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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第3章 宿場町と怪しい商人
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第31話 レンという名前

レオンはパン屋の扉を開ける

焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐった


「いらっしゃいませ!」


元気な声が飛んできた

レオンは思わず声の方を見る

明るい茶色の髪

人懐っこい笑顔

綺麗よりも可愛いが似合う女の子

乙女ゲームの主人公のエリシアだった

本人はもちろんレオンの事など知らない

ただパン屋で働く平民の少女それだけだった


「お客様?」


レオンの事を見て不思議そうに首を傾げる

レオンは慌てて意識を戻した


「ああ、悪い、ここの一番人気のパンを二つ頼むよ」


エリシアはにっこり笑った


「でしたらこちらです!」


棚から肉とサラダが挟んであるパンを取り出した

原作で王子アレクとエリシアがこのパンを食べる描写があった


「今作ったばかりなんですよ!」


「へぇ」


「私が考えたんです!すごく美味しいですから!」


どこか誇らしげだった

ゲームの中でも変わらない

人を元気にする笑顔にレオンは苦笑した

なるほど攻略対象達が惹かれる訳だ


「じゃあそれを二つ」


「ありがとうございます!」


エリシアは嬉しそうにパンを包んだ

店を出るとクラリスはまだ待っていた

人目を避けようとしているのだろう

柱の陰に隠れている

だが金髪縦巻きロールが目立ちすぎて全く隠れられていない

レオンは苦笑した


「ほら買ってきたよ」


レオンは片方のパンを差し出した

クラリスの表情が明るくなる


「ありがとうございますわ!」


本当に嬉しそうだった


「せっかくだし一緒に食べる?」


「え?」


「作りたてって言ってたしな」


クラリスは少し迷った後小さく頷いた

二人は近くの広場へ移動した

噴水のある小さな広場

夕方が近い

王都の街並みが橙色に染まり始めている

2人はベンチへ腰を下ろす

クラリスは恐る恐るパンを口へ運んだ

そして目を見開く


「おいしい……」


そのままもう一口さらにもう一口と

気付けば夢中になっていた

レオンは思わず笑う


「そんなにか?」


「はい!」


クラリスは即答した


「すごく美味しいです!」


「それは良かった」


レオンも自分のパンをかじる

確かに美味い

人気店なのも納得だった


しばらく二人はパンを食べながら話をする

王都の事

天気の事

他愛のない話ばかりだった

だが不思議と居心地は悪くない

やがてクラリスは食べ終わったパンの包み紙を見つめた

そして満足そうに笑う


「美味しかったですわ!本当にありがとうございます」


レオンは肩を竦める


「気にするな」


するとクラリスが固り何かを思い出したかのような素振りをした


「……あ」


「ん?」


「代金ですの」


レオンが首を傾げる


「代金?」


「払ってませんでした!」


本気で今気付いたらしい

慌てて鞄を開き財布を取り出す

そして何の迷いもなく金貨を一枚取り出した

レオンは思わず固まった


「待て」


「えっ……なんですの?」


「なんで金貨なんだ?」


クラリスはきょとんとした


「足りませんか?」


「いや、多すぎる」


即答だった


「パン1個だぞ?」


「……え?」


クラリスは手の中の金貨を見る

そしてレオンを見る

何度かそれを繰り返した

ようやく何かに気付いたらしい


「そ、そうなんですか?」


「そうなんだよ」


レオンは額を押さえた

やっぱり貴族だ、しかもかなり上の方

金銭感覚が普通じゃない


「代金はいらないよ」


「ですが」


「困ってたみたいだったしな」


レオンは笑った


「それに大した額じゃない」


クラリスは少し困った顔になる

借りを作るのが嫌なのだろう

真面目な性格らしい

しばらく悩んでいた


「女性をご飯に誘ってお金出させるのは良くないと思うぞ?」


クラリスは少し考え小さく頷いた


「では……甘えさせていただきます」


「それでいい」


レオンが笑うとクラリスも笑っていた

夕陽が街を照らしている

そろそろ帰る時間だった

レオンは立ち上がる


「じゃあな」


と別れを告げ去ろうとした

だがクラリスも慌てて立ち上がった


「あの!」


「ん?」


「お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


「俺はレ……」


レオンは一瞬だけ固まった

危ない本名を言いそうになった

辺境伯だと知られるのは面倒だ

それにクラリスもこのかっこうだがお忍びで来ている

だからお互い様だった


「レン」


咄嗟に出た偽名


「俺はレンだ」


クラリスはその名前を繰り返した


「レンさん……」


忘れないように

大切に覚えるように

そんな声だった


「君は?」


レオンも一応尋ねてみた

するとクラリスは慌てていた


「わ、私は……」


言いかけて口を閉じる

レオンは思わず笑った


「言いたくないならいいよ」


「すみません……」


「気にするな」


レオンは手を振る


「じゃあな」


そう言って背を向けた

クラリスはその背中を見送る

夕陽に照らされた後ろ姿

少しずつ遠ざかっていく

やがて人混みに消えてもクラリスはしばらくその場に立ち尽くしていた


「レンさん……」


小さく名前を呟く

そしてふと気付く

結局自分は名前を名乗れなかった

少しだけ申し訳なく思いながらも

その口元には自然と笑みが浮かんでいた



一方レオンは大通りへ戻っていた

怪しい商人探しはまだ終わっていないのだが

今日はもう帰ろうかと考えた時だった

路地の奥から怒鳴り声が聞こえる


「だから金を出せって言ってんだろ!」


「その荷物も置いてけ!」


荒々しい複数人の男達の声

面倒事の匂いがした

レオンは足を止め小さくため息を吐いた


「嫌な予感しかしないな……」


その予感は残念ながら当たっていた

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