第331話 迷宮からの帰還
転移魔法陣の光が消える。
レオンが目を開けると、そこはダンジョンの入口近くに設けられた転移部屋だった。
背後には、先ほどまでいた最下層へ続く転移魔法陣がある。
しかし、魔法陣から光は消えており、すぐに最下層へ戻ることは出来ない。
レオンは左腕へ視線を落とした。
そこには、最下層の隠し部屋で手に入れた腕輪が装着されている。
吸魔の腕輪、アルカナ・ドレイン。
相手が放った魔法を吸収し、その威力を大幅に弱める魔法具だ。
その代わり、装備している者が使う魔法の威力も、本来の千分の一程度まで低下する。
欠点は大きいが、魔法を使う敵と戦う時には強力な効果を発揮する。
レオンは腕輪を外し、革袋へ収めた。
その横では、カイルが背負っていた袋の中を確認している。
袋には最下層で採取した魔鉱石が詰め込まれていた。
どれも深い場所で長い年月をかけて魔力を吸収した、質の高い魔鉱石だ。
カイルは一つ取り出し、光へ透かしながら満足そうに頷いた。
「うん。これだけあれば、しばらく研究を進められそうだよ」
「そんなに必要だったのか?」
「必要というより、この深さで採れた魔鉱石を調べたかったんだ。上の階層で採れる物とは、含まれている魔力の濃さが全然違うからね」
カイルは魔鉱石を袋へ戻した。
レオンの足元には、魔導守護騎士アルカナから得た物が並んでいる。
人の頭ほどもある大きな魔石。
アルカナが使っていた巨大な剣。
そして、火、水、風、土の四属性に対応した杖。
魔石には大きな亀裂が入っているが、それでも内側には膨大な魔力が残っていた。
レオンは大剣を持ち上げ、肩へ担ぐ。
見た目どおり重い。
アルカナが片手で振り回していたため分からなかったが、人間が扱うことを想定した重さではなかった。
「それ、本当に持って帰るの?」
「ああ。売れるかもしれない」
「剣として使うのは難しいと思うよ」
「素材として売れれば十分だ」
レオンは杖を片手に持ち、亀裂の入った魔石を革袋へ収めた。
袋から魔石の一部がはみ出している。
「目立ちそうだね」
「仕方ないだろ」
「レンは目立ちたくないんじゃなかったの?」
「置いて帰るよりはいい」
レオンが答えると、カイルは小さく笑った。
二人は転移部屋を出た。
既に日が傾き始めている。
朝にダンジョンへ入ってから、かなりの時間が経っていたらしい。
入口の周囲には帰還した冒険者や、これから内部へ入る者達が集まっている。
大剣を肩へ担いだレオンが現れると、周囲から視線が向けられた。
「何だ、あの剣……」
「まさか、最下層の守護者が持っている大剣か?」
「そんなはずがあるか。あいつ、まだC級だぞ」
冒険者達の声が聞こえてくる。
レオンは聞こえなかったふりをして、そのまま歩き続けた。
隣を歩くカイルは、面白そうに周囲を見ている。
「かなり注目されてるよ」
「誰のせいだと思ってる?」
「僕は魔鉱石を集めたかっただけだよ。守護者と戦うと言い出したのはレンじゃないか」
「一人で倒さなければ、昇格の実績にならないからな」
「そこまでして昇格したい理由が、僕にはまだ分からないけどね」
カイルはそう言ったが、それ以上は尋ねなかった。
レオンにも話したくない事情があると考えたのだろう。
二人はダンジョンを離れ、ミストレア冒険者協会へ向かった。
夕方の冒険者協会は、多くの冒険者で賑わっていた。
依頼を終えた者達が受付へ並び、併設された酒場では既に酒を飲み始めている者もいる。
レオンが扉を開けた瞬間、入口付近にいた冒険者達が一斉に振り返った。
肩へ担いだ巨大な剣。
片手に持った四属性の杖。
そして革袋から覗く巨大な魔石。
そのどれもが、C級冒険者が持ち帰るような品には見えなかった。
協会内の声が少しずつ小さくなっていく。
レオンは集まる視線を無視して、査定窓口へ向かおうとした。
その時、隣を歩いていたカイルが足を止める。
「僕は用があるから、ここで別れるよ」
「そうか」
「うん。またね、レン」
「ああ。またな」
カイルは軽く手を振ると、受付には寄らず、そのまま協会の奥へ歩いていった。
関係者以外は立ち入りを禁じられている通路だったが、職員の誰もカイルを呼び止めない。
レオンはその背中を見送った。
カイルが魔道国家の王子カインであることを、レオンは知っている。
冒険者協会の奥へ自由に入れることも、不思議ではない。
だが、レオンは何も知らないふりをして査定窓口へ向かった。
自分もレンという偽名を使っている。
互いに隠したいことがあるのなら、わざわざ暴く必要はない。
「素材の査定を頼みたい」
窓口にいた職員へ声をかける。
職員はレオンが担いでいる大剣を見上げ、しばらく動きを止めた。
「そちらを、ですか?」
「ああ。魔石と杖もある」
レオンは大剣を床へ置いた。
ドンッ、と重い音が響く。
続いて四属性の杖を台へ載せ、革袋から巨大な魔石を取り出した。
魔石を見た瞬間、職員の表情が変わった。
「少々お待ちください」
職員は席を立ち、奥にいた別の職員を呼んだ。
二人は魔石を光へ透かし、表面の亀裂と内部に残る魔力を確認する。
次に杖と大剣を調べた。
大剣の刃にはレオンの攻撃による傷が残り、杖の先端に取りつけられた四つの魔石には、それぞれ異なる属性の魔力が宿っている。
「こちらは、どこで入手されましたか?」
「ダンジョンの最下層だ」
「最下層……」
職員は手元の記録へ視線を落とした。
「最下層の守護者、魔導守護騎士アルカナを討伐されたということで間違いありませんか?」
「ああ」
「同行者はいらっしゃいましたか?」
「カイルと一緒に入った。ただ、アルカナと戦ったのは俺一人だ」
「カイルさんは戦闘に参加されていないのですね?」
「ああ。手を出さないように頼んだ」
職員は驚いたようにレオンを見る。
アルカナは、複数人の冒険者で挑むことを想定された守護者だ。
それをC級冒険者が一人で倒したと言われても、簡単には信じられないのだろう。
職員達は魔石と武器をもう一度確認した。
アルカナの魔石には、倒された直後にしか残らない特有の魔力反応がある。
大剣と杖も、過去に記録されている物と特徴が一致していた。
さらに、ダンジョンへ入った記録には、レオンとカイルの二人しか記されていない。
「確認を取らせていただきますので、しばらくお待ちください」
「ああ」
レオンは窓口の前で待った。
やがて奥へ入っていた職員が戻ってくる。
「同行されたカイルさんにも確認が取れました。戦闘には一切参加していないとのことです」
カイルが協会の奥にいたため、すぐに確認出来たらしい。
「よって、魔導守護騎士アルカナは、レンさんによる単独討伐として記録されます」
職員はそう告げると、レオンの登録証を受け取った。
登録証へ小さな魔法具を重ね、討伐記録を刻み込む。
「こちらの魔石、大剣、杖は、すべて売却されますか?」
「ああ」
アルカナ・ドレインだけは手元へ残してある。
それ以外の物に、レオンが必要としている物はなかった。
職員達は三つの品を改めて査定した。
魔石には亀裂が入っているため、完全な状態より価値は落ちる。
それでも大きさと残存魔力は並の魔石とは比べものにならない。
大剣も武器として扱うのは難しいが、使われている金属と刻まれた魔法陣には十分な価値がある。
四属性の杖も希少な品だった。
職員から提示された金額を確認し、レオンは売却を承諾した。
代金を受け取ると、別の受付係がレオンの登録証へ目を通す。
「今回の単独討伐で、レンさんは昇格に必要な実績を満たしました」
「昇格出来るのか?」
「すぐに昇格するわけではありません。試験を受けていただき、合格すればB級へ昇格となります」
「試験はいつ受けられる?」
「明日以降でしたら、いつでも受けられます。ただし……」
受付係は登録証を見ながら、僅かに首を傾げた。
「どうした?」
「いえ。昇格試験について確認することがあります。明日、受付で改めてご説明いたします」
「分かった」
レオンは登録証と代金を受け取った。
これで、ようやく昇格試験を受けられる。
目的の魔法具が眠るダンジョンへ入るためには、さらに冒険者ランクを上げなければならない。
まだ最初の一段階に過ぎないが、確実に前へ進んでいる。
レオンは協会を後にした。
冒険者協会の最上階。
ギルドマスターの執務室には、二人の男がいた。
一人は冒険者協会を預かるギルドマスター。
もう一人は、先ほどまでレオンと共にダンジョンへ入っていたカインだった。
ここにレオンはいない。
そのため、カイルという偽名を使う必要はなかった。
机の上には、いくつもの透明な破片が並べられている。
レオンが冒険者登録を行った際に壊した、魔力量を測定するための玉だった。
カインは椅子へ座り、破片の一つを光へ透かしている。
次に細い棒状の魔法具を破片へ当て、内部に残っている魔力の流れを調べた。
ギルドマスターは、その様子を黙って見守っていた。
やがてカインが破片を机へ戻す。
「カイン殿下。いかがでしょうか?」
「うーん」
カインは測定玉の破片を見つめる。
内部の魔法陣に摩耗はない。
長期間の使用による劣化も見られない。
壊れる前から存在していた傷もなかった。
測定玉は正常だった。
許容量を遥かに上回る魔力を流されたため、内部から砕けただけだ。
つまり、レオンが持つ魔力量は、この測定玉では測れないほど多い。
カインは少し考えた後、ギルドマスターへ顔を向けた。
「うーん。劣化してたんじゃないかな?」
「劣化、ですか?」
「長い間使ってたんだろう? 見えないところに傷があったのかもしれないね」
ギルドマスターは机の上の破片を見る。
「ですが、武器屋からの報告では、試しの剣まで壊れたそうです」
その報告書も机の上に置かれていた。
レンが魔剣を購入するために武器屋を訪れ、試験用の剣へ魔力を流した。
すると剣へ刻まれた魔法陣が耐え切れず、刀身ごと砕けたという。
しかも、レン本人は魔力をかなり抑えたと話している。
「彼は氷属性なんだ。珍しい属性だから、多分それが原因じゃないかな?」
カインが答える。
ギルドマスターの眉間に皺が寄った。
「しかし、試験用の剣へ刻まれていたのは、切れ味を高めるための無属性魔法陣です。氷属性の魔力を流したとしても、それだけで壊れるとは考えにくいのですが」
「可能性はあると思うよ」
カインは笑顔で答えた。
「氷属性は、水属性から派生した珍しい属性だ。変換された魔力にも特殊な性質があるのかもしれない。魔法陣との相性が悪かった可能性は否定出来ないよ」
「なるほど……」
ギルドマスターは腕を組んだ。
表情を見る限り、完全に納得してはいない。
測定玉が偶然劣化していた。
続いて、試験用の剣も氷属性との相性が原因で壊れた。
二つの出来事が続けて起きたにしては、不自然だった。
だが、目の前にいるのはレイン魔道国家の王子カインだ。
幼い頃から魔法と魔法陣の研究を続け、その知識は国でも比肩する者がいない。
魔法に関してカインがそう言うのなら、ギルドマスターが否定出来るだけの根拠はない。
「では、測定玉は劣化による破損。試験用の剣は、氷属性との相性によって破損した可能性がある。そのように処理いたします」
「うん。それでいいと思うよ」
「ですが、レンの昇格試験では魔力量の記録が必要になります」
「新しい測定玉を使えばいいんじゃないかな?」
「また壊れる可能性はありませんか?」
「今度は新品なんだろう?」
「はい」
「それなら大丈夫だよ」
カインは迷うことなく答えた。
ギルドマスターは小さく頷く。
「承知しました。明日の昇格試験前に、再測定を行わせます」
「よろしくね」
カインは椅子から立ち上がった。
机の端に置いていた魔鉱石の袋を持ち上げる。
「それじゃあ、僕は帰るよ」
「お待ちください、カイン殿下」
ギルドマスターに呼び止められ、カインが振り返る。
「何?」
「レンという少年について、念のため素性を調べましょうか?」
カインは少しだけ考える。
レンが何かを隠していることには気づいている。
一般の冒険者には用意出来ない剣。
C級とは思えない戦闘能力。
測定玉を壊すほどの魔力量。
そして、ダンジョンの隠し部屋まで知っていた。
普通の少年であるはずがない。
しかし、カイン自身もカイルという偽名を使い、王子であることを隠してレンへ接している。
相手の秘密だけを暴くつもりはなかった。
「必要ないよ」
「よろしいのですか?」
「うん。彼が何者でも、冒険者として規則を破ったわけじゃない。それに、アルカナを一人で倒した実力があるなら、昇格させた方が協会のためにもなると思うよ」
「殿下がそう仰るのでしたら」
ギルドマスターは頭を下げた。
カインは執務室を出る。
扉が閉まると、静かな廊下を歩き始めた。
測定玉が劣化していたという話は嘘だ。
氷属性の特殊な性質で試し剣が壊れたという話も、もちろん嘘だった。
どちらも、レンの膨大な魔力に耐えられなかっただけだ。
本当のことを報告すれば、冒険者協会はレンについて詳しく調べ始める。
調査が終わるまで、昇格を止める可能性もある。
それでは困る。
レンには、冒険者ランクを上げてもらわなければならない。
ランク制限によって入れないダンジョンは、まだいくつも残っている。
その最下層には、地上では手に入らない希少な魔鉱石が眠っているはずだ。
レンが昇格してくれれば、カインも共に深いダンジョンへ入り、研究に必要な魔鉱石を採取出来る。
何より、レンにはダンジョンで命を助けられている。
正体を隠すための小さな嘘くらい、恩返しとして許されるだろう。
カインは魔鉱石の入った袋を抱え直し、小さく笑った。
「これくらいは、助けてもらったお礼でいいよね」




