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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第345話 氷壁のレン

 《魔脈大坑道グランヴァン》を攻略してから、三日が過ぎた。

 ミストレアへ戻ったレオンとカイルは、その足で冒険者協会本部を訪れていた。

 二人が扉を開けて中へ入った瞬間、それまで聞こえていた話し声が僅かに小さくなる。


 受付前に並んでいた者。

 壁に貼られた依頼書を眺めていた者。

 併設された酒場で朝から酒を飲んでいた者。

 多くの冒険者が、レオンへ視線を向けていた。


「……何だ?」


 レオンは足を止めた。


「レンを見ているんだよ」


 隣を歩くカイルが答える。


「俺達も、今戻ったばかりだぞ」


「入口の職員が、速達便で報告を送ったんじゃないかな。僕達が乗っていた馬車より、早馬の方が速いからね」


 《魔脈女王クリスタルアント》が討伐されたという報告は、二人より先に冒険者協会本部へ届いていた。

 B級冒険者のレンが、A級ダンジョンを攻略した。

 最下層にいた《魔脈女王クリスタルアント》を、一人で倒した。

 同行していたカイルは、戦闘へ加わっていない。

 その話は既に、ミストレアの冒険者達へ広まり始めていた。


「有名になったね」


「嬉しそうだな」


「僕のことじゃないからね」


「お前も一緒にいただろ」


「僕は魔鉱石を採取していただけだよ」


 カイルは周囲からの視線を気にすることなく、受付へ向かっていく。

 レオンもその後へ続いた。

 二人が受付へ着くと、顔を覚えていた受付嬢が立ち上がった。


「レンさん、カイルさん。お帰りなさいませ」


「ああ」


「攻略報告は届いております。素材もお持ちなのですね?」


 受付嬢が、二人の後ろへ視線を向ける。

 協会本部の裏口には、グランヴァンから運んできた素材を載せた荷車が止められていた。


 女王の甲殻。

 巨大な顎。

 触角。

 切り落とした脚。

 そして、体内から取り出した大きな魔石。


 それらは乗合馬車とは別に手配した荷車で、三日かけてミストレアまで運んできた。


「こちらへ運び込んでも構いませんか?」


「ああ」


「では、先に売却されない素材を確認いたします」


 受付嬢に案内され、二人は協会本部の裏手へ向かった。

 そこでは荷車から素材を下ろすため、数人の職員が待っていた。

 職員達は最初に魔石と顎を確認する。


「間違いありません。《魔脈女王クリスタルアント》の素材です」


 女王の魔石は、通常のクリスタルアントから得られるものとは大きさが違う。

 さらに、最下層の入口を管理していた職員から、女王の特徴についても報告が届いていた。

 正式な価値までは分からなくとも、素材が女王から得られた物であることは、その場で確認出来た。


「鑑定には、どのくらいかかる?」


 レオンが尋ねる。


「全ての素材を調べるとなりますと、五日ほどお時間をいただきます」


 受付嬢が答えた。


「甲殻については、部位ごとに状態を確認する必要があります。魔石に蓄えられている魔力量も測定いたしますので、売却金額をお伝え出来るのは、鑑定が終わってからとなります」


「分かった」


「全て売却されますか?」


「カイル、欲しい物はあるか?」


「脚の一部が欲しい。それと、採取した魔鉱石は全部持ち帰るよ」


 カイルが脚の一つを指差す。


「脚の先端と付け根を調べたい。女王が地面から魔力を吸い上げていたなら、魔力を通すための器官が残っているかもしれないからね」


「では、その脚は売らない」


「承知いたしました」


 受付嬢が書類へ記入する。

 研究用として残す脚と魔鉱石を分け、残りの素材が鑑定部門へ運ばれていく。

 手続きが終わると、二人は再び受付へ戻った。


「攻略記録についてですが、入口にいた職員から報告書が届いております」


 受付嬢が一枚の書類を机へ置く。

 そこには、《魔脈女王クリスタルアント》をレオンが単独で討伐したことが記されていた。

 レオンとカイルは、グランヴァンを出る際にも同じ内容の証言書へ署名している。


 入口の職員による確認。

 二人の証言。

 そして、持ち帰った女王の素材。


「以上をもって、レンさんによる《魔脈大坑道グランヴァン》の単独攻略を、正式な記録として受理いたします」


「これで、俺はA級になるのか?」


 レオンが尋ねる。

 受付嬢は申し訳なさそうに首を横へ振った。


「いいえ。レンさんの階級は、B級のままです」


「女王を一人で倒してもか?」


「レンさんの戦闘能力については、既にA級以上だと判断されております」


「なら、何が足りない?」


「冒険者協会への貢献度です」


 レオンは僅かに眉を寄せた。


「貢献度?」


「はい。A級以上の冒険者には、強さだけでなく、様々な依頼へ対応出来る経験と、協会からの信用が求められます」


 受付嬢はレオンの活動記録を広げた。

 登録してから受けた依頼。

 納品した素材。

 攻略したダンジョン。

 記録されている実績のほとんどが、魔物の討伐とダンジョンに関係するものだった。


「レンさんは、冒険者として登録されてから一か月余りしか経っておりません。その間に二つのダンジョンを攻略されていますので、戦闘に関する実績は十分です」


「それ以外が足りないのか」


「はい。護衛、採取、捜索、救助。それから、街道や村の周辺に現れた魔獣の駆除などです」


 ダンジョンにいる魔物を倒すことと、村の近くへ現れた魔獣を駆除することは同じではない。

 護衛では、守る相手に合わせて進む必要がある。

 捜索では、対象を傷つけずに見つけ出さなければならない。


 救助では、魔物を倒すことよりも人命を優先する判断が求められる。

 どれほど強くとも、依頼人を無視して勝手に行動する者を、協会はA級には出来ない。


「どのくらいかかる?」


「今から継続して依頼を受けていただいても、少なくとも三か月は必要になるかと」


「三か月……」


 次に向かう予定の《翠霊迷宮ユグシア》へ入れるのは、A級以上の冒険者だけだった。

 現在のままでは、入口に立つことすら出来ない。


 レオンは原作の記憶を辿った。

 エリシアが冒険者になったのは、王都での生活費に困ったことがきっかけだった。


 報酬を得るため、王都の冒険者協会で依頼を受ける。

 薬草を集める。

 街の外に現れた魔獣を倒す。

 荷物を運ぶ商人を護衛する。


 それだけではない。

 依頼を終えて冒険者協会へ戻ると、そこには負傷した冒険者がいることがあった。

 治療費を払えない者。

 回復薬を買えず、傷を抱えたまま次の依頼へ向かおうとする者。


 エリシアは、そのような者を見つけるたびに回復魔法で治療していた。

 報酬を求めることもなかった。

 エリシアにとっては、困っている者を助けただけだった。


 だが、治療を受けた冒険者や、それを見ていた協会職員は、彼女の行動を覚えていた。

 人命救助として、協会の記録にも残されていたのだろう。

 夏休みに魔道国家を訪れた時、エリシアはC級冒険者だった。


 その後、攻略対象達とダンジョンへ潜り、攻略を重ねることでA級まで昇格する。

 ゲームをしていた頃のレオンには、ダンジョンを攻略したから階級が上がったようにしか見えていなかった。


 だが、違った。

 エリシアは王都にいる間に、昇格に必要な貢献度と信用を積み上げていた。

 足りなかったのは、上位の魔物を倒したという戦闘実績だけだったのだ。

 そして、それはカインルートの結末にも関わっていた。


 北竜を倒すためには、《叡智の首飾り》が必要になる。

 その首飾りが眠る《五極魔塔ペンタ・アルティナ》へ入れるのは、S級冒険者だけ。


 王都で十分な貢献度を積まずに夏休みを迎えた場合、エリシアは魔道国家のダンジョンを攻略してもA級で止まる。

 《五極魔塔ペンタ・アルティナ》へ入れず、《叡智の首飾り》を手に入れることも出来ない。

 そのまま北竜との戦いを迎え、カインと共に命を落とす。

 それが、カインルートに用意されていた結末の一つだった。


 レオンは、原作では何気なく見ていたエリシアの行動が、全て後の結果へ繋がっていたことを理解した。


「足りないのは、強さじゃなく信用か」


「はい」


 受付嬢が頷く。


「レンさんであれば、依頼を着実にこなしていただければ問題ありません。ただし、内容に偏りが出ないようお気をつけください」


「分かった」


 レオンが活動記録を見ていると、協会の入口付近が急に騒がしくなった。

 何人もの冒険者が振り返る。

 開かれた扉から入ってきたのは、五人の女性だった。


 全員が統一された青色の外套を身につけている。

 その中心を歩く女性は、長い青髪を背中へ流していた。


 黄色い瞳。

 腰には細身の長剣。

 長身で、鍛えられていながらも女性らしい身体つきをしている。


「《蒼天の戦乙女》だ」


 誰かが呟いた。

 正式名称は、《蒼天の戦乙女(バルキリー)》。

 女性だけで構成されたS級パーティーだった。


 先頭を歩くのは、リーダーのアストリッド・レーヴァン。

 火と風、二つの属性を持つ魔法剣士。


 魔道国家の侯爵家に生まれながら、貴族として生きるよりも、自らの才能を冒険者として生かす道を選んだ女性だった。

 十六歳で冒険者として登録し、現在は二十二歳。

 その強さだけでなく、美しい容姿と生き方から、男性冒険者はもちろん、多くの女性冒険者からも憧れられている。


 ミラも、冒険者を目指し始めた頃から《蒼天の戦乙女》に憧れていた。

 アストリッドは協会へ入ると、真っ直ぐレオン達のいる受付へ向かってきた。


 一度だけ、レオンの隣にいるカイルへ視線を向ける。

 だが、知り合いらしい反応は見せなかった。


 カインは王子でありながら、幼い頃から研究室へ籠もり、王家の式典や貴族の社交へほとんど姿を見せていない。

 母親が処刑されてからは、さらに表舞台から遠ざかっていた。


 対するアストリッドは、十六歳で貴族社会を離れている。

 仮に幼いカインを遠くから見たことがあったとしても、今の姿と結びつけることは難しい。

 何より、現在のカインはカイルと名乗っている。

 アストリッドの目には、グランヴァンへ同行した若い研究者としか映っていないようだった。


 カイルも《蒼天の戦乙女》の名前は知っているらしいが、構成員の顔までは覚えていなかった。

 研究に関係のないことへの関心が、あまりにも薄い。


 アストリッドはレオンの前で足を止めた。


「君がレンだな?」


「ああ」


「《魔脈女王クリスタルアント》を一人で倒したと聞いた」


「倒した」


 レオンが答えると、アストリッドの後ろにいた女性達が小さくざわめく。


「噂は本当だったか」


 アストリッドはレオンを見つめた。

 値踏みするような視線ではない。

 剣士が相手の力量を確かめようとする目だった。


「一つ、提案がある」


「何だ?」


「私達のパーティーへ入らないか?」


 協会内が静まり返った。

 《蒼天の戦乙女》は、その名の通り女性だけで構成されたパーティーだ。

 実力のある女性冒険者から加入を望まれることは多いが、男性を誘ったことは一度もない。


「私達はこれまで女性だけで活動してきた。だが、君ほどの実力者なら、皆も迎え入れることに異論はない」


 後ろにいる仲間達も頷いている。

 周囲から羨望の視線がレオンへ集まった。


「悪いが、入るつもりはない」


 レオンは迷わず答えた。

 再び協会内が静まり返る。

 これほど迷いなく断られるとは、誰も思っていなかったらしい。

 アストリッドも僅かに目を見開いたが、すぐに元の表情へ戻った。


「理由を聞いても?」


「パーティーを組むつもりがない」


「そうか」


 アストリッドは少し考える。


「では、君には決まった相方がいるのか?」


「いや、いない。俺は一人で活動している」


「奇遇だな。私にも決まった相方はいない。もしよかったら――」


「すまん。相方も作るつもりはない」


 アストリッドの言葉が止まった。

 後ろにいた仲間の一人が、堪えきれずに小さく笑う。


「……せめて、最後まで言わせてくれないか?」


「違ったのか?」


「いや。君の理解で合っている」


 今度は別の仲間も顔を逸らした。

 肩が僅かに震えている。

 アストリッドは一度だけ後ろを振り返った。

 それだけで仲間達は表情を引き締めたが、口元までは隠せていなかった。


「勧誘を断られたことはあるが、言い終える前に断られたのは初めてだ」


「悪かった」


「本当に悪いと思っているのか?」


「少しは」


「少しか」


 アストリッドは困ったように息を吐いた。

 それでも、不快そうな様子は見せなかった。


「考えが変わった時は声をかけてくれ。私達はいつでも歓迎する」


「ああ。ただ、変わらないと思う」


「そこは黙って頷いておけばいい」


 アストリッドが離れると、止まっていた協会内の時間が再び動き出した。

 周囲の冒険者達が一斉に話し始める。

 レオンは去っていくアストリッドの背中を見た。

 美しい女性だとは思う。


 だが、大人びた美しさや身体つきなら、普段からエミルを見ている。

 青髪の可愛らしい顔なら、フローラの方がレオンの好みに近い。

 そのため、レオンにとってアストリッドは、綺麗な女性という以上のものではなかった。


 当然、周囲の冒険者達はそんな事情を知らない。

 《蒼天の戦乙女》からの誘いを断ったことが、余計に女性冒険者達の興味を引いたらしい。

 アストリッド達が離れた直後、一人の女性がレオンへ近づいてきた。


「ねえ、レン。私達のパーティーはどう?」


「入らない」


 別の女性が横から顔を出す。


「だったら、私と相方を組まない?」


「組まない」


「今夜、一緒に食事だけでも――」


「悪いが、ほかを当たってくれ」


 一人を断ると、次の者が来る。

 パーティーへの勧誘。

 相方への誘い。

 中には、まずは食事からと提案する者までいた。

 レオンは、その全てを断った。


 少し離れた場所で見ていた男性冒険者が呟く。


「凄いな、あいつ」


「女に囲まれて羨ましいのか?」


「違う。あれだけ誘われて、一人も通さないことだ」


 男は女性達に囲まれたレオンを見ながら、腕を組んだ。


「氷魔法を使うだけじゃないらしい」


「何がだ?」


「あいつの周りには、どんな女も通さない氷の壁がある」


 隣にいた男が笑う。


「だったら、《氷壁》のレンだな」


「《氷壁》か。ちょうどいい」


 その呼び名は、面白がった冒険者達の間へすぐに広がっていった。

 ようやく女性達から解放されたレオンは、受付へ戻る。


「依頼を受けたい」


「はい。どのような依頼になさいますか?」


 受付嬢が依頼書を並べる。

 商人の護衛。

 街道周辺の魔獣駆除。

 薬草の採取。

 行方不明になった冒険者の捜索。


 レオンは内容を一つずつ確認し、受けられるものを選んでいく。

 隣から覗き込んだカイルが、積み重なった依頼書を見て目を丸くした。


「それ、全部受けるつもり?」


「ああ」


「三か月で終わらせるため?」


「三か月で足りると言われた」


「最低でも三か月だよ」


「なら、失敗しなければいい」


「そういう意味じゃないと思うけど……」


 カイルは呆れたように息を吐いた。

 レオンは選んだ依頼書を受付嬢へ差し出す。

 《翠霊迷宮ユグシア》へ入るため。

 さらに、その先にある《五極魔塔ペンタ・アルティナ》へ辿り着くため。

 強さだけでは足りないのなら、必要なものを積み上げればいい。


「明日から始める」


「承知いたしました」


 受付嬢が依頼書を受け取る。

 レオンはカイルと共に受付を離れた。

 その背後から、誰かが声を上げる。


「おい、《氷壁》が帰るぞ」


 レオンが足を止め、振り返った。


「氷壁?」


 自分のことだとは思っていないらしい。

 カイルは笑いを堪えながら、首を横へ振った。


「何でもないよ。行こう、レン」


「ああ」


 二人は冒険者協会を出る。

 こうしてレオンは、本人の知らないところで新たな二つ名を得た。


 《氷壁》のレン。


 その名は、単独でA級ダンジョンを攻略した噂と共に、魔道国家の冒険者達へ広がり始めていた。

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