第338話 巣のような坑道
翌朝。
レオンがミストレアの南東門近くにある乗合馬車の発着場へ着くと、カイルは既に待っていた。
足元には大きな背負い袋が置かれている。
「おはよう、レン」
「早いな」
「待ちきれなくてね。昨夜、道具の確認を三回もしたよ」
カイルは袋を持ち上げた。
採取用の道具を詰め込んだのか、見た目よりも重そうだ。
レオンも昨日買った背負い袋を背負い直す。中には食料と水、回復薬が入っている。腰には剣。これで準備は整っていた。
「グランヴァンへ行く馬車は、あれみたいだね」
カインが停車している一台の馬車を指した。
ミストレアと南東部を結ぶ乗合馬車だ。
幌で覆われた荷台には向かい合わせに長椅子が置かれ、既に何人もの乗客が座っている。
杖を持った魔法使い。
大きな盾を背負った戦士。
荷物を抱えた商人らしき男。
身なりを見る限り、グランヴァンを目指す冒険者や、ダンジョン前の町へ商品を運ぶ商人なのだろう。
レオンとカインが御者へ運賃を支払い、背負い袋を荷台へ載せると、間もなく馬車が動き始めた。
ミストレアの南東門を抜け、石畳の街道を進んでいく。
目的地までは三日。
二人は途中の宿場町で休みながら、《魔脈大坑道グランヴァン》を目指した。
ミストレアを出発して三日目の夕方。
レオン達を乗せた馬車は、岩山の麓に築かれた町へ到着した。
町の向こうには、切り立った岩山が連なっている。
その一角に大きく口を開けているのが、A級ダンジョン《魔脈大坑道グランヴァン》だった。
ダンジョンが発見された当初、周辺には小さな管理所しかなかったらしい。
しかし、内部から良質な魔鉱石が採れると分かると、多くの冒険者や商人、鍛冶師が集まり、いつしか一つの町が築かれていた。
大通りには武器屋や防具屋、道具屋が軒を連ねている。
宿屋や酒場も多く、通りを行き交う者の大半が冒険者だった。
坑道から戻ってきた荷車には、採取された鉱石や魔物の素材が山積みにされている。
町の至るところから、金槌で金属を打つ音が響いていた。
馬車を降りたカインは、岩山に開いた坑道の入口を見つめた。
「あれがグランヴァンか」
「ああ。だが、入るのは明日だ」
三日間馬車に揺られた直後に、A級ダンジョンへ入るつもりはない。
まずは宿を取り、旅の疲れを取る必要がある。
カイルも異論はないらしく、素直に頷いた。
「分かった。今日は町を見て回ってもいい?」
「何かあるのか?」
「ここで採れた魔鉱石を扱っている店があるはずなんだ。できれば、坑道へ入る前に見ておきたい」
「構わない。ただし、先に宿を取ってからだ」
「うん」
二人は大通りに面した宿へ向かった。
部屋を確保して荷物を置いた後、町に置かれた冒険者協会の支部へ立ち寄る。
協会の壁には、グランヴァン内部の簡単な地図が掲示されていた。
グランヴァンは全十層。
階層の数だけなら、それほど多くない。
だが、一つの階層が横へ広く伸び、無数の通路でつながっている。
天然の坑道だけでなく、内部に生息する魔物が新たな穴を掘るため、地形の一部が変化することもあるらしい。
レオンは受付で最新の地図を購入し、最近確認された魔物についても尋ねた。
一層から三層まではケイブウルフやロックアント。
それより下では、硬い外殻を持つ魔物が増えていく。
協会が把握している限り、大きな異変は起きていないという。
支部を出た後、カイルは魔鉱石を扱う店へ向かった。
店内にはグランヴァンの各階層で採取された魔鉱石が並んでいたが、カイルは購入せず、長い間それらを眺めていた。
「買わなくていいのか?」
「階層ごとに採れた物が混ざっているんだ。これだと、どこで採れた魔鉱石なのか分からないからね」
カイルが調べたいのは、各階層を流れる魔力の違いだ。
採取場所が分からない物を買っても、目的には使えないらしい。
二人は店を出ると、食料と水を買い足して宿へ戻った。
その日は早めに休み、翌朝に備えることにした。
翌朝。
レオンが宿の前へ出ると、カインは既に待っていた。
背中には、採取道具を詰め込んだ大きな袋を背負っている。
「おはよう、レン」
「また早いな」
「待ちきれなくてね。昨日買った地図を見ながら、道具の確認をしていたんだ」
「まさか、また三回確認したのか?」
「今日は二回だけだよ」
それでも二回は確認したらしい。
レオンも背負い袋の肩紐を直した。
中には町で買い足した食料と水、回復薬が入っている。
腰には剣。
準備に問題はない。
二人は宿を出ると、町の向こうにある《魔脈大坑道グランヴァン》へ向かった。
町から坑道の入口までは、歩いて一時間ほどだった。
道中には同じ目的地へ向かう冒険者の姿があり、魔鉱石を載せた荷車が何台も町へ戻っていく。
やがて二人は、岩山の麓に築かれた管理所へ到着した。
入口に詰めていた職員が、二人の冒険者証と入場記録を確認する。
「レンさん、カイルさん。お気をつけて」
「ああ」
「行ってきます」
二人は並んで坑道へ入った。
入口からしばらくは、人が何人も横に並べるほど広い一本道だった。
壁には淡い光を帯びた石が点々と埋まっている。
その光だけでも足元は見えたが、奥へ進むほど周囲は暗くなった。
やがて通路が開ける。
レオンは足を止めた。
目の前には大きな空間が広がり、左右の壁には幾つもの穴が口を開けていた。
足元には緩やかな起伏があり、遠くの通路は岩の陰に隠れて見えない。
「広いね」
カイルが天井を見上げる。
「ああ。一層だけでも、かなり歩くことになる」
グランヴァンは全十層。
階層の数だけなら、それほど多くはない。
だが、一つの階層が横へ広く伸び、無数の通路でつながっている。
レオンは以前、ゲームでこのダンジョンに入ったことがあった。
ここへ来る前にも協会の資料を調べ、覚えている地形と違いがないか確かめている。
広場の位置は、記憶にあるものと同じだった。
だが、右側の壁を見たところで眉を寄せた。
ゲームでは、そこに奥へ続く通路があった。
今は岩で塞がっている。
代わりに、その少し手前に見覚えのない穴が開いていた。
「どうしたの?」
「通路が多いと思ってな」
レオンはそう答え、塞がった場所へ近づいた。
崩れた岩の前には、細かな破片が積もっている。
長い年月を経たようには見えなかった。
新しい方の穴へ目を向けると、壁には幾筋もの傷が残っている。
まるで、何かが内側から掘り進めたようだった。
「こっちを見て」
カイルが別の壁を指した。
そこにも同じ傷がある。
「魔物が掘った跡かな」
「だろうな」
奥の通路も、ゲームで見たままとは限らない。
レオンは周囲の穴を順に見渡した。
どれも先は曲がっており、入口からでは行き止まりかどうかも分からない。
「先へ進もう。俺の後ろについてきてくれ」
「分かった」
レオンは広場の中央を避け、左の壁に沿って歩き始めた。
壁際なら、少なくとも片側から回り込まれることはない。
しばらく進んだところで、足を止める。
前方の通路から、小石の転がる音がした。
カイルも気づいたらしく、背負い袋の肩紐を握り直す。
暗がりから現れたのは、灰色の毛を持つ狼型の魔物だった。
ケイブウルフ。
一頭だけに見える。
しかし、レオンの右目には、その直後の光景が映っていた。
正面の一頭が飛びかかる。
レオンが剣を向けた隙に、脇の穴から二頭が飛び出してカイルへ向かう。
「カイル、壁から離れるな」
「……いるの?」
「右から二頭来る」
レオンは剣を抜いた。
正面のケイブウルフが地を蹴る。
同時に、右の穴から足音が響いた。
レオンは正面の一頭を避けると、右の穴の手前へ氷を走らせた。
飛び出してきた二頭のうち、一頭が滑って体勢を崩す。
もう一頭は踏みとどまり、カイルへ向かおうとした。
レオンがその前へ踏み込む。
振り下ろした剣が、ケイブウルフを斬り伏せた。
背後から、最初の一頭が迫る。
レオンは振り向きざまに剣を横へ払った。
倒れた魔物を飛び越え、足を滑らせた最後の一頭へ向き直る。
ケイブウルフは立ち上がりかけていたが、次の一撃を避けられなかった。
辺りが静かになる。
レオンは剣についた血を払い、鞘へ戻した。
「怪我は?」
「大丈夫。レンが全部止めてくれたから」
カインは右側の穴を覗いた。
「最初の一頭は、僕達をここへ誘い込んだんだね」
「そうみたいだな」
広い階層を見て、見通しのよい場所を選んだつもりだった。
だが、壁の穴まで使って回り込まれるのなら、どの道を通っても周囲への注意が必要になる。
レオンはケイブウルフが出てきた穴を確かめた。
奥で曲がっているため、ほかにも潜んでいるかどうかは見えない。
カイルが壁際へしゃがみ込む。
「ここ、魔鉱石がある」
淡く光る石が、岩の表面から顔を出していた。
「採るなら、先に穴の中を確かめる」
「うん。待ってる」
レオンは穴の奥へ進み、曲がり角の先まで確認した。
そこは浅い行き止まりだった。
戻ると、カイルが採取道具を手にしている。
「ここならいい」
「ありがとう」
カイルは岩から魔鉱石を慎重に取り外した。
小さな石だったが、手の上で角度を変えながら長い間眺めている。
「アルカナ迷宮の一層で採った物より、少し光が強い」
「もう分かるのか?」
「見た目だけじゃ、まだ何とも言えないよ。持ち帰って調べる」
カイルは採取した階層と場所を紙へ記し、魔鉱石を袋へ収めた。
レオンはその手元を見ながら、背負い袋の肩紐を握り直す。
魔鉱石は一層ずつ採ることになる。
荷物も少しずつ増えていくだろう。
それでも、カイルの前でアイテムバッグを取り出すつもりはなかった。
「行けるか?」
「うん。次も見つけたら教えて」
「安全を確かめてからだ」
「分かってるよ」
二人は広場へ戻った。
レオンは塞がった通路と、新しくできた穴をもう一度見比べる。
覚えている道を辿るだけでは、下の階層へ着けない。
新しい穴の前には、狼のものとは違う傷が幾重にも刻まれていた。
その奥から、硬いものが岩を擦る音が聞こえる。
レオンは剣の柄に手をかけた。
「カイル。少し下がってくれ」
「また魔物?」
「ああ」
暗い穴の奥で、何かが動いた。




