第328話 天才王子
レオンは目の前の少年を見つめた。
レイン魔道国家第一王子、カイン・レイン。
乙女ゲーム『ノルドレア・ロワイヤル』に登場する攻略対象の一人だ。
だが、カインが名乗ったのはカイルという偽名だった。
その理由までは分からない。
王子であることを隠し、一人で迷宮へ入っているのだから、何か事情があるのだろう。
正体を知っていると悟られるわけにはいかない。
レオンは何も知らないふりをして、倒れた魔石獣ガイオンへ視線を移した。
「それで、カイルはこれからどうする?」
「もちろん、先へ進むよ」
カイルは当然のように答えた。
「魔法具はほとんど壊れているだろ」
「全部じゃないよ」
カイルは腰に提げた鞄を開いた。
中には小さな魔石や金属片、細い金属棒が大量に詰め込まれている。
その多くには、細かな魔法陣が刻まれていた。
「まだ使える物は残ってる。それに、ガイオンの魔石も手に入った」
カイルは拾い上げた紫色の魔石を、嬉しそうに光へ透かした。
砕けた欠片にしか見えない。
それでもカイルにとっては、命を失いかけたことより価値のある物らしい。
「さっき死にかけたことは忘れたのか?」
「忘れてないよ。だから次は、さっきより上手く出来る」
「帰るという考えはないのか?」
「ないね」
迷いのない返事だった。
レオンは小さく息を吐く。
乙女ゲームのカインも、興味を持った魔法具や魔法陣以外は目に入らなくなる人物だった。
その性格は、実際に会っても変わらないらしい。
「レンはどうするの?」
「俺も先へ進む」
「なら、一緒に行こうよ」
「断る」
レオンは即答した。
「どうして?」
「一人で攻略するために、この迷宮へ入ったからだ」
アルカナ迷宮を一人で完全攻略しなければ、次の迷宮へ挑戦する資格は得られない。
ここでカイルと協力すれば、単独で攻略したとは認められない可能性がある。
「別に協力しなくてもいいよ。僕は自分の調査をする。レンは自分で魔物を倒す。それなら、一緒に歩くだけだろ?」
「それを同行というんじゃないのか?」
「そうとも言うね」
カイルは笑顔で答えた。
その時だった。
部屋の奥から、低い音が響く。
レオンとカイルが同時に振り返った。
閉じていた三つの石扉へ、紫色の光が走る。
重い音を立てながら扉が開いた。
その奥に、三対の紫色の光が浮かんでいる。
ゆっくりと姿を現したのは、先ほど倒した物と同じ黒い鉱石の獣だった。
魔石獣ガイオン。
三体のガイオンが、並んで部屋へ入ってくる。
「まだいたのか」
レオンは剣を構えた。
三体の額に埋め込まれた魔石は、既に強い光を放っている。
床や壁に残っている魔力を吸収しているらしい。
「レン、少し待って」
カイルはレオンの横へ並ぶと、しゃがみ込んで先ほど拾った魔石の欠片を床へ置いた。
「何をするつもりだ?」
「調べるんだよ」
「今からか?」
「今だから分かることがある」
カイルは魔石の断面へ顔を近づけた。
砕けた内部には、細い紫色の線が幾重にも伸びている。
続いて、生きている三体のガイオンと、床へ刻まれた魔法陣を交互に見比べる。
ガイオンの額にある魔石が明滅する。
僅かに遅れて、その足元にある魔法陣も同じ間隔で光っていた。
カイルは床に積もった石の粉を指でなぞり、魔石の内部に残る線を書き写していく。
三体のガイオンが動き出した。
レオンは身体へ常に流している魔力を増やす。
「調べるなら後にしろ」
「もう少し」
「来るぞ」
一体目のガイオンが床を蹴った。
レオンは前へ出る。
振り下ろされた爪を横へ避け、剣を首へ振るった。
刀身が黒い鉱石へ食い込む。
だが、浅い傷を残しただけで止まった。
ガイオンの身体へ刻まれた魔法陣が光る。
同時に、足元の魔法陣から紫色の光が流れ込み、傷ついた鉱石が元へ戻っていった。
レオンは後ろへ跳ぶ。
続いて、左右から残る二体が迫る。
右目へ魔力を流す。
三体の動きが、現在の光景へ重なるように映し出された。
右から振るわれる爪を屈んで避ける。
その頭上を、別のガイオンが跳び越えていった。
レオンは身体を回転させ、背後から迫っていた尾を剣で受け流す。
重い衝撃が腕へ伝わった。
ガイオンの尾が床を打ち、石片が周囲へ飛び散る。
「まだか?」
「分かった!」
カイルが顔を上げた。
「このガイオンは、迷宮からも魔力を受け取ってる!」
「どういうことだ?」
「身体の魔法陣は、攻撃を吸収するためだけのものじゃない。床の魔法陣と繋がって、迷宮から魔力を補充してるんだ。だから傷をつけても、すぐに修復される!」
カイルは立ち上がり、鞄から六本の細い金属棒を取り出した。
一本ずつ異なる魔法陣が刻まれている。
「迷宮との繋がりを切れば、修復も止められる!」
「どうやって切る?」
「その剣で三体を部屋の中央へ集めて!」
「お前は何をするつもりだ?」
「遮断する魔法陣を作る!」
カイルは金属棒を持ったまま、部屋の端へ走った。
一体のガイオンが、その背中へ顔を向ける。
「お前の相手は俺だ」
レオンは床を蹴った。
ガイオンの側面へ回り込み、剣を胴体へ叩きつける。
傷は浅い。
だが、注意を引くには十分だった。
三体のガイオンが、一斉にレオンへ向かってくる。
レオンは未来視で攻撃の軌道を確かめながら、少しずつ部屋の中央へ移動した。
爪を避ける。
牙を剣で逸らす。
尾を跳び越える。
三体の巨体が、互いの動きを邪魔するほど近づいていく。
その間に、カイルは部屋の周囲へ金属棒を突き刺していた。
一本目。
二本目。
三本目。
六本全てを床へ突き立てると、カイルは最後の一本へ両手を触れた。
「レン、そこから離れて!」
レオンは両脚へ流す魔力を増やし、大きく後ろへ跳んだ。
カイルが金属棒へ魔力を流す。
六本の棒へ刻まれた魔法陣が同時に輝いた。
光の線が床を走り、部屋の中央を囲む六角形を作り出す。
その内側にいた三体のガイオンから、紫色の光が消えた。
床の魔法陣からガイオンへ流れていた魔力が途切れる。
「今なら、傷を修復出来ない!」
三体のガイオンが咆哮を上げた。
額の魔石が強く輝く。
蓄えていた魔力を、黒い光として放とうとしている。
レオンは再び右目へ魔力を流した。
三本の黒光が、異なる方向へ放たれる未来が見える。
その間を抜ける道は一つだけだった。
レオンは身体へ流している魔力をさらに増やした。
正面から三体へ向かって走る。
「そっちは危ない!」
カイルの声が響く。
一体目のガイオンが口を開いた。
黒い光が放たれる。
レオンは僅かに身体を横へ逸らし、その脇を通り抜けた。
二体目が顔を向ける。
黒い光が横薙ぎに放たれた。
レオンは床を蹴り、光を飛び越える。
そのまま一体目の頭上へ着地した。
刀身の無属性魔法陣へ魔力を流す。
銀色の刃が強く輝いた。
レオンは足元にある紫色の魔石へ剣を突き立てる。
魔石が砕け、ガイオンの巨体が崩れ落ちた。
足場を失う前に、隣のガイオンへ跳び移る。
二体目が爪を振り上げた。
レオンはその腕を駆け上がり、額へ剣を振り下ろす。
二つ目の魔石が砕けた。
最後の一体が大きく口を開く。
至近距離から黒い光を放とうとしていた。
レオンは倒れ始めた二体目の頭部を蹴る。
身体を回転させながら最後のガイオンへ接近し、横薙ぎに剣を振り抜いた。
銀色の刃が、額の魔石を両断する。
黒い光が放たれる直前、ガイオンの魔法陣から光が消えた。
三体の巨体が、続けて床へ崩れ落ちる。
部屋の中に大きな音が響いた。
それから、静寂が戻る。
レオンは剣を振り、刀身についた細かな石片を落とした。
右目から魔力を抜く。
未来視を短時間しか使っていないため、痛みはほとんどない。
振り返ると、カイルが驚いた表情で立っていた。
「今の攻撃、全部見えていたの?」
「動きを予測しただけだ」
「三体が別々に放った攻撃を?」
「ああ」
カイルはレオンを見つめる。
明らかに疑っていたが、それ以上は追及しなかった。
代わりに、倒れた三体のガイオンへ駆け寄る。
「迷宮からの魔力を切れば、修復は止まる。仮説は正しかった!」
カイルは嬉しそうにガイオンの身体を調べ始めた。
レオンは床へ突き刺さった六本の金属棒を見る。
どれも元から同じ魔法具だったわけではない。
刻まれている魔法陣も、一本ずつ異なっていた。
それらを組み合わせ、一つの魔法陣として機能させたのだ。
「最初から、この方法を知っていたのか?」
「まさか。さっきレンが壊した魔石を見て思いついたんだよ」
カイルは当然のように答えた。
ガイオンの魔石を手にしてから、まだ僅かな時間しか経っていない。
それだけで内部の術式を読み取り、迷宮から魔力を受け取る仕組みを見抜いた。
さらに、手持ちの魔法具を組み合わせ、その流れを遮断する魔法陣まで作り上げた。
乙女ゲームで天才と呼ばれていた理由が、少しだけ分かった気がする。
「それで、カイルは何を調べるために、この迷宮へ来たんだ?」
レオンが尋ねると、カイルは砕けた魔石を鞄へ入れた。
「最下層で採れる魔鉱石だよ」
「魔鉱石?」
「迷宮は、地下を流れる魔脈から魔力を取り込んでいる。僕は魔脈が太い場所ほど、迷宮に強い魔物や複雑な罠が生まれるんじゃないかと考えてるんだ」
カイルは床へ刻まれた魔法陣を指した。
「最下層なら魔脈に近い。そこにある魔鉱石を調べれば、僕の考えが正しいか確かめられる」
「そのために一人で来たのか?」
「ほかの人がいると、危ないから止められるだろ?」
「実際に危なかったぞ」
「でも、レンが来てくれた」
「次も助けが来るとは限らない」
「だから、レンと一緒に行くんだよ」
カイルは笑顔で答えた。
「俺は一人で攻略する必要がある」
「分かってる。魔物はレンが倒せばいい。僕は罠や魔法陣を調べるだけにする」
「先ほどは魔法具を使っただろ」
「あれはレンを助けたんじゃないよ。僕がガイオンを調査するために、迷宮からの魔力を切っただけだ」
随分と都合のいい言い方だった。
「それに、レンも最下層を目指してるんだろ?」
「ああ」
「目的地が同じなら、途中まで一緒でも問題ないよ」
レオンは断ろうとした。
だが、カイルは既に床から六本の金属棒を抜き始めている。
同行を許可されたと思っているらしい。
一人で進ませれば、また同じような無茶をする可能性も高い。
何より、カイルが北竜を目覚めさせる王子だと知った以上、ここで放置することも出来なかった。
「俺の邪魔はするな」
その言葉を聞いたカイルが顔を上げる。
「それって、一緒に行っていいということ?」
「途中までだ」
「うん。それでいいよ」
カイルは満足そうに頷いた。
レオンは剣を鞘へ戻し、部屋の奥にある通路へ目を向ける。
一人で攻略するはずだったアルカナ迷宮。
だが、その途中で出会ったのは、乙女ゲームの攻略対象。
そして、いずれ北竜を目覚めさせる第一王子だった。
レオンはカイルと名乗る少年を連れ、迷宮のさらに奥へ進み始めた。




