感想が短いのよね」
「美味いものを、美味いと言って何が悪い?」
「悪くないけど、作った人にはもう少し言葉を尽くした方が喜ばれるよ」
「なら、ミラが作った時はそうする」
「私が?」
「ああ」
ミラは少し考えた後、笑った。
「じゃあ、いつか作ってあげる」
四日目の昼過ぎ。
風に潮の匂いが混じり始めた。
広かった川はさらに幅を増し、その先には青い海が見える。
川と海が交わる場所には、大小いくつもの船が浮かんでいた。
岸辺には船着き場があり、その周囲には倉庫や店が並んでいる。
「見えてきたよ」
ミラが窓の外を指さした。
「あれがリーヴァ村」
村と呼ぶには、多くの人と荷物が行き交っていた。
海で捕れた魚や貝。
川で捕れた魚。
畑で育てられた野菜。
上流から運ばれてきた木材や鉱石。
河口から入った船は、村の船着き場で通行の手続きを行い、安全に整備された水路を利用するための料金を支払う。
通行料の一部は、水門や堤防を維持するために使われていた。
「小さな交易集落と聞いていたが、随分と栄えているな」
「水害がなくなってから、船が増えたんだって」
街道沿いには、石を高く積み上げた基礎の上に建てられた家が多い。
かつて水害が頻発していた名残なのだろう。
その一方で、新しく建てられた家は街道と同じ高さにあった。
四年前を境に、村の造りそのものが変わっている。
乗合馬車が村の停留所へ着いた。
レオンとミラは荷物を降ろし、村の中央へ向かう。
通りでは漁師達が魚を運び、商人達が船から降ろされた荷物を確認していた。
潮の匂い。
焼いた魚の香り。
店先に積まれた色鮮やかな野菜。
活気のある声が、至るところから聞こえてくる。
「懐かしいな……」
ミラが小さく呟いた。
「覚えているのか?」
「うん。前に来た時より、ずっと賑やかになってるけどね」
ミラは周囲を見回しながら歩く。
やがて二人は、村の中央に建つ大きな集会所へ到着した。
周囲の建物より頑丈な石造りで、災害が起きた際には村人の避難所としても使われるらしい。
ミラが扉を叩く。
少しして、中から四十代ほどの男性が姿を現した。
男性はミラの顔を見ると、驚いたように目を見開く。
「……ミラか?」
「久しぶり、パルマさん」
「やっぱりミラじゃないか。久しぶりだな!」
パルマの顔に懐かしそうな笑みが浮かんだ。
「最後に会ったのは何年前だったか。随分と大きくなったな」
「もう子供じゃないんだから、当たり前でしょ」
「昔はこの村へ来るたびに、俺の後ろをついて回っていたのにな」
「それは小さい頃の話でしょ」
「川へ落ちて、泣きながら助けを求めていたのもか?」
「それも小さい頃の話!」
ミラが恥ずかしそうに声を上げる。
パルマはミラの母親の従兄にあたる。
ミラも幼い頃からパルマを知っており、母親と共に村を訪れるたびに遊んでもらっていた。
二人のやり取りを黙って見ていたレオンへ、パルマの視線が向いた。
腰には剣を下げているが、整った顔立ちと落ち着いた態度は、同年代の冒険者とは少し違って見える。
パルマはレオンとミラを交互に見た後、何かに納得したように頷いた。
「それで、そちらはミラの婚約者か?」
「違うわよ!」
ミラが即座に否定した。
あまりに大きな声だったため、パルマが僅かに身を引く。
「そうなのか? なら、もう結婚しているのか?」
「どうしてそうなるのよ!」
「何年も顔を見せなかったミラが、突然男を連れて帰ってきたんだ。そう思っても仕方がないだろう」
「ただ一緒に依頼を受けただけ!」
ミラの顔が赤くなる。
その隣で、レオンは特に動揺した様子もなく口を開いた。
「レンだ。ミラの婚約者でも、夫でもない」
「レンまで真面目に答えなくていいから!」
「間違いは訂正した方がいい」
「そうだけど!」
パルマは二人のやり取りを見て、楽しそうに笑った。
「なるほど。まだ婚約者ではないのか」
「『まだ』をつけないで!」
「分かった、分かった。ミラと一緒に依頼を受けた仲間だな」
「ああ」
レオンは懐から冒険者協会の依頼受領書を取り出し、パルマへ差し出した。
「リーヴァ村の護衛と、盗賊の調査に来た」
パルマは封筒を受け取った。
盗賊という言葉を聞いたことで、先ほどまで浮かべていた笑みが僅かに薄れる。
「そうか。お前達が協会から来てくれた冒険者だったのか」
パルマは封を開き、中の書状へ目を通した。
「レン殿は、B級冒険者なのですか?」
「ああ」
パルマが驚いたようにレオンを見る。
「随分とお若く見えますが……」
「冒険者になってから、それほど経っていない」
「それほど経っていないのに、もうB級なのですか?」
パルマが思わず聞き返す。
ミラが隣で小さく笑った。
「レンを普通の冒険者だと思わない方がいいよ」
「何だ、その説明は」
「間違ってないでしょ?」
「何の説明にもなっていない」
二人のやり取りを見たパルマは、再び意味ありげに頷いた。
「やはり、随分と親しいようだな」
「冒険者登録が一緒になっただけ!」
「そういうことにしておこう」
「本当に違うんだから!」
ミラの声が、集会所の中へ大きく響いた。
その声を聞きつけたのか、集会所の奥から小さな足音が近づいてきた。
顔を覗かせたのは、六歳ほどの少女だった。
薄茶色の髪を肩の辺りで揃え、大きな瞳でレオンとミラを見つめている。
「リナ。こちらへおいで」
パルマに呼ばれ、少女はゆっくりと近づいてきた。
「娘のリナだ」
「この子が?」
ミラは腰を落とし、リナと目線を合わせた。
「初めまして。ミラよ」
「ミラ……お姉ちゃん?」
「そうだよ」
リナはミラの顔をじっと見た。
「絵の人に似てる」
「絵?」
「お父さんのお部屋にあるの。女の人が二人で描かれてる絵」
ミラがパルマを見る。
「もしかして、お母さんと私の絵?」
「ああ。お前が最後にこの村へ来た時、祭りで描いてもらったものだ。今も残してある」
ミラは少し驚いた後、嬉しそうに笑った。
「まだ持ってくれてたんだ」
「当たり前だろう」
リナは今度はレオンを見た。
「お兄ちゃんは?」
「レンだ」
「ミラお姉ちゃんの旦那様?」
「違うわよ!」
再びミラの声が響いた。
パルマが堪えきれずに笑い出す。
「リナ。レン殿は、ミラと一緒に仕事へ来た冒険者だ」
「結婚してないの?」
「していない」
レオンが答える。
「これからするの?」
「しないから!」
リナは顔を赤くするミラを見て、不思議そうに首を傾げた。
その日の夕方。
盗賊について詳しく話を聞く前に、レオンとミラはパルマの家で食事へ招かれた。
食卓には、海魚の香草焼き、川魚の揚げ物、貝の蒸し焼き、葉野菜と根菜を使った料理が並んでいる。
中央には、魚介と野菜を一緒に煮込んだ大きな鍋が置かれていた。
「河口鍋と呼んでいるんだ」
パルマが鍋の蓋を開ける。
白い湯気と共に、魚介の香りが広がった。
「海と川の食材を一緒に入れるの」
リナが得意そうに説明する。
「リナも手伝ったの?」
ミラが尋ねる。
「お野菜を洗った」
「偉いね」
褒められたリナは、嬉しそうにミラの隣へ座った。
食事が始まると、リナはすぐにミラへ懐いた。
椅子から降り、ミラの膝の上へ座る。
ミラも慣れた様子でリナを抱き、魚の骨を丁寧に取り除いていた。
「はい。口を開けて」
「あーん」
「美味しい?」
「うん」
レオンは向かいの席から二人を見ていた。
その視線に気づいたリナが、ミラの膝の上からレオンを見る。
「レンお兄ちゃんも、座りたい?」
「どこにだ?」
「ミラお姉ちゃんのお膝」
ミラが咳き込んだ。
「リ、リナ?」
「俺は座らない」
「どうして?」
「椅子があるからだ」
レオンが隣の空いた椅子を示す。
リナは少し考えた後、ミラの膝から降りた。
そのままレオンの前まで歩いてくる。
「なら、リナが座る」
「俺の膝にか?」
「うん」
レオンがパルマを見ると、パルマは困ったように笑っていた。
拒む理由も見つからず、レオンはリナを抱き上げて膝へ座らせる。
リナは満足そうに笑った。
ミラも目を細めて二人を見ている。
「似合ってるね」
「何がだ?」
「子供を膝に乗せてるところ」
「そうか?」
「うん。意外と」
リナは皿に残っていた魚を一切れ取り、レオンへ差し出した。
「これ、一番美味しいところ」
「リナが食べていい」
「レンお兄ちゃんにあげる」
「だが――」
「もらってあげたら?」
ミラが言う。
レオンは差し出された魚を食べた。
脂が乗った柔らかな身だった。
「美味い」
「でしょ?」
リナが得意そうに笑う。
しばらくして、食事を終えたリナはレオンの膝の上で眠ってしまった。
レオンは動けなくなり、膝に乗った小さな身体を支え続ける。
「部屋へ運ぼうか?」
パルマが尋ねる。
「いや。このままでいい」
「起こしたくないんだ?」
ミラが笑う。
「眠っている子供を起こす必要はないだろ」
「優しいね」
「普通だ」
ミラはそれ以上何も言わず、穏やかな表情でレオンを見ていた。
リナを寝室へ運んだ後、パルマは机の上へ村の地図を広げた。
そこには盗賊が目撃された場所と、作物や家畜が盗まれた場所が記されている。
最初の被害は、村の北側にある畑。
次は東側の家畜小屋。
その次は川沿いの倉庫。
最後は南側にある野菜畑だった。
レオンは地図を見つめた。
「被害が出た場所が離れすぎている」
「盗賊が村を回り込んでいるのではありませんか?」
パルマが尋ねる。
「その可能性もある。だが、五、六人だけなら、これほど広い範囲を短い間隔で襲う意味がない」
「盗賊は食料を盗んでるんでしょ?」
ミラが地図を覗き込む。
「食料が必要なら、一度に多く奪った方が危険は少ない。それなのに、少量ずつ何度も村へ近づいている」
「村の様子を調べてる?」
「ああ」
レオンは被害が出た場所を指で結んだ。
畑。
家畜小屋。
倉庫。
船着き場に近い水路。
どこも村人の動きや、自警団が到着するまでの時間を確かめられる場所だった。
「村の自警団は何人いる?」
「戦える者は十二人ほどです。ただし、皆、漁師や農民です」
「夜の見張りは?」
「四人ずつ、交代で行っています」
「船着き場と水門を管理している人数も教えてくれ」
パルマは少し驚いたようだったが、すぐに答えた。
レオンは一つずつ情報を確認していく。
この村は食料が豊富だ。
船着き場と倉庫がある。
川を通る商船からは、水路を維持するための通行料を受け取っている。
そして、川を下れば海へ出られる。
盗賊が食料だけを狙っているとは思えなかった。
「明日、被害があった場所を全て確認する」
「分かりました。案内役を用意します」
「必要ない。村の者は普段どおりにしていてくれ。その方が盗賊も動きやすい」
パルマの顔に不安が浮かぶ。
「盗賊が来るとお考えですか?」
「まだ分からない」
レオンは地図の端に描かれた地下水路へ視線を向けた。
四年前の治水工事で造られた、村の下を通る排水路。
増水時には川の水を逃がし、海へ流すためのものだ。
「この地下水路には入れるのか?」
「点検口がいくつかあります。ただ、今は乾季です。水量も少なく、人が入れないほどではありません」
「入口に鍵は?」
「あります。管理しているのは私と、水門番だけです」
「古い入口は?」
パルマは少し考えた。
「治水工事を行う前に使われていた水路が、一部残っていると聞いたことがあります。しかし、崩落の危険があるため、全て塞がれたはずです」
「はず、か」
レオンは地図を見つめた。
出発前に見た馬車の車輪へ付着していた、鉄の臭いが混じる黒い泥。
依頼書に記されていた、水路の近くで途切れた足跡。
まだ全てがつながったわけではない。
だが、確認する必要はあった。
話を終えた二人は、集会所の二階に用意された部屋へ案内された。
男女で部屋は分けられている。
「明日は早い。今日は休め」
廊下でレオンが言う。
「分かってる。でも、レンもちゃんと休んでね」
「ああ」
「夜中に一人で地下水路を調べたりしないでよ?」
レオンは黙った。
ミラが目を細める。
「今、行くつもりだったでしょ」
「場所だけ確認しようと思った」
「一人で行かないって約束したのは私だけ?」
「……明日の朝、一緒に確認する」
「よろしい」
ミラは満足そうに頷き、自分の部屋へ入った。
レオンも隣の部屋へ入る。
窓の外からは、川の流れる音が聞こえていた。
それに混じり、遠くから波の音も届く。
レオンは寝台へ腰を下ろし、村の地図を思い浮かべた。
五、六人の盗賊。
何度も繰り返される、小規模な被害。
村の四方を確かめるような襲撃。
そして、足跡が途切れた古い水路。
ただ食料を奪うことだけが目的ではない。
そう考える方が自然だった。
同じ頃。
リーヴァ村の地下を通る、使われていない水路。
光の届かない暗闇の中で、一人の男が息を潜めていた。
男は地上の音へ耳を澄ませる。
集会所へ入った二人の冒険者。
一人は冒険者の女。
もう一人は、黒髪の若い剣士。
男は懐から小さな紙を取り出した。
暗闇の中で魔法具の灯りを僅かにつけ、短い文章を書き加える。
◇
護衛、二名到着。
男はB級。
明朝、村内を調査する可能性あり。
◇
男は紙を筒へ収めると、水路の奥へ向かって歩き始めた。
鉄の臭いを含んだ黒い泥へ、いくつもの足跡が残されていく。
だが水路には、川から流れ込む水があった。
翌朝までには、その足跡も全て消えている。
リーヴァ村の地下には、パルマすら知らない道が残されていた。




