第327話 迷宮の少年
通路の先から、再び爆発音が響いた。
続いて、何か大きな物が石壁へ衝突する。
レオンは腰の剣へ手をかけたまま、暗い通路を駆け抜けた。
角を曲がると、その先には天井の高い円形の部屋が広がっていた。
床や壁には無数の魔法陣が刻まれている。
だが、その半分近くが砕け、青白い光を明滅させていた。
部屋の中央には、一人の少年が立っている。
短い緑色の髪。
黄色い瞳。
年齢はレオンと大きく変わらないように見えるが、身体は小さく、十歳を少し過ぎた程度にも見えた。
その左腕からは血が流れている。
少年の周囲には、壊れた魔法具が散らばっていた。
杖。
指輪。
腕輪。
円盤状の魔法具。
どれも魔石が砕け、刻まれた魔法陣が焼け焦げている。
少年は残っていた短い杖を、目の前の魔物へ向けていた。
対峙しているのは、黒い鉱石で作られた巨大な獣だった。
形は虎に似ている。
四本の太い脚。
長く伸びた牙。
全身を覆う黒い鉱石。
その表面には紫色の魔法陣が刻まれ、額には拳ほどの大きさの魔石が埋め込まれていた。
"魔石獣ガイオン"
アルカナ迷宮の中層に現れる、魔法を吸収する魔物だ。
少年が杖へ魔力を流す。
先端の赤い魔石が輝き、炎の槍が放たれた。
炎はガイオンの胴体へ直撃する。
だが、黒い鉱石を砕くことは出来なかった。
身体へ刻まれた紫色の魔法陣が光り、炎を吸い込んでいく。
炎が消えると同時に、ガイオンの額にある魔石が強く輝いた。
先ほどまで傷ついていた鉱石の表面が、音を立てながら元へ戻っていく。
「やっぱり、属性魔法は吸収される……でも、吸収した魔力の全てを修復へ使っているわけじゃない」
少年は追い詰められているというのに、ガイオンの様子を観察していた。
「魔力の一部は額の魔石へ蓄えている。だとすれば、限界を超えるまで魔力を注げば――」
ガイオンが床を蹴った。
巨体からは想像出来ない速さで、少年へ迫る。
少年は反応が遅れた。
杖へ魔力を流すが、魔法が発動するよりもガイオンの爪が届く方が早い。
レオンは右目へ魔力を流した。
視界の中へ、数秒先の光景が重なる。
巨大な爪に弾き飛ばされ、石壁へ叩きつけられる少年。
レオンは普段から常に身体へ魔力を流し、身体強化を維持している。
その状態から、さらに両脚へ魔力を集中させた。
床を強く蹴る。
一瞬で少年との距離を詰め、その身体を抱えて横へ跳んだ。
直後、ガイオンの爪が二人のいた場所を薙ぎ払う。
石床が砕け、大きな亀裂が走った。
レオンは少年を抱えたまま床へ着地する。
「怪我は?」
「左腕を少し切っただけ。それより、君は誰?」
「話は後だ」
レオンは少年を下ろし、剣を抜いた。
刀身に刻まれた無属性の魔法陣が淡く輝く。
少年がその剣を見る。
「気をつけて。ガイオンは魔力を吸収する。属性魔法を当てれば、傷を修復されるだけだよ」
「分かっている」
「それと、吸収した魔力を額の魔石へ蓄えてる。恐らく――」
ガイオンの額にある紫色の魔石が強く輝いた。
全身の魔法陣へ、黒い光が走る。
レオンの右目に未来が映る。
ガイオンの口から黒い光が放たれ、正面にある物を全て呑み込んでいく。
その光に触れた魔法陣は輝きを失い、少年は身体から魔力を奪われて倒れた。
「伏せて!」
少年が叫ぶ。
しかし、レオンは伏せなかった。
常に全身へ流している魔力を増やし、特に両脚へ集中させる。
ガイオンが大きく口を開いた。
その奥へ黒い光が集まる。
レオンは床を蹴った。
黒い光が放たれる直前、ガイオンの頭上まで跳び上がる。
次の瞬間、太い黒光が部屋を横切った。
床や壁へ刻まれていた魔法陣が光を失う。
壊れずに残っていた魔法具も、魔力を奪われ、次々と床へ落ちていった。
レオンの身体は、その光の上にある。
空中で剣を両手に持ち替えた。
刀身の無属性魔法陣へ、さらに魔力を流す。
淡かった光が急激に強くなり、銀色の刃を包み込んだ。
ガイオンが顔を上げる。
だが、既に遅い。
レオンは落下する勢いを乗せ、額へ剣を振り下ろした。
刃が紫色の魔石へ直撃する。
甲高い音が部屋へ響いた。
魔石の表面に亀裂が入る。
だが、砕けない。
レオンは剣を押し込んだまま、さらに魔力を流した。
刀身の魔法陣が強く輝く。
ピシッ。
亀裂が魔石全体へ広がった。
次の瞬間、額の魔石が砕け散る。
ガイオンの全身に刻まれていた紫色の魔法陣から、光が消えた。
黒い鉱石の身体が大きく揺れる。
レオンは額を蹴って跳び下がり、そのままガイオンの首へ剣を振るった。
切れ味を高められた刃が、硬い鉱石の首を斬り裂く。
ガイオンの頭部が床へ落ちた。
残された胴体も数歩進んだ後、力を失って崩れ落ちる。
重い音が部屋の中へ響いた。
レオンは周囲を見回す。
ほかに動く魔物はいない。
右目から魔力を抜く。
未来視を使った時間は短かったため、僅かな熱を感じる程度だった。
以前のように、針を突き刺されたような激しい痛みはない。
長時間使い続ければ今でも鈍い痛みが残るが、短時間なら戦闘へ支障が出ることはほとんどなくなっていた。
「凄い……」
背後から少年の声が聞こえた。
振り返ると、少年は倒れたガイオンではなく、レオンの剣を見つめている。
「属性魔法を使わず、身体強化と剣だけで核を壊した。それに、今の魔力を流しても魔法陣が壊れていない」
少年は左腕から血を流していることも忘れ、レオンの剣へ近づこうとした。
「その剣、見せてくれない?」
「先に傷を治す」
「これくらいなら平気だよ。布を巻いておけば――」
「治した方が早い」
レオンは少年の左腕を掴んだ。
傷は浅い。
血は流れているが、骨や筋肉までは傷ついていなかった。
レオンが傷口へ手を当て、治癒魔法を使う。
淡い光が少年の腕を包んだ。
裂けていた皮膚が少しずつ繋がり、傷口が閉じていく。
しばらくすると、流れていた血も止まった。
レオンは手を離す。
「これで大丈夫だ」
少年は治った腕を何度か動かした。
痛みがないことを確かめると、驚いたようにレオンを見る。
「今のは、治癒魔法だよね?」
「ああ。簡単な傷しか治せないが、この程度なら問題ない」
「魔法具は?」
「……使っていない」
「魔法陣も出ていなかったよね?」
少年の視線が、レオンの左手へ向けられる。
氷属性の指輪は光っていない。
少年は僅かに目を細めた。
「君、本当に何者なの?」
「ただの冒険者だ」
「ただの冒険者は、魔法陣も使わずに治癒魔法を使わないと思うけど」
言われてから、レオンは自分の失敗に気づいた。
魔道国家では、簡単な魔法であっても魔法陣を使う者がほとんどだ。
目の前の傷を治すことを優先し、そのことを忘れていた。
「それより、お前はどうして一人でこんな場所にいた?」
「調べたいことがあったんだ」
少年は倒れたガイオンへ近づき、砕けた額の魔石を拾い上げた。
紫色の欠片を光へ透かし、興味深そうに観察する。
「この迷宮で採れる魔石と、魔力を吸収する魔法陣の関係を調べていたんだ。ガイオンが蓄えられる魔力量も知りたかった」
「そのために、わざと魔法を吸収させていたのか?」
「うん。もう少しで限界が分かりそうだった」
少年は悪びれる様子もなく答えた。
周囲には、壊れた魔法具がいくつも転がっている。
どれもガイオンへ魔力を吸収させるために使ったのだろう。
「死にかけていたぞ」
「限界を見誤っただけだよ。次は上手く出来る」
「次も試すつもりなのか?」
「もちろん。まだ必要な結果が得られていないからね」
少年は当然のように答えた。
レオンは小さく息を吐く。
止めても聞くようには見えない。
「名前は?」
少年に尋ねられ、レオンは少し間を置いて答えた。
「レンだ。家名はない」
「そう。僕はカイル。僕にも家名はないよ」
少年は笑顔で答えた。
だが、その名前が偽名であることをレオンは知っていた。
(なんで、こんな所に居るんだ?)
短い緑色の髪。
黄色い瞳。
年齢よりも幼く見える小柄な身体。
そして、壊れた魔法具に囲まれながらも、魔石獣ガイオンを観察していた異常なまでの研究欲。
見間違えるはずがない。
目の前にいる少年は、乙女ゲーム『ノルドレア・ロワイヤル』の攻略対象の一人。
北竜を目覚めさせる王子――レイン魔道国家第一王子、カイン・レインだった。




