第341話 変わり続ける坑道
天井の結晶に紛れていた黒い影が、一斉に翼を広げた。
甲高い鳴き声が坑道に響く。
「クリスタルバットだ」
カイルが声を上げる。
天井から飛び立った魔物は、十体を超えていた。
半透明の翼には細かな結晶が生えており、羽ばたくたびに淡い光が散る。
「下がっていろ」
レオンは剣を抜き、カイルの前へ出た。
クリスタルバットの一体が、大きく口を開く。
耳へ突き刺さるような音が放たれた。
坑道の壁が僅かに震え、天井から小石が落ちてくる。
レオンの足が一瞬だけ止まった。
音によって平衡感覚を乱す攻撃だ。
続けて別の個体が翼を振り、表面に生えていた結晶を飛ばした。
レオンは未来を見る。
数秒後、細かな結晶が正面から降り注ぐ光景が見えた。
「後ろの岩陰へ行け」
「分かった」
カイルが通路の曲がり角まで下がる。
レオンは左手を天井へ向けた。
冷気が坑道を走る。
天井から伸びていた結晶と岩肌が白く凍り、その氷がクリスタルバットの飛ぶ場所へ向かって広がっていく。
突然進路を塞がれた魔物達が、狭い空間に集まった。
レオンは飛んできた結晶を剣で弾き、そのまま地面を蹴る。
低い位置まで降りてきた一体を斬り落とす。
背後から別の個体が近づいていた。
振り返らずに身を沈める。
頭上を通過したクリスタルバットの翼を、返した剣で切断した。
二体が地面へ落ちる。
残りの魔物は、凍っていない場所を探して天井近くを旋回した。
しかし、広がった氷によって飛べる場所は限られている。
進路が重なり、何体かが互いの翼をぶつけた。
レオンは右手を地面につける。
氷の槍が地面から斜めに伸びた。
一体を貫き、その後ろにいたクリスタルバットの翼も凍らせる。
飛べなくなった魔物が次々と落下した。
最後に残った一体が、通路の奥へ逃げようとする。
レオンは魔法で氷柱を飛ばした。
回転しながら飛んだ氷柱が、クリスタルバットの胴体を壁へ縫い止める。
甲高い鳴き声が止み、坑道に静けさが戻った。
レオンは手に持つ剣の刃についた汚れを拭う。
「終わったぞ」
岩陰からカイルが顔を出した。
周囲を確認してから、レオンの近くへ戻ってくる。
「天井まで凍らせるとは思わなかったよ」
「飛べる場所を減らしただけだ」
「それを簡単に出来る人は、あまりいないと思うけどね」
カイルは倒れたクリスタルバットへ視線を落とす。
翼に生えた結晶を一つ拾い、光へ透かした。
「これも魔鉱石に近いのか?」
レオンが尋ねる。
「魔力は含んでいるけど、魔鉱石とは違うよ。体の中で作られた結晶だから、属性魔力が多い」
「使い道はないのか?」
「加工すれば魔法具の材料にはなると思う。でも、今は持っていかなくていいかな」
カイルは結晶を地面へ戻した。
興味を持てば何でも持ち帰ろうとすると思っていたレオンは、僅かに意外に感じた。
「持っていかないのか」
「荷物には限りがあるからね。今回は魔鉱石を優先するよ」
カイルが背負っている袋を見る。
採取した物を入れるため、中にはまだ余裕が残されていた。
二人は戦闘の跡を離れ、第二層の奥へ進んだ。
しばらくすると、カイルが足を止める。
「この辺りがいいと思う」
壁の一部を指で示した。
周囲より僅かに色の濃い鉱石が、岩の隙間から覗いている。
カイルは小さな槌と鑿を取り出した。
「魔物が来ないか見ている」
「お願い」
レオンが通路を警戒している間に、カイルは壁から魔鉱石を切り出した。
拳より少し小さな塊を布で包み、袋へ収める。
続けて採取した場所と階層を記した札を入れた。
「それで違いが分かるのか?」
「詳しく調べるのは戻ってからだけど、含まれている魔力の量ならここでもある程度は分かるよ」
カイルは残った壁へ手を当て、目を閉じた。
「第一層で採った物より、少し多いかな」
「深い場所にあるからか?」
「まだ分からない。採った場所が、魔脈に近かっただけかもしれないから」
カイルは立ち上がり、服についた石の欠片を払った。
「先へ行こう」
「ああ」
第二層から第三層へ続く道は、レオンの記憶とほとんど変わらなかった。
下へ向かう緩やかな坂を進み、大きな結晶が二本並んだ場所で右へ曲がる。
その先にある狭い穴を抜けると、第三層へ到着した。
問題が起きたのは、その後だった。
三本に分かれた通路の前で、レオンは足を止めた。
「どうしたの?」
「道が違う」
「前にも来たことがあるの?」
カイルが不思議そうに尋ねる。
「グランヴァンについて調べた時、地図も見た」
レオンはそう答えた。
実際に知っているのは、ゲームの中で通った道だ。
原作では、この場所に分かれ道はなかった。
真っ直ぐ進めば、第四層へ続く階段があったはずだ。
しかし現在は、正面の道が岩と土で完全に塞がれている。
代わりに、左右へ新しい通路が掘られていた。
壁には、鋭い顎で削られたような跡がいくつも残っている。
「クリスタルアントが掘った道みたいだね」
カイルが壁の跡を調べる。
「いつ頃だ?」
「そこまでは分からない。でも、古い地図には載っていないと思うよ」
魔物が巣を広げるたびに、新しい道が作られる。
掘り出された土砂によって、それまで使われていた道が塞がれることもある。
グランヴァンの道が変わり続けている理由だった。
レオンは左右の通路を見る。
どちらも暗く、先までは確認出来ない。
「どちらへ行く?」
カイルが尋ねた。
レオンは右の通路へ視線を向けた。
ゲームでは存在しなかった道だ。
どちらが下へ続いているのか、記憶から判断することは出来ない。
レオンは周囲の魔力を探ろうと意識を集中させた。
岩や魔鉱石に魔力が含まれていることは分かる。
しかし、左右のどちらが強いのかまでは判別出来なかった。
「分からないな」
レオンが答えると、カイルが目を瞬かせた。
「レンにも分からないことがあるんだね」
「俺は魔力を感知するのが苦手なんだ」
「意外だな。魔法はあれだけ使えるのに」
「自分の魔力を使うことと、外にある魔力を探ることは別だ」
「そういうものなの?」
「少なくとも俺はな」
カイルは二つの通路を順番に見た。
「それなら、僕が調べるよ」
最初に左側の壁へ手を触れる。
目を閉じ、しばらく動かなくなった。
次に右側へ移り、同じように壁へ手を当てる。
「右だと思う」
「理由は?」
「右の通路から流れてくる魔力の方が強い。奥へ行くほど少しずつ濃くなってる」
「下の階層へ続いているのか?」
「必ずとは言えないよ。魔鉱石が多い場所や、魔物が集まっている場所かもしれない」
カイルは右の通路の奥を見る。
「でも、魔脈に近づいている可能性は高いと思う」
レオンは少し考え、頷いた。
「右へ行く」
「うん」
レオンが先頭に立ち、カイルが少し離れて後ろを歩く。
新しい通路は、クリスタルアントが通るために掘ったものらしい。
天井は低く、壁の幅も一定ではなかった。
途中には人が横向きにならなければ通れない場所もある。
その一方で、何十体もの蟻が集まれるほど大きな空間へ出ることもあった。
右の通路へ入ってからしばらくして、レオンは足を止める。
通路の先が白い糸で塞がれていた。
糸は壁から壁へ幾重にも張られ、光を受けて鈍く輝いている。
「蟻の巣に糸を張る魔物がいるのか」
「ストーンスパイダーだと思う」
カイルがレオンの後ろから答える。
「クリスタルアントや、さっきのクリスタルバットを捕まえて食べる魔物だよ」
レオンは糸の奥を見る。
大きな岩がいくつも転がっているように見えた。
その中の一つが、僅かに動いた。
岩だと思っていたものから、太い脚が伸びる。
八本の脚を持つ蜘蛛が、ゆっくりと体を持ち上げた。
体の表面は灰色の硬い殻に覆われ、坑道の岩と見分けがつかない。
ストーンスパイダーは顎を開き、粘ついた糸を吐き出した。
レオンは横へ避ける。
糸が背後の壁へ張りついた。
未来を見ると、左右の壁に張られた糸がレオンの足へ巻きつく光景が見えた。
ストーンスパイダーが脚を使い、糸を動かそうとしている。
レオンは剣を振る前に、冷気を放った。
白い糸が端から凍っていく。
柔らかかった糸は硬くなり、ストーンスパイダーが引いた瞬間に砕け散った。
魔物が一瞬だけ動きを止める。
レオンはその隙に距離を詰めた。
前脚が振り下ろされる。
一歩横へ動いて避け、脚の付け根へ剣を叩き込む。
硬い殻に刃が弾かれた。
続けて別の脚が横から迫る。
レオンは身を低くして潜り抜け、魔物の腹の下へ入った。
背中と脚は岩のような殻に覆われている。
しかし、腹部の中央には殻が薄い場所があった。
レオンは剣を突き上げた。
刃が柔らかな部分を貫く。
ストーンスパイダーの巨体が大きく震え、八本の脚から力が抜けた。
レオンが剣を引き抜くと、魔物は地面へ崩れ落ちた。
「もう出てきていいぞ」
カイルが奥から近づいてくる。
倒れたストーンスパイダーと、砕けた糸を交互に見た。
「硬い糸も、凍らせると砕けるんだね」
「糸に含まれていた水分を凍らせた」
「それなら、持ち帰って調べるのは難しそうだな」
「持っていくつもりだったのか?」
「少しだけね」
カイルは残っていた糸へ手を伸ばそうとした。
レオンがその腕を掴む。
「触るな。まだ粘りが残っている」
「……分かった」
名残惜しそうだったが、カイルは手を引いた。
二人は凍った糸を砕き、通路の奥へ進んだ。
その後も分かれ道が現れるたびに、カイルが周囲の魔力を調べた。
「左は行き止まりだと思う」
「分かるのか?」
「魔力の流れが途中で止まっている。右は奥へ続いてるよ」
カイルの案内に従って進むと、右の通路は緩やかに下っていた。
さらに二つの分かれ道を越えたところで、古い採掘道へ出る。
その場所から先は、再びレオンの知る地形と重なった。
「ここなら分かる」
レオンは壁に残された古い印を見る。
ゲームでも、第四層へ向かう目印として使われていたものだ。
印の先にある坂を下り、二人は第四層へ入った。
第四層へ到着した頃には、ダンジョンへ入ってからかなりの時間が過ぎていた。
持ってきた携帯食を食べ、短い休憩を取る。
その後もカイルに魔力の流れを調べてもらいながら進んだ。
第四層は、これまでの階層よりもさらに横へ広い。
幾つもの通路が重なり、上下にも複雑に分かれている。
魔力だけを頼りに進めば、強力な魔物の巣へ入る危険もあった。
レオンが前方を警戒し、カイルが進む方向を確かめる。
何度かクリスタルアントと遭遇したが、いずれもレオンが一人で倒した。
やがて二人は、巨大な空間へ出た。
その中央には、底の見えない縦穴が開いている。
穴の壁に沿うように、螺旋状の細い足場が下へ続いていた。
カイルが縦穴の縁へ近づき、下を覗き込む。
レオンはすぐに服の後ろを掴んだ。
「近づきすぎるな」
「落ちないよ」
「採取に夢中になると周りが見えなくなると聞いている」
「今は採取してないけど……」
カイルはそう言いながらも、一歩後ろへ下がった。
「この下から、強い魔力を感じる」
「第五層か?」
「たぶん。ここまでで一番強い」
縦穴の奥から、冷たい風が吹き上がってくる。
同時に、硬い物が岩を擦るような音が聞こえた。
一度ではない。
幾つもの音が、暗闇の中で重なっている。
レオンは剣の柄へ手を置いた。
「今日はここまでにする」
「下りないの?」
「休んでからだ。暗い穴へ疲れたまま入る必要はない」
カイルは縦穴を見つめたまま、素直に頷いた。
「分かった」
二人は少し引き返し、細い脇道の奥に休める場所を探すことにした。
第五層へ続く縦穴の底から、再び硬い音が響く。
その音は、二人が立ち去るまで途切れることなく続いていた。




