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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第339話 広がる巣

 暗い穴の奥から、硬いものが岩を擦る音が近づいてきた。

 レオンはカイルを背に庇い、剣を抜く。

 やがて、穴の中に二本の触角が現れた。


 続いて姿を見せたのは、大きなアリの魔物だった。胴体は狼ほどもあり、黒い殻のところどころに透き通った結晶が生えている。


 クリスタルアント。


 レオンはその姿を知っていた。

 ゲームのグランヴァンにも現れる魔物だ。

 ただし、記憶にある出現場所は、もっと下の階層だった。


「レン、あれは?」


「クリスタルアントだ。下がっていてくれ」


 アリが触角を動かす。

 次の瞬間、岩を蹴って飛び出した。

 レオンは横へ避け、胴体へ剣を振るう。


 金属を打つような音が響いた。

 剣先が殻の上を滑る。

 クリスタルアントは振り向きざまに顎を開いた。

 レオンの右目に、腕へ食いつかれる光景が映る。

 一歩引くと、鋭い顎が目の前を閉じた。


 殻は硬い。

 だが、脚と胴体の継ぎ目まで覆われているわけではない。

 レオンは床へ氷を広げた。

 クリスタルアントの脚が滑り、身体が傾く。その隙に踏み込み、殻の下へ剣を差し入れた。


 刃が胴体を貫く。

 魔物は脚を数度動かした後、動かなくなった。


「倒した?」


「ああ」


 レオンは剣を引き抜き、穴の奥を見た。

 また音がする。

 一つではない。


「カイル、さっきの広場まで戻れ」


「分かった」


 二人が後退すると、穴から新たなクリスタルアントが現れた。


 今度は二体。

 先頭の一体は、倒れた仲間に触角を寄せる。後ろの一体は壁に沿って進み、レオン達の横へ回ろうとした。


「仲間が来たんだ……」


 カイルの声が硬くなる。


「広場の中央へ。壁の穴から離れていろ」


「うん」


 カイルが走り出したのを確かめ、レオンも後ろへ下がった。

 狭い通路では、二体に左右から挟まれる。

 広場へ出れば動ける場所がある。

 追ってきた一体が、レオンへ飛びかかった。


 レオンは未来視で顎の届く位置を確かめ、身体を沈める。頭上を越えた魔物が着地する前に、後脚を斬った。


 脚を失ったクリスタルアントが床へ倒れる。

 もう一体はレオンを避け、広場にいるカイルへ向かっていた。


 レオンはその進路へ氷の壁を立てる。

 魔物が壁へ衝突した。

 氷にひびが走る。

 レオンが追いついた時には、アリは既に向きを変えかけていた。


 剣を上段から振り下ろす。

 頭を覆う結晶に刃が弾かれた。

 それでも、魔物の動きは一瞬止まる。

 レオンは剣を引き、首元の継ぎ目を狙った。


 今度は刃が通った。

 倒れた魔物の動きが止まると、レオンは最初の一体へ向き直る。後脚を失いながらも、前脚で身体を引きずっていた。

 近づいてとどめを刺す。

 穴の奥から、しばらく耳を離せなかった。

 だが、新たな足音は聞こえない。


「もう来ない?」


 カイルが氷の壁越しに尋ねた。


「今のところはな」


 レオンは壁を消した。

 三体のクリスタルアントが、広場に倒れている。

 ゲームでも、仲間を呼ぶように次々と現れる魔物だった。

 だが、一層で遭遇するとは思っていなかった。

 レオンは倒れた一体の触角を見た。

 最初の魔物が床を叩いていたのを思い出す。


「音が伝わったのかな」


 隣へ来たカイルも触角を見ていた。


「たぶんな。ほかの穴にもつながっているかもしれない」


「一層から巣があるなんて、資料には書いてなかったよ」


「最近、広がったのかもしれない」


 レオンは新しくできた穴へ目を向けた。

 壁に残る傷は、クリスタルアントの顎の幅と合う。

 ゲームで覚えていた通路が塞がり、代わりにできていた穴。


 それを掘ったのが、この魔物なら。


「下へ行く道も変わっていそうだ」


「調べてみる?」


「行き止まりかどうかだけ確かめよう。奥へは進みすぎるな」


 カイルが頷いた。

 二人は倒れた魔物を越え、穴へ入る。

 広場から見た時よりも、道幅は広かった。壁の両側に幾つも傷が刻まれ、床には細かな岩の破片が散っている。


 分岐を一つ曲がると、通路はさらに二つに分かれた。

 レオンは足を止める。

 どちらも、ゲームの記憶にはない道だった。

 カイルが右の通路へ目を向ける。


「風が来る。奥につながってるみたい」


「左は?」


「こっちは感じない」


 レオンは右の通路の入口に、小さく印をつけた。

 帰り道を見失わないためだ。

 そこから先も、分岐のたびに壁を確かめながら進む。

 クリスタルアントの姿は見えない。

 やがて通路の先が下り坂になった。

 床についた傷は、その先まで続いている。


「下の階層へ続いてるのかな」


「確かめよう」


 レオンは先に坂を下りた。

 途中で天井が高くなり、足元の傾斜が緩やかになる。

 坂を抜けると、一層の広場よりも大きな空間が現れた。

 壁には何本もの通路が開いている。

 どれも遠くまで続いているように見えた。


 カイルが息を吐く。


「二層も広いね」


「ああ」


 レオンは振り返り、今下りてきた坂を見た。

 ゲームで使った階段とは、まるで違う場所に出ている。

 一層の道だけが変わったわけではない。

 巣が広がるにつれ、階層をつなぐ道まで増えていた。


「まずは二層の魔鉱石を探そう」


 カイルが背負い袋から採取道具を取り出しかける。


「待て」


 レオンはその手を止めた。

 離れた壁の穴から、かすかな音が聞こえる。

 硬い脚が岩を踏む音。


 一つ、二つではない。

 レオンはカイルの前へ出た。


「採取は、安全な場所を見つけてからだ」


「……うん」


 広い空間の向こうで、幾つもの触角が揺れた。

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