第337話 相方
レオンとミラは、買い物の最後に鞄を扱う店へ入った。
店先には、革製の背負い鞄が大小並んでいる。
レオンはすでにアイテムバッグを持っていた。グラニウスが危篤になった時、取りに行ったものだ。
だが、明日からカイルと行動する間は使うつもりがない。
乙女ゲームでは、主人公エリシアが魔力侵食症にかかり、カインがそのアイテムバッグを取りに行くイベントがあった。
カインはバッグに刻まれた魔法陣の構造を調べ、時空間魔法を理解する。その技術を使って龍脈を動かし、王都へ通した結果、北竜が王都を襲った。
今、アイテムバッグはレオンの手元にある。だが、カイルに見せれば魔法陣へ興味を持つかもしれない。
レオンは棚に並ぶ鞄へ目を向けた。グランヴァンへ持っていく物は、普通の鞄に入れて運べばいい。
「これなんてどう?」
ミラが厚い革で作られた背負い鞄を手に取る。
肩に当たる部分には布が巻かれ、口も大きく開く。食料や水を入れた後でも、必要な物を取り出しやすそうだった。
レオンは受け取って背負ってみた。
「動きやすいな」
「長く潜るなら、肩が痛くならないものの方がいいわ」
「ああ。これにする」
「もう決めたの?」
「ミラが選んでくれたからな」
ミラは鞄から手を離し、別の棚へ視線を移した。
「……気に入ったならいいけど」
会計を済ませ、二人は店を出た。
食料、水、回復薬、灯り、予備の燃料、縄。そして鞄。
レオンは買った物を確かめる。ミラに付き合ってもらったおかげで、必要な物は揃った。
「今日は助かった。ありがとう」
「案内しただけよ」
「それでも助かった。夕食をご馳走させてくれ」
ミラは空を見上げた。
店を回っている間に日が傾き、通りには魔石灯がともり始めている。
「そうね。歩き回ってお腹も空いたし」
二人は大通りから少し外れた食堂へ入った。
夕食時の店内は賑わっていたが、奥の席が空いている。レオンとミラは向かい合って座り、それぞれ料理を注文した。
料理が運ばれてくるまでの間、レオンは今日集めたグランヴァンの情報を思い返した。
ゲームで入ったことのあるダンジョンだ。階層や出現する魔物についても、ある程度は覚えている。
それでも情報を調べたのは、この世界のグランヴァンがゲームと同じか確かめるためだった。
カイルを連れて行く以上、ゲームの記憶だけを頼りには出来ない。
「またダンジョンのこと考えてる?」
ミラが尋ねた。
「ああ」
「料理が来たら、食べてる間くらい休みなさいよ」
「分かった」
そう答えたところで、二人の料理が運ばれてきた。
レオンは考えを切り上げ、温かい食事に手をつけた。
店を出る頃には、すっかり夜になっていた。
二人で大通りを歩いていると、レオンは少し離れた一角に目を留めた。
並んだ建物の軒先で、桃色の魔石が光っている。
この通りには白や黄色の魔石灯が多い。その一角だけが桃色の光に包まれていた。
レオンがそちらを見ていると、ミラが横から顔を覗き込んだ。
「レン、興味あるの?」
「何がだ?」
「……あの通りよ」
ミラは少し頬を赤くした。
「娼館街なの」
「そうなのか」
レオンはもう一度、桃色の灯りを見た。
魔石の色で、ほかの通りと区別出来るようになっているらしい。
「行くのはおすすめ出来ないわ。病気のリスクもあるから」
「分かった」
レオンは素直に頷いた。
それなら、長い依頼に出る冒険者たちはどうしているのだろう。
顔に出ていたのか、ミラがレオンを見て小さく息を吐いた。
「そういえばあんた、ソロで活動してるから知らないのよね」
「何をだ?」
「B級以上になると、相方を作る冒険者が多いの」
「相方?」
「一緒に依頼をこなすだけの仲間じゃないわ」
ミラは周囲の人通りを確かめてから、声を落とした。
「肉体関係のある相手のこと」
レオンはミラを見た。
「そういう意味か」
「B級以上になると、長い依頼や危険な戦いが増えるでしょ。命の危機を感じた後、興奮が収まらなくなる人もいるの。男なら性欲を持て余したり、女なら気持ちが不安定になったり。眠れなくなることもあるわ」
ミラは言葉を続けた。
「だから決まった相方を作る人が多いのよ。冒険者同士の場合もあれば、家や宿で待つ相手を作る人もいる。奴隷を買う人や、戦闘奴隷を連れて行く人もいるわ」
「いろいろあるんだな」
レオンは頷いた。
B級へ昇格したばかりの自分には、知らない慣習だった。
そして、明日はカイルと二人でグランヴァンへ入る。
「じゃあ、カイルを連れてクエストに行く俺は……」
レオンが言いかけると、ミラが頷いた。
「そうね。事情を知らなければ、同性が好きだと思われても不思議じゃないわね」
「カイルとはそういう関係じゃないぞ」
「私は分かってるわよ。魔鉱石を調べるために同行するんでしょ?」
「ああ」
「でも、ほかの人は知らないもの」
レオンはしばらく黙った。
カイルは採取のために付き添うだけだ。魔物と戦うのはレオンが引き受ける。二人の間では、それで話が済んでいた。
外からどう見えるかまでは考えていなかった。
「聞かれたら説明する」
「それでいいと思うわ」
ミラは小さく笑い、再び歩き出した。
桃色の灯りが遠ざかり、大通りの白い魔石灯が足元を照らす。
しばらく進んだところで、レオンはふと思い出して尋ねた。
「ミラもB級になれば、相方を作るのか?」
ミラの足が止まった。
「……あんた、よくそんなことを平然と聞けるわね」
「B級以上では一般的なんだろう?」
「一般的でも、誰を相方にするかは別の話よ」
ミラは顔を背けた。
桃色の魔石から離れた今も、頬が赤い。
レオンはようやく、自分が聞いたことの意味を考えた。
「悪い。答えにくいことを聞いた」
「分かればいいのよ」
ミラは少し早足で歩き出す。
レオンが追いつくと、彼女は前を向いたまま言った。
「明日、グランヴァンへ行くんでしょ。今日はちゃんと休みなさい」
「ああ」
「カイルって人を待たせないようにね」
「分かってる」
宿へ向かう道で、二人は別れた。
レオンは買った鞄を背負い直す。
明日の朝には、カイルと《魔脈大坑道グランヴァン》へ向かう。
グランヴァンがゲームで知る通りの場所なのか。その奥に《魔脈の片眼鏡》はあるのか。
確かめるのは、明日からだ。




