第329話 最下層への道
三体の魔石獣ガイオンを倒したレオンとカイルは、部屋の奥にある通路へ入った。
通路は緩やかな下り坂となっている。
壁へ一定の間隔で埋め込まれた魔石が青白く輝き、二人の進む先を照らしていた。
前を歩くのはレオンだ。
カイルは少し後ろを歩きながら、先ほど回収したガイオンの魔石を調べ続けている。
「歩きながら調べるな」
レオンが告げると、カイルは魔石から顔を上げた。
「大丈夫だよ。前は見てるから」
「今、壁にぶつかりそうになっていたぞ」
「ぶつかってないなら問題ないね」
そういう問題ではない。
レオンは足を止め、カイルを見る。
「一人で迷宮へ入った時も、ずっとそんな感じだったのか?」
「そんな感じって?」
「魔物がいても、魔法陣を調べることを優先していただろ」
「珍しい魔法陣があれば、調べるのは当然だよ」
「だから死にかけたんじゃないのか?」
「今回は少しだけ運が悪かったんだ」
カイルはそう答えると、再び魔石へ視線を落とした。
反省しているようには見えない。
レオンは小さく息を吐き、再び歩き始めた。
しばらく進むと、通路の先に四角い部屋が見えてきた。
部屋の床には、赤、青、緑、黄色の石板が敷き詰められている。
一枚ごとに異なる魔法陣が刻まれていた。
奥には次の通路へ続く扉がある。
だが、扉には取っ手がなく、表面には四つの小さな円が並んでいた。
レオンは部屋の手前で足を止める。
右目へ僅かに魔力を流した。
赤い石板を踏んだ未来。
壁から炎が噴き出す。
青い石板を踏んだ未来。
天井から大量の水が落ち、そのまま床へ吸い込まれる。
緑色の石板を踏めば、左右の壁から風の刃が飛んでくる。
黄色い石板では床から石の槍が突き出した。
どれを踏んでも罠が発動する。
レオンが未来視を止めると、後ろからカイルが部屋を覗き込んだ。
「属性を順番に選ぶ仕掛けみたいだね」
「順番が分かるのか?」
「まだ分からないよ」
カイルは床へ膝をつき、最も手前にある石板を確認する。
指先で魔法陣をなぞり、次に壁へ埋め込まれた四つの魔石を見た。
「赤は火。青は水。緑は風。黄色は土。そこまでは見れば分かる」
「問題は、どれから踏むかだな」
「うん。間違えれば罠が発動する」
カイルは立ち上がり、部屋全体を見回した。
壁や天井へ視線を巡らせた後、入口の上へ刻まれた小さな魔法陣を見つける。
ほとんど天井と同じ色で、意識して探さなければ見落とすほど薄い。
円の中には、四本の線が描かれていた。
一本目は下へ。
二本目は右へ。
三本目は上へ。
四本目は左へ伸びている。
カイルは少し考えた後、床へ視線を戻した。
「分かった」
「もうか?」
「この部屋は、魔力が巡る順番を示してるんだ」
カイルは入口の魔法陣を指差した。
「下は土。右は風。上は火。左は水を示してる。土が種を支え、風が雲を運び、火が水を天へ昇らせ、最後に雨となって大地へ戻る」
「なら、黄色、緑、赤、青の順番か?」
「そうだと思う」
「思う?」
「実際に踏んでみないと確かめられないよ」
カイルは黄色い石板へ足を伸ばした。
レオンはその肩を掴んで止める。
「待て」
「何?」
「俺が先に行く」
「でも、間違っていたら危ないよ」
「それなら、何故お前が踏もうとした?」
「自分の考えが正しいか確かめたかったから」
カイルは不思議そうに答えた。
やはり、危険に対する考え方が普通ではない。
レオンは黄色い石板へ足を乗せる。
床へ刻まれた魔法陣が淡く輝いた。だが、罠は発動しない。
続いて緑色の石板。
赤い石板。
最後に青い石板を踏む。
四枚目が光った瞬間、部屋の奥にある扉へ光が走った。
表面の四つの円が順番に輝き、扉がゆっくりと左右へ開いていく。
「やっぱり正解だった」
カイルは嬉しそうに部屋へ入った。
レオンが通った石板だけを選び、その後ろをついてくる。
「似たような仕掛けを見たことがあるのか?」
「ないよ」
「それなら、よく分かったな」
「入口に答えが書いてあったからね」
あれを答えと呼べる者が、どれだけいるのだろうか。
レオンが未来視を使わずに進んでいたなら、入口の小さな魔法陣を見落とし、強引に突破していたかもしれない。
二人が部屋の中央まで進んだ時だった。
左右の壁から金属音が響く。
石壁の一部が開き、中から六体の魔法人形が姿を現した。
片手には剣。
もう片方の手には、小さな盾を持っている。
胸には赤、青、緑、黄色の魔石が一つずつ埋め込まれていた。
魔法人形が一斉に動き出す。
「カイル、下がっていろ」
レオンは剣を抜いた。
「僕も戦えるよ」
「魔法具を壊したばかりだろ」
「まだ使える物は残ってる」
「使うな」
「どうして?」
「俺は一人で、この迷宮を攻略する必要がある」
レオンは身体へ流している魔力を増やした。
刀身へ刻まれた無属性の魔法陣が輝く。
最初の魔法人形が剣を振り下ろした。
レオンは半歩横へ動き、その剣を避ける。
すれ違いざまに胸の魔石を斬り裂いた。
魔石を失った魔法人形が、糸の切れた人形のように床へ崩れ落ちる。
その背後から二体目が迫る。
盾を前へ構え、その隙間から剣を突き出してきた。
レオンは剣の側面で突きを受け流す。
空いた胴体へ蹴りを入れ、魔法人形を後ろへ吹き飛ばした。
飛ばされた魔法人形が、三体目を巻き込んで床へ倒れる。
残る三体が左右へ広がった。
胸の魔石が同時に輝く。
赤い魔石から炎。
青い魔石から水。
緑色の魔石から風。
三つの魔法が、レオンへ向かって放たれた。
レオンは左手の指輪へ僅かに魔力を流した。
青白い魔石と、その周囲に刻まれた魔法陣が光る。
同時に、レオンの足元から氷の壁が立ち上がった。
炎と風が氷の壁へ衝突する。
水は壁の表面へ触れた瞬間、そのまま凍りついた。
三体の魔法人形から、レオンの姿が見えなくなる。
その直後、氷の壁が中央から砕けた。
飛び散る氷片の中からレオンが飛び出す。
最も近くにいた魔法人形の胸を斬る。
身体を回転させ、二体目の首を刎ねた。
最後の一体が剣を振り上げる。
レオンはその懐へ踏み込み、剣を下から振り上げた。
胸に埋め込まれた黄色い魔石が砕ける。
残っていた魔法人形も床へ倒れた。
先ほど蹴り飛ばした二体が起き上がろうとしている。
レオンは距離を詰め、動き出す前に二つの魔石を続けて破壊した。
部屋の中へ静寂が戻る。
「終わったぞ」
レオンは剣を鞘へ戻した。
返事がない。
振り返ると、カイルは倒れた魔法人形ではなく、レオンの左手を見つめていた。
「今の氷魔法、本当にその指輪から発動したの?」
レオンの動きが僅かに止まる。
「魔法陣が光っていただろ」
「光ってたね。でも、指輪の魔法陣が完成するより先に、床の温度が下がったように見えた」
「気のせいだ」
「そうかな?」
カイルはレオンの左手へ近づこうとする。
レオンは指輪を隠すように手を下ろした。
「先へ進むぞ」
「一度だけ、その指輪を調べさせてくれない?」
「断る」
「壊さないよ」
「さっきまで、壊れた魔法具に囲まれていた奴の言葉とは思えないな」
「僕が壊したんじゃない。ガイオンに壊されたんだよ」
大きな違いがあるとは思えなかった。
レオンは開いた扉の先へ進む。
カイルは指輪へ未練を残しながら、その後を追ってきた。
それから二人は、さらに迷宮の奥へ進んだ。
カイルは壁や床へ刻まれた魔法陣を調べ、罠の仕組みを次々と見抜いていく。
転移の魔法陣が隠された床。
一定以上の魔力へ反応する矢。
通った者の属性によって行き先が変わる分かれ道。
カイルが仕組みを説明し、レオンが先頭を進む。
途中で現れる魔法人形や魔石獣は、全てレオンが倒した。
カイルは戦闘へ手を出さなかった。
ただし、レオンが倒した魔物の素材は、頼まれてもいないのに次々と調べていた。
長い階段を下りた先で、二人は小さな空間へ出た。
そこには壁から突き出した石の台座があり、その上に水を生み出す魔法具が設置されていた。
床には、短時間だけ休めるように簡素な敷物が敷かれている。
迷宮の内部で、唯一魔物が入ってこない場所だった。
レオンは敷物の上へ腰を下ろし、革袋から水と保存食を取り出した。
カイルも向かいへ座る。
だが、食事を始めようとはせず、レオンの顔をじっと見ていた。
「何だ?」
「レンの魔力って、どれくらいあるの?」
「人より少し多い程度だ」
「嘘だね」
即答だった。
「何故そう思う?」
「僕には、レンの魔力をほとんど感じられないから」
「魔力を抑えているだけだ」
「抑えていても、普通は完全に分からなくなることはないよ。それにレンは、ずっと身体強化を使ってる」
カイルは自分の胸元へ手を当てた。
「魔力が少ない人は、自分より魔力の多い人を感じ取りにくい。逆に、魔力が多い人なら、それより少ない人の魔力を簡単に感じられる」
「そうなのか?」
「小さな水滴が落ちる音も、静かな部屋なら聞こえる。でも、すぐ近くで滝が流れていたら聞こえないだろ?」
カイルはレオンを指差した。
「レンは、自分の魔力が大きすぎて、ほかの人の魔力を覆ってるんじゃないかな。だから自分より小さな魔力を感じられないし、周りもレンの魔力量を正しく測れない」
レオンは答えなかった。
これまで、他人の魔力を感じ取れたことは一度もない。
魔力を隠す技術が優れている者ばかりなのだと思っていた。
だが、全員がそうだったとは考えにくい。
「測ったことは?」
「ある」
「結果は?」
「測定玉が壊れた」
カイルの黄色い瞳が大きく見開かれた。
「壊れた?」
「ああ。古くなっていたらしい」
「そんなわけないよ!」
カイルは敷物から立ち上がった。
「測定玉は、魔力を流しすぎた程度では簡単に壊れない。内部に魔力を逃がす魔法陣があるからね。それが壊れたなら、逃がせる量を一瞬で超えたということだよ」
「受付係は、古くなっていたと言っていた」
「その測定玉を調べたい」
「冒険者協会にある」
「迷宮を出たら、すぐに行こう」
何故か、カイルの目的が一つ増えた。
「その前に最下層だろ」
「あっ、そうだった」
カイルは再び敷物へ座り、急いで保存食を食べ始める。
研究以外のことが頭から抜け落ちる性格らしい。
休息を終えた二人は、再び迷宮を進んだ。
階段を下りるたびに、壁へ埋め込まれた魔石の光が強くなっていく。
床や壁へ刻まれた魔法陣も、上層より複雑になっていた。
そして、さらに一階層下りた先で、二人は巨大な扉へ辿り着いた。
扉には、杖と剣を持つ騎士の姿が刻まれている。
その周囲を囲むように、幾重もの魔法陣が描かれていた。
カイルが扉を見上げる。
「この先が最下層だよ」
「分かるのか?」
「扉の魔法陣に、侵入者を選別する術式がある。ここから先へ入った者が出てくるまで、扉は開かない」
つまり、この先にいる魔物を倒さなければ戻れない。
レオンは剣の柄へ手をかけた。
「カイルはここで待っていろ」
「僕も行くよ」
「この先は危険だ」
「僕が探している魔鉱石も、この先にある。それに、ここまで来て待っていられると思う?」
思わない。
止めても、勝手についてくるだろう。
レオンが扉へ手を触れると、刻まれた魔法陣が一斉に輝いた。
重い音を立てながら、巨大な扉が左右へ開いていく。
その先には、これまでで最も広い部屋があった。
天井まで届きそうな石柱。
床全体へ広がる巨大な魔法陣。
そして部屋の中央には、一体の巨大な騎士が立っていた。
全身を白銀の装甲で覆い、右手には大剣、左手には巨大な杖を持っている。
胸には人の頭ほどもある青い魔石が埋め込まれていた。
二人が部屋へ入る。
背後で扉が閉じた。
直後、巨大な騎士の胸にある魔石が輝く。
全身へ刻まれていた魔法陣へ、青白い光が走った。
カイルが、その名を口にする。
「魔導守護騎士アルカナ」
アルカナ迷宮の最下層を守る魔法人形が、ゆっくりと大剣を持ち上げた。




