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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第320話 壊れた魔剣

冒険者協会を出たレオンは、受付係から教えられた魔剣店へ向かった。

店があるのは、冒険者協会から歩いて数分ほどの場所だった。

大通りから一本外れた道には、冒険者向けの武器や防具、薬を扱う店が並んでいる。

その中に、剣と魔法陣が描かれた看板を掲げる店があった。


扉を開けると、小さな鈴が鳴る。

店内の壁には、何本もの剣が並べられていた。


片手剣、両手剣、細剣、短剣。


形は王国や帝国で売られている物と大きく変わらない。

しかし、その全ての刀身や鍔には複雑な魔法陣が刻まれていた。


赤い魔石を埋め込んだ剣。


青い魔法陣の刻まれた細剣。


持ち手に緑色の魔石を使った短剣。


魔剣と呼ばれる武器が、一般的な鉄剣と同じように店へ並んでいる。


レオンが店内を見回していると、奥から一人の男が出てきた。

年齢は五十歳ほどだろう。

太い腕と、煤で汚れた革の前掛けを見る限り、この店の主人であり、剣を打った鍛冶師でもあるらしい。


「剣を探してるのか?」


「ああ。冒険者協会で、魔剣を用意した方がいいと言われた」


「登録したばかりか?」


レオンは革袋から登録証を取り出した。

Fの文字を確認した店主が頷く。


「なるほど。なら、最初は扱いやすい物を選んだ方がいい。使える属性は?」


「水属性から派生した氷だ」


「氷か。それは珍しいな」


店主は登録証の属性欄を確認した。

水属性を示す印の隣には、氷への派生を示す印も刻まれている。


「水属性の魔剣なら何本かある。氷への適性があるなら、問題なく使えるはずだ」


「氷属性の魔剣がいい」


「水属性では駄目なのか?」


「ああ。俺には氷属性の適性がある。だから、氷属性の魔剣の方がいい」


それは嘘ではない。

だが、本当の理由を話すつもりもなかった。

レオンは無詠唱で氷魔法を使える。

しかし、魔道国家では杖や剣、指輪へ刻まれた魔法陣を使う者がほとんどだ。


もし戦闘を誰かに見られた時、氷属性の魔法陣がないにもかかわらず氷魔法を使えば、不自然に思われる可能性がある。

無詠唱で魔法を扱えるのは、幼い頃から訓練を受けた王国や帝国の貴族くらいだと聞いた。

それだけで、平民の冒険者レンという身分を疑われかねない。


氷属性の魔剣を持っていれば、周囲は剣に刻まれた魔法陣を使ったのだと考える。

実際には自分の魔法であっても、同時に魔法陣を光らせれば見分けるのは難しいはずだ。


「氷属性の魔剣は数が少ないぞ」


「置いていないのか?」


「完成品はない。水属性から派生した属性だから、普通の水属性より魔法陣が複雑になる。それに、使う人間の魔力量と適性に合わせて調整する必要がある」


「注文なら出来るのか?」


「まずは、アンタが剣へどの程度の魔力を流すのか確認させてもらう」


店主は壁に並ぶ商品ではなく、作業台の下から一本の片手剣を取り出した。

刀身の根元には、小さな魔法陣が刻まれている。

属性を示す魔石は使われていなかった。


「これは氷属性の魔剣じゃないのか?」


「試験用だ。刻まれているのは、切れ味を高める無属性魔法陣。流した魔力の量に応じて刃の切れ味が増す」


店主は刀身の魔法陣を指で示した。


「魔道国家の鍛冶師にとっては、基礎中の基礎だ。無属性だから、魔力さえあれば誰でも使える。これでアンタが普段どの程度の魔力を流すのか確かめる」


「分かった」


「奥に試し切り用の場所がある。そこで試してみろ」


店主に案内され、レオンは店の奥へ進んだ。

石壁に囲まれた部屋の中央には、何本もの傷がついた木製の人形が置かれている。

周囲の壁にも、衝撃や魔法を受け止めるための魔法陣が刻まれていた。


「剣を構えて、少しずつ魔力を流せ。魔法陣が光れば使えている証拠だ」


「ああ」


レオンは片手剣を構えた。

普段使っている剣より軽く、刀身も僅かに短い。

だが、試すだけなら問題ないだろう。


店主に言われたとおり、少しずつ魔力を流す。

自分なりに抑えた、ごく僅かな量だった。

刀身の根元に刻まれた魔法陣が光る。

次の瞬間、その光が急激に強くなった。


「待て!」


店主が声を上げる。

レオンが魔力を止めようとした瞬間、刀身から甲高い音が響いた。


ピシッ。


魔法陣の中心から亀裂が走る。

亀裂は一瞬で刀身全体へ広がった。

レオンが剣を動かすより早く、刀身が半ばから折れる。

床へ落ちた刃が、硬い音を立てた。

手元に残った刀身にも複数の亀裂が入り、細かな金属片が零れ落ちる。


「……壊れたぞ」


「見れば分かる」


店主はレオンの手から折れた剣を受け取った。

魔法陣の周囲は、焼けたように黒く変色している。


「悪い。弁償する」


冒険者協会では測定玉を壊し、今度は魔剣まで壊してしまった。

どちらも古くなっていたのだろうか。

レオンが革袋へ手を伸ばすと、店主が止めた。


「いらん」


「だが、俺が魔力を流したから壊れたんだろ?」


「客が普通に魔力を流しただけで壊れたなら、俺の打った剣が悪い」


店主は折れた刀身を持ち上げ、亀裂の入った部分を確認する。


「魔力を流しすぎたつもりはあるか?」


「いや。かなり抑えた」


「嘘をついているようには見えんな」


店主は折れた剣を作業台へ置いた。

そして、レオンを上から下まで見る。


「お前、その歳にしては随分と魔力量が多いらしいな」


「人より少し多い程度だと思う」


「……少し、ねえ」


店主は何か言いたそうな表情を浮かべた。

しかし、それ以上は追及しなかった。


「魔力量は測っていないのか?」


「冒険者協会で測ろうとした。だが、測定玉が壊れた」


店主の動きが止まる。


「測定玉まで壊したのか?」


「古い物だったらしい。内部に見えない傷があったんじゃないかと言われた」


「それを信じてるのか?」


「ああ」


店主は腕を組み、しばらくレオンを見つめた。

レオンとしては、人より少し多い魔力が偶然古い魔法具へ負担をかけてしまっただけだと考えている。


今回の試し剣も、目に見えない傷が入っていたのかもしれない。


「ほかの試験用の剣を使うか?」


「ああ。壊れない物があるなら頼みたい」


「いや、やめておこう」


自分から提案したにもかかわらず、店主はすぐに首を横へ振った。


「何故だ?」


「今壊れた剣は、試験用とはいえ粗悪品じゃない。普通の冒険者なら、何年使っても魔力で壊れることはない」


店主は売り場に並んだ魔剣を見る。


「店にある高級品なら耐えるかもしれん。だが、氷属性の魔法陣を刻んだ後で同じように壊れたら困る」


「なら、どうすればいい?」


「俺より腕のいい職人に頼め」


店主はそう言うと、机の引き出しから一枚の紙を取り出し、ペンを走らせた。

数行の文章を書き終えると、店の印を押す。


「これを持っていけ」


レオンは折り畳まれた紙を受け取った。


「紹介状か?」


「ああ。アルマ・ベルクという魔法具鍛冶師への紹介状だ」


「有名な職人なのか?」


店主は呆れたようにレオンを見る。


「魔道国家で魔剣を扱っていて、アルマ・ベルクを知らん奴はいない。この国で一番の魔法具鍛冶師だ」


「一番……」


「金を積めば仕事を受けるような人じゃない。気に入らない客なら、王族だろうと追い返す」


「俺も追い返されるんじゃないか?」


「可能性はある」


店主はあっさりと答えた。


「だが、アンタの魔力に耐えられる氷属性の魔剣を作れるとしたら、俺が知る限りではアルマだけだ」


レオンは紹介状へ視線を落とした。

冒険者になったばかりだというのに、随分と大げさな話になってしまった。


「その紹介状を見せればいいのか?」


「ああ。それでも追い返されたら、諦めて別の方法を考えろ」


「分かった。助かった」


レオンは店主へ礼を告げ、魔剣店を後にした。

最初の店では、腰に提げた剣について何も話さなかった。

レオンが求めているのは、この剣への加工ではない。

自分の魔力に耐えられる、別の氷属性の魔剣だった。


紹介状へ描かれた簡単な地図を頼りに、職人街へ向かう。

大通りから離れるにつれ、華やかな魔法具店は少なくなっていった。

代わりに増えたのは、金属を打つ音や炉から立ち上る煙だった。


武器、防具、装飾品、魔法具。


さまざまな職人の工房が建ち並んでいる。

その中でも、アルマの工房は職人街の外れにあった。


看板は出ていない。

古びた石造りの建物から、何度も金属を打つ音が聞こえていた。

レオンは工房の扉を叩いた。








アルマ・ベルクは、炉の前で剣へ魔法陣を刻んでいた。


年齢は五十二歳。


白髪の混じった髪を後ろで束ね、煤で汚れた革の前掛けを身につけている。

細い金属棒の先端へ魔力を流し、剣の表面へ一本ずつ線を刻んでいた。

扉を叩く音が聞こえたが、手を止めなかった。


今刻んでいる線を途中で止めれば、魔力の流れに僅かな歪みが生じる。

もう一度、扉が叩かれた。


「聞こえてるよ! 用があるなら勝手に入りな!」


扉が開き、一人の少年が工房へ入ってきた。

黒い髪と青い瞳。

年齢は十六歳ほどだろう。

一般的な旅装を身につけ、腰には一本の剣を提げている。


アルマは作業の手を止めずに尋ねた。


「何の用だい?」


「アルマ・ベルクさんで合ってるか?」


「だったら何だい?」


「紹介状を預かってきた」


その言葉を聞き、アルマはようやく手を止めた。

少年から紹介状を受け取り、封を開く。

書かれている内容へ目を通す。


「試し剣を魔力で壊した?」


「ああ」


「冒険者協会の測定玉まで?」


「そっちは、古くなっていただけだと思う」


紹介状には、試し剣へ流した魔力は僅かだったとも書かれていた。

それが事実なら、少年の魔力量は普通ではない。

だが、アルマが気になったのは別の物だった。

少年の腰に提げられた剣。

魔石もなければ、魔法陣も刻まれていない。

それでも一目で、ただの剣ではないと分かった。


「随分と面倒な客を押しつけてくれたもんだ」


アルマが呟くと、少年は踵を返そうとした。


「無理なら別の職人を探す」


「待ちな」


少年が足を止める。


「何を探してるんだい?」


「俺の魔力に耐えられる、氷属性の魔剣だ」


「氷属性を選ぶ理由は?」


「俺には氷属性の適性がある。だから、氷属性の魔剣の方がいい」


「そうかい」


アルマはそれ以上尋ねず、少年の腰へ目を向けた。


「その剣はどうしたんだい?」


「帝国の鍛冶師に作ってもらった」


「見せな」


少年は僅かに迷った後、剣を鞘ごと差し出した。

アルマは受け取り、ゆっくりと刀身を抜く。

炉の赤い光が、銀色の刀身へ映り込んだ。

その瞬間、アルマの目つきが変わる。


刃の表面を指でなぞる。

光へ透かし、刀身の色を確かめる。

小さな金属棒を取り出し、剣の側面を軽く叩く。

澄んだ金属音が工房へ響いた。


間違いない。

アルマは、この剣について以前から聞いていた。

今は亡きガレオンが、死ぬ前に完成させた最後の一振り。

ミスリルとオリハルコンを鋼で繋ぐことなく、直接融合させた傑作。


ガレオン本人から詳しい製法を聞くことは出来なかったが、そのような剣を残したという話だけはアルマの耳にも届いていた。


アルマは、その剣が北の戦神グラニウスへ贈られる物だと思っていた。

ガレオンが認め、最後の一振りを託す相手として、ほかに思い浮かばなかったからだ。

だが、グラニウスは既に亡くなっている。

ならば、ガレオンは誰のためにこの剣を完成させたのか。


アルマは少年を見る。


黒い髪。


青い瞳。


北の戦神と同じ氷属性。

そしてガレオンが、本人のために打った剣。

答えは一つしかなかった。

目の前にいる少年は、北の戦神グラニウスの息子。

現在のノルディア辺境伯、レオン・ノルディアだ。


「……ガノン」


思わず、古い知人の名が口から漏れた。

少年が眉を寄せる。


「違う。この剣を打ったのはガレオンさんという鍛冶師だ。俺のために作ってくれた」


「アンタのために?」


「ああ」


「名前は?」


「レンだ」


「家名は?」


少年は一瞬だけ言葉を止めた。


「……ない」


分かりやすい反応だった。

アルマは鼻を鳴らす。


「フン、まあいい」


これ以上追及する必要はない。

少年が正体を隠したいのなら、知らないふりをしてやればいい。

アルマは剣を作業台の上へ置いた。


「アンタ、この剣がどういう物か知ってるのかい?」


「ミスリルとオリハルコンを使っているとは聞いた」


「それだけかい?」


「ああ」


アルマは呆れて息を吐いた。

ガレオンも随分と説明不足なまま渡したものだ。


「ミスリルは硬く、軽く、魔力を通しやすい。武器の素材としては申し分ない。一方、オリハルコンはミスリル以上に魔力を通すが、柔らかすぎる。剣へ使えば、まともに打ち合うことも出来ない」


アルマは刀身を指でなぞる。


「普通は鋼を繋ぎとして使い、少量ずつ混ぜる。それでも均一にするのは難しい。だが、この剣には鋼が使われていない」


「確か、ミスリルとオリハルコンだけだったな?」


「ああ。本来なら混ざるはずのない二つの金属を、ガレオンは直接融合させた。ミスリルの硬さと軽さ、オリハルコンの魔力伝導率を一つの刀身へ持たせている」


アルマは小さな金属棒でもう一度刀身を叩く。

澄んだ音が工房へ響いた。


「だから、この剣ならアンタの魔力にも耐えられる」


「魔法陣がなくてもか?」


「剣そのものが壊れることはないだろうね。それに、これだけ魔力を通す素材なら魔法陣を刻むことも出来る」


少年が作業台の剣へ目を向けた。

自分の魔力に耐えられる氷属性の魔剣を探していたが、既に持っている剣へ魔法陣を刻めるのなら、新しい剣を買う必要はない。

そう考えたことが、その表情から容易に読み取れた。


「なら、この剣に氷属性の魔法陣を刻んでくれ」


「断る」


アルマは即答した。

少年が目を見開く。


「何故だ?」


「必要がないからさ」


「俺は氷属性の魔剣を探しているんだ」


「アンタが氷魔法を無詠唱で使えないなら刻んでやったよ。だが、自分で氷魔法を使える奴が、この剣に氷属性の魔法陣を刻む理由はない」


少年の表情が僅かに固まった。

北の戦神グラニウスは、魔法陣を必要とせず、無詠唱で氷魔法を扱った。

その息子も同じように氷魔法を使えるのだろう。

だからこそ、魔法陣のない剣を持ちながら、別の氷属性の魔剣を探している。


氷を生み出すためではない。

自分が無詠唱で氷魔法を使えることを隠すためだ。


「魔法陣から発動する魔法は、刻まれた術式の範囲を超えない。アンタが自分で使う氷魔法より弱い物を、この剣から出せるようにして何になる?」


「それでも、氷属性の魔法陣は必要なんだ」


「氷を出すためじゃなく、光らせるためにかい?」


少年は答えなかった。

それだけで十分だった。


「この剣へ刻むなら、氷属性より切れ味を高める無属性魔法陣の方がいい。アンタの魔力を刃へ流せば、その分だけ切れ味を増すように出来る」


「俺の魔力を流しても壊れないのか?」


「誰に聞いてるんだい?」


アルマが睨むと、少年は黙った。


「ただし、氷属性の魔法陣は刻まない。それが条件だ」


「なら、氷魔法を使う時はどうすればいい?」


「こいつを使いな」


アルマは作業台の引き出しを開けた。

中から取り出したのは、青白い魔石が取りつけられた淡い金色の指輪だった。

指輪の表面には、肉眼では一本の線にしか見えないほど細かな魔法陣が刻まれている。


「これは?」


「氷属性の魔法具さ。まだ店には出していない」


指輪本体に使われているのは、ほかの金属を一切混ぜていない純オリハルコンだった。

オリハルコンは魔力を通しやすい反面、柔らかいため武器には向かない。


だが、何かと打ち合うことのない指輪なら、剣のような硬さや粘りは必要ない。

ほかの金属を混ぜず、優れた魔力伝導率をそのまま活かすことが出来る。


取りつけられている氷属性の魔石も、最高級品だった。

特定の使い手に合わせて作られた物ではない。純オリハルコンと最高級の魔石を使い、どこまで性能を高められるか試すため、アルマが販売用に仕上げた一点物だ。


アルマは指輪を少年へ放り投げた。


「使ってみな」


少年は片手で受け取り、指輪を確かめる。

それから慎重に魔力を流した。

純オリハルコンを通った魔力が、滞りなく青白い魔石へ流れ込む。


魔石が強い光を放ち、指輪へ刻まれた魔法陣に青い光が走った。

直後、冷気が工房の中へ広がった。

作業台の表面が瞬く間に白く凍りつき、少年の前へ鋭い氷の槍が形作られていく。


「そこまでだ!」


アルマが声を上げた。

少年が魔力を止める。

完成しかけていた氷の槍が砕け、細かな氷の粒となって床へ落ちた。


アルマは少年から指輪を受け取り、魔石と魔法陣を確認する。

どちらにも異常はない。

指輪本体にも傷一つついていなかった。


「壊れないな」


「当たり前だよ。純オリハルコンに最高級の魔石を使ってるんだ。簡単に壊れてたまるかい」


アルマは指輪を少年へ返した。


「流す魔力次第では、かなり高位の氷魔法まで使える。アンタが探していた物としては十分だろう?」


少年は手の中の指輪を見つめた。


「これがあれば、剣に氷属性の魔法陣を刻む必要はないな」


「最初からそう言ってるだろ」


魔法陣から発動する魔法は、あらかじめ刻まれた術式の範囲を超えない。

少年自身が使う氷魔法ほど自由には扱えないが、戦闘用の魔法具としては破格の性能を持っている。


何より、少年が氷魔法を使う際に指輪の魔法陣を光らせておけば、周囲の者は指輪から発動した魔法だと思うだろう。

アルマは指輪を指差した。


「金貨五十枚だ」


「指輪一つに金貨五十枚か」


「そいつは純オリハルコン製で、ついている氷属性の魔石も最高級品だ。金貨五十枚のほとんどは、オリハルコンと魔石の代金さ」


「魔法陣を刻んだ代金は?」


「細かいことを気にするんじゃないよ」


「それなら、安すぎないか?」


「値段を決めるのはアタシだ。文句があるなら金貨百枚置いていきな」


少年は口を閉じた。

しばらく指輪を見つめた後、革袋から金貨五十枚を取り出し、作業台へ置く。


一般的な冒険者なら、簡単に支払える金額ではない。

それを多少迷っただけで支払える時点で、平民ではないと自ら証明しているようなものだった。


アルマは笑いそうになるのを堪え、金貨を引き出しへ入れた。


「氷魔法を使う時は、その指輪へ魔力を流しな。魔法陣が光っていれば、周りの奴は指輪から発動した魔法だと思うだろうさ」


少年の動きが止まった。

僅かに見開かれた青い瞳が、アルマへ向けられる。


「……何のことだ?」


「さあね。アタシは魔法具の使い方を教えただけだよ」


アルマは素知らぬ顔で答えた。

少年はしばらくアルマを見つめていたが、やがて諦めたように指輪を左手の指へはめる。

青白い魔石が、炉の光を受けて静かに輝いた。


「……助かった」


「代金はもらった。礼を言われる筋合いはないね」


アルマは作業台の剣へ視線を戻した。


「それで、こっちの剣はどうするんだい?」


「切れ味を高める魔法陣を刻んでほしい」


「分かった。ただし、すぐには出来ないよ」


「どのくらいかかる?」


「一か月だ」


少年は少し考えた後、頷いた。


「その間に使う剣は?」


「貸してやる。ただし、壊したら金貨五十枚じゃ済まないよ」


「壊すつもりはない」


「試し剣を壊した奴の言葉とは思えないね」


アルマが鼻を鳴らすと、少年は何も言い返せなかった。

アルマは改めて銀色の刀身を見る。

今は亡きガレオンが最後に残した傑作。

本来なら、北の戦神グラニウスの手へ渡ると思っていた剣。

だが、ガレオンが最後に選んだのは、その息子だった。


一か月後、この剣は初めて魔剣となる。

それも恐らく、アルマがこれまで手掛けてきたどの魔剣よりも、遥かに強力な一振りに。

アルマは久しぶりに、胸が高鳴るのを感じていた。



レオンが工房を出ていく。

扉が閉じると、工房には炉で燃える火の音だけが残った。

アルマはしばらく扉を見つめた後、作業台へ置かれた剣へ視線を戻す。


「本当に来たよ……」


誰に聞かせるでもなく呟く。

アルマは工房の奥へ向かい、棚に並べられた魔石や工具を退かした。

その裏から、小さな木箱を取り出す。

古びた箱には、鍵もかかっていない。

蓋を開けると、中には一通の手紙が入っていた。


紙は僅かに色褪せ、折り目も柔らかくなっている。

何度も開き、読み返してきた手紙だった。

封筒の表には、太く癖のある文字でアルマの名が書かれている。


アルマは手紙を開いた。


アルマへ


ようやく、俺の最高傑作が完成した。

最初はグラニウスに渡すつもりだったが、間に合わなかった。

渡す相手は変わったが、こいつを託すに値する奴だ。

いつか、そいつがこの剣を持ってお前のところへ行くかもしれない。

その時は、お前のへなちょこ魔法陣でも刻んでやってくれ。

俺の剣に手を加えさせてもいいと思える職人は、癪だがお前しかいない。

剣を渡し終えたら、久しぶりに会いに行く。

どちらが上か、昔の勝負の続きをしよう。


それと、あの時の話の返事も聞かせろ。


            ガレオン


         ◇


アルマは最後まで読むと、指先で手紙の署名をなぞった。


「誰の魔法陣がへなちょこだい……」


口元に僅かな笑みが浮かぶ。

鍛冶師として互いの腕を競い、顔を合わせれば相手の仕事へ文句をつける。

それでも、自分の仕事へ手を加えることを許した相手は、互いに一人しかいなかった。


アルマは手紙を丁寧に折り畳み、木箱へ戻した。

そして、作業台に置かれた剣の前へ立つ。


黒い髪と青い瞳。

北の戦神と同じ氷属性。


手紙には、剣を渡した相手の名前は書かれていなかった。

それでも、あの少年が誰なのかは分かった。


アルマは銀色の刀身を指先で静かになぞる。


「散々待たせておいて、勝手に死ぬんじゃないよ……ガノン」


炉へ新たな薪を入れる。

火の勢いが増し、銀色の刀身を赤く照らした。

アルマは細い金属棒を手に取る。


「見てな、ガノン」


その目には、魔道国家一と呼ばれる職人の光が戻っていた。


「アンタの最高傑作を、アタシのへなちょこ魔法陣で最高の魔剣に仕上げてやるよ」


そう呟き、アルマは置かれて行ったガレオンの剣を眺めていた。

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