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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第342話 巣の深部

 巨大な縦穴を見つけたレオンとカイルは、少し離れた横穴へ移動した。


 行き止まりになっている小さな空間だ。

 入口は一つしかなく、魔物が近づいてきても気づきやすい。

 レオンは中に魔物が潜んでいないことを確かめてから、背負い袋を地面へ下ろした。


「ここで少し休むぞ」


「うん。さすがに僕も疲れたよ」


 カイルは壁際へ座り込み、大きく息を吐いた。

 朝から坑道へ入り、既に第四層まで進んでいる。

 戦っていないカイルも、広い坑道を歩き続けたことで足に疲れが溜まっていた。

 二人は背負い袋から水と携帯食を取り出す。

 硬いパン。

 干し肉。

 日持ちを優先した、冒険者がよく持ち込む食事だ。


 レオンが黙って食事を進めている横で、カイルは採取した魔鉱石を並べ始めた。


「食べながら調べるのか?」


「忘れないうちに、採った場所と特徴を書いておきたいんだ」


 カイルはパンを片手に持ったまま、紙へ文字を書き込んでいく。

 魔鉱石を採取した階層。

 周囲の地形。

 魔鉱石に含まれていた魔力の量。


 同じダンジョンで採れた物でも、階層や場所によって僅かな違いがあるらしい。


「休憩になっていないだろう」


「座っているから、足は休めてるよ」


「そういう問題か?」


「僕にとっては、これが休憩なんだ」


 カイルは当然のように答えた。

 レオンは何も言わず、残っていた干し肉を口へ運ぶ。

 それから水を飲み、壁へ背中を預けた。


 縦穴の奥からは、時折何かが岩を削るような音が聞こえてくる。

 グランヴァンの地形は、今も魔物達によって変えられている。

 ゲームで知っていた道と違っている以上、下層でも何が起きるか分からない。

 今のうちに、少しでも身体を休めておく必要があった。


 しばらくして、カイルが魔鉱石を袋へ戻した。


「僕はいつでも行けるよ」


「もういいのか?」


「必要なことは書き終わったからね」


 レオンも立ち上がり、背負い袋を背負い直した。

 二人は休んでいた横穴を出ると、再び巨大な縦穴の前へ戻った。

 縦穴の壁には、下へ向かって緩やかに続く足場が残されている。


 人のために作られた階段ではない。

 クリスタルアントが階層を行き来するために掘った道だ。

 足場の幅は場所によって異なり、一人が通るだけで精一杯の場所もある。


「僕が先に下りようか?」


 カイルが縦穴を覗き込む。


「俺が先に行く」


「でも、下に魔物がいたら、僕の方が先に気づけるよ」


「気づいても、カイルは戦わないだろう」


「そうだったね」


 レオンは壁へ手をつきながら、慎重に足場を下り始めた。

 カイルも少し間を空けて、その後へ続く。

 縦穴の底まではかなりの高さがあった。

 途中には横穴がいくつも開いている。

 そのどれもが暗く、奥までは見通せない。

 時折、穴の奥から何かが地面を削る音が聞こえた。


「止まって」


 カイルが小声で言った。

 レオンは足を止め、振り返る。


「どうした?」


「下に魔力を感じる。数は……六体だと思う」


「種類は分かるか?」


「普通のクリスタルアントより大きい。たぶん、ソルジャークリスタルアントだよ」


 レオンは縦穴の底へ視線を向けた。

 暗闇の中で、僅かに結晶が光を反射している。


「下りた直後に囲まれるな」


「途中の横穴から第五層へ入る?」


 レオンは周囲を見回した。

 途中にある横穴の一つからも、第五層へ続いている可能性はある。

 しかし、その先が安全である保証はない。

 道を変えれば、現在地まで分からなくなる。


「このまま下りる」


「六体いるよ?」


「狭い場所なら、一度に来られる数は限られる」


 レオンは再び足場を下り始めた。

 縦穴の底が近づくにつれ、岩を引っ掻く音がはっきりと聞こえてくる。


 第五層へ下りる直前、レオンは剣を抜いた。

 底には、カイルの言った通り六体のソルジャークリスタルアントがいた。


 上層で遭遇したクリスタルアントよりも一回り大きい。

 頭部と胸部を覆う結晶は厚く、前脚の先端は槍のように鋭く尖っている。

 一体がレオンに気づき、顎を鳴らした。

 それを合図に、残る五体も一斉に動き出す。


 レオンは底へ飛び下りなかった。

 足場に立ったまま、剣を構える。

 先頭の一体が壁を駆け上がってきた。

 狭い足場では横へ並ぶことが出来ない。

 ソルジャークリスタルアントは一体ずつ、縦に並んで接近するしかなかった。


 レオンは右目で未来を見る。

 突き出される前脚を身体を傾けてかわし、その付け根へ剣を振り下ろした。

 硬い結晶に覆われていない関節が断ち切られる。

 体勢を崩したソルジャークリスタルアントの頭部へ、レオンは左手を向けた。


「凍れ」


 頭部を覆う結晶の隙間へ氷が入り込む。

 氷は内側から広がり、結晶へ亀裂を走らせた。


 レオンが剣を突き込むと、頭部の結晶が砕け散る。

 一体目が縦穴の底へ落ちていった。

 その後ろから二体目が迫る。

 だが、戦い方は変わらない。

 一度に相手をするのは一体だけだ。

 突き出された前脚を剣で受け流し、すれ違いざまに脚の付け根を斬る。

 動きが止まったところへ氷を伸ばし、結晶ごと頭部を破壊する。


 三体目。

 四体目。


 順番に倒されたことで、残る二体は壁を上るのをやめた。

 縦穴の底で左右へ分かれ、レオンが下りてくるのを待っている。


「少し待っていろ」


 レオンはカイルへ告げると、縦穴の底へ飛び下りた。

 着地と同時に、左右から二体のソルジャークリスタルアントが迫る。


 レオンは右へ踏み込んだ。

 未来に見えた攻撃を避け、右側の一体へ剣を振り下ろす。

 前脚の関節を断ち切り、その身体を蹴って左から迫る一体へぶつけた。

 二体の動きが重なる。


「貫け」


 地面から伸びた氷が、二体の脚をまとめて凍らせた。

 逃げられなくなったソルジャークリスタルアントの頭部を、レオンは一体ずつ破壊していく。


 最後の一体が動かなくなったことを確認し、剣についた結晶の欠片を払った。


「下りてきていいぞ」


 上から覗いていたカイルが、足場を伝って下りてくる。

 底へ着くと、倒れた六体を見回した。


「本当に全部一人で倒したね」


「そのために狭い場所を使った」


「普通は狭い場所で六体に襲われたら、逃げ場がないって考えると思うけど」


「向こうも並んでしか来られない」


「レンは、そういう場所を使うのが上手いよね」


 カイルはソルジャークリスタルアントの一体へ近づいた。

 砕けた結晶を拾い上げ、光へ透かして見る。


「これも持って帰っていい?」


「必要なら持っていけ」


「ありがとう」


 カイルは結晶を布で包み、背負い袋へ入れた。

 それから第五層の岩壁を調べ始める。

 壁には細い結晶の筋が走っていた。


 カイルは小さな槌と採掘用の針を取り出し、結晶を傷つけないよう周囲の岩を削る。

 採り出した魔鉱石へ魔力を流すと、僅かな光が内部を走った。


「どうだ?」


「変だね」


「何がだ?」


「第四層で採った物より、含まれている魔力が少ない」


「深い場所ほど魔力が多いわけではないのか」


「少なくとも、深さだけで決まっているわけじゃなさそうだね」


 カイルは第四層と第五層の魔鉱石を並べた。

 大きさはほとんど変わらない。

 しかし、魔力を流した時の光は、第四層で採った物の方が明らかに強かった。


「近くを流れる魔脈の太さが違うのかもしれない」


「ここから分かるか?」


「まだ分からない。別の場所でも採って比べたい」


 二人は第五層の奥へ進んだ。

 第五層には同じような横穴がいくつも伸びている。


 広い通路。

 一人でしか通れない狭い穴。

 途中で行き止まりになっている場所。

 全てがクリスタルアントによって掘られた物だった。


 しばらく進むと、壁面に複数の空洞が並ぶ場所へ出た。

 中には砕かれた岩や魔物の骨が積まれている。


「巣の貯蔵場所みたいだね」


 カイルが空洞の一つを覗き込む。


「何か持ち帰っているのか?」


「食べ物だけじゃないと思う。結晶や魔石もあるよ」


 空洞の奥には、小さな魔石がいくつも積まれていた。

 クリスタルアントは倒した魔物の一部や、地中で見つけた物を巣へ運んでいるらしい。


「アルカナ迷宮の魔物とは違うな」


 レオンが呟く。

 アルカナ迷宮にいた魔物は、魔鉱石そのものを食べていた。

 だが、このダンジョンのクリスタルアントは巣を広げるために岩を掘り、見つけた物を一か所へ集めている。

 同じ鉱山型のダンジョンでも、内部の環境は大きく異なっていた。


「ここの魔物は、ダンジョンの中で巣を作って暮らしているみたいだね」


「ああ。道が変わる理由も分かった」


 新しい通路を掘り、不要になった場所を埋める。

 その繰り返しによって、グランヴァンの地形は常に変化している。

 ゲームで表示されていた地図が役に立たないのも当然だった。


 第六層へ入る頃には、道はさらに複雑になっていた。

 何度も分岐し、途中で別の通路と繋がっている。

 レオンには、どちらへ進めば下層へ近づけるのか分からなかった。


「右だよ」


 カイルが三つの分かれ道の一つを指した。


「分かるのか?」


「右の奥から強い魔力を感じる。たぶん、そっちの方が魔脈に近い」


「下へ続いているとは限らないだろう」


「そうだけど、グランヴァンは魔脈に沿って広がったダンジョンだと思う。強い魔力を追えば、巣の中心へ近づけるはずだよ」


 レオンは右の通路を見る。

 自分では、ほかの二つとの違いを感じ取れない。


「任せる」


「うん。僕が案内するよ」


 カイルが魔力を探り、レオンが前を進む。

 戦うのはレオン。

 進む方向を決めるのはカイル。

 役割を分けることで、二人は複雑な第六層を迷わず進んでいった。


 やがて通路が緩やかな下り坂へ変わる。

 坂を下りきった先には、第七層を示す石柱が立っていた。


「当たってたね」


 カイルが嬉しそうに言う。


「ああ。次も頼む」


「任せてよ」


 第七層へ入ると、周囲の岩肌が変わった。

 それまでより大きな岩がいくつも地面から突き出している。

 天井から垂れ下がる結晶も太く、灯りを反射して通路全体を淡く照らしていた。


 レオンは足を止める。

 少し先に、大きな岩が横たわっている。

 見た目は周囲にある岩と変わらない。

 だが、右目に映る未来が変わった。


 岩のように見えた物が突然動き、後ろを歩くカイルへ襲いかかる。

 レオンは振り返ると、カイルの腕を掴んだ。


「下がれ」


「えっ?」


 カイルを後方へ引いた直後、岩が動いた。

 表面を覆っていた結晶が擦れ合い、大きな四本の脚が現れる。

 岩に擬態していたクリスタルリザードだった。


 長い尾が地面を薙ぎ払う。

 レオンは剣で尾を受け流し、その勢いを利用して横へかわした。

 クリスタルリザードが大きく口を開く。

 鋭い牙の間から、細かな結晶の破片が飛び出した。

 レオンは氷の壁を作り、結晶を防ぐ。

 破片が氷へ突き刺さった直後、クリスタルリザードが壁ごと押し潰そうと突進してきた。


 レオンはその場から離れる。

 氷の壁が砕かれ、大きな頭部が突き出した。


 その瞬間、レオンは地面へ左手を向けた。

 氷がクリスタルリザードの前脚を包む。

 片方だけではない。

 左右の前脚を地面ごと凍らせる。


 勢いを止められなかった身体が前へ倒れ、腹部が地面から浮いた。

 背中は厚い結晶で覆われているが、腹には結晶がほとんどない。


 レオンは身体の下へ滑り込み、剣を突き上げた。

 刃が柔らかな腹部を貫く。

 クリスタルリザードは身体を大きく揺らしたが、凍った前脚を動かせない。

 レオンは剣を引き抜くと、同じ場所へもう一度突き刺した。


 やがて巨体から力が抜け、地面へ崩れ落ちた。

 レオンは完全に動かなくなるまで距離を取って待った。


「大丈夫か?」


 カイルへ尋ねる。


「う、うん。ありがとう」


 カイルは倒れたクリスタルリザードへ目を向けた。


「でも、よく気づいたね。僕には普通の岩にしか見えなかったよ」


「動く直前に、影の形が変わった」


 レオンは短く答えた。

 実際には、右目で見た未来によって攻撃を知った。

 だが、そのことをカイルへ話すつもりはない。


「影か……。僕も周りをよく見ておかないと駄目だね」


「魔力を調べる時も、周囲への注意を忘れるな」


「うん。次から気をつけるよ」


 カイルは返事をすると、クリスタルリザードから少し離れた岩壁へ向かった。

 そこにも魔鉱石が露出している。


 周囲を確認してから採取し、魔力を流す。

 魔鉱石の内部に、第五層で採った物よりも強い光が走った。


「やっぱりだ」


「何か分かったのか?」


「深さじゃない。魔脈からの距離だと思う」


 カイルは採取した三つの魔鉱石を並べる。


「第五層の魔鉱石は、第四層の物より魔力が少なかった。でも、ここの物はどちらよりも多い」


「第七層だからではないのか?」


「それだけなら、第五層で減った説明がつかないよ」


 カイルは岩壁へ手を当てた。


「この近くには、太い魔脈が流れている。その魔力が周囲の岩へ染み込み、魔鉱石を作っているんだと思う」


「なら、同じ階層でも場所によって違うのか」


「うん。それを確かめたい」


 カイルの目が輝いている。

 放っておけば、第七層の魔鉱石を片端から採取し始めそうだった。


「どのくらいかかる?」


「少しだけ。別の場所から一つ採れればいいよ」


 レオンは周囲を見回した。

 今のところ、ほかの魔物が近づいてくる気配はない。


「一か所だけだ」


「ありがとう」


 カイルはすぐに立ち上がり、先ほどとは反対側の岩壁へ向かった。

 壁を調べながら少しずつ移動し、魔鉱石の露出している場所を見つける。

 採取した魔鉱石へ魔力を流すと、先ほどの物よりも弱い光が内部を走った。


「やっぱり違う」


 カイルは同じ第七層で採取した二つの魔鉱石を並べた。


「最初に採った物の方が、魔力を多く含んでる」


「同じ階層でも、魔脈に近い場所ほど魔力が多いということか」


「今のところは、そう考えてよさそうだね」


 カイルは満足そうに二つの魔鉱石を布で包み、背負い袋へ収めた。


「もういいのか?」


「うん。最下層の物とも比べたいから、先へ進もう」


 二人は再び第七層の奥へ向かった。

 第七層から第八層へ続く道は、それまでよりも狭かった。

 クリスタルアントが通れるぎりぎりの幅しかなく、何度も身体を横へ向けなければならない。


 長い通路を抜けた先で、広い空間へ出た。

 中央には、巨大なクリスタルアントが立っている。

 ソルジャークリスタルアントより、さらに大きい。

 全身を覆う結晶にはほとんど隙間がなく、頭部からは二本の長い角が伸びている。


 その後ろには、第八層の奥へ続く一つの通路があった。


「ガーディアンクリスタルアントだ」


 カイルが声を抑えて言う。

 巨大な魔物が頭を上げる。

 長い触角が動き、二人の方角を向いた。

 次の瞬間、空間全体へ響くほど大きな音で顎を鳴らした。


「レン、気づかれたよ」


「ああ」


 レオンは背負い袋を下ろし、剣を抜いた。

 ガーディアンクリスタルアントは、奥へ続く通路を守るように立っている。

 あれを倒さなければ、先へは進めない。

 レオンは剣を構えた。


「カイルは入口まで下がっていろ」


「一人で大丈夫?」


「そのために来た」


 カイルが後方へ下がる。

 それを確認したレオンは、ガーディアンクリスタルアントへ向かって歩き出した。

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