第319話 壊れた魔力測定玉
翌朝。
レオンは一人でミストレアの冒険者協会を訪れた。
扉を開けると、朝早い時間にもかかわらず、依頼を求める冒険者達で賑わっている。
受付へ向かおうとした時、聞き覚えのある声が届いた。
「レン!」
振り返ると、協会の隅に置かれた椅子へカイルが座っていた。
「カイル。どうしてここにいるんだ?」
「レンが今日、昇格試験を受けるって聞いたから見に来たんだ」
カイルが椅子から立ち上がる。
「それに、僕が持ち帰った素材の調査もあるからね。ちょうど協会に用があったんだよ」
「そうだったのか」
「レンがどんな試験を受けるのか、僕も興味があるし。見学してもいい?」
「俺に聞かれても分からない。受付で確認してくれ」
「それもそうだね」
二人が受付へ向かうと、昨日と同じ受付嬢がレオンに気づいた。
「レンさん、お待ちしておりました。本日はB級への昇格試験を行います」
「ああ」
受付嬢は手元の書類を確認した。
「ただ、登録時に魔力量を測定できておりません。試験を始める前に、改めて測定をお願いいたします」
レオンが冒険者登録をした際、測定玉は魔力を流した直後に砕けた。
そのため、登録証には属性だけが記され、魔力量の欄は空白のままだ。
「分かった」
「ありがとうございます。こちらへどうぞ」
受付嬢が奥の扉を示す。
カイルもついてこようとしたが、受付嬢は振り返った。
「カイルさんは、こちらでお待ちください」
「僕も見たら駄目なの?」
「普段の登録は窓口で行いますが、今回は測定玉が破損した件の再測定です。念のため、奥の測定室を使用します」
「入れないのか」
「測定室には、測定を受ける方と担当職員以外は入れない決まりです」
「分かった。ここで待ってるよ」
カイルは再び椅子へ座った。
レオンは受付嬢と共に、奥の測定室へ入る。
部屋の中央には台座が一つ置かれていた。
だが、その上に測定玉はない。
「新しい測定玉を持ってまいりますので、少々お待ちください」
「ああ」
受付嬢が部屋を出ていく。
扉が閉じられたことを確かめ、レオンは魔法鞄へ手を入れた。
取り出したのは、アルカナ迷宮の最下層で手に入れた腕輪。
《吸魔の腕輪アルカナ・ドレイン》
身につけた者の魔力を千分の一まで抑える魔法具だ。
レオンは腕輪を左手首へはめ、袖を伸ばして隠した。
登録時と同じように魔力を流せば、また測定玉を壊すかもしれない。
古くなっていたから壊れたのだとしても、今回は慎重に測るつもりだった。
しばらくすると、受付嬢が両手で測定玉を抱えて戻ってきた。
透明な玉の内側には、前に見たものと同じ目盛りが刻まれている。
受付嬢はそれを慎重に台座へ置いた。
「こちらは新しい測定玉です。前回の物と違い、劣化はありません」
「そうか」
「両手を添えて、ゆっくりと魔力を流してください」
レオンは測定玉へ両手を添えた。
左手首にはアルカナ・ドレインがある。
そのまま慎重に魔力を流すと、透明な玉の底に淡い光が生まれた。
光は内側の目盛りを、一つずつ上がっていく。
前回のような亀裂は入らない。
「もう少し流せますか?」
「ああ」
レオンが魔力を流し続けると、光はさらにいくつかの目盛りを越えた。
受付嬢が玉を見つめる。
「そこで止めてください」
レオンが両手を離すと、玉の中の光がゆっくりと消えていった。
受付嬢は目盛りを確認し、手元の書類へ測定結果を書き込む。
「一般的な冒険者より、少し多い程度ですね」
「これが俺の魔力量なのか?」
「はい。今回は測定玉にも異常がありませんでした」
レオンは壊れずに残った測定玉を見る。
アルカナ・ドレインで千分の一まで抑えてなお、一般的な冒険者より僅かに多い。
腕輪を着けずに測定していたら、どうなっていたのだろう。
「前に壊れた測定玉は、やはり古くなっていたのか」
「その可能性が高いと思います。新しい測定玉では問題なく測れましたから」
「そうか」
レオンは頷いた。
受付嬢が測定結果を記録するため、机へ向かう。
その隙に、レオンは袖の中からアルカナ・ドレインを外し、素早く魔法鞄へ戻した。
受付嬢が書類への記入を終えて振り返る。
「測定は以上です。試験官を呼んでまいりますので、受付前でお待ちください」
「ああ」
レオンが測定室を出ると、カイルが椅子から立ち上がった。
「測定はどうだった?」
「今回は壊れなかった」
「へえ」
「前の測定玉が古くなっていただけだったらしい」
カイルは僅かに目を細めた。
だが、何も指摘せずに笑みを浮かべる。
「それなら、よかったね。それで、どのくらいだったの?」
「一般的な冒険者より、少し多い程度らしい」
「ふうん」
カイルはそれ以上尋ねなかった。
しばらくすると、試験官を呼びに行っていた受付嬢が戻ってくる。
「準備が整いました。訓練場へご案内いたします」
「カイルも見学したいらしい」
レオンが伝えると、受付嬢はカイルを見た。
「試験の邪魔をしないのであれば、見学していただいて構いません」
「分かった。僕は見てるだけにするよ」
二人は受付嬢に案内され、冒険者協会の裏手にある訓練場へ向かった。
訓練場には、既に一人の男が立っていた。
年齢は五十歳に近い。
身長は百九十センチほどあり、鍛え上げられた巨大な体を持っている。
短く切られた赤い髪には白髪が混じり、左の眉から頬にかけて古い傷が走っていた。
褐色の肌。
そして、鋭い赤い瞳。
その姿を見たレオンは、帝国のアメンラ家に仕える者達を思い出した。
血の繋がりがあるようには見えない。
だが、髪や瞳、肌の色には、同じ土地で生まれた者に見られる特徴がある。
恐らく、この男もアメラン地方の出身なのだろう。
男は近づいてきたレオンを、頭から足元まで確かめるように見た。
「お前がレンか」
「ああ」
「俺はギース。この冒険者協会のギルドマスターだ」
レオンがギースと直接顔を合わせるのは、これが初めてだった。
「ギルドマスターが試験官をするのか?」
「何か問題があるか?」
「いや」
訓練場の端では、カイルと受付嬢、数人の職員が見守っている。
ギースはレオンから視線を外さずに説明を始めた。
「B級への昇格試験は、A級以上の冒険者との手合わせだ。試験官を倒すか、試験官に実力を認めさせれば合格となる」
「アンタを倒せばいいのか?」
「出来るものならな」
ギースが僅かに笑う。
それだけで、周囲の空気が変わった。
レオンも目を細める。
「武器は訓練場にある物なら、好きな物を使っていい。魔法の使用も認める」
魔法を使ってもいいと聞き、レオンは壁際へ目を向けた。
そこには訓練用の木剣が並んでいる。
レオンは迷わず一本を手に取り、軽く振って重さを確かめた。
帝国式の試合では魔力の使用が認められる。
その代わり、相手へ致命傷を負わせないよう木剣を使う。
魔力を用いる試験だと聞いて木剣を選ぶのは、レオンにとって自然なことだった。
ギースは黙ってその動きを見ていた。
「アンタは武器を使わないのか?」
「ああ。俺の武器は、この拳だ」
ギースが両拳を打ち合わせる。
鈍い音が訓練場へ響いた。
レオンは木剣とギースの拳を見比べる。
それから、手にした木剣を地面へ置いた。
「どういうつもりだ?」
「アンタが素手なら、俺も素手で戦う」
「俺に合わせるのか」
「剣を使わなければ勝てない相手か、確かめたい」
ギースの口元から笑みが消えた。
「後悔するなよ」
ギースが両拳を構える。
同時に、全身へ魔力が流れた。
鍛え上げられた筋肉が膨らみ、両拳を赤い炎が覆う。
身体強化に加え、拳へ火属性の魔力を纏わせている。
拳や腕には無数の傷が残っていた。
その戦い方を、長い年月をかけて磨き上げてきたのだろう。
レオンも腰を落とし、構えを取る。
「始め!」
職員の声と同時に、ギースが地面を蹴った。
巨大な体が、一瞬でレオンの目の前へ迫る。
炎を纏った拳が胸へ向かって放たれた。
だが、拳が届くより僅かに早く、レオンは半歩だけ横へ動いた。
ギースの拳が服の表面を掠める。
続けて左拳が放たれた。
レオンは体を僅かに傾け、それも避ける。
拳。
肘。
蹴り。
ギースは巨体からは想像出来ない速さで、攻撃を繰り出していく。
レオンは青い瞳で、その動きを見ていた。
ギースが動くより僅かに早く、次の攻撃が見える。
未来予知の魔眼。
魔眼が示す未来に従い、最小限の動きで攻撃を避け続けた。
しかし、ギースも元S級冒険者だ。
数度の攻防だけで、自分の攻撃が読まれていることに気づく。
拳を放つ直前、踏み込む角度を変えた。
レオンが避けた先へ、炎を纏った蹴りを薙ぎ払う。
完全には避けきれない。
レオンは胸の前で素早く両手を動かした。
指を組み替え、《水の印》を結ぶ。
印が完成した瞬間、レオンの前へ水の膜が生まれた。
ギースの蹴りが、水の膜へ叩き込まれる。
激しい音と共に水が弾け、炎と触れ合ったことで大量の蒸気が広がった。
白い蒸気が、二人の姿を覆い隠す。
ギースは構わず、その中へ踏み込んだ。
その瞬間、蒸気の向こうからレオンの拳が伸びる。
拳がギースの頬を捉えた。
巨体が僅かに揺れる。
訓練場が静まり返った。
見守っていた受付嬢と職員達が、目を見開いている。
ギースはゆっくりと顔を戻した。
拳を受けた頬を確かめるように顎を動かす。
「今のは効いたぞ」
ギースを包む魔力が膨れ上がる。
両拳の炎が、先ほどより大きく燃え上がった。
離れた場所で見ている者達にまで、肌を焼くような熱が届く。
「少し本気でいく」
ギースが地面を蹴った。
踏み込んだ場所へ亀裂が走る。
レオンの魔眼に、ギースの拳が自分の顔へ迫る未来が映った。
後ろへ下がれば追いつかれる。
横へ避ければ、次の拳を受ける。
レオンは逃げずに、ギースへ向かって踏み込んだ。
迫る右腕を掴む。
同時にギースへ背を向け、腰を落とした。
「なに?」
ギースの巨体が宙へ浮く。
レオンはその勢いを利用し、背負い投げで前方へ投げた。
ギースの体が地面へ叩きつけられる直前、太い腕が動く。
掌で地面を叩いて衝撃を逃がし、そのまま体を転がして立ち上がった。
レオンは追撃せず、再び構えを取る。
ギースも拳を構えた。
二人が向かい合ったまま、僅かな沈黙が落ちる。
やがてギースは両拳を下ろした。
拳を包んでいた炎が消える。
「ここまでだ」
レオンも構えを解いた。
「もう終わりか?」
「ああ」
「結果は?」
ギースは小さく息を吐く。
「合格だ。お前をB級冒険者として認める」
「倒していないぞ?」
「俺に実力を認めさせても合格だと、最初に説明しただろう」
「そうだったな」
訓練場の端で見ていたカイルが近づいてくる。
「おめでとう、レン」
「ああ」
「それにしても、最後の技は面白いね。自分より大きな相手を、力じゃなく勢いで投げたんだ」
「昔、覚えた技だ」
「僕にも今度教えてよ」
「出来るかは分からないぞ」
「やってみないと分からないだろ」
カイルは楽しそうに笑った。
受付嬢が試験結果を書類へ記入する。
「B級への昇格手続きを行います。受付へお戻りください」
レオンとカイルは受付嬢に案内され、訓練場を出ていった。
二人の姿が見えなくなった後、その場に残っていた職員の一人がギースへ尋ねる。
「まさか、ギルドマスターに一撃を入れるとは思っていませんでした」
ギースは頬へ手を当てた。
僅かだが、レオンの拳を受けた感触が残っている。
「アイツは剣士だ。わざわざ木剣を置いて俺に合わせてきた。剣を持っていたら、俺が負けていてもおかしくない」
「ギルドマスターが、ですか?」
ギースは答えなかった。
レオンが出ていった扉を見つめる。
ギースは帝国のアメラン地方で生まれた。
そのため、レオンが見せた幾つもの特徴に心当たりがある。
黒い髪。
帝国の中でも、ヤマト地方の島国に住む者へ多く見られる特徴だ。
青い瞳。
しかし、戦いの中で未来を見ているように動いた時、その瞳から僅かに魔力の痕跡を感じた。
本来の色ではない。
魔法か魔法具によって、瞳の色を偽装している可能性がある。
さらに、魔法の使用を認めると聞いた瞬間、迷わず木剣を手に取った。
魔力を使う試合では木剣を用いる。
帝国式の手合わせに慣れている者の反応だった。
そして、決定的だったのが《水の印》。
指を組み替え、印を結ぶことで魔法を発動させる古い技術。
ギースは、同じように手で印を結ぶ者を知っている。
スルガ家の令嬢。“帝国の大和撫子”と呼ばれる、ミコト・スルガ。
そのミコトが、戦いの中で用いる技だった。
黒い髪。
帝国式の試合に慣れた動き。
偽装している可能性のある瞳。
そして、ミコトと同じ印。
これだけの特徴が重なれば、偶然とは考えにくい。
レンと名乗った青年は、スルガ家の者。
それも、ミコトの兄であるヒロト・スルガ本人である可能性が高かった。
だが、冒険者登録には十六歳と記されている。
ヒロトは二十四歳ほどのはずだ。
八歳も違う。
しかし、ヤマト地方の島国に住む者には、実際の年齢より幼く見える者も多い。
目の前の青年も、十六歳だと言われれば信じられるほど若く見えた。
正体を隠すため、年齢を偽って登録したのだろう。
年齢を証明する書類は提出されていない。
本人が十六歳だと申告している以上、冒険者協会にも確かめる方法はなかった。
ギースは、そのままにしておくことにした。
ヒロト・スルガ。
ヤマト地方の島国を治める名家、スルガ家の嫡男。
帝国第一皇子ジークハルトにも匹敵すると評される頭脳。
帝国第二皇子ルーカス以上とも言われる剣の才能。
政治。
軍略。
領地経営。
武芸。
そのどれを取っても一流であり、才能だけならば皇帝の座すら目指せる男。
ギースは誰にも聞こえない声で呟いた。
「スルガ家――"鬼才"のヒロトか……」
在り来りな話何ですが、どうしても入れたかったんです。笑
すみません




