第339話 広がる巣
暗い穴の奥から、硬いものが岩を擦る音が近づいてきた。
レオンはカイルを背に庇い、剣を抜く。
やがて、穴の中に二本の触角が現れた。
続いて姿を見せたのは、大きなアリの魔物だった。胴体は狼ほどもあり、黒い殻のところどころに透き通った結晶が生えている。
クリスタルアント。
レオンはその姿を知っていた。
ゲームのグランヴァンにも現れる魔物だ。
ただし、記憶にある出現場所は、もっと下の階層だった。
「レン、あれは?」
「クリスタルアントだ。下がっていてくれ」
アリが触角を動かす。
次の瞬間、岩を蹴って飛び出した。
レオンは横へ避け、胴体へ剣を振るう。
金属を打つような音が響いた。
剣先が殻の上を滑る。
クリスタルアントは振り向きざまに顎を開いた。
レオンの右目に、腕へ食いつかれる光景が映る。
一歩引くと、鋭い顎が目の前を閉じた。
殻は硬い。
だが、脚と胴体の継ぎ目まで覆われているわけではない。
レオンは床へ氷を広げた。
クリスタルアントの脚が滑り、身体が傾く。その隙に踏み込み、殻の下へ剣を差し入れた。
刃が胴体を貫く。
魔物は脚を数度動かした後、動かなくなった。
「倒した?」
「ああ」
レオンは剣を引き抜き、穴の奥を見た。
また音がする。
一つではない。
「カイル、さっきの広場まで戻れ」
「分かった」
二人が後退すると、穴から新たなクリスタルアントが現れた。
今度は二体。
先頭の一体は、倒れた仲間に触角を寄せる。後ろの一体は壁に沿って進み、レオン達の横へ回ろうとした。
「仲間が来たんだ……」
カイルの声が硬くなる。
「広場の中央へ。壁の穴から離れていろ」
「うん」
カイルが走り出したのを確かめ、レオンも後ろへ下がった。
狭い通路では、二体に左右から挟まれる。
広場へ出れば動ける場所がある。
追ってきた一体が、レオンへ飛びかかった。
レオンは未来視で顎の届く位置を確かめ、身体を沈める。頭上を越えた魔物が着地する前に、後脚を斬った。
脚を失ったクリスタルアントが床へ倒れる。
もう一体はレオンを避け、広場にいるカイルへ向かっていた。
レオンはその進路へ氷の壁を立てる。
魔物が壁へ衝突した。
氷にひびが走る。
レオンが追いついた時には、アリは既に向きを変えかけていた。
剣を上段から振り下ろす。
頭を覆う結晶に刃が弾かれた。
それでも、魔物の動きは一瞬止まる。
レオンは剣を引き、首元の継ぎ目を狙った。
今度は刃が通った。
倒れた魔物の動きが止まると、レオンは最初の一体へ向き直る。後脚を失いながらも、前脚で身体を引きずっていた。
近づいてとどめを刺す。
穴の奥から、しばらく耳を離せなかった。
だが、新たな足音は聞こえない。
「もう来ない?」
カイルが氷の壁越しに尋ねた。
「今のところはな」
レオンは壁を消した。
三体のクリスタルアントが、広場に倒れている。
ゲームでも、仲間を呼ぶように次々と現れる魔物だった。
だが、一層で遭遇するとは思っていなかった。
レオンは倒れた一体の触角を見た。
最初の魔物が床を叩いていたのを思い出す。
「音が伝わったのかな」
隣へ来たカイルも触角を見ていた。
「たぶんな。ほかの穴にもつながっているかもしれない」
「一層から巣があるなんて、資料には書いてなかったよ」
「最近、広がったのかもしれない」
レオンは新しくできた穴へ目を向けた。
壁に残る傷は、クリスタルアントの顎の幅と合う。
ゲームで覚えていた通路が塞がり、代わりにできていた穴。
それを掘ったのが、この魔物なら。
「下へ行く道も変わっていそうだ」
「調べてみる?」
「行き止まりかどうかだけ確かめよう。奥へは進みすぎるな」
カイルが頷いた。
二人は倒れた魔物を越え、穴へ入る。
広場から見た時よりも、道幅は広かった。壁の両側に幾つも傷が刻まれ、床には細かな岩の破片が散っている。
分岐を一つ曲がると、通路はさらに二つに分かれた。
レオンは足を止める。
どちらも、ゲームの記憶にはない道だった。
カイルが右の通路へ目を向ける。
「風が来る。奥につながってるみたい」
「左は?」
「こっちは感じない」
レオンは右の通路の入口に、小さく印をつけた。
帰り道を見失わないためだ。
そこから先も、分岐のたびに壁を確かめながら進む。
クリスタルアントの姿は見えない。
やがて通路の先が下り坂になった。
床についた傷は、その先まで続いている。
「下の階層へ続いてるのかな」
「確かめよう」
レオンは先に坂を下りた。
途中で天井が高くなり、足元の傾斜が緩やかになる。
坂を抜けると、一層の広場よりも大きな空間が現れた。
壁には何本もの通路が開いている。
どれも遠くまで続いているように見えた。
カイルが息を吐く。
「二層も広いね」
「ああ」
レオンは振り返り、今下りてきた坂を見た。
ゲームで使った階段とは、まるで違う場所に出ている。
一層の道だけが変わったわけではない。
巣が広がるにつれ、階層をつなぐ道まで増えていた。
「まずは二層の魔鉱石を探そう」
カイルが背負い袋から採取道具を取り出しかける。
「待て」
レオンはその手を止めた。
離れた壁の穴から、かすかな音が聞こえる。
硬い脚が岩を踏む音。
一つ、二つではない。
レオンはカイルの前へ出た。
「採取は、安全な場所を見つけてからだ」
「……うん」
広い空間の向こうで、幾つもの触角が揺れた。




