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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第344話 魔脈女王クリスタルアント

 最下層の広間へ現れた《魔脈女王クリスタルアント》は、これまで倒してきたどの魔物よりも巨大だった。

 六本の脚だけでも、レオンの身長を超えている。


 大きく膨らんだ腹部は青白い外殻に覆われ、頭部から伸びた二本の触角がゆっくりと動いていた。

 女王が大顎を開き、甲高い声を上げる。

 その声に応えるように、広間の左右にある横穴から無数の足音が聞こえてきた。


「レン! 周りの通路からも来る!」


 カイルが叫ぶ。


 横穴の奥から、ソルジャークリスタルアントが姿を現す。

 レオンは女王から目を離さないまま、左右の通路へ手を向けた。

 分厚い氷壁が作り出され、横穴を塞ぐ。

 先頭を走っていたソルジャークリスタルアントが、氷壁へ激突した。

 何度も大顎を打ちつけているが、すぐには壊れそうにない。


「しばらくは持つ。カイルは後ろへ下がっていろ」


「うん」


 カイルが広間の入口近くまで下がった。

 女王の巨体が動く。

 六本の脚で地面を蹴り、レオンへ向かって突進してきた。

 その身体からは想像出来ない速さだった。


 巨大な前脚が振り下ろされる。

 レオンが横へ跳ぶと、先ほどまで立っていた地面が大きく砕けた。

 続いて、開かれた大顎が迫る。

 右目に映る少し先の未来を見ながら、レオンは女王の攻撃を避けた。

 大顎の横を抜け、そのまま女王の側面へ回り込む。


 剣へ大量の魔力を流した。

 刀身に刻まれた魔法陣が輝き、剣を包む魔力が大きく膨れ上がる。

 レオンは女王の胸部へ剣を振り下ろした。


 甲高い音が、最下層全体へ響き渡る。

 剣を握る両腕へ激しい衝撃が返ってきた。

 レオンはすぐに女王から離れ、斬りつけた場所を見る。

 青白い外殻には、傷一つついていなかった。


「硬いな」


 これまで倒したクリスタルアントとは、外殻の強度がまるで違う。

 女王が身体を回転させる。

 大きく膨らんだ腹部が、レオンへ叩きつけられた。

 レオンは後ろへ跳び、その一撃を避ける。

 腹部が地面へ激突し、砕けた石が周囲へ飛び散った。


「レン!」


 後方からカイルの声が聞こえる。


「女王が地面から魔力を吸い上げてる!」


「地面から?」


「脚を見て! 地面から入った魔力が、六本の脚を通って全身へ広がってる!」


 レオンには、その魔力を感じ取ることが出来ない。

 しかし、魔力感知に優れたカイルには分かるらしい。


「外殻そのものが硬いんじゃない。吸い上げた魔力で外殻を硬化させてるんだ!」


 レオンは女王の六本の脚へ目を向けた。

 全ての脚が地面についている。

 あの脚を通して、魔脈から魔力を取り込んでいる。


「地面から離せば、魔力を吸えなくなるのか?」


「たぶん! でも、あの身体をどうやって持ち上げるの?」


 レオンは女王の腹部を見る。


 答えるより先に、再び女王が迫ってきた。

 振り下ろされる前脚を避け、大顎の届かない位置へ移動する。

 女王はレオンを追い、広間の中央まで進んできた。

 足元には、障害になる岩や結晶がない。

 レオンは女王の攻撃を避けながら、その身体の下へ潜り込んだ。


 地面へ片手をつく。

 一気に大量の魔力を流し込んだ。

 次の瞬間、女王の腹部の真下から巨大な氷柱が突き上がる。

 鋭く尖った先端が、女王の腹部へ直撃した。


 轟音が響く。

 だが、氷柱は腹部の外殻を貫けなかった。

 先端から亀裂が広がり、巨大な氷柱が砕け散る。

 無数の氷片が、広間へ降り注いだ。

 それでも氷柱は、女王の巨体を僅かに持ち上げていた。


 六本の脚が、一斉に地面から離れる。


「レン! 魔力が途切れた!」


 カイルが叫ぶ。


「外殻を流れていた魔力が弱くなってる!」


 女王の身体が落下を始める。

 地面へ戻れば、再び魔力を吸い上げるだろう。

 レオンは砕けた氷の中を駆けた。


 剣へ、この一撃に込められるありったけの魔力を流す。

 刀身に刻まれた魔法陣が、先ほどよりも強い光を放った。


 落下する女王の真下へ踏み込む。

 レオンは露出した腹部へ向かって、剣を振り抜いた。


 今度は刃が弾かれなかった。

 剣が青白い外殻を斬り裂き、その奥へ深く食い込む。

 緑色の体液が噴き出した。


 レオンは剣を振り抜くと、女王の下から走り抜ける。

 直後、女王の巨体が地面へ落ちた。

 広間全体が大きく揺れる。

 女王はすぐに立ち上がろうとした。

 だが、六本の脚が思うように動いていない。


「地面へ戻ったのに、魔力を吸えてない!」


 カイルが女王の腹部を見る。


「今の攻撃で、魔力を全身へ送っていた場所を斬ったんだ!」


 腹部に受けた傷から、緑色の体液が流れ続けている。

 魔脈から魔力を吸い上げても、腹部で流れが途切れていた。

 女王は甲高い声を上げ、レオンへ向かって突進しようとする。


 しかし、先ほどまでの速さはない。

 魔力による強化を失い、動きが大きく鈍っていた。

 女王が前脚を振り上げる。

 レオンは攻撃を避け、外側から脚へ剣を振り下ろした。

 先ほどまで傷一つつかなかった外殻へ、刃が深く食い込む。

 一本の脚が切断され、地面へ落ちた。

 女王の身体が大きく傾く。


 レオンはそのまま頭部の横へ回り込んだ。

 大顎が迫るより早く、首へ剣を振り下ろす。

 一度では斬り切れない。

 女王が激しく暴れ、残った脚を振り回す。


 レオンは一度距離を取った。

 女王が身体を起こそうとした瞬間、再び踏み込む。

 先ほど斬りつけた首の同じ場所へ、剣を振り下ろした。


 刃が首を断ち切る。

 巨大な頭部が地面へ落ちた。

 頭部を失った身体が数歩だけ進み、そのまま広間の中央へ倒れ込む。

 大きな音と共に、周囲へ土煙が広がった。


 レオンは剣を構えたまま、しばらく動かなかった。

 女王の脚が完全に止まるまで待つ。

 左右の氷壁の向こうから聞こえていた音も、少しずつ遠ざかっていった。

 女王の命令を失ったソルジャークリスタルアントが、巣の奥へ戻っていったらしい。


「終わったの?」


 カイルが慎重に近づいてくる。


「ああ」


 レオンは女王の身体へ近づき、剣先で外殻へ触れた。

 反応はない。

 完全に死んでいる。


「本当に一人で倒したんだ……」


「カイルが魔力の流れを教えてくれたからだ」


「でも、僕は戦ってないよ」


「分かってる」


 女王の身体の近くに、淡い光が浮かび上がった。

 光は地面へ広がり、大きな魔法陣を作り出す。

 地上へ戻るための転移魔法陣だった。


「これでグランヴァンを攻略したことになるんだね」


「ああ。だが、戻る前にやることがある」


 レオンは倒れた女王へ目を向けた。

 これだけ巨大な魔物だ。

 手に入れられる素材も多い。

 試しに腹部の外殻へ剣を当てる。

 先ほどまでの硬さはなく、魔力を流した剣なら切断出来た。


 カイルも女王の外殻へ手を触れる。


「硬化が解けてる。死んで魔力を吸い上げなくなったからだ」


「なら、素材を剥ぎ取れるな」


「全部持って帰れたら、かなりの金額になると思うよ」


 カイルは巨大な女王の身体を見上げた。


「でも、これは運べないね」


 二人が背負ってきた袋には、限界がある。

 食料や水を使ったことで来た時より空きは増えているが、女王の素材を全て入れることは出来ない。


 レオンはアイテムバッグを持っている。

 だが、カイルの前で使うつもりはなかった。

 原作では、カイルがアイテムバッグの魔法陣を調べたことをきっかけに、時空間魔法を理解している。

 その技術が、後に龍脈を王都へ移すために使われた。

 結果として北竜が王都を襲うことになる。

 その未来を避けるためにも、カイルへアイテムバッグを見せるわけにはいかない。


「持てる物だけにする」


「もったいないけど、仕方ないね」


 二人は価値の高い素材から回収することにした。

 討伐証明となる触角。

 武器の素材になる大顎。

 防具へ加工出来る胸部と腹部の外殻。

 魔力を吸い上げていた脚の一部。

 最後に、レオンは斬り開いた腹部から大きな魔石を取り出した。


 魔石は両手で抱えるほど大きく、青白い光を放っている。


「これだけでも、かなり高く売れるよ」


「そうなのか?」


「A級ダンジョンの最下層にいる魔物の魔石だよ。それも、魔脈から直接魔力を吸い上げていた女王の物だからね」


 魔石と外殻を背負い袋へ入れる。

 入り切らない大顎と触角は、縄でまとめて袋の外側へ括りつけた。

 全てを持ち帰ることは出来ない。

 それでも、二人で運べる限界に近い量の素材を回収出来た。


「次は僕の番だね」


 カイルは採取道具を取り出し、女王が立っていた場所へ向かう。

 地面を調べ、いくつかの場所から魔鉱石を切り出していく。

 採取した鉱石へ意識を集中させ、途中の階層で採った物と比べた。


「やっぱり、最下層の物が一番多く魔力を含んでる」


「魔脈が太いからか?」


「それだけじゃないと思う。同じ階層でも、場所によって含まれる量が違ったからね」


 カイルは女王が立っていた場所から採取した鉱石を見る。


「魔脈との距離。それに、近くにいる魔物がどれだけ魔力を吸い上げているかも関係していると思う」


「女王がいた場所の鉱石は?」


「ここまで採った中で一番多いよ。持ち帰って詳しく調べてみる」


 カイルは魔鉱石を袋へ収めた。

 レオンは広間の奥へ視線を向ける。

 女王が現れた場所の先には、結晶で覆われた壁があった。


 ゲームでは、あの奥に小さな隠し部屋が存在していた。

 ただし、ここまで進んできたグランヴァンは、ゲームで知っていた構造と大きく異なっている。

 隠し部屋まで同じ場所に残っている保証はなかった。


 レオンは壁へ近づき、並んでいる結晶を一つずつ確認する。

 ほとんどは自然に生えた物だった。

 だが、中央から少し右へ寄った場所に、不自然なほど真っ直ぐ並んだ結晶がある。

 その中に、一つだけ色の薄い結晶が混ざっていた。


 レオンがその結晶へ手を伸ばす。

 力を込めると、結晶が僅かに壁の中へ沈んだ。

 低い音が広間へ響く。

 奥の壁へ縦の亀裂が走り、左右へゆっくりと開いていった。

 壁の向こうに、人一人が通れるほどの暗い通路が現れる。


「隠し扉?」


 カイルが採取道具を片づけながら近づいてくる。


「ああ」


「どうして分かったの?」


「結晶の並び方が、ここだけ違っていた」


「そんなところまで見てたの?」


「欲しい物があると言っただろう」


 レオンは暗い通路へ入った。

 カイルもその後を追う。

 短い通路の先には、小さな石室があった。

 中央には石で作られた台座が置かれている。

 その上に、小さな箱が一つだけ残されていた。


 レオンが箱の蓋を開ける。

 中に入っていたのは、細い金属の枠へ一枚のレンズが嵌め込まれた魔法具だった。

 片方の目に装着するための片眼鏡。


 《魔脈の片眼鏡》


 ゲームで見た物と同じだった。


「それが、レンの探していた魔法具?」


「ああ」


「どんな物なの?」


「魔力の流れを目で確認出来る」


 レオンは片眼鏡を右目へ近づけた。

 僅かに魔力を流すと、透明だったレンズが淡い青色へ変わる。

 それまで何も見えなかった石室に、無数の光の筋が浮かび上がった。


 壁を流れる細い魔力。

 床の下を通る巨大な魔力。

 その全てが、目で見える形へ変わっている。

 レオンは石室を出て、広間を見渡した。

 床の下には、川のように太い魔力の流れがあった。

 その一部が枝分かれし、女王の死体がある場所へ伸びている。


 女王は、やはり魔脈から直接魔力を吸い上げていた。


「本当に見えるの?」


 カイルがレオンの顔を覗き込む。


「ああ」


 レオンは片眼鏡を通して、カイルを見た。

 小柄な身体の内側には、予想を超える量の魔力が満ちていた。

 身体から溢れた魔力が、カイル自身を覆っている。


 乙女ゲーム中でも、カイルはアレク次ぐほど多い魔力量だった。


「どうしたの?」


「いや。かなりの魔力を持っていると思っただけだ」


「僕の魔力が見えるの?」


「ああ」


 カイルは自分の両手を見る。


「自分では見えないから、少し不思議だね」


 原作でカインが、後に《魔道王》と呼ばれていた理由。

 その一つを見た気がした。


「僕にも見せてくれる?」


 カイルが片眼鏡へ興味深そうな視線を向ける。

 レオンは僅かに考えてから、片眼鏡を外した。


「地上へ戻ってからだ」


「分かった」


 二人は隠し部屋を出て、広間の中央に浮かぶ転移魔法陣へ向かった。

 回収した素材を落とさないよう、背負い袋を確認する。

 それから二人で魔法陣へ入った。

 淡い光が足元から立ち上る。

 次の瞬間、周囲の景色が変わった。


 二人が立っていたのは、グランヴァン入口の転移場所だった。

 待機していた職員達が、一斉に二人を見る。

 その中の一人が、二人の背負った素材に気づいた。


「最下層からの帰還者です!」


 奥にいた責任者が、慌てて駆け寄ってくる。


「その触角と大顎は……《魔脈女王クリスタルアント》を討伐されたのですか?」


「ああ」


 レオンは背負い袋を下ろした。

 討伐証明となる触角を取り出し、職員へ差し出す。

 職員は触角を確認した後、入口で作成された二人の入場記録へ目を通した。


「討伐されたのは、二人で、でしょうか?」


「レン一人だよ」


 カイルが答えた。


「僕は道を案内して、魔鉱石を採取しただけ。魔物とは戦ってない」


 職員はレオンへ視線を向ける。


「レンさんも、それで間違いありませんか?」


「ああ」


 職員は二人の申告を書類へ記入した。

 虚偽の申告が判明すれば、攻略記録を抹消されるだけではない。

 冒険者資格を停止される場合もある。

 そのため同行者がいる場合は、全員の署名が必要だった。


 職員が二人へ書類を差し出す。


「こちらへ署名をお願いいたします」


 レオンとカイルは内容を確認し、それぞれの名前を記した。

 職員は署名された書類を受け取る。


「確認いたしました。レンさんお一人による《魔脈大坑道グランヴァン》の攻略として登録いたします」


 職員はレオンの冒険者証を預かり、攻略記録を追加した。

 戻ってきた冒険者証を、レオンは受け取る。

 B級へ昇格してから、初めて挑んだA級ダンジョン。

 その攻略記録が、新たに冒険者証へ刻まれていた。


 職員達が女王の素材を運び始める。

 レオンは懐へ手を伸ばし、手に入れたばかりの《魔脈の片眼鏡》へ触れた。

 これがあれば、今まで感じ取ることの出来なかった魔力の流れを、自分の目で確認出来る。


 そして、レオンには確かめたい相手がいた。

 魔力侵食症を患っている、セリオスだった。

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